21話:後半「害虫駆除の生中継」
【読者の皆様へ:閲覧上のご注意】
本話(第21話)の後半には、非常に過激かつ残虐な暴力・流血描写が含まれております。
ショッキングな表現や残酷なシーンが苦手な方、あるいは気分を害される恐れのある方は、無理をなさらず後半部分を読み飛ばしていただくか、閲覧をお控えくださいますようお願いいたします。
(※ストーリーの進行上必要な描写として配置しておりますが、該当箇所をスキップしても前後の大まかな文脈は把握できるように配慮しております)
「Ninja 650なら所沢まで10分もかからねえよ。桐生、そこの転がってるゴミは基地の裏口から警務隊にでも引き渡しておけ。――掃除の手間が1回増えただけだ」
黒いライダースジャケットのファスナーを首元まで引き上げ、響は愛車の待つ格納庫へと迷いなく歩き出した。
国道463号線沿い、バリケードと鉄条網で物々しく要塞化された旧パチンコ店の前に、漆黒のNinja 650が滑り込んできた。
響はサイドスタンドを払ってバイクを止めると、ヘルメットを脱いでシートの上へ無造作に置いた。
建物の正面には、鉄板を溶接して補強された重厚な鉄製ドアが固く閉ざされ、薄汚れたアヴァロンのエンブレムが殴り書きされている。
響は足音も荒く正面玄関の前まで歩み寄ると、真鍮のドアノブへ右手をかけた。
回すつもりなど端からない。
[身体強化]を腕力へと集中させ、力任せに手首を手前へと引き抜いた。
バキィッ、メゴォッ――!!
強烈な破砕音が炸裂した。
ドアノブが根元のシリンダーごと引きちぎれるどころか、溶接されていた分厚い蝶番が3箇所まとめてコンクリートの枠ごとへし折れ、重さ100キログラムを超える鉄製ドアが丸ごと後方のフロアへ向けて弾丸のように吹き飛んだ。
ドガァァァンッ!!
店内の廃パチンコ台を何台も薙ぎ倒し、粉塵とガラス片を撒き散らしながらドアが激突する。
もうもうと立ち込める白煙の向こうから、ライダースジャケットのポケットに片手を突っ込んだ響が、何食わぬ顔で悠然と土足で踏み込んできた。
「お邪魔しまーす」
あまりに軽薄で場違いな挨拶が、静まり返った店内に響き渡る。
フロアの奥で酒を煽り、違法な魔石の仕分け作業をしていた20名近いアヴァロンの構成員たちが、椅子を蹴り倒して一斉に跳び起きた。
「な、なんだぁぁっ!?」
「てめぇ、どこの組のもんだッ! ここをアヴァロンの所沢支部と知って――」
怒号を張り上げ、近くにあったコンクリートハンマーを振り上げた大男が間合いを詰めようとした。
だが、響はその怒号に耳を貸す気など微塵もなかった。
踏み込みの予備動作すら見せず、響の手が男の太い前腕をガッシリと鷲掴みにした。
そのまま、指先へ握力を込める。
メキメキッ、ゴリュッ!
「ぎゃあああああぁぁぁっ!?」
人間の腕から鳴っていいはずのない、肉と骨がミンチ状にすり潰される鈍い音が響き、男が白目を剥いて絶叫した。成人男性の骨と筋繊維を、まるで濡れ雑巾でも絞るかのように握りつぶされたのだ。
響は足元に転がってのたうち回る男の悲鳴を完全に無視し、すぐ隣でナイフを抜こうと固まっていた次の男の襟首へ、流れるように左手を伸ばした。
グイッ、と力任せに引き上げる。
「ひ、ぐえっ……!?」
体重80キログラムを超える大人の男の身体が、まるで紙袋でも持ち上げるかのように片手で軽々と宙へ吊り上げられた。
響は両足をバタつかせ、首を絞められて泡を吹く男を見上げながら、退屈そうに首を小さく傾げた。
「ちょっと道を聞きたいんだけどさ。総本部まではどう行ったらいいの? 場所はどこ? 教えてくれるかな」
軽口を叩き終えるか終えないかの刹那、響の右拳が音もなく男のみぞおちへと吸い込まれた。
ドスッ!
