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元勇者の帰還、術式失敗で(♀)になっていた。レベル1から現代のパンデミック迷宮都市を生き抜く  作者: 藤咲玲


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7話:後半

 響は唯の頭を軽く小突いて不毛な茶番劇を切り上げると、ようやく床に倒れ伏したままの満身創痍の面々へと向き直った。


 漆黒のフードの下からため息混じりに右手を空間へかざし、アイテムボックスのインベントリを展開する。

 取り出されたのは、エメラルドグリーンに発光する初級回復ポーションと、青緑色の解毒草の煎じ薬が詰められたガラス小瓶の束だった。


 響は無造作に歩み寄り、痛みに顔を歪める桐生、麻痺毒に苦しむ篠原、戦意喪失の風間、そして魔力枯渇の御子柴の手元へと、それぞれ2本ずつ転がすように手渡していった。


「――まあ、これでも飲んで落ち着いてくださいまし。今更ですけれど」


 澄ましきったお嬢様言葉を投げかけると、響はそれ以上の言葉を交わすこともなく、漆黒のロングコートとフードの裾をふわりと翻した。


 床に転がっていたボーン・センチネルの巨大な中級魔石を唯が素早く回収用パックへ放り込むのを見届け、響はシースルー黒タイツに包まれた長い脚で、ダンジョンの出口へ向かって音もなく歩き出した。


 残された先行班の4人は、手元の発光する小瓶と、悠然と遠ざかっていく黒尽くめの背中を、ただただ言葉もなく見送るしかなかった。


 風間は、目の前へ差し出された小瓶を受け取る瞬間、間近に迫った響のフードの奥を無意識に見上げた。


 薄暗いレンガの回廊の中、間近で初めて目にしたその素顔。

 陶器のように滑らかな白い肌と、妖しくも気品に満ちた中性的な美貌。そして何より、感情の起伏を映さない冷徹な光を湛えた、切れ長の美しい双眸。

 その瞳と視線が真正面から交錯した瞬間、風間の心臓はトクンと激しく跳ね上がり、思わず息を呑んでドキッと胸を突かれた。


 手元に残された、淡いエメラルドグリーンの燐光を放つ回復薬。

 そして、出口へと悠然と背を向けて歩き去ろうとする響のしなやかな後ろ姿。


 風間は手元の小瓶と響の背中を、信じられない思いで何度も交互に見つめた。


(……めちゃくちゃ綺麗な人だ……)


 だが、そう思った次の瞬間、脳裏に強烈に蘇ったのは、先ほど広間に轟いた耳をつんざくような怒号だった。


『てめえら、ぜんぜん足りねえんだよ』

『おいおい、十条のボス気取ってた割にはペラペラの安物じゃねえか。ああん!?』


 あのドスの利いた、薄汚い男そのものの罵声と、骨の関節をナイフで嬉々として抉り砕いていた狂気的な暴力性。


「……っ!」


 風間は背筋に氷水を流し込まれたような悪寒に襲われ、顔面を真っ青にしながら首を左右に思い切りブンブンと激しく振った。


(違う、あんな汚い男言葉も、血生臭い暴力も、全部何かの幻覚だ……! 俺の頭が疲労でおかしくなってただけだ! なんだあの瞳……吸い込まれそうなくらい綺麗で、凛としてて……あんなの、惚れるなって方が無理だろ……っ!!)


 恐ろしい暴言も狂暴な姿もすべて都合よく脳内から吹き飛ばし、至近距離で見つめられたあの神秘的な瞳こそが彼女の真実だと都合よく確信した風間は、完全にハートを撃ち抜かれてポッと頬を染めながら、手渡された回復薬をまるで宝物のように両手でぎゅっと握りしめていた。


 ◇


 響は出口へと続く薄暗いレンガの通路を歩きながら、漆黒のフードの奥で小さく息を吐いた。


 背後からは、回復薬を手にして呆然と見送る桐生たちや、頬を赤らめてこちらを凝視している風間の視線が突き刺さっているが、もはや気にも留めない。隣を跳ねるように歩く唯の足音だけを聞きながら、響は視界の端に薄青く浮かぶ自身のシステムウィンドウを凝視していた。


(……やっとLv.10、か。初期値の1.9倍まで戻ったな)


 魔石を咀嚼し、十条の中級ボスを屠ったことで跳ね上がった数値。

 体力は219、魔力は1140。筋力も敏捷も、目に見えて輪郭を増している。だが、これは新たに鍛え上げた成果などではない。


 響は横目で、ボーン・センチネルの魔石が入った回収袋をぶんぶんと振り回しながら機嫌よく歩く唯を見た。

 あいつのステータスには、最初から「レベル」などという概念が存在しない。どれだけ刃を振るおうが、魔獣の肉を裂こうが、覚醒したあの瞬間に刻み込まれた数値のまま、完全に固定されている。


(やはり、現世の覚醒者ってのはそういう仕組みか。覚醒した瞬間の器を、そのまま死ぬまで永続的に維持するだけの使い捨て……成長の余地なんざ最初から用意されちゃいねえ)


