22話:後半 漆黒の狂宴、黒影零式改・紫電
入間基地から飛び立った連絡ヘリは、わずか10分足らずで在日米軍横田基地の滑走路へ車輪を接地させた。
ペンタゴンのライアン少将による直々の事前通達が効いているため、ゲートの通過から基地内の移動に至るまで、一切の足止めはない。米空軍のセキュリティ・フォースが直立不動で敬礼を捧げる中、案内されたのは分厚い防爆扉で密閉された最新鋭の屋内射撃訓練施設(CATM)だった。
重厚な防音扉が閉ざされ、換気ダクトが重低音を立てて空気を循環させる。外の喧騒から完全に隔離された射撃レーンの前で、桐生1尉はテーブルの上にSIG P229の本体、予備マガジン、そして9ミリパラベラムの実弾箱を整然と並べた。
「では響さん、まずはP229の構造と取り扱いの基本から説明します」
桐生は手袋をはめた手でP229を取り上げ、手際よくスライドを引いて薬室の安全を確認した。
「この銃は、アメリカの法執行機関や米軍特務部隊が長年信頼を寄せるコンパクトピストルです。ダブルアクションとシングルアクションの併用式で、手動のセーフティレバーはありません。初弾を装填してハンマーをデコッキングレバーで安全に倒しておけば、あとは引き金を重く引くだけで即座に撃発します。次弾以降はスライドの後退によって自動でハンマーが起き、軽いトリガープルで連射が可能です。装弾数はマガジンに15発、チャンバーに1発の計16発。残弾ゼロでスライドが後方で固定されたら、このマガジンキャッチを押して空弾倉を落とし、新しい弾倉を叩き込んでスライドキャッチを下げる。これで射撃再開です」
「引けば出て、撃ち尽くしたら挿し直す。分かりやすくていいな」
響がグリップのチェッカリングを指先でなぞりながら頷くと、桐生はテーブルの隅に置かれていた黒い円筒形のパーツへと手を伸ばした。
「ちなみに、今回の支援パッケージには特殊作戦用のアクセサリーとして、専用のサプレッサー(消音器)も同梱されています。銃身の先端にネジ切られたマズルへ直接装着して使用するものです」
黒光りする金属の筒を見つめ、響が片眉を上げた。
「消音器か。映画とかだと『プシュッ』って情けない音で敵を倒すやつだな。あれって実際どういう原理なんだ? 音そのものを魔法みたいに消し去ってるわけじゃねえんだろ」
素朴な疑問に、桐生はサプレッサーのカットモデルの図面をタブレットに呼び出し、簡潔に解説した。
「その通りです。銃声の主な正体は、狭い銃身の内部で火薬が燃焼し、弾丸が銃口から飛び出した瞬間に、超高圧・超高温の燃焼ガスが一気に大気中へ解放されて発生する『爆発的な圧力波(膨張音)』です。シャンパンのコルクを抜いた時にポンと鳴る現象を、何千倍にも跳ね上げたものとお考えください」
桐生は画面に映る円筒の内部断面を指差した。中には複数の仕切り板が等間隔に並んでいる。
「サプレッサーの内部は、漏斗状のバッフルで区切られた複数の小部屋(膨張室)になっています。弾丸が中央の穴を通り抜ける間、後から噴き出す高圧ガスはこの小部屋へ次々とトラップされ、渦を巻いて冷却・減圧されながら、外へゆっくりと逃がされます。つまり、急激な圧力の解放を段階的に引き延ばすことで、あの強烈な破裂音を減衰させているわけです」
桐生の説明をじっと聞いていた響は、顎に手を当て、視線を虚空へ泳がせながら小さく唸った。
「なるほどな……。一気に破裂する高圧の気体を、複数の隔壁と空間で段階的に受け止め、圧力を逃がして均すってことか」
響の瞳の奥で、魔力の流動を計算する光が微かに走る。