鈍い重低音が腹腔の奥深くに響き渡る。
衝撃波が背中側まで突き抜け、男の肺の空気が残らず吐き出された。
「おぎょっ……!?」
胃液をまき散らして眼球が飛び出しかけた男を、響は何食わぬ顔で再び片手で高々と頭上へ持ち上げた。首根っこを締め上げられたまま、宙吊りの姿勢に逆戻りする。
「ほら、早く答えないと息の根が止まるぞ」
その異様な光景に、周囲のアヴァロンの連中が我に返り、血走った目で一斉に得物を構えて飛びかかってきた。
「てめぇ、調子に乗ってんじゃねえぞッ!」
「殺せ! 蜂の巣にしてミンチにしろッ!」
背後から振り下ろされる鉄パイプ。
横合いから叩き込まれる大型バール。
至近距離から散弾銃の引き金が無造作に引かれ、鉛の散弾が嵐のように叩きつけられる。
ガギィィンッ! ドガァッ! バンッ、バンッ!!
だが、響の身体はピクリとも揺らがなかった。
超高密度に練り上げられた魔力の防壁が皮膚の表面を寸分の隙もなく覆っており、叩きつけられた鉄パイプは飴細工のようにくの字にひしゃげ、バールに至っては手元から甲高い火花を散らして真っ二つにへし折れた。至近距離から炸裂した散弾の粒も、ライダースジャケットの表面に触れることすらできず、ペシペシと乾いた音を立てて床へと弾き落とされる。
「な……ッ!?」
「ば、化け物かよ……! 攻撃が、まるで通らねえ……!」
金属バットを握る両手を痺れさせ、男たちが青ざめて後退る。
どれだけ殴打されようが、銃撃を浴びようが、響は埃を払う仕草すら見せず、ただ左腕一本で吊るし上げた男の顔を冷徹に見据えたまま、石像のように微動だにしない。
「おい、時間切れだぞ。それとも、もう一発腹にめり込ませねえと舌が回らねえか?」
響が右拳を再び軽く握り直した瞬間、窒息と激痛で顔を赤黒く鬱血させていた男が、残された命の火を振り絞るようにして絶叫した。
「ひ、ヒィィッ……! は、吐く! 吐くから……降ろしてくれぇぇッ!!」
「はーい、残念。時間切れ」
冷淡な宣告とともに、響の左手がわずかに力を込めた。
ゴキッ。
鈍い音とともに男の首が不自然な角度に傾ぎ、力なく脱力した身体が床へと無造作に放り出された。ドサリと重い肉塊が転がる音が、静まり返ったフロアに響き渡る。
響は足元の動かなくなった男を一瞥すら払わず、指先を軽く鳴らしながら、その場に立ちすくむ残りの構成員たちへとゆっくりと視線を移した。口元には、冷え切った愉悦の笑みが浮かんでいる。
「さて、次は誰の番かな。……楽しいよね、こういうの」
一歩、踏み出す。
その足音が床の破片を踏み砕くたびに、周囲のアヴァロンの連中から「ヒッ……!」と短い悲鳴が漏れた。
鉄パイプをへし折られ、至近距離からの散弾すら弾き返す人外の怪物。仲間があまりにも容易く使い捨ての道具のように首を折られた光景を目の当たりにし、荒くれ者たちの戦意は完全に粉砕されていた。
響が次の男へ手を伸ばしかけた、その瞬間。
「言います! 全部言いますから助けてくれぇぇッ!!」
一番奥で腰を抜かしていた金髪の構成員が、両手を床に突いて額を擦り付けながら、なりふり構わず叫び声を上げた。
「六本木ヒルズの森タワーです! 最上階の52階と53階がクラン幹部の居住フロアで、総本部の司令室になってます! 普段はトップの幹部連中がそこに陣取ってて、地下の駐車場とメトロ連絡通路のエリアが武器と魔石の集積所兼ブラックマーケットです!」
男は過呼吸を起こしそうになりながら、問われてもいない防衛網の情報まで喉を裂かんばかりの勢いで吐き散らかした。
「地上からのエレベーターは全部ロックされてて、非常階段と特定の発信用カードキーを持つ専用リフトしか動きません! 正面のエントランスには重火器を持った警備班が常時20人以上詰めてて、ドローンによる監視網も敷かれてます! 俺が知ってるのはそれだけです、本当にこれ以上は何も……!」