 ならば、なぜ自分だけがレベルを上げ、数値を伸ばしているのか。

 答えは一つしかなかった。


(俺の奥底で眠っている【鑑定】スキルだ。あいつがバックグラウンドで自己診断を回し続けてやがる。失われた前世の魂の器を、ダンジョンの魔力を喰わせるたびに少しずつ“修復”してやがるんだ)


 これは成長ではない。失われた過去の自分を、少しずつ取り戻しているだけに過ぎない。


 レベルが上がるにつれてアイテムボックスのロックが外れ、かつて使い慣らした道具がごっそりと手元に戻ってくるのも、すべては「本来持っていた権能のアクセス制限が解除された」と考えれば完全に辻褄が合う。


(かつて駆け出しの頃に放り込んでおいた雑多な備品や日用品は、これで大体戻ってきたわけだ)


 世界そのもののルールから爪弾きにされた異物。

 だが、その異物感こそが、この理不尽な世界で唯を連れて生き残るための絶対的な武器になる。


「響ちゃん、なんか顔怖ーい! もしかして魔石足りなかった? あたしの半分あげる?」

「いりませんわ。……それより唯、外に出たらまずは美味い肉を食べに行きますわよ」

「やったー! 肉! 肉ー!」


 響は口元に微かな笑みを浮かべ、アイテムボックスの奥に新しく転がり込んできた『万能解体用アーミーナイフ』の感触を意識の隅で確かめながら、ダンジョンの出入口から差し込む外の光の中へと踏み出した。


 ◇


 現地作戦指揮所に入った桐生は、机の前に立つ神崎2佐へ敬礼を交わし、手短に戦況を告げた。


「神崎2佐、奥のボーン・センチネルは無力化されました」

「ご苦労。最奥の魔力反応が消えたのは確認した。桐生班の突入で押し切ったのか」

「いいえ、自分たちではありません。……入間から応援でよこされた、あの安藤響です。あいつが単独でボスの首を落としました」


 神崎が不審そうに眉をひそめた。


「入間の真鍋3佐が板橋から回してきた連中か。……中級とはいえ、あの骨の歩哨を単独でか。あいつらは通常の支援枠という名目で受け入れたはずだが」

「それだけではありません。うちの隊員の負傷に際し、安藤から手渡されたこの資材をご確認ください」


 桐生は懐から、響から受け取ったガラス小瓶を取り出し、机の上に置いた。


「裂傷に触れた瞬間、出血と組織損傷が一瞬で塞がりました。自衛隊の正規医療品でも、民間で流通している規格のものでもありません。深淵のフードで顔を隠し、取って付けたようなお嬢様口調を取り繕ってはいましたが、あいつの戦闘力といい持ち込んでいる薬品といい、入間から聞いていた書類上のスペックとまるで一致しません」


 神崎は机の上の小瓶を乱暴に掴み取ると、鋭い眼光で中の液体を睨みつけた。


「……入間の真鍋は何を考えてあんな化け物を十条に送り込んできやがった」


 神崎2佐は小瓶を机へ叩きつけるように置くと、苦々しい表情で腕を組んだ。


「桐生、お前が持ち帰ったこの薬品と安藤の戦闘データは、あまりにも常識を逸脱している。自衛隊の医薬品管理規程、および防衛装備品の調達基準を完全に無視した代物だ。戦果は認めるが、現場指揮官としては放置できん」


 桐生が姿勢を正し、硬い声で問い返す。


「……規律違反として処理される、ということですか」


「当たり前だ。我が十条の管轄区域で、安全性の担保されていない未承認薬品が隊員に投与されたんだぞ。もし副反応で隊員に後遺症が出たら誰が責任を取る? 入間基地の空自か? それとも現場の俺か? 陸幕と空幕の間で責任の押し付け合いになるのは目に見えている」


 神崎はため息混じりに書類をまとめながら、淡々と現実的な手順を口にした。


「安藤響の身柄は、一旦十条で預かる。入間の真鍋3佐には『重大な規程違反および安全管理上の懸念あり』として照会をかける。同時に防衛装備庁と自衛隊中央病院の研究班を呼び、安藤が所持する物品の全数提出と、本人の精密検査を行わせる。出所が不明瞭な兵器や薬品を、現場の一隊員に私有させたまま運用するなど、法治国家の軍事組織にあってはならんことだ」