「わざわざこんな金属の筒を銃の先っちょにねじ込まなくても……銃口から飛び出す瞬間、自分の魔力でガスと弾丸の周囲に超高密度の膜を張り、内側に幾重もの減圧空間を模した魔力障壁を瞬時に編み上げちまえばいいわけだ。質量と形状を魔力で凝縮して固定すりゃ、銃口そのものを覆う不可視の消音室が作れるな」
「えっ……?」
桐生が目を丸くし、横で見ていた唯が「また響さんが物理法則を魔力でねじ伏せようとしてる……」と引きつった笑いを浮かべた。
現代工学が数十年の歳月をかけて設計した精密な減圧構造を、己の魔力制御でその場に再現するという規格外の着想。響はP229を掌で軽く握り直し、満足そうに口端を吊り上げた。
「理屈は分かった。面白いな、道具を付ける前にまず素の状態で何発か撃たせてくれ。桐生、弾を込めるぞ」
防弾ガラスで仕切られた全14レーンの射撃区画。その中央、第7レーンの射撃台の前に立った響は、装填済みの15発入りマガジンをP229のグリップ底部へと滑り込ませた。
カチリと小気味よい金属音が響き、スライドを引いて初弾を薬室へ送り込む。
操作卓のスイッチが押されると、天井の電動レールが低くモーター音を唸らせ、吊り下げられた人型シルエット標的が暗がりの奥――実戦交戦距離である15メートル地点へと滑らかに展開した。
「いつでもどうぞ、響さん。まずは1発ずつ、反動の感覚を――」
桐生の指示が言い終わるよりも早く、響の両腕がブレることなくスッと持ち上がった。
右手の親指をフレームに沿わせ、左手を包み込むように添えるアイソセレス・スタンス。教本そのままの完璧な姿勢から、迷いなく人差し指がトリガーへと絞り込まれる。
銃口の先端。そこには金属製のサプレッサーなど装着されていない。
だが、撃鉄が雷管を叩いた刹那、響の魔力が銃口の先で微細な球体となって凝縮され、内部に幾重もの減圧膜を模した不可視の力場が一瞬で展開した。
――シュッ。
耳をつんざくはずの9ミリ弾の爆発音は、空気を鋭く撫でるような風切り音へと完全に置き換わっていた。
直後、15メートル先の厚紙の胸部中央、赤いマーキングのど真ん中に、寸分の狂いもない丸い風穴が空く。
常人なら銃身を跳ね上げるはずの強烈な反動は、響の手首と前腕の筋肉によって完全に相殺され、銃口は1ミリたりとも上を向かない。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ――!
等間隔で放たれる低く鋭い発射音。
響の身体はまるで石像のように固定され、肩の上下すら見られない。排莢口から規則正しく弾き出される黄金色の空薬莢が、カラン、カランと足元のコンクリート床へ小気味よく降り注ぐ。
桐生が息を呑み、操作盤のランダムポップアップ機能を起動させた。
左右のレーンから、7メートル、15メートル、最遠の25メートルへと、次々と不規則に人型標的が滑り出し、あるいは跳ね上がる。
だが、響の視線と銃口の同期は、機械の追従速度を遥かに上回っていた。
標的が姿を現したコンマ数秒後には、すでに照準が眉間と心臓を捉えている。
一切の無駄を削ぎ落とした手首の旋回。視認から撃発までの一連の動作に淀みはなく、放たれる鉛弾はすべて吸い込まれるように「ど真ん中」だけを穿ち抜いていく。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ――。
11発、12発、13発、14発。
そして最後の15発目が、25メートル先で跳ね上がった標的の眉間を綺麗に撃ち抜いた瞬間、カチンと乾いた金属音を立ててスライドが後方でピタリと固定された。全弾発射に伴うホールドオープン。
硝煙の匂いすらほとんど立ち上らないレーンに、静寂が戻る。
