36話:ペンタゴンの国家軍事指揮センター
ネバダの亀裂から汲み上げられた魔石は、地上で旋回を続けるCH-47チヌーク群のピストン輸送によって、総回収量42.5トンという規格外の物量のままネリス空軍基地の地下保管庫へと集積されていく。
地上搬出の完了を見届けた響たちは、現地回収班に後詰めの警戒を委ねると、待機していた大統領直属の軍用高速VIP輸送機へと乗り込んだ。
次なる攻略目標は中西部オハイオ州の臨界ダンジョン。だが機影はオハイオの上空を敢えて通過し、針路を東、首都ワシントンD.C.近郊のバージニア州アーリントンへと向ける。
40トンを超える魔石の処理ラインの確立と、それに伴う国家インフラの最終確認を行うため、ペンタゴンの国家軍事指揮センターへ立ち寄る必要があったからである。
ペンタゴン地下、電磁シールドに覆われた特別作戦室。
円卓の周囲には、エネルギー省や陸軍工兵隊を統括する実務担当次官、大統領首席補佐官、そして統合参謀本部のライアン少将が待機していた。スティーブンス大将が軍籍を剥奪されて去った後のこの部屋には、かつてのような身の程知らずの傲慢さや威圧的な空気は微塵もない。
また、壁面の大型スクリーンには、エイペックス・プラントの引き渡しおよび民間側の受入責任者として、ネバダの現地からリゾナンス米国代表代理のステラ・ヴァレンタインが常時接続の暗号回線で同席していた。
響が部屋へ足を踏み入れると、高官たちは静かに立ち上がり、頭を下げて迎えた。
「――響さん、ネバダに続き、遠路足を運んでいただき感謝します」
ライアン少将が進み出て、穏やかでありながら深い敬意を込めた声で迎えた。かつてワシントン直下で響の背中にすがり、合衆国の過ちを認めて以来、ライアンは響の助言に真摯に従い、この防衛体制を支えてきた一人だった。
「お待たせしました、ライアンさん。……無事に42.5トンの回収は終わりましたよ」
響は穏やかな笑みを浮かべ、円卓の席へと腰を下ろした。葵と御子柴もその背後と隣へ自然な仕草で控える。
「42.5トン……本当に頭が下がる思いです。我が軍だけでは、何百人の犠牲を出してもネリスへ持ち帰ることすらできなかった。現在、地下保管庫に収容されていますが、すでに限界容量に達しています。響さんの指示通り、この魔石を対ゾンビ活動停止フィールドを放つ『変質魔核』へと加工するための超大規模プラントについて、大統領令に基づき合衆国側の手配をすべて整えました」
ライアンが操作するコンソールから、壁面のメインスクリーンへネバダ州エイペックスの衛星画像が映し出された。
「加工拠点として、ラスベガス北東の『旧・ネバダ総合貴金属選鉱・製錬コンプレックス』の全区画を接収しました。トン単位の鉱石をホッパーからコンベアへ流し、連続破砕や選別を行う頑丈な動線がそのまま生きている場所です。……ただ、響さんの仰っていた通り、数百基の超高出力X線発生器を並列稼働させるためのエネルギーと排熱は、一国家の通常インフラを遥かに超えていました」
ライアンの言葉を引き継ぐように、工兵隊担当の次官が静かに書類を開いた。響を警戒するような色合いはなく、純粋な実務の報告として語りかける。
「工兵隊の試算では、小都市ひとつ分の電力をこの単一施設へ注ぎ込む必要があります。そのため、プラント周囲の砂漠地帯、東京ドーム120個分に相当するエリアを全面接収し、現在突貫でメガソーラーパネルを敷き詰めております。さらに目と鼻の先にあるフーバーダム水力発電所から専用の特高バイパスを直結させ、安定したベースロード電力を確保しました」
次官が排熱処理の図面を響の前へ差し出す。
「排熱対策としては、プラント本体と同等、約50万平方メートルの隣接地を確保しました。大型産業用スクリューチラー数百基を配置し、大容量の液化窒素タンクローリーを常時ピストン待機させる超巨大冷却ファームを構築します。国防生産法に基づき、連邦緊急予算から全額を支出しておりますので、リゾナンス側に費用負担は一切生じさせません」
提示された膨大な設備計画と図面を一通り眺め、響は満足そうに頷いた。