 指揮所のプレハブの外。

 夜風の中、漆黒のフードを目深に被った響は、並外れた聴覚でその冷徹な事務手続きの会話をすべて拾い上げていた。


「……なるほどね。お偉方の考えることはどこも同じか」


 響は冷ややかに口元を緩め、左腰の刀の鯉口に指をかけた。

 悪意や野心ではない。国家組織としての「正論」で縛り上げ、自分を実験台のように解剖・検査し、アイテムをすべて取り上げようとしている。


 隣で話を聞き取っていた唯が、防弾ベストをぎゅっと抱え込み、顔面を蒼白にして震えていた。


「ひ、響さん……! 装備庁とか中央病院って、私たち隔離されてモルモットにされちゃうやつじゃないですかぁ……! 私、そんなの絶対に嫌ですぅぅ!!」


「ええ、極めて合理的で、息が詰まるほど下らない判断ですわね」


 響はお嬢様口調のまま、漆黒のフードの奥で冷徹に目を細めた。

 レベルが10に上がり、前世の装備と技術を取り戻しつつある今、官僚組織の書類仕事に付き合って檻の中に閉じ込められる筋合いなどどこにもない。


「真鍋には悪いが、自衛隊のルールごっこはおしまいですわ。唯、行くぞ。こんな窮屈な組織、こっちからお払い箱にして差し上げます」


「は、はいぃぃっ! どこまでもついていきますぅぅ!!」


 響は漆黒のロングコートを翻し、深紅の裏地を夜闇に閃かせながら、十条駐屯地の門へ向かって音もなく歩き出した。

 自衛隊という制度の枠組みから完全に決別し、個人の力でダンジョンを統べる自由な道を選ぶために。


 十条駐屯地の外縁を囲むコンクリート塀の影。冷え切った夜風がアスファルトの路地を吹き抜け、遠くで待機する自衛隊車両の鈍いアイドリング音を微かに運んでくる。


 響は立ち止まり、背後の暗がりに鋭い視線を走らせた。

 追手はない。だが、神崎という男が主導する冷徹な管理の歯車は、すでに音もなく回り始めているはずだった。得体の知れない異物として扱われ、規格化された檻の中に閉じ込められる――その窮屈な未来を、響の魂は本能的に拒絶していた。


 ポケットから小型のメモ用紙とボールペンを引き抜くと、街灯の薄明かりを頼りに、ざらついた壁へ紙片を押し当てた。淀みなく、余計な装飾を削ぎ落とした筆跡が走る。


『真鍋へ

 神崎仁という男から事情は聞いているとは思うが、俺はそんな面倒ごとはごめんなのでこのままおさらばする。何か困ったことがあれば合図を送ってほしい。そうすれば今までの義理に免じて救援もやぶさかではない。

 響』


 息を吹きかけてインクを乾かすと、紙片を素早く四つ折りにした。

 入間基地の現場で最低限の信義を守り通してくれたあの男に対し、後ろ足で砂をかけるような真似は好まない。だが、これ以上の付き合いは互いにとって枷にしかならない。


 駐屯地の通用門脇、巡察の歩哨が交代の際に必ず点検する掲示板の金具の隙間へ、その紙片を深くねじ込んだ。


「……響さん、本当に置いていっちゃうんですかぁ」


 背後から、押し殺した声が漏れた。

 唯は防弾ベストの襟元を両手でぎゅっと握りしめ、小動物のように肩をすくめて夜闇を窺っている。息遣いには、組織という巨大な庇護を完全に失うことへの怯えが滲んでいた。


「真鍋3佐のとこに戻れば、怒られるかもしれないですけど……ご飯も寝る場所もあったのに……。外に出たら、もう本当に誰も助けてくれないんですよぉ」


「自衛隊の飯を食う代償に、全身を切り刻まれて検査漬けにされるのがお前の望みか? 神崎の目の奥を見たろ。あれは規律と前例しか信じない人間の目だ。あの中に残れば、お前も俺も、ただの研究材料として飼い殺されるのがオチだ」


 響は冷徹に言い捨て、腰の帯に収めた漆黒の柄に指を触れた。

 乾いた冷気が皮膚を刺す。だが、その冷たさこそが、自らの足で立っている実感を与えていた。


「生き延びる道は、組織の都合にぶら下がることじゃない。誰にも手出しができない力を、自分たちの手で掴むことだけだ。……行くぞ、唯」


「うぅ……っ。モルモットも嫌だし、飢え死にも嫌ですぅ……!」


 唯は涙目になりながらも、響の歩調に合わせて駆け寄った。両手の十手を無意識に確かめるその仕草には、染み付いた前哨の感覚が宿っている。


 十条の街並みは、街灯の多くが消え、深い闇に沈んでいた。

 自衛隊の防衛線の外側――人の法が届かず、未知の脅威が口を開けて待つ空白地帯へ向けて、二つの足音が夜の舗装路を鋭く刻んでいく。


 目指すべきは、自衛隊の統制が及んでいない未制圧の領域。

 より深く、より危険で、自身のレベルを急速に引き上げるための新たな狩場を探し求め、響は闇の奥へと足を踏み入れた。


 ◇


 十条の喧騒を背に受けて歩を進める響と唯の足取りは、闇を切り裂くように速やかだった。


 冷え込む夜気に白く濁る吐息を吐き出しながら、響は自身の内に眠るシステムとステータスの残滓に神経を研ぎ澄ませていた。


 現状における絶対の生存基盤――それは、自身のレベルを引き上げること。その1点に集約されていた。


 自衛隊という国家の補給線から完全に離脱した今、弾薬の支給もレーションの配給もない。だが、響のアイテムボックスは自身のレベル上昇に同期して封印が解かれ、異世界の高純度な物資や魔導具が段階的に現出する構造を持っている。