響は銃口を床へと下げ、手首を軽く回して息を吐いた。
「なるほどな。減圧膜を2重にして内側に渦を作れば、外へ漏れる音はこの程度まで抑えられるか。反動も手首で固定すりゃブレねえし、思ったより扱いやすい道具だな」
初弾から最終弾まで、全15発がすべて標的の心臓部と眉間の同一点を穿ち、紙を丸くくり抜いたかのような着弾痕を残していた。
背後でその光景を凝視していた桐生は、開いた口が塞がらないまま立ち尽くし、唯は呆れ果てたように天井を仰いだ。
「……初めて実銃を撃つ人間のグルーピング(集弾性)じゃありませんよ、それ。特殊作戦群のトップシューターでも25メートルであんな連射はできません……」
「これならいけるな。桐生、次のマガジンを寄越せ。次は弾頭に直接魔力を乗せてぶっ放してみる」
響は何食わぬ顔でマガジンキャッチを押し、空の弾倉を手のひらへ滑り落とすと、さらなる実験へと意識を向けた。
「ああ、なんとなくコツはつかめてきたわ。じゃあ次は魔力を込めてみるよ」
響は手慣れた手つきで空のマガジンを落とすと、桐生から受け取った新しいカートリッジをマガジンウェルへ一気に叩き込んだ。
掌をスライドへ添え、迷いなく後方へ引いてリリースする。チャキン、と冷徹な金属音が響き、初弾が薬室へと送り込まれた。
直後――室内の空気が、目に見えて歪んだ。
響の全身から立ち上ったのは、陽炎のように淡く揺らめく蒼白い光。これまで内に秘められていた莫大な魔力が、皮膚の表面を伝って両腕、そして握りしめたP229のグリップへと注ぎ込まれていく。黒光りしていた銃身全体が、内部から高熱を帯びたかのように微かに青紫の燐光を放ち始めた。
「……っ!?」
背後で見守っていた桐生と唯の肌に、ピリピリとした痛烈なプレッシャーが突き刺さる。
響の構えは先ほどと寸分違わぬ完璧な直立不動。だが、銃口から漂う気配は、もはや近代兵器のそれではなく、神話の祭具じみた威圧感を放っていた。
引き金が絞られる。
――プシュッ。
魔力による減圧障壁に閉じ込められた、低く湿った発射音。
だが、銃口から撃ち出されたものは、ただの鉛の弾丸ではなかった。
大気を灼きながら放たれた弾頭は、視界を焼き切るような光の軌跡を一直線に描き、25メートル先の空間を一瞬で渡り切った。マッハの速度を優に超えた不可視の弾道が、青白い残光となってレーン上に焼き付く。
刹那――標的に接触した瞬間だった。
ドォォォンッ!!
耳をつんざく爆縮音とともに、厚紙の人型ターゲットが爆ぜたのではない。弾頭に凝縮されていた魔力が着弾の衝撃で臨界を迎え、猛烈な紅蓮の劫火が前方へ向けて一気に吹き荒れた。
爆風と火炎が射撃ブースの防弾ガラスを激しく揺らし、耐熱仕様のバックストップ(弾受け)に叩きつけられた炎が、巨大な火柱となって天井付近まで跳ね上がる。人型ターゲットは穴が空くどころか、紙と台座のフレームごと跡形もなく炭化し、黒い灰となって猛火の中に溶け去っていた。
「……うわぁ」
唯が両手で顔を覆いながら引きつった声を漏らし、桐生は顎が外れそうなほど口を開けて、業火に包まれるレーンの奥を凝視していた。
「徹甲弾と焼夷弾を同時にぶち込んだようなもんか。……なるほど、魔力を薬室から弾頭の芯に浸透させておけば、ライフリングの回転と衝突エネルギーで一気に解放できるわけだな」
硝煙の代わりに立ち上る魔力の燐光を眺めながら、響は満足そうにP229の銃口を軽く吹き、手首を回してみせた。
残っていた最後の1発を撃ち尽くし、スライドが後方でガチャンとロックされた。ホールドオープンした状態では、引き金をいくら引こうとしても手応えはなく、スカスカと虚しく遊ぶだけだ。