息も絶え絶えに床に這いつくばる男の告白を聞き届け、響は足を止めた。
「六本木ヒルズの森タワー、ね。上は幹部の巣で、地下が武器庫と闇市か」
響は満足そうに顎を引くと、背筋を伸ばし、ジャケットの襟元を整えた。これ以上、この雑魚の群れを相手にする価値はないと判断したように、踵を返して粉々に砕け散った正面玄関へと歩みを進める。
「最初からそう素直に喋りゃあ、首の骨も無駄に折れずに済んだのにな」
響は外に止めてあるNinja 650の元へ戻ると、ヘルメットを被ってセルスイッチを押した。
夜の帳が下り始めた所沢の空に、並列2気筒エンジンの鋭い咆哮が轟く。
目指す先は、首都高を突っ切った先の六本木。メガクラン「アヴァロン」の心臓部へ向け、黒い車体が滑らかに加速を開始した。
◇
夜の闇にそびえ立つ六本木ヒルズ森タワーの麓、土嚢と鉄条網で何重にも固められた正面エントランスの前に、漆黒のNinja 650が滑り込んだ。
「止まれ! 誰の許可で入って――」
バリケードの陰からアサルトライフルを構えた重武装の警備員たちが立ち上がる。だが、バイクを降りた響は名乗りを上げるどころか、視線を合わせることすらしなかった。
身を沈め、初速の爆発だけで正面の警戒線を置き去りにする。
構えられた銃口の脇をすり抜けざま、前衛2名の鳩尾へ容赦ない掌底を叩き込んで昏倒させると、そのまま勢いを落とすことなく正面の強化ガラス扉へと突進した。
回線ロックも防弾ガラスも関係ない。
右足の踵を、正面エントランスの中央へ垂直に叩き込む。
ドガァァァンッ!!
爆破されたかのような轟音とともに、特注の防弾ガラスがフレームごと粉々に砕け散り、巨大な破片の雨となってロビーの奥へと吹き飛んだ。
「な、なんだぁっ!? 敵襲だッ!」
「正面が突破されたぞ!」
怒号と非常ベルがけたたましく鳴り響く中、響は舞い散る粉塵を悠然と踏み越え、ロビーの奥に位置する52階展望台直通のシャトルエレベーター乗り場へと歩み寄った。
「まずは足をもぎ取っておくか」
響は2基並んだシャトルエレベーターの扉の隙間に指先をねじ込むと、力任せに左右へ引き裂いた。
メキョメキョと悲鳴を上げてスチール製の扉が歪み、そのまま壁ごとベリベリと引き剥がされて暗黒のシャフトが露わになる。
響は首を突っ込み、遥か上空へと続く垂直の縦穴を見上げた。
52階まで吹き抜けになったシャフトの数十メートル上空、非常停止したままぶら下がっているエレベーターのカゴが2基、暗がりの底に視認できた。
「あんなところで止まってんのか」
響はロビーの待合スペースに無造作に置かれていた、重さ数十キログラムはある金属フレームのロビーチェアを片手でひょいと持ち上げた。
手首を軽く回して重さを確かめると、肩を後ろへ引き絞る。
[身体強化]を乗せた剛腕から放たれたロビーチェアは、空気を切り裂く砲弾となって垂直のシャフトを一直線に駆け上がった。
カァァァンッ!! ドゴォォォンッ!!
遥か頭上で炸裂した金属の衝突音。
直撃を受けたカゴの底が粉々に突き破られ、主索が衝撃に耐えかねてバチンッ! と火花を散らして千切れた。
ギィィィィッという凄まじい摩擦音とともに、重力に引かれた数十トンの鉄の塊が、自由落下で真下へと落ちてくる。
響は一歩だけ後退り、両手をポケットに突っ込んでその光景を眺めた。
ズガァァァァンッ!!
底部の緩衝スプリングを叩き潰し、爆煙を噴き上げながら2基のカゴがシャフトの最下層へ叩きつけられて圧壊した。これで展望台直通ルートは完全に消滅した。
響は踵を返し、すぐ裏手に位置する大型貨物兼用エレベーターの2基へと向かった。
扉の前へ立つと、無駄な動作を挟むことなく、右拳を扉の真ん中へ叩き込む。
バコンッ!