 それは響自身の生存だけでなく、同行する唯の生命線そのものでもあった。


 唯の持つ天賦の身のこなしと神速の十手術は、常人の域を遥かに凌駕している。しかし、その肉体はあくまで脆い生身の人間であり、飢えれば動けなくなり、傷を負えば容易に命を落とす。響のレベルアップに伴って解放される魔導武具、滋養に富む異世界の食料、そして致命傷すら瞬時に塞ぐポーション類――それらを手中に収め続けることこそが、唯の生を繋ぎ止め、戦闘集団としての強度を担保する唯一の鍵だった。


「響さん、どこへ向かってるんですかぁ……? こっち、どんどん明かりがなくなってますけど……」


 唯が身震いしながら、響の斜め後ろへぴったりと身を寄せて囁く。


「大宮だ」


 響は前を見据えたまま、簡潔に返した。


「板橋の病院地下は初級の領域だった。十条周辺の小規模な穴も、今の俺たちの喉を潤すには規模が小さすぎる。手札を劇的に増やすには、相応の密度と深度を持った第2段階のダンジョンへ潜る必要がある」


 響は歩みを止めず、大気に漂う不可視の流れを肌で探った。


 視界には映らないが、感覚の奥底でざらつくような感触がある。魔力とも瘴気ともつかない、現実の法則を歪める特有の「淀み」。微弱ながらも途切れることなく北西の空へ尾を引くその気配は、かつて多くの路線が交差し、広大な地下構造物を抱えていた巨大ターミナル――大宮の地下街から漏れ出しているものだった。


 未曾有の災厄以降、自衛隊の防衛線すら十全に届いていない巨大な空白地帯。地上から切り離された暗黒の迷宮の底にこそ、次なる糧となる強敵と、レベルアップの機会が眠っている。


「大宮の地下街……あそこ、地上も地下もめちゃくちゃ広いって聞きましたよぉ……! 魔物がうじゃうじゃいたらどうするんですかぁ」


「願ったり叶ったりだ。湧き出る獲物を片端から叩き潰して、俺のレベルを跳ね上げる。文句を垂れる暇があるなら足を進めろ。ついてこれねえなら置いていくぞ」


「うぅ……っ、置いていかないでくださいぃ! ちゃんとついていきますからぁ!」


 唯は腰の十手を握り直し、小走りで響の背中を追う。


 冷え切ったアスファルトを踏みしめ、二人は暗闇に沈む街道を抜け、大宮の地下に潜む未知の領域を目指して迷いなく進軍を続けた。


 ◇


 大宮駅周辺に足を踏み入れた瞬間、鼻腔を突いたのは、十条の比ではない濃密な死臭と腐敗臭だった。


 かつて北関東と都心を結ぶ要衝として賑わっていた駅前広場は、完全に破壊されたコンクリートと鉄骨の残骸に埋め尽くされている。横転したパトカー、キャタピラを引き裂かれた装甲車、そして散乱する空薬莢。その合間に転がる無数の遺体の中には、警察官や迷彩服を纏った自衛隊員の姿が幾重にも折り重なっていた。中級モンスターどころか、統制の崩壊した現場で押し寄せる暴力の前に、正規部隊すら為す術なく飲み込まれた生々しい痕跡だった。


「……う、うわぁ……ひどい……。自衛隊の人たちまでこんなに……」


 唯は防弾ベストの襟元を掴み、青ざめた顔で遺体の山から目を背けた。

 響は漆黒のフードの下から冷淡な眼差しを向け、足元に転がっていた自衛隊の64式小銃を軽く靴底で払いのけた。


「防衛線が引けずに正面から食い破られたな。まともに退却支援すら回らなかった証拠だ。……行くぞ、地上に用はねえ」


 破壊されたガラス戸を跨ぎ、二人は薄暗い大宮駅の地下街へと足を踏み入れた。


 地下街は電力が完全に落ち、非常灯の赤い薄明かりだけが規則的に闇を切り裂いている。タイル張りの床はぬめるような血痕で汚れ、空気中には湿り気を含んだ腐臭が澱んでいた。


 シャドーを警戒するまでもなく、前方から足を引きずる重たい摩擦音が響いてくる。

 赤い光の奥から姿を現したのは、肉が崩れ落ち、服をボロボロに引き裂かれた数十体のゾンビ――かつての駅利用者や避難民の成れの果てだった。濁った瞳で侵入者を認めるや否や、獣のような呻き声を上げて群がり寄ってくる。