「弾切れですね。空弾倉を落としますか?」
桐生が予備の弾薬箱に手を伸ばしかけたが、響はそれを手で制した。
「いや、実弾はもういい。――ちょっと面白いことを思いついた」
響は左手でマガジンキャッチを押し、空になったマガジンをカシャンと手元へ抜き取った。弾倉のない空っぽの銃。そのまま左手の親指でスライドキャッチレバーを押し下げると、スライドがジャキンと乾いた金属音を立てて前方へ勢いよく戻る。
薬室にも弾倉にも、鉛の弾は1発も入っていない。
響は人差し指をトリガーへ掛け、ゆっくりと引き絞った。ダブルアクションの重いスプリングの抵抗を経て、撃鉄が起き上がり、カチンと硬質な打撃音を立てて空の撃針を叩く。
カチッ、カチッ、カチッ。
何もない虚空を叩く無機質な金属音。響はその打撃のリズムを確かめながら、不敵に口端を吊り上げた。
「実弾を込めるから弾薬の補給だの残弾数だのに縛られるんだろ。――なら、弾そのものを魔力で作っちまえばいい」
「……は? 弾がないのに、ですか?」
唯が目を丸くする前で、響の体内から再び淡い蒼の魔力が立ち上った。
だが今度は、銃全体を包み込むのではない。右手の掌からグリップを通り、空っぽの薬室の内側――本来なら9ミリ弾の薬莢と弾頭が収まるはずの閉鎖空間へ向けて、ピンポイントで魔力を流し込んだ。
超高密度に圧縮された土と無属性の魔力塊。掌の中で質量と輪郭を急激に固められ、薬室の中に「魔力で編まれた弾頭」が瞬時に実体化する。
撃鉄が落ちる。
カチン、と空撃ちの音が鳴り響いたその刹那――撃針が魔力の核を突いた。
雷管の爆発など存在しない。だが、撃針の物理的な打撃をトリガーにして、薬室内の魔力塊が自ら後方を爆縮させ、超高圧の推進力を生み出してライフリングの刻まれた銃身へと飛び込んだ。
銃口の先端には、先ほど編み上げた多重の減圧魔力膜。
――シュッ!
消音された鋭い風切り音とともに、目に見えない魔力の礫が一直線に放たれた。
カチッ、シュッ! カチッ、シュッ! カチッ、シュッ! カチッ、シュッ!
シュシュシュシュシュッ――!!
響の指先が、目にも留まらぬ速度でダブルアクションの引き金を連打する。
スライドが後退することはない。空薬莢が飛び散ることもない。だが、響の超人的な握力と人差し指のピストン運動に合わせて撃鉄がカチカチと狂ったように落ちるたび、薬室にはコンマ数秒で新たな魔力弾が生成され、マッハの速度で撃ち出されていく。
25メートル先、新しくセットされた頑丈な強化合板のターゲット。
バババババババッ!!
乾いた連打音が連続して響き渡り、人型ターゲットの胸部と頭部に、まるで本物の9ミリ鉛弾を撃ち込まれたかのような無数の丸い風穴が正確に穿たれていった。背後のバックストップに激突した魔力弾は、金属破片を撒き散らす代わりにバシュッと魔力の粉塵を吹いて霧散する。
撃ち尽くした響が指を止めると、射撃ブースには硝煙の匂いすらなく、ただ清涼な魔力の残り香だけが漂っていた。
「……弾倉なし、装填の手間なし、残弾無限の通常弾ってとこか。撃鉄を起こす指の筋力さえあれば、カチカチ引いてるだけでいくらでも実弾並みの弾が飛んでいくな」
響は手首を軽く回し、まだ熱すら帯びていないP229を見つめて満足そうに笑った。
背後では、唯と桐生が顎が外れそうなほど口を開け、穴だらけになった標的と、弾の入っていない拳銃を交互に見比べながら、完全に言葉を失っていた。
響はP229のスライドに指先を這わせ、かすかに眉をひそめた。
