19話:リゾナンス日本支部
山のように積まれた唐揚げの皿と、幾重にも重なったラーメンの大丼を空にし、響は「ふぅ……生き返った。これでやっと腹八分目ってところかな」と腹を撫でて一息ついた。
呆れる唯と青ざめる真鍋3佐を前に、響は爪楊枝をくわえそうになりながら、テーブルに肘をついて尋ねる。
「そういえばさ、真鍋さん。ちょっと気になってたんだけど、国内の覚醒者たちの組織作りって今どうなってんの? ギルドの創設とか、クランの動きとかさ。大手がこの日本でどれくらいいて、中小規模はどうなったわけ?」
さっきまで駄々っ子のように飯をねだっていた怪物の口から出た核心を突く問いに、真鍋3佐は表情を引き締め、公用端末のホログラムマップを展開した。
「……よくぞ聞いてくださいました。実のところ、響殿が渡米される直前に朝霞で能力測定とF~Sのランク管理が始まって以降、国内の勢力図は急速に階層化が進んでいます」
真鍋3佐は画面上に並ぶ3つの特大エンブレムを指し示した。
【PMC・アイギス】
元自衛官や警察系を中心に結成された軍事型メガクラン。規律と戦術行動に長け、治安維持や防衛省からの委託作戦を堅実にこなしている。
【黎明コンソーシアム】
メガバンクや総合商社の莫大な資本力で動く企業系メガクラン。豊富な資金で装備と人員を囲い込み、ダンジョンの資源採掘や商業化で主導権を握る。
【アヴァロン】
実力至上主義のアウトロー連合。荒くれ者や一匹狼の強力な覚醒者を束ね、危険な侵食孔へも躊躇なく突っ込んで魔石やドロップ品を力尽くで回収する武闘派。
「この3大メガクランが、それぞれ傘下に多数の下部クランを従え、利権と人員を完全に寡占しています。一方で、問題はその下にひしめく中小零細のクランです」
真鍋は苦い顔でため息をつき、画面の無数に散らばる小さなアイコン群を示した。
「数名から数十人規模の零細クランが全国に乱立していますが、安全で実りの多い侵食孔は大手に押さえられ、装備も資金も乏しい中小は、ゾンビが徘徊する危険地帯の掃討や小規模な穴で日銭を稼ぐ自転車操業に追い込まれています。魔力中毒による暴走や、縄張り争いの私闘も後を絶ちません」
「なるほどな。朝霞でランク分けしたはいいけど、結局上と下で食い合いになってるわけか」
響はお茶を飲み干すと、ふんと鼻を鳴らした。
「で? ギルドの組織作りにも加わらず、政府の頼みでアメリカまで行ってた俺たちのことは、そのメガクランや中小の連中から今どう見えてるんだ?」
真鍋3佐は額を手で押さえ、深く、深く胃の痛む溜息をついてから口を開いた。
「……どう見えているかも何も、『防衛省が奥の院に隠し持っている、正体不明の規格外兵器』ですよ」
真鍋は端末の画面を伏せ、声を一段落として続けた。
「メガクランの連中からすれば、面白くありません。彼らは朝霞の測定で必死にランクを競い、利権やダンジョンを囲い込んでいる。それなのに、ギルドの登録にも組織の枠組みにも一切乗っからず、政府の特命だけで単独行動している貴女方の存在は、彼らの積み上げたルールを根底から壊しかねない不確定要素そのものです。『PMC・アイギス』は自衛隊直轄の特務部隊として警戒し、『黎明コンソーシアム』はどんな手を使ってでも専属契約を結ぼうと裏で嗅ぎ回っている。『アヴァロン』の血気盛んな連中などは、『本当に強いなら俺たちが首を取って名を上げてやる』と息巻いている始末です」
真鍋はそこで一度言葉を切り、苦笑交じりに肩をすくめた。
