30話:懇談という名の会議
防衛省市ヶ谷地区の敷地奥、厳重な地下搬入路を下った業務車は、地下4階の極秘ブロックへと滑り込んだ。
重厚な油圧隔壁が鈍い振動とともに背後で閉ざされ、外光の遮断されたコンクリートの空間に乾いた冷房の風と微かなオゾン臭が漂う。
車が停止すると同時に、助手席の真鍋がドアを開けた。
「到着しました。……響さん、くれぐれも穏便にお願いしますよ」
「手前らの都合で引っ張り出しておいて、注文が多いな」
響は鼻を鳴らし、業務車の後部座席から降り立った。
唯は音もなく身を滑り出させると、周囲の警備兵の配置を瞬時に確認し、響の斜め後ろへと位置取る。葵もまた、しっかりと記録端末を胸に抱え直して後に続いた。
誘導された先は、分厚い防爆扉で密閉された地下4階・特殊協議室。
扉の脇に立つ2名の警衛が敬礼を捧げ、認証レバーを引き下げる。エアロックの減圧音が響き、ゆっくりと重い扉が開け放たれた。
室内に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような濃密な魔力の圧力が空気を震わせた。
円卓の周囲に鎮座していたのは5名。
日本国内の全戦力の頂点に君臨する、5大クラウンの代表者たち――Sランク覚醒者。
「ようやくのお出ましというわけか。随分と待たせてくれたじゃないか、世界組織の『御偉方』よ」
口火を切ったのは、革張りの椅子に深く腰掛け、大剣を肘掛けに立てかけていた男――佐久間剛。全身から立ち上る剥き出しの闘気が、部屋の空気を物理的に軋ませている。
「佐久間、口を慎みなさい。ここは私闘の場ではありません」
冷徹に窘めたのは、端正な顔立ちに一切の感情を浮かべていない女性、神林智恵。防壁構築の頂点とされる彼女の周囲には、寸分の隙もない整然とした魔力の結界が張り巡らされていた。
「まあまあ、そう尖らないでくださいよ。長旅でお疲れのところを無理に呼び立てたんですから」
薄笑いを浮かべながら眼鏡の奥の目を細める白石弦。その隣では、腕を組んで目を閉じたままの桐野陽平と、獲物を品定めするように響の全身を舐めるように見つめる永見千鶴が、それぞれの気配を放っている。
5人の視線と、部屋を満たす過剰な魔圧が一斉に響へと突き刺さる。
だが響は、眉ひとつ動かさずに円卓の上座へと歩を進め、引かれていたスチールチェアの背もたれを片手で乱暴に引き寄せた。
「全員揃ってるな。……真鍋さん、さっさと始めろ。手ぶらで能書きを垂れに来たのか、少しは使える案を持ってきたのか、手短に聞かせてもらおうか」
響が平然と椅子へ腰を下ろすと同時に、室内の空気の重層が一段低く沈み込んだ。
「佐久間、まずはおめえの、てめえの案から聞こうじゃねえか。ちゃんと考えをまとめて準備してきたんだろうな」
響は組み替えた脚の上で肘をつき、顎を突き出すようにして正面の男を据え置いた。
円卓の対面に座る男――佐久間剛の口端が、凶悪な弧を描いて歪む。
「……ハッ、随分と上から物を言ってくれるじゃねえか、安藤響」
佐久間は肘掛けに立てかけていた大剣の柄から手を離し、身を乗り出すようにして長机の天板へ両肘をついた。分厚い胸板から放たれる熱気を帯びた魔力が、卓上の空気をじりじりと圧迫する。
「能書きを垂れる気はねえよ。俺の案は極めて明快だ。――深層から引き上げる特級魔核と重金属素材、その6割を俺のクランに回せ」
室内の空気が一瞬で凍りついた。真鍋の指が端末の上で止まり、神林の整った眉根がわずかに引き絞られる。佐久間は周囲の反応など歯牙にもかけず、太い指で机をトンと叩いた。
「魔導兵器だの新型装甲だの、役人どもが机上でこねくり回してる暇なんざ前線にはねえんだよ。力を持った前衛が怪異の頭を真っ先に叩き割らなきゃ、後方の防衛線なんざ紙屑同然にすり潰される。俺たち前衛の武装を最優先で強化し、ダンジョンの湧き出し口を直接圧殺する。それが最も早くて確実な生存戦略だ。……手前が海外で派手に暴れ回ってきたってんなら、前衛の火力が全てを決めるってことくらい、骨身にしみて分かってんだろうが」
獰猛な光を湛えた佐久間の双眸が、正面の響を射抜くように睨み据えた。
響は無言のまま、静かにスチールチェアから腰を浮かせた。
床を鳴らすこともなく、何の予備動作も魔力の揺らぎすら見せないまま、円卓を回り込んで佐久間の眼前へと間合いを詰める。
佐久間が凶悪な笑みを浮かべたまま眉を動かしかけた、刹那――。
響の右足が、閃光のような軌道を描いて佐久間の脇腹へと叩き込まれた。
ドガァァァァンッ!!