外見上に目立った亀裂こそない。だが、魔力の通ったその指先は、内部の微細な悲鳴を正確に感知していた。撃針の先端が魔力の爆縮熱でわずかに歪み、薬室の肉厚も数千分の一ミリ単位で膨張と収縮を繰り返している。
「だが……これだと銃の方が保たねえかもな」
響はカチリと空撃ちの感触を確かめ、呆然と立ち尽くす桐生へP229のグリップを差し向けた。
「普通の鉄で作られた工業製品に、俺の魔力弾と高圧の推進力を直接ぶち込んでるんだ。何百発、何千発と撃ち続けたら、あっという間にバレルが焼き切れるか、スライドが破断して手元で爆散しちまうぞ」
「は、はい……! 本来は火薬の燃焼ガスに耐える設計であって、高密度の魔力循環や熱暴走を想定した合金ではありませんから……」
桐生がおそるおそる銃を受け取る横で、唯が引きつった顔で額を押さえた。
「米軍最高峰の頑丈さを誇るP229が、たった数分で寿命寸前に追い込まれるなんて……銃器メーカーの技術者が見たら泣いて逃げ出しますよ」
「だから、真鍋さんに改良を要求するぞ」
響は腕を組み、横田基地の射撃ブースの天井を見上げて不敵に笑った。
「フレームもバレルも、全部ダンジョンの特級魔鉱石――アダマンタイトかオリハルコン系の合金で削り出させろ。俺の魔力をいくら流し込んでもビクともしねえ、魔導伝導率100%の特注フレームだ」
「国家予算が軽く吹き飛ぶ特注銃の注文ですね……」
唯のツッコミを綺麗に無視し、響はさらに注文を重ねた。
「それと、ついでだからもっと格好いいデザインにしろって真鍋さんに伝えろ。全体を艶消しの漆黒にして、余計な刻印は全部削ぎ落とす。スライドの側面に幾何学的な排熱スリットを刻んで、グリップには滑り止めのチェッカリングを深く彫り込ませるんだ。腰に差したときにビシッと締まる、研ぎ澄まされた刃物みたいなフォルムにな」
「性能強化のついでに見た目の格好良さを最優先で盛ってきた……!」
唯が両手で頭を抱える中、響は満足そうに踵を返した。
「よし、横田での実験は終わりだ。入間へ戻って、真鍋さんに特注ガンスミスの手配を急がせるぞ。あの男なら、黎明や米軍の資材をむしり取って喜んで作らせるだろ」
「中二病全開じゃないですか! 響さんってそっち方面の人だったんですね……!?」
唯が我慢の限界とばかりに両手を広げてツッコミを入れた。
「漆黒の艶消しボディに幾何学的なスリット!? 研ぎ澄まされた刃物みたいなフォルム!? 完全に思春期の男子がノートの隅に描く『ぼくのかんがえたさいきょうのけんじゅう』そのまんまですよ! 普段あんなに冷徹で無駄が嫌いとか言ってるくせに、結局見た目とノリが最優先なんじゃないですか!」
まくし立てる唯に対し、響は眉ひとつ動かさず、至って真面目な顔で腕を組んだ。
「何言ってんだ。道具ってのはな、機能美と見た目の鋭さが一致して初めて『完成』すんだよ。だいたい、腰に差しててテンションの上がらねえ不格好な鉄屑なんか持ち歩いて誰が得するんだ? 実用的で、壊れなくて、なおかつ格好いい。これ以上合理的な理由があるか」
「それを世間では開き直りの中二病って呼ぶんですよ! 『漆黒の魔導銃』とか名付けたら完全にアウトですからね!」
「名前なんざ付けねえよ、ただの道具だ」
響はフンと鼻を鳴らすと、呆然と2人のやり取りを見守っていた桐生に視線を戻した。
「おい桐生、真鍋さんに連絡して、工廠か米軍の腕利きのガンスミスを引っ張り出させろ。特級魔鉱石のインゴットなら前回の迷宮で拾った在庫がストレージに山ほど転がってる。材料費はそっちから出させてやるから、最速で組ませろってな」
「は、ハッ! 直ちに真鍋3佐へ報告し、極秘プロジェクトとして試作ラインを立ち上げさせます!」