「そして中小の連中から見れば、もはや神話か都市伝説の類です。『政府の要請でアメリカの窮地を救いに行った化け物がいる』『その怪物は十条の部隊を拠点にしているらしい』という尾ひれのついた噂だけが先行して、恐怖半分、あるいは大手の締め付けを吹き飛ばしてくれる救世主のように勝手な幻想を抱かれています。――要するに、誰も実態を知らないからこそ、貴女方の名前ひとつで国内のパワーバランスがいつでもひっくり返りかねない、極めて危険な火種として見られていますよ」
「怖いねえ、唯。俺たちもさっさと適当な零細クランでも立ち上げて、市井の片隅に紛れ込んじまった方が気楽なんじゃねえのか?」
響は爪楊枝でシーハーと歯間を鳴らし、まるでどこかの路地裏の噂話でも聞くように肩を竦めてみせた。
冷たい麦茶を喉に流し込んでいた唯が、吹き出しそうになりながら目を丸くして睨みつけてくる。
「……はぁ!? 何を寝ぼけたこと言ってるんですか、さっき上の人たちに丸ごと押し付けてきたばかりでしょう!」
「あ? 俺がいつそんな殊勝なこと言ったよ」
「言いましたよ、堂々と! あの部屋を出ていくとき、『リゾナンスの支部だか何だか知らんが、作りたきゃ勝手にして書類のハンコも全部そっちで押せ』って捨て台詞吐いたの、どこの誰ですか! まさか唐揚げと一緒に記憶まで胃袋へ流し込んだんですか!?」
食ってかかる唯の勢いに、響はポリポリと耳の裏を掻きながら、天井の換気扇へと視線を泳がせた。
「あれは空腹で頭が沸いてた時の適当な放言だろ。あんな国の利権がギチギチに詰まった神輿の上で、スーツ着た連中と顔突き合わせて会議漬けなんて真っ平ごめんだ。俺が言ってるのはそういうのじゃなくて、雑居ビルの3階あたりにパイプ椅子と電気ポットだけ置いてさ。気が向いた時に近場の穴へ潜って、日銭稼いで美味いもん食うような、看板倒れのちんけなクランだよ」
「そんな世捨て人みたいな偽装が通じるわけないでしょうが! 響さんがどこかに看板を立てた瞬間、それこそ『あの怪物が旗揚げした』って全国のメガクランと官邸とペンタゴンが押し寄せて、その雑居ビルごと火の海になりますよ!」
食堂中に木霊する唯の悲痛なツッコミを前に、卓の向かいに座る真鍋3佐の手は無意識に胸ポケットを探り当てていた。銀色のシートから押し出した錠剤を水もなしに噛み砕き、深い絶望とともにガックリと机へ額を沈めた。
◇
机に突っ伏したままピクリとも動かない真鍋3佐の頭上へ、響はひょいと顔を覗き込ませた。
「おい、真鍋さん。倒れてるところ悪いんだが、葵たちの居場所を教えてくれ。入間基地の民間人収容ハンガーにいるって聞いてたけど、どの区画だ?」
真鍋は机に額を押し当てたまま、力なく右腕だけを上げて方向を示した。
「……第4格納庫の仮設収容区画です。板橋から同行してきた葵さんは物資集積ラインの脇に設営された一般避難スペースにいらっしゃいます。くれぐれも、あそこの避難民を扇動するような派手な騒ぎは起こさないでくださいよ……」
「わかってるって。顔を見に行くだけだ。ごちそうさん、真鍋さん」
響はパイプ椅子から身軽に立ち上がると、お茶を飲み干した唯を顎で促し、隊員食堂を後にした。
誘導路沿いに歩き、巨大な第4格納庫の重いスライド扉をくぐると、広大なフロアにはパーテーションで仕切られた無数の簡易テントやパイプベッドが整然と並んでいた。避難民たちの話し声と、自衛官たちが物資を搬送するフォークリフトのモーター音が低く反響している。
その一角、端のパーテーションで区切られた区画へ近づくと、手持ち無沙汰そうに折りたたみ椅子へ腰掛けた小柄な女性――佐伯葵の姿が目に入った。向かいの簡易ベッドでは、『ファミリート』の店長とサラリーマンの男性が、配給の毛布に包まれて穏やかな顔で仮眠をとっている。
「よう、葵。無事にしてたか」
響が声をかけると、葵はびくりと肩を跳ねさせ、手にしていた布を落としそうになりながら勢いよく顔を上げた。