拳のめり込んだ鉄扉をそのまま手前へと引きちぎり、シャフトの中を覗き込むと、こちらは1階フロアの真下にカゴが待機していた。
「下にあるなら、床ごと抜け」
響はカゴの天井へ飛び降りるや否や、真下へ向けて両足の踏み込みを炸裂させた。
ドスゥゥンッ! と衝撃波が鉄板を突き抜け、昇降ケージのフロア床材、制御モーター、油圧ダンパーごと一撃でぐしゃぐしゃに踏み砕く。機械油と火花がパチパチと飛び散り、操作パネルは完全に沈黙した。
完全に稼働不能となったエレベーターの残骸を踏みつけ、響は軽やかにロビーへと跳び戻った。
「よし、これで上も下も逃げ場はねえな。52階の鳥籠の中で、せいぜい震えて待ってろってこった。……籠の中の鳥になった気分はどうだかな」
正面から駆けつけてきた増援の警備班が、ロビーの破壊跡と血の気の引く光景に足を止めて震え上がる中、響は彼らに目もくれず、壁に設置された緑色の誘導灯――『非常階段』と書かれた重厚な防火扉へと迷いなく歩を進めた。
非常階段の分厚い防火扉を蹴り破り、響は螺旋状に続くコンクリートの昇降路へと足を踏み入れた。
薄暗い踊り場には、下層からの侵入を阻むためにバリケードが幾重にも築かれていた。鎖で幾重にも巻き付けられた鉄パイプベッド、積み上げられた土嚢、そして赤外線感知式のワイヤートラップ。
だが、響は歩みを一切緩めない。
「邪魔だ」
[身体強化]を乗せた右足が閃くたび、数段分の障害物が爆音とともに吹き飛ぶ。
鉄パイプは飴細工のようにひしゃげて吹き飛び、土嚢は破裂して砂煙を撒き散らし、仕掛けられた信管は火花を吹く間もなく壁へと叩きつけられて圧壊した。
トントントン、とリズミカルな靴音が暗い階段室に木霊する。
地上200メートル超、2,000段を超える地獄の上り階段を、響は散歩の歩調のまま、息一つ乱さずに駆け上がっていった。10階、20階、30階、40階――。立ち塞がる障害物を文字通り粉砕しながら、軽やかな足取りは止まることなく、一気に50階の踊り場を突破した。
その時、遥か頭上からドタドタと慌ただしい軍靴の足音と、切迫した怒号が降りてきた。
「クソッ、エレベーターのシャフトが完全に死んでるぞ!」
「下から異常な破壊音が上がってきてる! 非常階段から迎撃しつつ地上へ脱出するぞ!」
エレベーターを撃墜され、退路を断たれたアヴァロンの精鋭武装班が、自動小銃やタクティカルナイフを構えて階段を雪崩を打って駆け下りてきたのだ。
51階の踊り場を曲がり、彼らが響の姿を視界に捉えた瞬間、先頭の男が目を見開いて銃口を向けようとした。
「な……女だと!? てめえが――」
響は名乗りを待つ猶予すら与えなかった。
踊り場に転がっていた、重さ200キログラムを超える防火扉の鉄板とコンクリートブロックの残骸へ、迷うことなく爪先を滑り込ませる。
ズバァァンッ!!
サッカーボールを蹴り上げるような軽快なスイングから放たれた瓦礫の塊は、狭い階段室の空気を爆ぜさせながら、垂直に近い弾道で真上へと跳ね上がった。
「ぎゃあああっ!?」
「ぐわぁぁっ!!」
階段を駆け下りてきた10数名の武装兵たちを、鉄板と瓦礫の散弾がまとめて正面から薙ぎ倒した。骨の砕ける鈍い音が重なり、階段の手すりが衝撃でひしゃげる。
それだけでは終わらない。
響は手すりを片手で掴むと、身体をバネのようにしならせ、吹き飛んで体勢を崩した連中のど真ん中へ下から突進した。
回し蹴りの遠心力と掌底の連撃が、階段の傾斜に沿って下から上へと炸裂する。
肉の壁となって折り重なった男たちを、響は一切の容赦なく、吹き抜けになった階段の中央の空間――遥か地上200メートルの暗黒の底へ向けて、まとめて蹴り落とした。
「うわあああぁぁぁぁ――ッ!!」
「助けてくれぇぇぇ――ッ!!」
宙を舞い、手すりの隙間から真っ逆さまに落ちていく男たちの悲鳴が、底知れぬ縦穴の奥へと急速に小さくなっていく。
響は手すりに片肘をつき、暗がりの底を見下ろしながら、何でもない世間話のように気軽に呟いた。
「この高さだと、死んじまうかな」
数秒後、遥か1階のコンクリート床から、ボトッ、ドスッという湿った肉の激突音が微かに反響してきた。
響はフッと短く息を吐き出すと、視線を上へと戻した。
目の前には、52階――アヴァロン総本部の幹部フロアへと直結する、最後の重厚なセキュリティ扉が立ち塞がっていた。
「こんなもの、ベヒモスの装甲以下の強度しかねえじゃねえか」
響は吐き捨てるように呟くと、右拳に魔力を凝縮させ、防火セキュリティ扉の中央へ無造作に突き出した。
ドゴォッ!!