「見渡す限りの何もない砂漠と、フーバーダムの電力。過密な日本では絶対に真似できない、アメリカならではの素晴らしい土地の使い方ですね。これなら安全に、大量の魔石を連続励起させることができるでしょう」
「そう受け止めていただけると、各方面をねじ伏せて突貫工事を命じた甲斐がありますよ」
大統領首席補佐官が胸を撫で下ろし、大統領直筆のサインが刻まれた協定書を恭しく響の前へ差し出した。
「そして、こちらが最も重視されていた取り決めです。『エイペックス・プラントにおいて変質処理を終えた変質魔核は、合衆国全土のいかなる拠点よりも優先し、製造された第一ロットから規定数を日本本土へ直行空輸する』。……大統領令に基づく絶対的な保証ですので、連邦議会や州知事の思惑ひとつで覆る余地は一切ありません」
「ええ、配慮に感謝いたします。自国の防衛に必要な資材がきちんと手に入るなら、私も喜んで力を尽くしましょう」
響は穏やかに微笑み、差し出された文面に目を走らせながら、小さく首を横に振った。
「ただ、『いかなる拠点よりも』と頑なになる必要はありませんよ。今回私がこうして足を運んだのは、何よりもまず、あなたの故郷を守り抜く手助けをするためなのですから。この国が直面している切迫した危機さえ脱すれば、その後にいくらでもお受けします」
相手を思い遣るその静かな言葉に、居並ぶ高官たちの胸を深い安堵と温かな信頼が満たしていく。
「よし……これで後ろ盾の体制はすべて整った」
ライアン少将が表情を引き締め、響を見つめた。そこにあるのは上官の命令などではなく、国家の命運を共に背負う頼もしい戦友へ、次なる戦場を委ねる軍人の真摯な眼差しだった。
「響さん、次はオハイオだ。シンシナティ中心街――オハイオ川沿いの『ペイコー・スタジアム』に発生した特異侵食孔だ。崩壊の臨界まで、もう猶予がない。スタジアムの外周駐車場に展開した現地軍が文字通り命を削って封鎖線を繋ぎ止めているが、オハイオ川を渡られればケンタッキー側も含めて市街地が一瞬で呑まれる。限界が近い」
ライアン少将が操作するコンソールから、壁面のスクリーンへスタジアム地下の透過ソナー図面が展開された。天然の曲がりくねった一本道の洞窟ではなく、巨大な切石で構築された古代闘技場のような幾何学的構造――大小の広間が太い通路や階段で連結された立体図面が浮かび上がる。
図面を凝視した響は、顎に手を当てて静かに目を細めた。
「……なるほど。これでは前回のようにはいかないな」
「響さん?」
ライアンが怪訝そうに眉を寄せる。響は図面の各フロアを指先でなぞりながら、冷徹な分析を口にした。
「ネバダの亀裂は、横並び3人から5人が限界の狭い一本道だった。俺が先頭のトンネル断面を完全に制圧し、蓋をし続けていたからこそ、後続は丸腰で魔石を拾い集めるだけで済んだ。……だが、このスタジアムの地下は違う。20mから30m四方の独立したフロアが連なる区画構造だ。俺が単身で先行して部屋を制圧したとしても、後続が魔石を回収している最中、あるいは長い階段や通路をピストン搬送している隙に、別坑道からの迷い込みや局所的なリポップが発生した場合、丸腰の回収要員は格好の標的になる」
響の指摘に、隣の御子柴が眼鏡のブリッジを押し上げて即座に補足を加える。
「おっしゃる通りです。各フロアに複数の魔力噴出孔や死角が存在します。搬送ライン自体に防衛能力を持たせなければ、ピストン輸送の破綻は避けられません」
「そういうことだ。俺が後ろを振り返りながら戦うのは効率が悪すぎる。……ライアンさん、ステラさん。今回は回収ライン自体に、専任の護衛部隊を組み込む必要がある」
響は立ち上がりかけ、ふと思い出したようにスクリーンに映るステラへ視線を向けた。
「ステラさん」
『は、はいっ! 何でしょうか、響様!』
「オハイオの現場は都市部の巨大スタジアムです。ネバダでの経験を踏まえて、回収要員を最初から増やしておきたいのですが、500名ほどの手配は可能ですか?」
『ご、500人ですか……!?』
突如突きつけられた桁外れの規模に、ステラは目を丸くし、手元の端末を慌ただしく確認しながら眉を下げた。