「えっ……響さん!?」
葵は丸い目を限界まで見開いたあと、パーテーションを飛び越えんばかりの勢いで立ち上がり、駆け寄ってきた。
「いつ戻られたんですか!? アメリカに行かれたって自衛隊の人から聞いて……ずっと、すごく心配してたんですよ!」
一切の警戒心も距離感もなく、満面の笑みで距離をゼロにしてくる葵の無邪気な近さに、響は内心で激しくたじろぎながら、平静を装ってポリポリと頬を掻いた。
「おい、近い。落ち着け」
響は片手で葵の肩を軽く押しとどめ、避難スペースの様子へ視線を向けた。
「見たところ、体は無事そうだな。店長とサラリーマンはどうだ」
葵は慌てて一歩下がり、簡易ベッドの方を振り返った。
「はい、お二人とも怪我はないです。ただ、ここまで歩いてくるので体力を使い果たしちゃって……今は配給をもらって、体を休めてるところです」
「そうか。ならいい」
響は短く息を吐くと、用件だけを端的に告げた。
「真鍋から話は聞いてると思うが、ここは一時的な避難場所でしかない。いつまでも自衛隊の庇護下で飯が食えるわけじゃないぞ」
「なあ、葵。お前、今の外の状況がどうなってるか、どれくらい耳に入ってる?」
響は腕を組み、周囲の雑音を気にする風でもなく単刀直入に尋ねた。
「テレビとかニュース、ラジオ、あとはスマホのSNS……何かしらで情報掴んでるか?」
葵は少し困ったように眉を下げ、パーテーションの脇に置かれた小さなパイプ椅子を指差した。
「格納庫のロビーに1台だけ自衛隊の方が置いてくれたテレビがあって、そこで一部の報道番組がたまに流れるくらいです。それ以外は……スマホも圏外のままで、電話も通じません。基地の外との一般回線はまだ復旧してないみたいで、ネットも私たち一般人は全然使えなくて」
「なるほどな。通信網はまだ軍や政府の非常用回線で手一杯ってわけか」
「はい。テレビのニュースで言ってたのも……街中の危険が完全に消えたわけじゃなくて、至るところでまだゾンビや怪物の警戒が続いてるってことでした。不要不急の外出は絶対に控えるようにって、大雨の特別警報みたいな避難指示がずっと出っ放しなんです」
葵は膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、悔しさと不安の混ざった息を吐き出した。
「だから……板橋に戻って自分の部屋を確認するとか、店長と『ファミリート』を片付けて店を開け直すなんて、今はとても考えられる状態じゃないみたいです」
「ま、そういうことなら焦っても仕方ねえな」
響は頭の後ろで両手を組み、呆気らかんと言い放った。
「俺は今、この基地の連中にいろいろと世話になってる。真鍋さんも頭を抱えながら俺の顔色を窺ってるような状態だ。だからもし、どうしようもない状況になったら俺を頼れ」
「えっ……響さんを?」
目を瞬かせる葵の額を、響は人差し指で軽く小突いた。
「そうだ。自衛隊の連中が物資不足だの何だので『これ以上の受け入れは困難だ』とか、お前らをどこか別の場所に追い出そうとしたりしたら、必ず俺に言え。いいな?」
「スマホも内線も通じねえんだから、機械で連絡しようとするな。周りにいる自衛官を連絡係代わりに使え」
響は格納庫の通路を警戒している隊員へ顎をしゃくった。
「何か困ったことが起きたら、巡回してる隊員にこう言え。『本庁舎の特別宿舎にいる響さんへ、至急で伝言をお願いします』ってな。俺は今、基地の幹部が使う貴賓室に寝泊まりしてる」
「貴賓室……? そんなお偉いさんが使うような場所にいるんですか?」
目を丸くする葵に、響は苦笑いを浮かべた。