強化合金の防弾扉が、まるで湿った段ボールのようにあっさりと貫通される。響はめり込ませた右腕で扉の内部フレームを内側からガッシリと鷲掴みにすると、踏ん張る素振りすら見せず、力任せに手前へと引き抜いた。
バキバキッ、メキョッ――!!
壁面のアンカーボルトがコンクリートごと弾け飛び、重さ数百キログラムの鉄塊が枠ごと力づくで引き剥がされる。響は引っこ抜いた扉を片手で放り投げ、ガラガラと床を転がる残骸を踏み越えてフロアへと足を踏み入れた。
舞い散る粉塵の向こうに広がっていたのは、六本木の夜景を一望できる52階の広大なエグゼクティブフロアだった。
革張りの高級ソファ、バーカウンター、そして壁一面の監視モニターが並ぶ豪奢な空間。
だが、そこに陣取っていたアヴァロンの首脳陣は、突如として壁ごと扉を引きちぎって現れた黒衣の侵入者を前に、言葉を失って総立ちになっていた。
響はフロアの奥に固まる顔ぶれを一瞥し、退屈そうに指を折りながら呟いた。
「中にいるメンバーは……10名足らずか」
響は毛足の長い絨毯を踏みしめ、一歩、また一歩と優雅に歩みを進めた。
その顔には気怠げな苦笑が浮かんでいる。
「あのさ、頼むからさ……俺たちに関わらないでくれないかな」
ぼやくような言葉と同時に、すれ違いざまに伸ばされた響の右掌が、迎撃しようと身構えていた幹部の胸板へ軽く触れた。
バキィッ――!!
乾いた破砕音とともに、衝撃波が男の肉体を内側から破裂させた。骨も内臓も瞬時にミンチと化し、パッと吹き荒れた紅い血煙が白い壁と夜景のガラスを派手に染め上げる。
「ひ、ヒィッ……!?」
悲鳴を上げて後退る残りの幹部たちをよそに、響は血の霧を悠然とくぐり抜け、さらに歩みを進めた。
「俺、本当にかったるいんだよ。こういうことしたくねえんだよ」
愚痴をこぼしながら、抜き身の魔力短剣を構えて突っ込んできた別の男の腕を、目にも留まらぬ速度で絡め取る。
手首を掴んで逆方向へギリギリと捻り上げると、そのまま流れるような足払いを男の軸足へ叩き込んだ。
メキメキッ、バキィンッ!
男の腕が螺旋状にねじ切れ、膝関節が真逆へ向けて粉々にへし折れる。
床に転がって虫のように痙攣する無惨な姿を一瞥した響は、まるで道端の小石でも跨ぐかのように歩調を乱さず、次の獲物へと視線を向けた。
「本当、お前たち怖くてしょうがねえんだよ。勘弁してくれよ」
怯え切って後退り、壁に背中を打ちつけた大男の喉元へ、響の左手が音もなく伸びた。
そのまま万力のような握力で首根っこを締め上げると、軽々と大男の巨躯を吊り上げる。
「が……っ、ケホッ……!」
響は両足をバタつかせる男をぶら下げたまま、何食わぬ顔でフロアの中央、完全に腰を抜かして震え上がる残りの幹部たちへ向けて歩き出した。
男を片手でぶら下げたまま、響は残る数名の幹部たちを見渡し、感情の起伏を一切感じさせない平坦な口調で問いかけた。
「この中で、ボスはお前か? それとも、お前か?」
響の空いた右手が、至近距離でへたり込んでいた高級スーツの男、そしてその後ろで青ざめている大男を順番に指差した。
指先を向けられたスーツの男は、顔面を蒼白にして脂汗を吹き出しながら、必死の形相で両手を激しく横に振った。
「い、いやいやいや! お、俺じゃねえよ! 滅相もねえ、俺はただの財務担当で……!」
「わかんねえから、とりあえずお前でいいや」
無造作な呟きと同時に、響の右腕が閃いた。
ゴキッ――!!