『響様、申し訳ありません……! 東海岸の提携PMCや待機要員を総動員して、ネリスから移動させる熟練組と合わせても、リゾナンス側で即座に動かせるのは250名が限界です……! 500名となると、怪しい民間軍事会社まで片っ端からかき集めなければならず、守秘義務や統率の面で危険が生じてしまいます……お役に立てずごめんなさい……』
本来は世界的な歌姫であり、実業家や軍事の専門家ではないステラだ。民間クランの枠組みで、短時間のうちに信頼に足る250名をかき集められるだけでも十分すぎるほどの働きだった。
「謝る必要はありませんよ、ステラさん。250名も確保できているなら十分です。無理を言ってすみませんでした。その250名は全員、日常的にダンジョンでの活動経験がある覚醒者ですね?」
『はいっ! 基礎戦闘力と実戦経験を持つ覚醒者を揃えています!』
「なら、その250名の中から戦闘能力に長けた精鋭を15名ほど抽出し、専任の『ライン防衛班』として再編成してください。残りの235名を運搬ピストン要員に充てます。その配置をお願いできますか」
『はいっ! そちらは責任を持って、ライト・パターソン空軍基地経由でスタジアムへ直行させます!』
ステラを優しく労って通信を切ると、響は隣の御子柴と視線を交わした。御子柴が眼鏡のブリッジを押し上げ、即座に試算を口にする。
「響さんのおっしゃる通り、ペイコー・スタジアムの容積と搬入路の広さを考えれば、250名では必ず後方に魔核の滞留が発生します。最低でもあと250名、合計500名規模のピストンラインが不可欠です」
「……ええ。そこで、ライアンさん」
響は穏やかな笑みを浮かべ、統合参謀本部のライアン少将へ向き直った。
「スタジアムを取り囲んでいるオハイオ陸軍州兵の皆さんから、250名ほど人員をお借りできますか?」
「州兵を……ですか?」
予想外の提案に、ライアンが目を瞬かせた。
「彼らは現地で防衛線を敷いていますが、相手は特級の深層種です。通常兵器で足止めを続けるのは命を削るだけで、弾薬の無駄遣いにもなりかねません。私が突入すれば、前方数百メートルの敵はすべて消え去ります。兵士たちには銃を置き、リゾナンスの民間部隊と連携して、背嚢やコンテナで魔石を外の駐車場へ運び出す支援に回ってほしいのです」
響の合理的かつ兵士の命を無駄にしない提案に、ライアンの表情がパッと明るくなった。
「なるほど……! 危険な迎撃戦から安全な回収ラインへ兵をスライドさせられるのなら、現地司令官も諸手を挙げて喜びます。オハイオ陸軍州兵第37旅団から即座に300名を抽出し、リゾナンス部隊の受け入れと合同ピストンラインの構築を命じましょう。基地の大型フォークリフトやダンプトラックも動員させます」
「助かります。これで合計500名超の体制が組めますね。……そして、防衛ラインの管制と直接護衛の割り振りだ」
響は視線を御子柴と葵へ向けた。
「御子柴。お前は回収ラインの最前線に陣取り、各梯団長との無線連絡と物量の流れから後続の動線を常時監視しろ。運搬サイクルの滞留や現場からの異常報告をいち早く吸い上げ、トラブルが起きた区画へ防衛班を急行させる管制官をやってもらう」
「了解いたしました。各梯団との通信網を確立し、ライン管制体制を整えます」
「そして葵。お前には15名の防衛班の指揮を執り、回収ラインの直接護衛を頼みたい。防衛班の牽制をすり抜けてラインへ迫る敵を、お前のモーニングスターで確実に粉砕・排除してくれ。引き受けてくれるか?」
「もちろんです、響さん! 回収部隊の背中は絶対に守り抜きます!」
葵が凛とした表情で力強く頷く。響は満足そうに微笑み、ライアン少将へ向き直った。
「俺が単身で部屋へ踏み込み、区画内の敵を殲滅して完全な安全を確保する。クリアを確認してから回収班を進入させ、その背後を葵たち防衛部隊が固めてピストンラインを死守する。――この『区画制圧・護衛搬送方式』でいく。州兵の配置もこれに合わせてくれ」
「完璧な布陣だ……! 即座に現地第37旅団へ伝達し、受け入れ態勢を敷かせよう」
響はライダースジャケットのファスナーを引き締め、指揮センターの扉へと歩み出した。