「狂犬、掃除だ」


「了解ぃぃッ!!」


 唯が低く地を蹴った。

 怯えていた表情は瞬時に消え去り、両手の十手とナイフが鋭い銀光を描く。

 間合いに入った先頭のゾンビの側頭部へ十手の一撃がめり込み、頭蓋を粉砕。返す刃で後続の首を薙ぎ払う。


「群れてんじゃねえぞゴミ共がァッ!!」


 ドスの利いた罵声を浴びせながら、唯は踊るような足捌きで密集陣の隙間をすり抜け、次々と関節と頸椎を破壊していく。

 響もまた、腰の刀を抜くことすらなく、懐から取り出した万能解体用アーミーナイフを逆手に構えて歩を崩さずに進んだ。


 正面から両腕を伸ばしてきた個体の肘の内側に刃を滑らせ、腱を断つ。体勢を崩した頭部を靴底で踏み砕き、背後から迫った別の個体の喉元をノールックの刺突で正確に貫いた。


 作業のように無駄のない動き。わずか数分のうちに、広大な地下通路を埋めていたゾンビの群れは、ことごとく床に打ち捨てられた肉塊へと変わっていた。


「ふぅ……雑魚ばっかりで張り合いがないですぅ」


 ナイフの血糊を振るい落とし、唯が小さく息を吐く。

 響は通路の隅々まで視線を走らせ、空間の奥に滞留する魔力の流れを追った。


 駅ビル地下の食品街を抜け、さらに奥の避難用連絡通路を奥深くへ進む。

 倒壊したシャッターを潜り抜けた先、冷気と不気味な紫色の燐光が漏れ出している巨大な空間へと辿り着いた。


 地下鉄の整備用フロアとおぼしき空洞の奥、空間そのものが円形に裂け、渦を巻く漆黒のゲートがぽっかりと口を開けていた。


 周囲にはバリケードもなければ、監視カメラや計測器のコードの類も一切存在しない。

 自衛隊の先遣隊はおろか、公的な調査の手すら一度も入っていない、完全な手付かずの空白。

 数カ月、あるいは数年後には国家の管理下に置かれ、厳重な検問と書類手続きで縛られることになるであろうその領域は、いまこの瞬間、誰の目にも触れず、誰の支配も受けずにただ静まり返っていた。


「……ありましたね。誰の足跡もありません」


 唯が声のトーンを落とし、ゲートから吹き出る風に前髪を揺らしながら呟いた。


 響は漆黒のフードを目深に引き下げ、口元に薄い弧を描いた。


「手続きも規律も関係ねえ。誰の指図も受けない、俺たちだけの獲場だ」


 迷うことなく、響は漆黒のコートを翻してゲートの境界へと踏み出した。唯もその背を追い、二人の姿は渦巻く暗黒の中へと音もなく吸い込まれていった。


 ◇


 漆黒のゲートを潜り抜けた先、冷気とともに立ち込めていたのは、地下街の腐臭とは明確に異なる、濃密で純粋な「迷宮」の気配だった。


 足元に広がるのは、整然と削り出された灰褐色の切石。天井は3m以上の高さを保ち、等間隔に配置された壁面の鉱石が、仄かな青白い燐光を放って広大な通路を照らし出している。


 響はフードの奥から鋭い視線を走らせ、切石の床へ靴底を軽く打ち付けた。反響音の減衰速度と、大気中を循環する魔力の流速を肌で測る。


「……なるほどな。雑魚を間引くための典型的な構造だ」


「響さん、ここ……外の地下鉄のトンネルとは全然違いますよぉ。どこまで続いてるんですかぁ?」


 唯が防弾ベストの襟をぎゅっと握りしめ、おずおずと首を巡らせる。

 響は前世での無数の迷宮踏破の記憶を照合しながら、簡潔に告げた。


「上層、中層、下層、そして最下層の4層区分構造だ。大気中の魔力密度の勾配と、空間の歪み具合から察するに……おそらく全100階層はある深さだな。長期滞在になるぞ」


「ひゃ、100階層ぉ!? そんなに潜ったら、地上に戻る頃にはおばあちゃんになっちゃいますぅ!」


「喚くな。まずは足元の安全確保だ。上層を片端から食い潰す」


 響が歩を進めると同時に、通路の奥からぬちゃりとした湿った音が響いた。

 青白く光る半透明の不定形――スライムが2体、床を這いながらゆっくりと間合いを詰めてくる。その背後の曲がり角からは、キチキチと歯を鳴らすジャイアントラットの群れが姿を現した。


「狂犬、手足を慣らせ」


「了解ぃぃッ!!」


 唯が低空で地を蹴った。

 大型コンバットナイフの切っ先が閃き、ジャイアントラットの眉間を正確に貫く。返す刃で横薙ぎに首を刎ね飛ばし、そのままの勢いでスライムの体内に浮かぶ核を十手の一撃で叩き割った。


 パリンと小気味よい破砕音とともに、モンスターたちが黒い霧となって消滅し、極小の低級魔石が床へ転がる。


「ケッ、手応えがねえな。もっと骨のある奴はいねえのかよ!」


 唯が血走った目で通路の奥を睨みつけると、その挑発に応じるように、暗がりから粗悪な足音が次々と重なり始めた。


 現れたのは、錆びたナタを手にした緑色の小鬼――ゴブリンの集団。

 後方には粗末な木弓をつがえたゴブリンアーチャーが3体、さらにその中央には、体長2mを超える巨躯を誇るホブゴブリンが、丸太のような棍棒を肩に担いで陣取っていた。左右の壁際からは、カタカタと骨を鳴らすスケルトンが槍を構えて歩調を合わせる。