乾いた破裂音が贅沢なフロアに響き渡り、男の首が直角にねじ曲がった。
弁解の言葉を喉に詰まらせたまま、瞳から光を失った肉体が絨毯の上へドサリと崩れ落ちる。
「ヒッ……!?」
響は転がった死体にもう一瞥すらくれず、左手にぶら下げたままだった男をゴミ袋のように床へ放り捨てると、残る数名へ向けてゆっくりと歩みを進めた。
「残るゾンビとモンスターは……あと5匹か」
響は絨毯の上に散らばる肉片と血だまりを踏み越え、壁際にへたり込んで震える生存者たちを冷たく見下ろした。その瞳には、路傍の害虫を観察するような底知れない虚無の色が宿っている。
「一応、お前たちは命だけは助けてやるよ。討伐しても何の報酬もねえしな」
安堵の表情が浮かびかけた男たちの顔面を、次の瞬間、絶望が塗りつぶした。
響の黒いブーツが、一切の躊躇なく、一番手前にいた男の股間めがけて振り抜かれた。
ぐちゃっ。
鈍く、湿った不気味な破砕音がフロアに響き渡る。
「ぎゃあああああぁぁぁっ!?」
男は白目を剥き、声帯を焼き切るような絶叫を上げながらエビのように体を丸めて転がった。
「ほら、次」
響は平然とした足取りで歩を進め、逃げ出そうと這いずり回る次の男の腰を踏みつけると、その隙間へ正確に爪先を蹴り入れた。
ぐちゃっ。
「あぐぅぅっ……!?」
メキメキと骨盤の奥まで響く破壊音とともに、男の悲鳴が途絶え、口から泡を吹いて気絶する。
「お前も」
ぐちゃっ。
「ひぃ、やめ――」
ぐちゃっ。
逃げ惑う男たちを順番に追い詰め、響は一切の感情を交えずに、ただ機械的にその急所を蹴り潰していった。フロアの至る所から、肉と組織がすり潰される嫌悪感に満ちた音と、男たちの断末魔のような呻き声が重なり合って木霊する。
最後の一人の急所を無慈悲に踏み砕き、ぐちゃりという濡れた音とともに静寂が戻ったフロアで、響は靴底にこびりついた汚れを絨毯に擦り付けて拭った。
「……よし。これで二度と悪さはできねえだろ。感謝しろよ、命だけはあるんだからな」
転がって痙攣する肉塊の群れを一瞥し、響はポケットに手を突っ込んだまま、フロアの最奥――一番豪奢な革張りチェアが置かれた執務スペースへと視線を向けた。
フロアの最奥、重厚なマホガニー製デスクの影に丸まり、自らの失禁でズボンを濡らしていたアヴァロンの最高幹部。響はその縮こまった首根っこを、まるでゴミ袋でも拾い上げるかのように軽々と掴み上げた。
「ひぃっ、た、助け――」
男の懇願には一切耳を貸さず、響は引きずり回すようにして、先ほど力づくでこじ開けた52階の非常階段へと歩みを進めた。背後には、急所を潰されて泡を吹き、床の上で痙攣する幹部たちの無惨な光景が広がっている。
ガタガタと軋む防火扉の残骸を踏み越え、響は非常階段の踊り場へと躍り出た。
破壊された手すりの向こう、地上200メートルを超える夜の虚空へ向け、腕をまっすぐ伸ばして男の身体を外へと突き出す。
吹き荒れる冷たい夜風が男の髪を乱暴に煽り、足元には街灯とビルの明かりが豆粒のように小さく瞬いていた。
「ヒィィィィッ! お、落とすな! 金ならある! アヴァロンの資産も、地下の魔石も全部くれてやる! 頼む、助けてくれぇぇぇッ!!」
眼下に広がる底知れぬ暗黒の垂直落下に狂乱し、男は涙と鼻水を垂れ流しながら悲鳴を張り上げた。
だが、響の瞳には同情の欠片すら浮かんでいない。見下ろすその眼差しは、冷え切った殺意よりもさらに質の悪い、徹底的な侮蔑と冷酷さだけが澱のように溜まっていた。
「お前は、ゾンビモンスター以下だ」
抑揚のない、平坦な声が男の耳朶を打つ。
「俺はな、俺を貶めるような奴は絶対に許さねえんだよ」
言い放った瞬間、響は男の首根っこを掴んでいた五指を、何のためらいもなくパッと開いた。