「葵、御子柴、行きますよ。オハイオを片付けて、さっさと日本へ帰りましょうか」
◇
ペンタゴンを離陸した軍用高速VIP機は、アパラチア山脈を越えてオハイオ州上空へと滑り込んだ。
眼下に広がるのは、オハイオ川の蛇行に沿って広がるシンシナティの街並み。その南端、川岸に鎮座するNFLの巨城『ペイコー・スタジアム』は、すでに日常の熱気を完全に喪失していた。
すり鉢状の巨大なスタンドから噴き上がる紫黒色の魔力光。
スタジアムを取り囲む広大な平面駐車場には、オハイオ陸軍州兵第37歩兵旅団の装甲車やトラックが何十台も並び、物々しい封鎖線を敷いている。隣接する州間高速道路I-71とブレント・スペンス橋は完全に遮断され、ケンタッキー州側へ抜ける道には異様な静けさが漂っていた。
ヘリパッドへ滑り込んだ輸送機からタラップが降りる。
革のライダースジャケットのファスナーを首元まで引き上げ、響は乾燥した冷気を吸い込んだ。背後には、資料端末を抱えた御子柴と、背負いホルダーに漆黒のモーニングスターを固定した葵が乱れのない足取りで続く。
タラップの下では、疲弊しきった顔の州兵大佐が、整列した兵士たちを背に直立していた。
その後方には、ライト・パターソン空軍基地を経由して到着した覚醒者連合米国本部の専属回収部隊250名。その前衛には、軽装の魔導アーマーを纏い中距離魔導銃や槍を構えた精鋭15名の防衛班が陣取っている。そして、重火器を降ろして背嚢や空の頑丈な背負い籠を抱えた州兵たち250名――ライアン少将の手配通り、総勢500名に及ぶ回収要員が、スタジアムの地下搬入ゲート前に整然と布陣していた。
「……あなたが、ペンタゴンから急派されたアンドー特務官か」
大佐が掠れた声で敬礼を送る。
「フィールド中央の地割れから、低層の魔物が際限なく噴き出している。重機関銃で足止めしているが、弾薬の消費が限界を超えた。いつ外周を突破されてもおかしくない」
「状況は把握している。ご苦労だったな、大佐」
響は短く応じると、背後の500名へと視線を巡らせた。
「これより俺が先頭を切って侵入し、内部の敵をすべて叩き潰す。州兵部隊はリゾナンスの誘導に従い、地上へのピストン動線へ散開しろ。魔石の搬出に専念するんだ。御子柴は無線でライン管制、葵と防衛班は各フロアの警戒位置へ直ちに展開。第1梯団はアーチ手前で待機し、俺のクリア合図と同時に部屋へ入って詰め込みを開始しろ」
「了解いたしました。各梯団長と通信を同期、搬送ラインの管制に入ります」
「はい、響さん! 作業員には指一本触れさせません!」
迷いのない冷徹な宣告に、大佐は呆気にとられた表情を浮かべたが、統合参謀本部からの絶対命令を思い出したのか、即座に「了解、マム!」と直立した。
「御子柴、フロアの構造データは入っているな」
「受信完了しております。20mから30m四方の強固な切石造りホールが連続する区画構造。各部屋の接続部は幅4mの石造アーチ通路です。響さんの完全制圧後に順次ラインを前進させる運用に最も適した閉鎖地形です」
「よし。行くぞ」
響は短く告げると、急勾配の崩落した石段を一気に駆け下りた。
◇
眼前に広がったのは第1フロア――太い切石の角柱が立ち並ぶ、縦横25mほどの閉鎖された古代石造ホールだった。
闇の奥から、無数の赤い眼光が一斉に点灯する。歪な石斧を手にしたゴブリンの群れと、ハイエナのような骨格を持つ大型魔獣が石畳を蹴立てて殺到してきた。床の亀裂からは濃密な魔素の黒煙が立ち上り、新たな個体が次々と形を結び始めている。
響は駆け下りながら、右腰のホルスターからアダマンタイト削り出しの特注P229『黒影零式改・紫電』を抜き放った。
さらに左手で、ライダースの内ポケットからピンクゴールドに輝く折り畳み銃を取り出し、手首のスナップで展開する。
感情を完全に排し、2挺の銃口を立体機動の射線へと定めた。マガジンを抜いた状態のまま、ダブルアクションの引き金を高速で引き絞る。
カチカチと撃鉄が落ちる乾いた作動音。
パシュッ、パシュッ、パシュッ! ――キュンッ! キュンキュンッ!