鼓膜を破らんばかりの凄まじい衝撃音が特殊協議室の空気を爆縮させた。
防御の障壁を展開する暇すら与えられず、佐久間の巨体は砲弾と化して真横へ射出される。分厚い防爆構造のコンクリート壁を一撃で粉砕・貫通し、猛烈な粉塵とともに隣の部屋の奥壁へとめり込んだ。
ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の音だけが、静寂を取り戻した室内に虚しく反響する。
円卓の周囲にいた神林、白石、桐野、永見の4人が総毛立ち、真鍋が息を呑んで立ち上がっていた。背後では、唯が無感動な瞳のまま短剣に添えた指を緩めず、葵は青ざめた顔で記録端末を握りしめている。
響は蹴り上げた脚を何事もなかったかのように床へと下ろすと、壁の崩落口から立ち込める白煙を一瞥した。
「死んだか? ……ったく、どこのどいつに向かって偉そうな口きいてやがんだ。自分の拳の届く範囲しか見えてねえ脳筋なんざ、この場にゃハナから要らねえんだよ」
瓦礫の山から漏れ出る佐久間の微弱な呻き声を歯牙にもかけず、響は嘲るように口端を歪める。
「こっちも鬼じゃねえ。筋を通して礼儀を弁える相手にゃ、それ相応の敬意くらい払ってやるさ。だがな、初手から喧嘩腰で吠えかかってくる野良犬にゃ、まず痛ぇ目で上下関係を叩き込んでやるのが躾ってもんだろ」
響はズボンのポケットに手を突っ込み、凍りついた真鍋へと視線だけを投げ、そのまま何食わぬ顔で自身の席へと戻っていった。
「真鍋さん、死骸の片付けと救急の手配をしとけ。……で? 次はどいつの頭から順番に割っていけば、まともな話し合いになるんだ?」
「響さん、ここ油圧隔壁ですよね?」
葵が引きつった声でそう問いかけると、部屋を満たしていた粉塵の向こうから、きしむ金属音と油圧パイプが破裂したシューという高圧ガスの噴出音が漏れ聞こえてきた。
「ただのコンクリート壁じゃねえとは思ってたが、防爆仕様の装甲板ごとぶち抜いたか。……まあ、クッション代わりには丁度よかったんじゃねえの。一応貴重な覚醒者だからな、手加減はしてやったさ」
円卓の空気は、先ほどまでの腹の探り合いなど完全に消し飛び、極限の緊張感に支配されていた。白石は額に冷や汗を浮かべたまま薄笑いを消し、桐野は床の亀裂を凝視したまま動かず、永見は喉を小さく鳴らして息を呑んでいる。
その沈黙の中、神林が姿勢を正し、静かに口を開いた。
「……発言の許可をいただけますか、安藤響さん」
挑発や敵意など微塵もない、筋を通した硬質な声。
響はパイプ椅子の背もたれに深く体重を預け、顎をしゃくった。
「礼儀を知ってる奴相手なら、こっちも無駄に荒立てる気はねえよ。――神林だったな。お前の考えを聞かせてもらおうか」
神林は背筋をわずかに正し、卓上に広げられていた作戦地図のホログラム投影装置へと視線を落とした。佐久間が吹き飛んだ衝撃で室内を満たしていた粉塵がようやく足元へ沈み、張り詰めた静寂が円卓を包み込んでいる。
「私からの提案は、国家規模での『多重防壁ラインの構築』と、それに伴う防衛資源の集約です」
神林の声は澄んでおり、感情の起伏を挟まない事務的な響きを保っていた。
「先刻、世界規模で開示された魔核のX線変質技術――これを用いた恒久的な魔力障壁発生装置の量産を最優先とすべきです。前線部隊の武装強化を否定するわけではありません。ですが、前衛がどれほど敵を屠ろうとも、後方の民間インフラや避難区が一箇所でも突破されれば、国内の生産・補給ラインは一瞬で崩壊します」