「上層の役満だな。スライム、ドブネズミ、小鬼に骨」


 響は腰の刀に手をかけることもなく、万能解体用アーミーナイフを指先で軽く弾いた。


 ゴブリンアーチャーが一斉に放った矢の軌道を、響は首をわずかに傾けただけで紙一重ですり抜ける。間髪入れずに踏み込むと、先頭のゴブリンの喉元へナイフの刃を逆手に滑り込ませ、腱ごと頸動脈を切り裂いた。


「ぎゃっ――!?」


 断末魔の叫びすら上げさせずに蹴り倒し、背後から突き出されたスケルトンの槍を左手の甲で弾く。軸を回転させながら、剥き出しの頸椎へナイフの切っ先を深々と突き立て、骨の連結を粉砕した。


 一方の唯は、棍棒を振り下ろしてきたホブゴブリンの懐へ一瞬で潜り込んでいた。


「デカい図体して動きがトロいんだよ間抜けがァッ!!」


 ドスの利いた咆哮とともに、跳躍の勢いを乗せた十手の一撃がホブゴブリンの顎下を撃ち抜く。ゴキリと鈍い骨折音が響き、脳震盪を起こして仰け反った巨躯の喉笛へ、唯のナイフが深々と突き刺さった。


 残ったゴブリンアーチャーたちも、響が投擲した破片と唯の高速強襲によって瞬く間に沈黙した。


 戦闘開始から1分にも満たない。

 通路には、霧散していくモンスターたちの魔力粒子とともに、小粒の魔石が散乱していた。


 響は足元に転がったホブゴブリンの魔石を爪先で拾い上げると、親指で弾いて口の中へ放り込んだ。


 ボリッ、ボリボリ……ジャリッ。


「……うん、不味いな。十条の中級に比べると、出汁の出がらしを噛んでるような味だ」


「響さん、また拾い食いしてますぅ! しかも不味いって文句言いながら飲み込まないでくださいぃ!」


 唯がジト目でツッコミを入れながら、床に散らばった低級魔石を手際よく回収袋へ放り込んでいく。


 響は自身の視界の端に浮かぶステータスを確認した。微量ながらも経験値のゲージが動き、アイテムボックスの深部にある備品へのアクセス制限が、ほんのわずかに緩んだ感覚がある。


「いくら味が薄かろうが、数さえ集めりゃ足しにはなる。唯、この階層の獲物を根こそぎ狩り尽くすぞ。下へ降りるのはそれからだ」


「へーい……。お肉のために頑張りますぅ」


 漆黒の外套を揺らし、二人は上層の奥深くへと迷いなく足を進めていった。


 ◇


 大宮の地下へ潜ってから、地上時間で数日が経過していた。


 上層25階層を完全に蹂躙し、低級モンスターを文字通り根こそぎ狩り尽くした二人は、ついに第26階層――「中層」へと足を踏み入れていた。


 湿った空気は一転して重く冷え込み、壁面の燐光は青白さから濁った赤みを帯び始めている。徘徊する魔物の気配も、先ほどまでのゴブリンやスライムとは比較にならないほど濃密で、殺気を帯びたものへと変貌していた。


 しかし、長期間の潜行を可能にした最大の要因は、戦闘力そのもの以上に、各階層を繋ぐ階段付近に存在する構造の発見にあった。


 次の階層へ降りる石造りの螺旋階段の脇。厚みのある鉄扉で区切られた数畳ほどの小部屋には、どれほど濃密なダンジョン内であっても魔物が一切足を踏み入れない、絶対的な不可侵結界が張られていた。


「ふぁぁぁ……! 響さん、やっぱりここ、魔物が入ってこないですぅ! ドアの外にキモい虫が通り過ぎたのに、こっちを完全にスルーしていきました!」


 唯は防弾ベストを脱ぎ捨て、石床の上に敷いた携帯マットの上へ大の字になって倒れ込んだ。


「階段脇のセーフエリア(安全地帯)だ。前世の迷宮でもよく見た構造だな。迷宮の循環システムが階層の境界を維持するために設けている歪みの緩衝区画だ。ここに入り込めば、索敵にも引っかからねえ」


