2-12 波乱の兆候 ③
お食事中はご注意下さい。
非道な悪魔による大量殺人事件は未遂で終わりました。
本気で危なかったわ……。悪魔の本能なのか、【魔神】の『魅了』を無意識に発動しちゃってたみたいで、あと数秒遅かったら抵抗できた人以外と全員、魂の契約をするところでした。
私の笑顔、引きつってませんでした…?
だって、この場は農家の『イチゴ狩り会場』状態だったんですよ。さすが心を鍛えているお坊さんは良い魂をしておりますね。
でも、能力で得た魂って味気ないから苦手なのよねぇ……。私は聖職者の甘酸っぱい爽やかな魂より、背信者の青臭い理想を抱えたメロンのような魂が好きです。
それはともかく……
「「……………」」
覆面の人物と私の視線が絡み合う。
彼が、噂に聞いた『黒の勇者』さんですね?
私は探知系が得意じゃないけど、それでも悪魔の目を誤魔化して今まで隠れていたのだとしたら、良くあるチート系の脳筋勇者や養殖勇者じゃなくて、真面目にバランス良く鍛えているのでしょう。
そんな勇者は、自分が効率よく敵を殺す為だけの『殺戮者』だと知っている。
そんな勇者は力が弱くても非常にやっかいだ。悪魔としては、脳筋勇者のほうが搦め手でどうとも出来るから楽なんだけど……
ぶっちゃけ、この人、四十万勇気くんだよね?
こちらの世界で、無意識状態とは言え悪魔の呪縛を一撃で打ち破る『光の加護』を受けている『勇者』は彼しか居ないはず。
その四十万くんは、顔を隠して正体を隠しているつもりみたいだから、私は空気を読んで『知っているけど、知らないことにしてあげるよ』的な挨拶をしてみた。
私は顔を隠すつもりなんて無いから、四十万くんは私を見て、その瞳がわずかに戸惑うように揺れていた。
……私と敵対しちゃうかなぁ?
彼一人なら、私のほうが強いと思うけど、ここの人達と共同戦線を張られたら面倒になる。仲間と共の居る『勇者』は単体とは比べものにならない力を発揮するはずだ。
どうなるかなぁ……。四十万くんって、初めて会った時から私の魔力に気づいて警戒していたもんね。
どうして彼のような存在がこの世界にいるのか分からないけど、私のような悪魔も居るのだから、世界は不思議ですね。
少しだけ……美紗が言ってたみたいに、少しだけ様子が違うのが気になる。
「『黒の勇者』!?」
「何故ここに……」
「招集に失敗したんじゃなかったのか」
やっと正気に戻ったお坊さん達が騒ぎ出した。
衝撃的な登場シーンだったもんね。私も拍手を抑えるの苦労しました。
そのおかげで私の登場の不自然さは誤魔化されたみたいで助かったけど。
「静まれっ、仏に仕える者が心を乱すなっ」
恰幅の良いおっちゃんが一喝すると、お坊さん達が一瞬で落ち着きを取り戻した。
きっと部下の飲み代も一括で支払っているのだろうと、なんとなくアホな考えが頭を過ぎった。
そのおっちゃんは私を連れてきたおじ様と、もう一人のおじさんを視線を合わせ、私と四十万くんに顔を向ける。
「お客人方、失礼した。儂は『岩界』と言う。お客人方に聞きたいことがある」
おっちゃんは女の子が居るのに席も勧めず、いきなり本題に入った。
って言うか、椅子もテーブルもない大広間に沢山のお坊さんが居るのは、最初からまともな話し合いではなくて、これは『尋問』だと言うことだね。
「君達が若い衆に力を貸してくれていることは知っている。何が目的だ…? いや、どこの国の機関から送り込まれた?」
内容も駆け引きのないど真ん中の直球で、私は若干やる気が落ちた。
とは言え、このおっちゃんは油断できない。この中で数人だけ悪魔の呪縛を抵抗した一人だからね。
でもどこの国って……まぁ、そう思うのは当然か。
四十万くんは答えず、その周りにいる人達も何も言わなかったけど、慈円さん達が慌てるように口を挟む。
「ま、待って下さい僧正様っ、天女様はその慈悲の御心で…」
「黙れ、慈円っ。お前らは修行のやり直しじゃな。己の役目を何と心得ておるかっ」
それは全面的に同意します。
それはいいんですけど、四十万くんは声を出すつもりも無いみたいなので、私がお相手することになりそうです。
「あら? こちらでは人の為にお手伝いすのを、聖職者が妨げるのですか?」
おっちゃんではなく、少しは駆け引き出来そうなおじ様に私は声を掛けた。もう一人のおじさんは、……なんか影が薄いからいいや。
「人の為……ですか。お嬢さんは美しいので、若い者が目を奪われて怪我をしないか心配ですな。さきほども我を忘れた者が居たようですし」
「まぁ、おじ様ったら、お口が上手ですね」
「はっはっは」
「ほっほっほ」
おじ様はノリが良い。
やっぱりさっきの件で、おじ様は私が術を掛けたのではないかと疑っている。
濡れ衣ではないんですけど、さっきから初めて私を見た若い人が、私と目が合うと頬を赤くしてるのは『魅了』じゃないですよ?