彼女は細い指先で作戦端末を操作し、首都圏を中心とした同心円状の防衛境界線を投影させた。
「深層から回収される特級魔核および高伝導鉱石は、まず後方集団避難区および重要インフラを取り囲む防護壁へ集中配当する。そして各クラウンは無秩序な迎撃戦を停止し、自衛隊の火線と接続した固定防衛エリアを分担・死守するべきです。我が【白銀の凍壁】は中核となる防衛区を引き受けます。その代わり、防壁構築に必要な触媒素材の優先的な引き渡しと、兵站ルートの確保を条件とします」
響は冷めた目で神林を見据えた。
「前半のインフラを守るって話までは、まあいい。問題は後半だ。各クラウンはダンジョンへの迎撃を止めて、自衛隊と一緒に地上の防衛エリアを分担する……そう言ったよな。要するに、クラウンは全員地上に引きこもって、ダンジョンには潜らないって意味だ」
神林の表情がわずかに強張る。
「じゃあ聞くが、その防壁を作るための特級魔核は、一体誰が深層まで獲りに行くんだ? 自衛隊を行かせるのか? それとも、俺一人に全部押し付けて、上がってきた魔核をお前ら全員で山分けして配給を受けるつもりか?」
「その通りです。現状、深層に潜って特級魔核を安定して持ち帰れるのは、安藤殿――あなた率いる『リゾナンス』しか存在しません」
神林は視線すらそらさず、冷淡な事実として告げる。
「我が【白銀の凍壁】を含め、ここにいるクラウンが深層へ特攻すれば、魔核を回収するどころか部隊が壊滅し、貴重な覚醒者戦力をすり減らすだけです。それは国家にとっても最大の損失となる。だからこそ、生存率が最も高い適材適所の運用を提案しています」
彼女は卓上のホログラムを指し示し、言葉を続けた。
「深層の突破と魔核の回収は、それを唯一実行可能な『リゾナンス』に一任する。その代わり、あなたが地上を留守にしている間、背後の日本国内とインフラ、そしてあなたの生活基盤は我々が命がけで守り抜く。……これは丸投げではなく、生存のための役割分担です」
「ちょっと待て」
響は片手を軽く上げ、神林の言葉を遮った。冷え切った眼差しを円卓に並ぶクラウンの代表たちへと滑らせる。
「話し合う前提を確認し忘れたんだが、あんたたちは何層あたりまで潜れて、どの敵だったら問題ないのかを教えてくれないか」
静まり返った会議室で、神林は視線をそらさず、手元の作戦端末を伏せた。その表情には見栄も虚飾もなく、冷酷な事実を受け止めている者特有の硬さがある。
「……第1階層から第2階層。ゴブリン、オーク、スケルトンなどであれば、我がクランを含めた現行戦力で確実に討伐可能です」
淀みのない声で神林が告げる。周囲のクラウン代表たち――白石も桐野も、押し黙ったまま唇を噛みしめていた。
「ですが、それ以降のオーガ、トロール、ミノタウロス、ガーゴイル。これらに遭遇した場合、負傷者が出る確率は格段に跳ね上がります。そして、お恥ずかしながら……ワイバーン、ゴーレム、キマイラ。このエリアに達した場合、我が陣営であっても確実に死亡者が発生します」
自らの限界を淡々と申告した神林に対し、響は眉一つ動かさなかった。ただ、冷え切った眼光の奥に、呆れを含んだ嘲弄の色がわずかに宿る。
「なるほどな」
響は背もたれに体重を預け、低く息を吐き出した。
「ミノタウロスやトロール相手ですら怪我人を出し、ワイバーンやキマイラを見ただけで死人が出る。それが、日本最高峰を名乗るあんたたちの偽らざる現在地ってわけだ」