 響は漆黒のフードを下ろし、アイテムボックスから取り出した保存食の干し肉と、清潔な水が入った革袋を唯の前へ放り投げた。


「わぁい、ご飯ですぅ! ……でも響さん、本当に地上に戻らなくて大丈夫なんですか? もう何日も太陽を見てないですよぉ」


「外に戻って、自衛隊の官僚どもに『どこをうろついていた』と尋問される手間を考えりゃ、ここの方がよっぽど居心地がいい。何より、獲物の質が段違いだ」


 響は石壁に背を預け、視界の右隅に展開した半透明のシステムウィンドウを指先で払うように操作した。


【安藤 響】

 レベル:19

 体力:322 / 322

 魔力:1680 / 1680

 力:218

 敏捷性:238

 持久力:224

 知力:162

 精神力:258


 ・固有スキル:【鑑定(自己修復中)】【アイテムボックス】


 十条を突破した時点でのLv.10から、第1階層から第25階層までの徹底的な掃討戦を経て、一気にLv.19まで引き上げられていた。数値の上昇幅は初期状態の約2.8倍に達し、身体の芯に滞留していた魔力の巡りも、前世の全盛期に近い滑らかさを取り戻しつつある。


「……うん、悪くねえペースだ。器の修復は順調だな」


 響は小さく呟き、床に山積みになっていた革袋へ視線を落とした。上層の25層分を制覇する過程で回収した、ゴブリンやホブゴブリン、スケルトンなどから得た数百個に及ぶ低級・中級魔石の山だ。


 かつて十条では唯が背嚢へ詰め込み、重そうに背負っていた代物だが、Lv.15を超えたあたりでアイテムボックスの仕様が一段階拡張されていた。


 響が床の魔石の山へ右手をかざすと、空間がわずかに歪み、無数の結晶が一瞬にして虚空へと吸い込まれていく。


【アイテムボックス内残数:低級魔石×482、中級魔石×38】


「う、うわぁぁ……! 何回見ても便利すぎますぅ! あれだけ肩に食い込んでた重たい荷物が、全部消えちゃいました!」


 唯は干し肉を咀嚼する手を止め、目を輝かせて拍手を送った。

 どれほど討伐数を重ねて魔石を回収しようと、背嚢を膨らませる必要も、行軍速度を落とす必要もない。両手を完全に自由にしたまま、手ぶらで迷宮を闊歩できる兵站上の優位は、長期滞在において計り知れない恩恵をもたらしていた。


「外の世界じゃ、魔石の運搬だけで軽トラやら大型トラックを何台も手配して、護衛小隊を張り付けてるんだろ。あんな非効率な真似、付き合ってられねえよ」


 響は革袋の水を一口含み、喉を鳴らして飲み干した。


「安全な寝床があって、飯も水も尽きねえ。なら、外に出る理由がどこにある? 重たい荷物を持たずに済むなら、お前の足も鈍らねえだろ。腹を満たしたら少し仮眠を取るぞ。第26階層からは中層だ。上層の雑魚共とは手応えが変わる」


「うぅ……響さんがブラック部隊の鬼隊長に見えてきましたぁ……。でも、お肉も美味しいですし、了解ですぅ!」


 唯が毛布を引き寄せようとしたその時、響は虚空へ指先を差し入れ、アイテムボックスの奥からひとつの武具を取り出した。


 鈍い銀光を放つ細身の籠手――『風切りのミスリルガントレット』。

 表面には風の加護を宿す微細な古代文字が刻み込まれ、触れるだけで周囲の空気がわずかに渦を巻いている。


「ほらよ、狂犬。受け取りな」


 無造作に放り投げられた籠手を、唯は慌てて両手でキャッチした。


「ひゃわっ!? な、なんですかこれ……すっごく軽くて、冷たくて気持ちいいですぅ……!」


「お前のステータスは覚醒時の数値から固定されて動かねえ。だが、身に着ける装備で底上げすることはできる。そいつは敏捷性と攻撃速度を引き上げ、刃筋に真空の衝撃波を乗せる魔導具だ。手首のリストバンドの上から重ねて着けろ。魔導の干渉はねえから、速度効果がそのまま上乗せされる」


「えぇっ!? そんな凄いお宝、アタシが貰っちゃっていいんですかぁ!?」


「前世のストックからアクセス権が戻っただけだ。中層以降の敵は装甲も速度も桁が上がる。お前がトロい動きで足を引っ張られたら面倒なだけだ。さっさと着けて馴染ませろ」


 唯は左手首のレザーリストバンドの上から、両腕へ吸い付くようにガントレットを装着した。

 二重に重なった魔導の恩恵が手首から前腕へと巡り、拳を軽く握り込むだけで、身体全体が風に乗ったかのような強烈な加速感が全身を駆け抜ける。


「す、すごいですぅ……! 身体が羽みたいに軽くなって、ナイフを振るスピードが何倍にもなりそうです! 響さん、ありがとうございますぅ!!」


「礼はいい。その代わり、中層でもきっちり働いてもらうぞ」


 唯は残りの干し肉を素早く平らげると、毛布にくるまって即座に寝息を立て始めた。

 響は万能解体用アーミーナイフの刃先を手入れしながら、冷徹な眼光を鉄扉の隙間へと向けた。


 休養と睡眠を安全に確保できる拠点を手に入れた今、地上への退却戦を気にする必要は完全に消滅している。中層から漂い始める濃密な殺気の気配を静かに測りながら、響は静かに目を閉じた。