桐生が威勢よく敬礼を返し、引き締まった表情のまま胸ポケットから端末を取り出した。
「コードネームは――『黒影零式』ですね。直ちに手配します!」
「お前もかよッ!」
唯がすかさず両手で頭を抱え、完璧なフォームで鋭いツッコミを叩き込んだ。
「なんで自衛隊の精鋭幹部がノリノリで中二病ネーミングに乗っかってるんですか! 零式って付ければなんでも許されると思ってません!? 男の人ってどうしてそう黒くてゼロが付くものにすぐ魂を売るんですか!」
「何を言うんだ唯さん」
桐生は一切の冗談を排した至極真面目な顔つきで、背筋をピンと伸ばしたまま力説した。
「制式採用前の特命試作兵装に『零式』の符牒を冠するのは、我が国の伝統とロマンにおける至高の礼節だ。ましてや響さんの圧倒的な魔力弾頭と消音機構を内包する漆黒の特務拳銃……『黒影零式』以外の何物でもないだろう!」
「ほら見ろ、桐生はよく分かってるじゃねえか」
響は満足げに腕を組み、小さく頷いた。
「無駄がなくて響きも引き締まってる。書類上の名目なんざ適当でいいが、現場の符牒がビシッと決まってた方が仕事もやりやすいってもんだ」
「完全に類友だこの人たち……! 誰か止めてよ真鍋さん……!」
唯が射撃場の天井に向かって絶望的な嘆きを上げる中、響と桐生の男2人は、すでに次なる特務拳銃の仕様策定に向けて真剣な顔つきで歩き出していた。
◇
入間基地の「リゾナンス日本支部」事務所に戻るなり、桐生から突きつけられた『黒影零式』の仕様書と響の要求を聞いた真鍋3佐は、執務デスクに両肘をついて深々と頭を抱えた。
「……無理です。我が国の現在の技術体系と法制度では、逆立ちしても100%不可能です」
真鍋は呻くように息を吐き出し、眼鏡を外して眉間を強く揉みほぐした。
「そもそも日本国内における銃器製造は『武器等製造法』で厳格に縛られており、防衛省の正規予算と仕様策定の手続きを踏むだけで年単位の歳月がかかります。それ以前に、ダンジョン産の特級魔鉱石――アダマンタイトやオリハルコンなどという、既存のダイヤモンドバイトすらへし折る未知の超高硬度素材をナノ単位で切削・加工できる試作工作機械など、自衛隊の補給処はおろか国内のどの重工メーカーにも存在しません!」
「ならどうする? 鉄のP229じゃ俺の魔力に耐えきれねえぞ」
ソファでくつろぎながら淡々と問う響に、真鍋は重い胃痛に耐えるような表情で、デスク上の暗号化衛星通信端末へと手を伸ばした。
「……やむを得ません。米本国の【ライアン少将(統合参謀本部)】の直通ラインに相談を持ちかけます。全米の侵食孔を響さんが制圧して以来、少将閣下は響さんを崇拝に近いレベルで心服していますからね。あそこなら、特殊作戦軍(SOCOM)直属のガンスミスと、DARPA(国防高等研究計画局)が管理する最新鋭の魔導金属レーザー焼結・切削ラインを即座に動かせますからね」
真鍋は端末の通信ボタンを押し、画面の向こうに呼び出したライアン少将直属の特命連絡窓口へ向けて、意を決したように口を開いた。
「もしもし、統合参謀本部・作戦担当窓口ですか。リゾナンス日本支部の真鍋です。……至急、ペンタゴン直轄の特務試作ラインにて、特注の小型火器を1丁、最優先で削り出していただきたい。発注者は響さんご本人です」
通信相手が色めき立ち、即座に詳細なスペックを求めてくる。真鍋は手元のメモを握りしめ、喉の奥まで込み上げてくる羞恥心と激痛を必死に押し殺しながら、事務的なトーンを取り繕って説明を始めた。
「仕様を伝えます。設計思想の根底は――『銃の形をした、絶対に壊れない剣』です」
通信相手が一瞬言葉を失った気配が伝わってきたが、真鍋は構わず続けた。