響は卓上に投影された首都圏の防衛ラインを一瞥し、神林からすんなりと視線を外すと、円卓の端で腕を組んでいた伊達陸将へと顔を向けた。
「陸将。今までの話の流れを聞いて、あんたはどう思う」
伊達は組んでいた腕を解き、机上に広がる防衛マップを一瞥してから、神林たちクラウン代表へと静かに視線を向けた。
「神林代表の言った前半の論理――X線変質技術の実用化を最優先課題とする点については、私も完全に同意見だ。防衛ラインの維持、ひいては国民の生存において、これ以上の優先事項はない」
そこで一度言葉を切り、伊達は背筋をわずかに伸ばす。声音には自衛隊の最高幹部たる冷徹な自負が滲んでいた。
「だが、後方の民間インフラと避難区の警備については、我々自衛隊にすべて一任してもらいたい。国土と市民の盾となるのは、本来我々の領分だ。地上側の防衛について、君たち民間クラウンが憂慮する必要は一切ない」
伊達の鋭い眼光が、円卓を囲む覚醒者たちを射抜く。
「君たちに求めているのは、陣地構築の頭数ではない。X線変質技術の量産化に不可欠な、魔石の確保だ。第1層、第2層の掃討であれ何であれ、確実に対処できる領域から資材を軍へ吸い上げること――それこそが、今この国において君たち覚醒者が果たすべき最大の防衛任務であると考える」
「要するに、こういうことだろ」
響は鼻先で短く息を吐き、机上の立体マップを指先で軽く叩いた。
「まずやるべきは、各地のダンジョンにどのモンスターがどれだけ湧いているかの徹底的な生態調査。そして各階層ごとの戦力分布の洗い出しだ。敵の正体を事前にきっちり把握した上で、手前たちの身の丈に合った階層にだけ潜って魔石を掻き集めてこい――そういう話だよな、陸将」
響の射抜くような眼光が、神林たちクラウン代表を冷ややかに見据える。
「地上で防壁ごっこをやりたがる連中に頼むのは癪だが、現状、ダンジョンへ潜って魔石を回収できる頭数はここにいる奴らしかいない。……使えない連中なりに、身の程をわきまえた階層で確実に頭数を揃えて素材を吐き出させる。今はそれしか手がねえってことだ」
響は腕を組んだまま、伊達陸将へ鋭い眼光を向け直した。
「陸将、もう一つ確認させてくれ。以前、俺が提言したはずだな。街に転がってる中小クランや野良の覚醒者を組織化して、ランク分けと情報共有を行えって話だ。浅い層の雑魚相手なら、個人の覚醒者でも十分に討伐できて、小粒程度の魔石なら確実に回収できる。そいつらを無駄死にさせず、安全に潜らせて素材を吸い上げるための受け皿――覚醒者統括機構の立ち上げ準備は、どこまで進んでるんだ」
伊達は表情を崩さず、手元の端末の画面を卓上モニターへと転送した。
「抜かりはない。すでに本省の内閣官房参与および法曹班と連携し、覚醒者登録・管理特別法の施行令骨子を固めている。都内各所の避難所および換金窓口を統合し、実力測定とライセンス発行を担う臨時窓口の開設準備も今夜中に完了する手筈だ」
伊達は神林たち大手クランの面々を見渡し、冷徹な事務官の口調で言い添えた。
「君たち大手クランには先行して中層の調査と掃討を担ってもらうが、浅層の物資調達と兵站網については、その新設される統括機構のもとで中小クランおよび個人覚醒者を動員する。すでに枠組みは動き始めている」
「なら話は早い」
響は短く鼻を鳴らし、机上の作戦マップへ視線を落とした。
「ランク分けの枠組みがすでに動いてるなら、各パーティーが潜れる階層の境界線を国がはっきり引いて示すべきだな。自分の身の丈に合わない低レベルな連中は、深層どころか中層への侵入すら端から全面禁止。ダンジョン境界の受付や検問の時点で、門前払いで弾くのが筋だ」