響は正面から突進する魔獣の鼻先へ飛び込むのではなく、手前の切石の角柱を蹴り上げ、垂直に3m駆け上がった。頭上を取られた魔獣たちが顔を跳ね上げた瞬間、左手のPHTF229から放たれた銃弾が先頭個体の眉間を正確に撃ち抜く。
着地と同時に、響は空いた右の掌を石畳へ向け、中央の密集地帯へ超高負荷の局所重力場を叩き込んだ。
ドゴォッ!
超高圧の衝撃波が石畳を叩き割り、巻き上がった爆風と破片が群れの突進力を完全に破綻させた。足場を崩され、玉突き衝突を起こして怯んだゴブリンたちに向け、空中の響の右手から紫電の黒い閃光が雨のように注がれる。
パシュッ、パシュッ、パシュッ――!
マッハ3を超える弾丸が、統率個体の眉間を寸分の狂いもなく貫通。着地と同時に響は滑らかに床を滑り、至近距離から飛びかかってきた大型魔獣の顎下へ紫電のマズルを突き込んで引き金を絞った。ゼロ距離の圧縮射撃が頭蓋を内側から吹き飛ばし、光の粒子へと四散させる。
そのまま足を止めることなく、床の亀裂――魔素が噴き出すリポップ孔へ肉薄した。
カチッ! ――キュンッ!
PHTF229の衝撃波を至近距離から亀裂の根元へ叩き込む。切石の床が陥没し、崩落した瓦礫が魔素の噴出孔を物理的に完全に圧殺した。立ち上りかけていた黒煙が形を結ぶことなく霧散し、ホールの静寂が戻る。
部屋一面に転がるのは、粉砕された魔獣たちが残した無数の青白い魔石のみ。
響は紫電を降ろし、ホールの出口扉の前から左腕の通信機へ短く告げた。
「フロア1、クリアだ。回収ラインを入れろ」
通路の入口で待機していた御子柴が即座に応答し、背後へ指示を飛ばす。
「全隊、第1フロアへ前進! 覚醒者防衛班はホールの四隅および次の接続アーチに展開、警戒線を構築せよ! 回収班、魔石の掻き集めを開始!」
御子柴の号令とともに、リゾナンスの防衛班15名が先行してホールへ滑り込み、出入口と死角を背にして銃と槍を構えて扇状の阻止線を敷く。その安全が確保された内側へ、背嚢を抱えた回収部隊が一斉に雪崩れ込み、床の魔石を猛烈な勢いで回収し始めた。
「響さん、通路側の警戒、異常ありません!」
防衛班の先頭、次の部屋へ続くアーチの脇で、葵が漆黒のモーニングスターを両手で構えながら響へ報告した。その打撃頭には、柄の先端に直接固定された頑丈な金属球と、全方位へ突き出た鋭利な四角錐のスパイクが冷たい光を放っている。
「よし。御子柴、ラインの搬出速度はどうだ」
「極めて順調です。閉鎖空間のため魔石が散逸せず、回収効率は95%以上。防衛班の阻止線が機能しているため、作業員の動線に一切の混乱はありません」
「結構だ。俺は第2フロアの制圧に入る。葵、御子柴、後ろを頼むぞ」
「はいっ、お任せください!」
響はPHTF229を構え直し、第2フロアへと続く重厚な石造アーチの闇へと単身踏み込んだ。
◇
続く第2フロア――そこは、頑丈な切石で組まれた直径100mを超える巨大なドーム状ホールだった。
はるか頭上の大空洞では、翼開長5mを超える怪鳥――ジャイアント・バットの群れが旋回して風切り音を響かせ、中央の広場には、大盾を構えたリザードマンの重装歩兵部隊と、装甲車のごとき巨躯を誇るロックトータスが陣を敷く。(上空の飛行種が残れば、後から入ってくる回収班が頭上から奇襲を受ける)
響は即座に脅威の優先順位を判断し、ホールの外周を水平に疾走した。立ち並ぶ巨大な石柱の影を縫うように最高速へ達しながら、両手の銃口を頭上へ跳ね上げる。
カチカチカチッ!
パシュッ、パシュッ! ――キュンッ! キュンキュンッ!