「基本構造およびエルゴノミクスはSIG P229を踏襲。ただし、通常の銃用鋼材は一切使用しません。日本支部から提供するダンジョン産特殊魔鋼――アダマンタイト、もしくはオリハルコンの単一インゴットからの完全削り出し仕様とします。薬室内での魔力爆縮および超高圧の熱暴走に無限回数耐えうる完全な魔導伝導率と剛性を求めています」
ここまでは兵器の性能要求として、まだ軍人としての尊厳を保てていた。だが、問題はここからだった。真鍋の頬が引きつり、額から嫌な冷や汗がツッと流れ落ちる。
「……そ、そしてだ。非常に言いにくいことではあるのだが……外観デザインについて、響さんから極めて……詳細かつ厳格な指定が入っている」
真鍋は奥歯を噛み締め、意を決して、手元のメモに殴り書きされた『要望』を早口で読み上げた。
「……表面処理は光を一切反射しない『漆黒の艶消しフィニッシュ』。刻印類はすべて削ぎ落とし、スライド側面には幾何学的かつ研ぎ澄まされた排熱スリットを刻み込むこと。そして全体のシルエットは……『腰に差したときにビシッと締まる、研ぎ澄まされた刃物のようなスタイリッシュなフォルム』……とする」
「ぶっ……!」
背後で聞き耳を立てていた唯が噴き出し、慌てて両手で口を塞いで肩を震わせた。
通信の向こうの米軍将校が「オー、サムライの美学か……アメージングだ」などと困惑混じりに呟く声が受話器から漏れ聞こえてくる。
真鍋は通話を切ると同時にデスクへ突っ伏し、胃のあたりを片手で強く押さえ込みながら、絞り出すような声で愚痴をこぼした。
「……本当に胃が痛い。恥ずかしい……! なんで防衛省のキャリア幹部であるこの私が、米軍の最高幹部へのホットラインを使って『ぼくのかんがえたさいきょうのしっこくのけんじゅう』の仕様を大真面目に発注しなければならないんですか……!?」
「いい仕事したじゃねえか、真鍋さん。伝われば結果オーライだろ」
響が満足げに湯呑みをすする横で、真鍋は「私の自衛官人生の誇りが音を立てて崩れていく……」と机に突っ伏したまま、しばらくピクリとも動かなかった。
◇
数日後、入間基地の駐機場に米軍のC-130輸送機が滑り込み、ライアン少将の特命を帯びた米軍の技術将校チームが厳重な警備のもとでリゾナンス日本支部へとやってきた。
運び込まれたのは、防弾・耐火仕様の重厚なペリカンケース。
執務室の中央に置かれたケースの留め具が、重々しい金属音を立てて解除される。
蓋が開かれた瞬間、室内の空気が一変した。
ウレタンフォームの中央に鎮座していたのは、もはやただの拳銃ではなかった。
ベースとなったP229の面影を残しつつも、フレームからマズルにかけてのラインは、米軍の極厚サバイバルナイフやタクティカル・タントーの鋭利な切っ先そのもの。極限までエッジを立てて削り出されたアダマンタイトの塊は、光を呑み込む漆黒の艶消しフィニッシュによって怪しく鈍い光を放っている。
そして、スライド部――。
中途半端なデザインではあの怪物の不興を買うと悟ったペンタゴンの技術者たちが、タガを外して暴走した痕跡がそこにあった。
スライド先端は、獲物を喰らわんと顎門を大きく開いた凶悪な龍の頭部を模しており、銃口はその喉奥から覗いている。側面のセレーションは龍の鋭利な牙の列、そして薬室の脇には冷徹に獲物を射抜く「龍の眼光」を模した極細のスリットが刻み込まれていた。
「……っ」
真鍋が息を呑み、即座に胸ポケットの胃薬に手を伸ばしかけた。
だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。