響の冷徹な指摘に、神林たちクラウン代表は思わず息を呑み、伊達陸将は威厳に満ちた眼光で深く頷いた。
「同感だ。無謀な突入による無駄死には、救助部隊の浪費とモンスターへの無用なエネルギー供給につながる。新設する統括機構のライセンス規定に、厳格な階層侵入制限を直ちに組み込ませる」
響は卓上の等高線図から顔を上げ、円卓を囲む残りの面々へと、静かに視線を向け直した。
「神林殿、以上だそうだ。……さて、残りの面々の考え方を聞かせてもらおうか」
響の問いかけに対し、円卓の一角から低く、落ち着いた声が返った。
「統括機構による階層進入の制限、およびライセンスによる等級分け――方針そのものに異論はない」
発言したのは、都内有数の戦力を統率するクランの代表だった。感情を排したその眼差しは、響と伊達陸将の双方を捉えている。
「無謀な突入による戦力の消耗を抑え、深層攻略を上位陣に集中させるという意図は合理的だ。だが、制度として敷く以上、明確にしておくべき境界がある。――制限の基準をどこに置くのかだ。単なる形式上の覚醒ランクで一律に縛るのか、それとも実戦での討伐実績やパーティー単位の総合力を審査するのか。線引きの運用次第では、前線で動ける実力者の足を国が引っ張ることにもなりかねない。その選別基準と運用の権限を、機構側がどう担保する腹づもりかを聞かせてもらいたい」
響は卓上の等高線図に両肘をつき、組んだ指の隙間から冷やかな視線を投げかけた。
「さっきの阿呆が並べ立てていた通りだ。第1階層から第2階層――ゴブリン、オーク、スケルトン程度を安全に間引けるのが最低ラインのD」
卓上に置いた指先で、トン、と乾いた音を一つ刻む。
「それより先のオーガ、トロール、ミノタウロス、ガーゴイルを受け持つならC。単独ではなく、必ずパーティーを組んで挑め」
視線を外さず、喉の奥から冷笑を漏らした。
「……これ以上の甘ったれた基準が必要か? 階層主の単独討伐がA、未踏の制覇者がSだ。極めて分かりやすいだろう」
逃げ場を塞ぐように代表の顔を真正面から射抜いたまま、響は低く告げた。
「お前はSらしいな」
そこで正面の男から視線を切り離し、上座に座す伊達陸将へと向き直る。
「まずは伊達さん、こいつを単独で未踏破ダンジョンにぶち込んで、階層主を討伐してもらうところからだな」
そこまで言い切った響は、そのまま伊達陸将へと視線を据え、容赦のない注文を重ねた。
「そもそも、現場のランク付け自体が最初から破綻している。実力も実績も伴っていない連中に『S』の看板をぶら下げさせる意味が、端から理解できねえんだよ」
響の声には、取り繕うような配慮も遠慮もない。
「今言った基準に照らし合わせて、全員を頭から格付けし直してくれ。その上で、本当にSに該当する人間だけを改めて呼び出し、実戦に基づいた実力証明をやらせるべきだ」
周囲の代表たちを冷ややかに一瞥し、響は低く吐き捨てた。
「実力も覚悟も足りねえチンピラどもの相手をして、無駄話に付き合っている暇は俺にはねえからな」
響の辛辣な言葉が落ちると、室内には針を落としても聞こえるほどの沈黙が降りた。
その静寂を割ったのは、上座に座す伊達陸将の低く乾いた笑い声だった。
伊達は口角をニッと吊り上げ、円卓を囲む代表たちの顔を、値踏みするように順に舐めていく。
「なるほど、基準の再定義か。実に合理的だ」