「あ――」
支えを失った男の巨躯が、重力に引かれて真っ逆さまに虚空へと落下していく。
「あばばばばばばあああああああぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!!」
尾を引く絶叫が、夜風を切り裂きながら急速に遠ざかり、やがて六本木の闇の底へと吸い込まれて消え去った。
数秒後、遥か地上のアスファルトを湿った何かが強打する鈍い音が、わずかに遅れて吹き上がってきた。
響は手をポケットに戻すと、手すりの端に片足をかけ、夜風に前髪を揺らしながら眼下の暗がりを一瞥した。
「……さて。これで上は片付いたな」
吐き捨てるように呟くと、響は踵を返し、破壊され尽くした暗い非常階段を一段ずつ、軽やかな足取りで降り始めた。
非常階段からフロアへ足を踏み入れた響は、奥の大型モニターの前で、照明用ライトと三脚に固定された業務用テレビカメラが赤く点灯し、生中継の電波を飛ばし続けているのを認めた。アヴァロンが自らの権勢を誇示し、裏社会の取引先へプロパガンダを垂れ流すために設営していた専用の配信機材だった。
カメラの脇から、顔を蒼白にした女性リポーター風のクルーが、震える足取りで駆け寄ってきた。床一面に転がる血だまりと、急所を潰されて呻く幹部たちの地獄絵図に怯えながら、マイクを握りしめて響へ差し出す。
「あ、あなたは……避難されてきた方ですか!? 上の階で一体何が――」
響は片手をひらひらと振って、その問いを軽薄に遮った。
「違う違う、こいつらは駆除対象だ。ゾンビ、モンスター以下の奴らだからな」
女性リポーターが絶句する中、響は悠然とカメラの正面へ歩み寄り、レンズを真っ直ぐに見据えた。床に転がる幹部の腕から引きちぎった、漆黒の「アヴァロン」の腕章を指先でつまみ上げ、視聴者へ見せつけるように掲げる。
「いいか、こいつらは社会のゴミだから。このアヴァロンの腕章を見たら、誰でも遠慮なくぶん殴っていいぜ。なんなら懸賞金まで出すぞ」
レンズの向こうの無数の視線へ向けて、響は冷酷で不敵な笑みを浮かべてみせた。
カメラのレンズ越しに響の冷酷な笑みと、足元に転がる最高幹部たちの無残な姿が中継された瞬間、都内各地に点在していたアヴァロンの各支部には激震が走った。
八王子、町田、大宮、立川――。
モニターを見つめていた構成員たちの顔からは完全に血の気が引き、誰一人として声すら出せない。六本木の絶対的な権力構造が、たった1人の手によって文字通りゴミのように踏み潰され、挙句の果てに生中継で「懸賞金付きの駆除対象」と宣告されたのだ。
「お、おい……どうすんだよこれ……!」
「嘘だろ、本部が……幹部連中が全滅してんじゃねえか!」
恐怖とパニックが一気に伝播した。
このまま腕章を巻いていれば、いつあの怪物が現れて肉片に変えられるか分からない。それどころか、日頃から恨みを買っていた他のクランや一般市民、果ては自衛隊や警察からも一斉に狩りの対象とされる。
「冗談じゃねえ……! 巻き添え食らってたまるか!」
1人が叫び声を上げ、左腕の黒い腕章を力任せに引きちぎって床へ叩きつけたのを皮切りに、各拠点で雪崩を打つように同じ光景が広がった。
「俺も抜ける! 知らねえぞ!」
「腕章外せ! 武器も置いてとっとと逃げろ!」
我先にと腕章をもぎ取り、唾を吐きかけて床へと投げ捨てる構成員たち。誰の指示を仰ぐこともなく、金目の物だけを掴んで蜘蛛の子を散らすようにアジトから逃走していった。
関東一円に悪名を轟かせ、暴力と恐怖で君臨していたメガクラン「アヴァロン」は、響が放ったたった数言の宣告によって、その日のうちに事実上の完全解体へと追い込まれることとなった。