技術将校が誇らしげに胸を張り、恭しく革張りの極秘仕様書フォルダーを真鍋へと差し出す。その表紙に、ペンタゴンの技術陣が全精力を傾けて命名した日本語の正式コードネームが、堂々と金文字で刻まれていた。
『黒影零式改・紫電(Kokuei Zero-Shiki Kai Shiden)』
「ライアン少将閣下、およびSOCOM開発陣からのメッセージです。『ヒビキの武威と美意識に最大限の敬意を表し、オリジナルの“黒影零式”に米軍最新鋭の解釈を加えた究極の完成形――闇を裂く紫光の雷霆として、ここに“改・紫電”の称号を冠する』とのことです!」
胸を張る米軍将校の笑顔には、悪意など1ミリも存在しない。純粋な敬意と、最高の仕事をやり遂げたという職人の誇りだけが満ち溢れていた。
「……っ、ふ……っ!」
唯が両手で口を強く押さえ、顔を真っ赤にして肩を小刻みに震わせた。吹き出す寸前の笑撃とツッコミの衝動を、必死の形相で奥歯を噛み締めて押し殺している。
真鍋の顔は完全に青ざめ、胃の激痛と羞恥心に耐えながら、引きつった笑みを貼り付けて直立不動の姿勢を保っていた。
(黒影零式改・紫電……! 龍の顔が口を開けているだけでも役満なのに、紫電まで足してきた……! なんでアメリカの連中は、ニンジャとサムライとドラゴンに漢字二文字を足せば東洋人が狂喜乱舞すると信じて疑わないんだ……!!)
喉元まで出かかった絶叫を、真鍋は軍人としての鉄の自制心で呑み込み、深々と頭を下げた。
「……合衆国の、迅速かつ……極めて熱意あふれるご尽力に、深く感謝申し上げます」
「オー、喜んでいただけて何よりです!」
そして響はといえば、漆黒のケースからその『黒影零式改・紫電』を右手でゆっくりと持ち上げた。
指先が吸い付くようにフィットするダイヤモンド・チェッカリング。アダマンタイトの単一削り出しによる完璧な剛性感。重量バランスは吸い付くように手首の芯へと収まり、銃口をスッと前方へ向けた瞬間、まるで研ぎ澄まされた刃物と腕が一体化したかのような錯覚を覚える。
真鍋と唯が冷や汗を流しながら固唾を呑んで見守る中、響は龍の眼光が刻まれたスライドに指先を滑らせ、満足げに口端を吊り上げた。
「……悪くねえ。ずっしりとした重みといい、この刃物みてえなエッジの立ち方といいな。米軍のガンスミス共、なかなかいい腕をしてる」
響はスライドに刻まれた龍の眼光を親指でなぞると、フォルダーの金文字を見下ろしてニヤリと破顔した。
「それにしても『黒影零式改・紫電』か。さすが桐生の命名だけあって、問答無用でかっけえな! 男心を完璧に理解してやがるぜ」
素直に大歓喜する響の無邪気な声が、事務所の静寂を快活に突き抜けた。
直後――。
カチリ、と部屋の温度が氷点下まで急降下したような気配が走る。
「…………」
「…………」
米軍の将校が笑顔で見守る中、真鍋と唯の2人が、まるで示し合わせたかのように同時に首だけをギチギチと旋回させた。
その視線の先には、直立不動の姿勢のまま、どこか誇らしげに小さく胸を張っていた桐生の姿。
最初の発注書に『黒影零式』という余計なコードネームを勝手にねじ込み、結果として米軍のオタク魂に油を注いで大暴走させた元凶である。
真鍋の目は一切笑っておらず、眼鏡の奥から放たれる光は殺意すら帯びている。
唯の視線に至っては、もはや親の仇を見るかの如き底冷えするジト目だった。
((全部お前のせいだ……!!))
無言のまま突き刺さる、痛烈極まりない2対の眼圧。
向けられた殺人的な視線に、さしもの桐生もツッと額に冷や汗を流しながら、正面を向いたまま気まずそうに直立不動を保ち続けた。