組んでいた両腕を解くこともなく、伊達は有無を言わさぬ軍将の眼光で一同を射抜いた。
「では、この場に集まるSランク覚醒者諸君。これから発表するダンジョンへ、それぞれ各単独で赴き、階層主を討伐してもらうとしよう」
宣告された過酷な条件に、息を呑む気配が重なる。だが伊達は弁解の余地を一切与えず、冷徹な事務連絡のように指名を始めた。
「まずは上野のダンジョン。神林君、行きたまえ」
視線だけで射すくめられ、神林の喉仏が小さく上下する。伊達は間髪を容れず、隣の席へと顎を向けた。
「白石君は千葉のダンジョンに行ってもらうとしよう。そこの階層主と、各階層のモンスターの生態を一人で調べてきてくれ。桐野君は埼玉に向かってくれ。君も当然、単独での討伐だ」
未踏、あるいは制圧の目処すら立っていない最前線の地名が淡々と並べられていく。
代表たちの顔に貼りついたプライドが、じわじわと冷や汗へと変わっていくのを見届け、伊達の視線が最後の一人――永見で止まった。
「そして永見君、君は池袋のキメラを討伐してきてくれ」
伊達は薄く目を細め、残酷なまでの親愛を込めて言い添えた。
「――割と簡単な依頼ですまないね」
代表たちの強張った背中を眺めながら、響はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「おいおい伊達さん、そりゃあまりにも可哀想ってもんだろ」
予想だにしなかった響の口添えに、指名された面々の肩から、ほんの一瞬だけ強張りが抜ける。助け舟が出たのかと、すがるような視線がわずかに揺れた。
だが、響の口元に浮かんだ酷薄な笑みを見て、その淡い安堵は瞬時に叩き潰される。
「単独走破の証明が、誰もできないじゃないか。ダンジョン突入まで誰か監視……いや違った。同伴させてやらないと、不正なしで一人で潜ったっていう確固たる証明が残らないんじゃ、こいつらが後から嘘つき呼ばわりされて可哀想だな」
響のわざとらしい言い回しが落ちた瞬間、背後から身を寄せた葵が、記録端末で口元を隠しながら小声で呟いた。
「……響さん、わざとですよね? 一応、貴重な覚醒者なのでは」
響は振り返りもせず、円卓の覚醒者たちを見据えたまま低く応じた。
「わざとに決まってんだろ。誰がこいつらを信用するって言ったよ」
吐き捨てた響は、そのまま上座の伊達陸将へと視線を向けた。
「後からゴチャゴチャ言い訳させないための措置だ。ゲートを跨ぐ最後の瞬間まで、軍の観測員を貼り付けてやれ」
伊達陸将は吊り上げた口角をそのままに、静かに頷く。
「無論だ。彼らの確たる名誉のため、ゲート突入の瞬間まで責任を持って観測班を同行させよう」
完全に退路を断たれた神林、白石、桐野、永見の4人は、顔から血の気を引かせたまま、ただ押し黙っていた。
押し黙る4人の様子を、響は冷ややかな眼差しで見下ろしていた。
口では防衛線の要だの、特権階級のSランクだのと並べ立てていたが、実態など端から透けて見えている。
神林自身の申告通り、オーガやトロール、ミノタウロスといった中層手前の魔物相手でさえ、この連中はパーティーを組んでなお負傷者を出すのが現実だ。単独で潜らせたところで、せいぜいミノタウロスあたりと遭遇し、血反吐を吐きながら傷だらけになって辛うじて首を拾ってくるのが関の山だろう。
響の冷徹な見立てでは、実戦におけるこいつらの正当な器量は、せいぜい「Cランク」止まり。単独で階層主を屠るAはおろか、未踏を制覇するSの領域など、逆立ちしたところで届くはずもない。