 ◇


 十条駐屯地の対策本部プレハブ内に設置された専用通信卓から、空気を切り裂くような怒号がスピーカー越しに響き渡っていた。


「――神崎2佐! 貴様、現場で一体何をやってくれたんだッ!!」


 入間基地の真鍋3佐の、血管が千切れんばかりの怒声だった。

 通信画面の向こうで、真鍋は机を拳で叩き割りそうな形相で神崎を睨みつけている。


「板橋の防衛線を単独で押し戻し、十条の壊滅危機を救った規格外の覚醒者を、官僚的な手続き面で追い詰めて出奔させただと!? この非常時に、頭のネジが何本飛んでいればそんな愚挙に出られるんだ!!」


 対する神崎仁2佐は、眉根を寄せつつも、冷徹に腕を組んで通信機を見据え返した。


「言葉を慎め、真鍋3佐。階級を弁えろ」


「階級など知るか! 現場の現実を見ろと言っているんだ! 現在、地上はどうなっている!? 大宮方面は防衛線が完全に食い破られ、警察も正規部隊も壊滅状態だ! 各地のダンジョンから中級・上級が溢れ出し、即戦力が喉から手が出るほど欲しいこの局面で、あの女を繋ぎ止めるどころか敵に回すような真似をして……! 貴様のその硬直した保身と前例主義が、自衛隊の戦力基盤をどれだけ削り取ったか理解しているのか!!」


「保身ではない、軍事組織としての統制だ」


 神崎は机の上に置かれた、響が残していった怪しげな薬瓶の分析速報を指先で弾いた。


「出所不明の未承認薬品を部下に投与し、防衛装備庁の規格にもない正体不明の刀剣や魔導具を私有して振るう。そんな法秩序を無視したイレギュラーを放置できるか! もしあの女が反乱を起こしたら誰が止める? 毒物の副反応で隊員が死んだら誰が責任を取る!? 軍隊は個人の暴力で成り立っているのではない、規律と法規で動いているんだ!」


「その規律とやらで、大宮で死んだ隊員たちの命が救えたのかッ!!」


 真鍋の咆哮が通信室を震わせる。


「あの安藤響は、板橋でも十条でも、確実にこちらの意図を汲んで味方を救い、被害を最小限に抑えてみせた! なぜ手綱を握る度量がない!? なぜ規格に収まらないというだけで排除に動く!? 貴様がやったことは規律の維持ではない、ただの無責任な職務放棄であり、国家に対する利敵行為だ!!」


 二人の怒号が衝突し、通信室に詰めていた幕僚たちが息を呑んで凍りつく中、回線に割り込むように低い咳払いが響いた。


「――そこまでにしろ、両名とも」


 通信画面が切り替わり、防衛省・陸上幕僚監部の統括作戦室から、上層部の将官が険しい表情で姿を現した。


 室内の空気が一瞬にして凍りつく。神崎と真鍋は即座に直立不動の姿勢を取り、敬礼を交わした。


 上層部が下した判断は、現場の泥沼の責任論を切り捨てる、極めて冷酷かつ実利的なものだった。


「神崎2佐の管理規程に対する指摘は組織として正当だが、現在の戦況悪化を鑑みれば、現場判断としては著しく柔軟性を欠いていたと言わざるを得ん。一方、真鍋3佐の戦力確保の主張は妥当だが、統制不能な異物を無警戒に前線へ送り込んだ監督責任は免れん」


 将官は手元のモニターに映し出された、壊滅寸前にある大宮周辺の衛星画像を冷徹に見つめながら、決定事項を淡々と通告した。


「双方の責任問題は事態の収束後に査問委員会で行う。現時点における上層部の決定はひとつだ。安藤響および鷹野唯を、直ちに『最重要確保指定対象』から『特例独立協力者』へと扱いを変更する」


「……特例、ですか」

 神崎が苦渋の表情で問う。


「そうだ。あの2人を敵に回すな。所持品や薬品の強制収用、身体検査の要求はすべて無期限凍結とする。大宮の地下街および未確認ダンジョン周辺へ偵察班を急派し、彼女たちの痕跡を追え。発見した場合は武力介入を厳禁とし、真鍋3佐のラインを通じて『不干渉の補給・情報提供契約』を結ぶ方向で接触を図れ。背に腹は代えられん。法と規律を守るために国が滅びては本末転倒だ」


 上層部は、前例や法規の枠組みを事実上棚上げし、「自衛隊の手に負えない領域を単独で食い潰す都合のいい外部戦力」として、響たちを放任・追認する方針を決定した。


 画面が切れ、沈黙が落ちた通信室の中で、神崎2佐は忌々しげに拳を握り締め、真鍋3佐は苦い表情で大宮方面の暗い空を睨みつけていた。

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殺して序でに放火しとけばよかったのに とは言え上が追随しなかったのは意外……いや半端で責任逃れ的な判断はいつものことか 凍結であって破棄でないし殴りかかられて反撃もせずに去ったのに謝罪からはいる指示で…
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