「真鍋さんが気を利かせて用意してくれた部屋だ。俺が基地内をうろついて余計な混乱を起こさないよう、配慮してくれたんだろうよ。あいつらも俺の名前が出れば無視はできねえし、真鍋さんの耳にもすぐに入る。遠慮しないで、隊員に言って俺を呼び出せ」
「響さん、何をまどろっこしいこと言ってるんですか。あの部屋、無駄に広いんだから、葵ちゃんくらい一緒に住まわせてあげればいいじゃないですか。どうせご飯とかも、そのストレージの中に死ぬほどため込んでるんでしょ」
突然の提案に、葵は目を白黒させて両手をブンブンと振った。
「え、ええっ!? そ、そんなの絶対にダメですよ! 響さんは特別な任務で来てるのに、私がそんな幹部用の部屋にお邪魔するなんて、申し訳なさすぎます!」
「遠慮することないって。この人、放っておいたら一人で部屋を散らかすだけなんだから」
唯は平然と言い放ち、響の横腹を肘で小突いてみせた。
「なるほどな。使用人枠ってことで真鍋さんに話を通せば、角も立たねえし筋も通るな」
響は片眉を上げてニヤリと笑った。
「板橋から連れてきた民間人を、俺の身の回りの世話係として手元に置く。特権階級の我儘って体裁にすりゃ、自衛隊の形式ばった手続きでも書類ひとつで片がつく」
「え、ええっ!? 使用人だなんて、私、そんな大層なことできませんよ!?」
慌てふためく葵をよそに、唯は納得したように腕を組んで頷いた。
「合理的ですね。真鍋3佐としても、響さんの専属スタッフという名目が立てば、避難民の規程とは別枠で貴賓室への出入り許可を出せます。基地の備蓄を食い潰すわけでもないですし、反対する理由がありません」
「そういうこった。おい葵、荷物をまとめろ。こんな埃っぽい格納庫で毛布にくるまってるより、温かいシャワーと美味い飯がある部屋のほうが絶対にいい」
響が手短に言い切ると、葵は困惑と気後れの入り混じった顔で、呆然と2人を見比べるしかなかった。
◇
後日、響と唯は再び司令部庁舎へと足を運び、真鍋3佐に事情を説明した。
葵たちを響の専属の身の回り役――事実上の使用人枠として貴賓室へ移し、同居させたいという申し出に対し、真鍋は険しい顔で腕を組み、即座に首を横に振った。
「響さん、いくらなんでもそれは無理を通しすぎです。あそこは庁舎中枢の特別宿舎ですよ。身元の確認も完了していない成人男性2人まで引き連れて同居させるなど、基地の防衛保全上、私の裁量で通せるはずがありません。警務隊に嗅ぎつけられたら私が査問会議行きです」
「じゃあどうすんだよ。あそこの環境、埃っぽくてたまらねえぞ」
響が眉をひそめると、真鍋は机の上の端末を操作しながら、苦渋の妥協案を提示した。
「……佐伯葵さん、彼女1人だけなら『響さんの専属サポート要員』という特認枠で通します。女性1人の身の回り役という名目であれば、VIPの私的スタッフとして上層部にも言い訳が立ちますし、響さんのストレージから自活してもらえるなら基地の食料備蓄も浮きますからね。ですが、店長さんとサラリーマンの男性2人は絶対に駄目です」
「男2人は格納庫に置き去りか?」
「置き去りにはしませんよ。響さんの顔を立てて、私の権限で第4格納庫内の比較的環境が良い管理区画へ移します。あそこなら物資搬送の埃も届きませんし、基地内の後方軽作業を手伝ってもらう枠に推薦して、温かい食事の優先配給も手配します。これで手を打ってください」
現実的な落としどころを淡々と提示する真鍋に、唯が横から小さく頷いた。
「妥当ですね。響さん、真鍋3佐の言う通りですよ。成人男性3人が同じ部屋で雑魚寝なんて、絵面としても暑苦しいだけですし」
「……ま、そうだな。真鍋さん、それで頼む」