「……ま、せいぜい死なねえ程度に足掻いてみろよ。身の程を知るには、ちょうどいい勉強だ」
吐き捨てた響の言葉に、反論できる者は円卓に一人として残っていなかった。
響はパイプ椅子の背もたれから上体を起こすと、退屈そうに首の骨を一度鳴らした。
円卓に並ぶ神林、白石、桐野、永見――青ざめたまま身動き一つ取れなくなった連中には、もはや視線すら向けない。背後に控える唯が短剣から指を離し、葵もまた呆れたように息を吐き出しながら記録端末を胸元へ戻す。
響はポケットに手を突っ込み、上座に座す伊達陸将と、横で硬直したままの真鍋へと視線を投げ、低く愚痴を漏らした。
「……もう少しリサーチをしてから、俺を呼んでくれてもよかったんじゃないか、伊達さん、真鍋さんよ」
続けて視線を横の真鍋へと滑らせる。
「真鍋さん。確認だが、一応俺たちは1日あたり30億で動くことになってるよな?」
唐突に放たれた天文学的な数字に、円卓を囲む神林、白石、桐野、永見の4人が同時に息を呑んだ。隣の部屋の瓦礫にめり込んだままの佐久間を除けば、全員がその莫大な請求の意味を呑み込めず、青ざめた表情で固まっている。
真鍋は額に薄っすらと汗を滲ませながらも、手元の端末から顔を上げ、事務的なトーンを保って頷いた。
「……ええ。ソールズベリー平原および海外案件での特別協約、ならびにリゾナンスの最高戦力動員規定における日当算出基準としては、間違いなくその額で設定されています」
「なら話は簡単だ」
響はポケットから片手を引き抜くと、円卓の覚醒者たちを指先で無造作になぞった。
「今回俺を呼び出したのは、この場をセッティングした5大クランの面々ってことでいいんだろ。――だったら、その日当の30億は、ここにいる5つのクランで頭割りにして支払ってもらうとしようか。1クランあたり6億だ」
「な……っ!?」
白石が思わず椅子から腰を浮かせかけ、神林の冷淡な仮面が完全に剥がれ落ちた。自分たちの利権と取り分を強要するために開かせたはずの寄り合いで、席に着いて数十分話しただけで、各クランに6億円の負債が降って湧いたのだ。
だが響は、彼らの狼狽など一瞥すら寄越さず、上座に座す自衛隊の最高幹部へと鋭い視線を向けた。
「勝手に呼び出されてタダ働きする義理はねえ。――それでいいですか、伊達さん」
伊達陸将は組んでいた腕を解くこともなく、口角を獰猛に吊り上げて即座に応じた。
「当然だな。国の最高戦力を民間クランが都合で招致した以上、相応のコストを負担するのは組織として至極全うな筋道だ。防衛省としても、その請求を全面的に認可・執行しよう」
軍の最高権力者からの即決の裏書き。
逃げ場を完全に塞がれた代表たちの間に、先ほどの単独討伐宣告すら霞むほどの、絶望的な沈黙が叩き落とされた。
伊達の即答に代表たちが完全に凍りつく中、背後からスッと身を乗り出した唯が、響の横顔へ冷ややかな視線を向けた。
「……響さん。30億っていうあの金額設定、本当のところは黎明コンソーシアムを黙らせるためのただの言い訳だったんですよね? この金額、ほぼ完全に固定化されてしまいましたよ」
小声ながらも芯の通った唯の指摘に、響は振り返りもせず、肩をわずかにすくめてみせる。
「結果オーライだろ。払える覚悟がねえなら、最初から俺を呼び出すなって話だ」
身内からの冷静なツッコミすら平然と受け流す響の態度に、葵もまた呆れたように天を仰ぎ、円卓の覚醒者たちはただ青ざめた顔を見合わせるしかなかった。