紫電から放たれた不可視の魔力弾が、急降下に入った怪鳥の翼の付け根――揚力を支える関節骨をピンポイントで粉砕した。間髪入れずに左手の銃口から撃ち出された次弾が、並走する別個体の眉間を正確に貫通する。
翼をへし折られた怪鳥たちは錐揉み状態となってホールの石床へ墜落し、激突の衝撃とともに光の粒子となって弾け散った。
頭上の制空権を瞬時に奪った響は、外周の石柱を蹴って一気に跳躍。中央で大盾を構えるリザードマンの頭上へ、落下速度のまま垂直に急降下した。
ズガァンッ!
大盾の天面を両足で強く踏み抜き、その衝撃でリザードマンの体勢を地面へ押し潰す。前のめりに崩れた巨体の首筋の装甲の隙間へ、響は紫電の銃口を滑り込ませて引き金を引いた。至近距離で放たれた黒い閃光が喉元を貫通し、巨躯が光の塵へと四散する。
「グルァッ!」
背後から迫るもう1頭の重装リザードマンが、分厚い鉄剣を薙ぎ払ってきた。響は上体をわずかに反らせて切っ先をミリ単位で見切ると、左手のPHTF229を相手の右肘の関節部へ押し当ててトリガーを絞った。
キュンッ――!
至近距離での衝撃波が関節を逆方向へへし折り、鉄剣が宙へ跳ね上がる。無防備になった胸板へ、響の鋭利な前蹴りが突き刺さり、吹き飛んだ個体は背後のロックトータスを巻き込んで石壁へ激突、まとめて光の粒子へと消滅した。
残るトータスの甲殻の隙間、そして床の魔力噴出孔へPHTF229の衝撃波を叩き込み、瓦礫で完全に押し潰す。
広大なホールを満たしていた敵影がすべて払底し、石床から中央広場にかけて大量の青白い魔石が散乱した。
響は息を乱すことなく銃口を下げ、入口へ向けて合図の口笛を短く鳴らした。
「第2フロア、制圧完了。ラインを前進させろ」
「了解! 第2梯団、中央ホールへ前進! 床面に散乱した魔石を回収せよ!」
御子柴の指示を受け、後続の回収部隊が整然とホール内へ駆け込んで魔石の回収を開始する。防衛班の覚醒者たちが外周の石柱とアーチの要所に散開し、完璧な警戒網を敷いた。
その時、第2フロアへ繋がる側面の通気孔の瓦礫がガラガラと崩れ、奥の抜け道から迷い込んできた大型のロック・バイパーが、回収作業中の州兵の背後へ向けて鎌首をもたげた。
「敵影確認、回収ライン後方!」
御子柴の鋭い警告と同時に、防衛班の魔導銃が牽制の火花を散らす。弾丸が鱗を弾いてバイパーの突進が一瞬鈍った、その刹那――。
「させませんっ!」
鋭い気迫とともに、葵が石畳を蹴り裂いて割り込んだ。作業員を背後に庇う位置へ滑り込み、両手で握り締めた漆黒のモーニングスターを腰の回転とともに一閃させる!
ドゴォッ!!
先端のトゲ付き鉄球が、蛇竜の硬質な頭蓋へ寸分の狂いもなく直撃した。鎖のない剛体シャフトから叩き込まれたSTR 20の暴力的な質量打撃が、スパイクの貫通力とともに頭部を肉骨ごと粉砕する。バイパーは断末魔の叫びを上げる間もなく光の粒子となって霧散し、足元にコロンと魔石が転がり落ちた。
「……ふぅ。怪我はありませんか?」
葵がモーニングスターの切っ先を地面へ向け、青ざめていた作業員へ優しく声をかける。州兵は息を呑みながら「あ、ああ……助かった、お嬢ちゃん!」と力強く頷き、再び魔石の回収へ戻っていった。
すり鉢の底から階段上層へと、バケツリレーのように整然と手渡されていく青白い魔石の群れ。その完璧に機能する兵站と護衛の連携を見届け、響は第3フロアへ続く通路を見据えた。
「御子柴、葵。防衛ラインの機能に問題はないな」
「はい、響さん。偶発的な迷い込みに対しても、葵さんと防衛班の迎撃プロトコルが完全に機能しています。回収速度の滞留もゼロです」
「この調子でいくぞ。次の区画へ進む」
響は両手の銃を滑らかに構え直し、統率された500名の大部隊を背に従え、深層へと続く切石の回廊を力強く踏みしめていった。