「……若い者にも困ったものだ。お国でもさぞ男性の目を惹き付けていたのでしょう」
「いえいえ、畏れられることのほうが多かったですわ」
「ほほぉ、それではそれなりの『立場』にいたのですか? ……聖人のような」
「ふふふ、そんな風に呼ぶ方もいましたわ。お恥ずかしい」
私とおじ様の白々しい会話を全員が黙って見つめていた。おっちゃんは自分からおじ様に主導権が移ったことが面白くないみたい。
どうやら一枚岩とは言い難いようね。そのおっちゃんの様子に気づいたおじ様の口元がわずかに笑みに変わる。
「……なら聖女ではどうですかな? そんな聖女様が自分のことを隠していると、お世話になっている家族が知ったら悲しむでしょうな」
「……何が言いたいので?」
「いや、私どもも、あの家族が平穏に暮らして欲しいと願っていますよ」
「そうですか……」
それ……私への『禁句』だって分かってる?
おじ様はおっちゃんに対して内部的に優位になりたいのだろう。
発生した魔物の件も、私や四十万くんのような外部のことも、すべて後回しにして内部的な事情の為に利用しようとしている。
でも、おっちゃんもただ流されるのを黙ってはいなかった。
「ふんっ、そちらは儂が手を打とう。その家族を連れてこいっ、丁重になっ!」
その言葉が流れた瞬間、強い魔力が迸る。
私じゃない。……こんなのを潰す程度でこんなに魔力を使わない。私がおっちゃんに手を出す前に動き出した影があった。
「……がっ」
おっちゃんは胸に突き刺さった大剣と、それを握った四十万くんを驚愕の顔で見つめていた。
「……死ね」
低い声で四十万くんが呟くと、風の魔力が迸り、おっちゃんの身体が粉々に砕けて爆散した。
うん、やっぱり四十万くんは美紗を心配していたんだね。
……でも、この子って、こんな簡単に人を殺すようには見えなかったのに。
「……なっ」
「僧正さまぁあああああああああああっ!」
「貴様ぁあああああああああっ!」
一瞬で終わった暴挙に錫杖を構えて駆け出すと、今度は四十万くんと一緒にいた男性達が、仲間だった人達に襲いかかった。
「お前ら、何を、」
「ぐぁあああああああああああ!?」
「や、やめろっ」
襲われたお坊さん達は仲間だった人に武器を向けるのを躊躇ったのか、次々と打ち抜かれ、骨を砕かれ、血反吐を吐きながら床に沈んでいく。
それ以上に、この人達は単純に強い。
何かが正体の分からない『力』が、彼らに注がれているように感じた。
何かに憑かれている? いえ、……これは、
「はぁあっ!」
「っ!?」
私は突然襲いかかってきた四十万くんの攻撃を、後ろに下がって避けた。
はぁ? なんで四十万くんが襲ってくるの?
あ、私って悪魔でした。
「『光在れ』っ!」
私は四十万くんを迎撃するために神聖魔法を唱える。
迎撃と言っても四十万くんを倒すためじゃなくて、訳の分からない『力』を退ける、『祝福の宴』だ。
この世界は魔力も少なく精霊もほとんど居ないけど、私の魔力で光の精霊達が強引に光の天使として【顕現】され、その姿を現した。
「はぁああああああああああああああああああっ!」
四十万くんを浄化しようとした数体の天使達が、大剣で斬り裂かれて消滅する。
やっぱりこれは……。
「あなた、何の力を得ているの…?」
「…………」
私の声に、四十万くんの気配が微かに揺れる。
人形のようなギクシャクした……それでも凄い速さで私から距離と取った四十万くんは、彼の仲間に声を掛けた。
「ここまでだっ、退くぞっ!」
その声に、彼とその仲間達は、まるで統一された意志のように潔く退いていく。
その見事な撤退ぶりに私が思わず見送ってしまうと、放置していた天使達が勝手に怪我人を癒してから消えていった。
「…………」
全員の視線が私一人に注がれている。
みんな、私が『天使』を呼び出すところ目撃して、天使達に癒されたのだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。
三歳の時の『聖女様降臨事件』を思い出すわ。
「……おお、何というお力だ…」
生き残っていた法玄さん…おじ様が、女神を見たような顔で私に近寄ってきた。
「慈円が言っていた『観音様』とはこのことだったのですねっ! 私は…私はあなたに仏の姿を見たっ! あなたが居ればあのような邪悪に憑かれた者どもを一掃し、この国に永遠の平穏と安定をっ、」
そして私は、何か言い始めたおじ様にそっと微笑んで……
その頭を掴んで、熟れた果実のように握り潰した。
普通の主人公なら許すんでしょうね……。