響が納得して頷くと、真鍋は安堵の息を漏らし、葵1人分の特別通行証の発行手続きを進めた。
「それと、真鍋さん。俺は一応、基地の外への自由行動は認められてるんだよな?」
書類の決裁を終えてペンを置いた真鍋に、響はパイプ椅子の背もたれに体重を預けながら切り出した。
真鍋はぴくりと肩を強張らせ、油断のならない視線を響に向けた。
「……協定上、響さんの移動を制限する権利は我々にはありません。ですが、不要不急の外出を控える非常事態下です。単独で勝手な軍事行動を取られると、各方面との政治的摩擦が――」
「小難しい理屈はいい。行動が自由なら、1つ頼みがある」
響は片手を軽く上げ、真鍋の言葉を遮って単刀直入に要求を突きつけた。
「俺専用のバイクを1台寄越してくれ。悪路でも走れる頑丈なやつだ。この足であちこち走り回るのも面倒だし、自由に活動できる環境が欲しいんだよ」
「表向きの名目なら、いくらでも立つだろ。民間人の救助、それにダンジョン周りの支援活動ってことにしておけばいい」
響は不敵に口端を吊り上げ、机の上の真鍋を覗き込んだ。
「自衛隊にとっても悪い話じゃねえはずだ。俺が勝手にふらついてるんじゃなく、基地の要請に応じた『災害・ダンジョン対応の外部協力者』として動いてるって形にすりゃ、基地司令も上層部も世間体は保てる。自衛隊の看板を汚さずに現場の危険地帯を偵察できるんだから、むしろ安い取引だろ」
「……相変わらず、役人の嫌がる言い回しを心得ていらっしゃいますね」
真鍋はこめかみを押さえて苦笑いをこぼしたあと、デスクの上で両手を組み、冷徹な軍管理職の顔つきへと一変させた。
「……響さん、その話、こちらの条件を呑んでいただけるなら完全に呑みましょう。あなたという最高戦力の深層支援枠が存在し、実際に稼働可能だと外部に知れ渡ればどうなるか、想像がつきますよね。大型クランやその背後にいる連中が、我先にと入間基地へ陳情と利権の要求を押し寄せてきて、間違いなく泥沼の争奪戦になります」
「だろうな。連中からすりゃ、自前の部隊を死なせずに厄介なボスを片付けてもらえる特権パスだ」
響が鼻を鳴らすと、真鍋は薄く笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。ですから、このカードは基地の主導権を握るために使わせてもらいます。条件は1つだけです。『あなたが介入するダンジョンとクランの選定は、すべて私を通すこと』。勝手な直談判や、クランからの個人的な依頼による単独出撃は一切認めません」
真鍋は手元の端末の画面を響へ向けた。
「どのクランが基地に対して最も協力的な物資提供を行っているか、防衛拠点としての重要度やスタンピードの危険度はどこが最も高いか。それらをこちらで厳密に査定し、基地にとって最大限の利益を引き出せる案件だけを『特命支援』としてあなたへ割り振ります。この枠をチラつかせるだけで、連中は基地の補給や後方支援に唯々諾々と従うようになる」
「なるほどな。俺の力をエサにして、生意気な民間クランを飼い慣らす手綱にするわけだ」
「組織を回すための現実的な取引ですよ。その代わり、あなたには最高仕様の偵察用オフロードバイクと専属の整備班、燃料の最優先補給を約束します。外で何をしようと、指定した深層の案件さえ確実に片付けてくれれば口出しはしません」
真鍋の突きつけてきた計算高さに、横で聞いていた唯が呆れたように小さく肩をすくめた。
「食えない人ですね、真鍋3佐も。完全に響さんを政治の道具として使い倒す気満々じゃないですか」
「結構なことじゃねえか。小役人が腹括って利権をぶん回す気概があるなら、俺としても話が早い」
響はパイプ椅子から立ち上がり、不敵に口端を吊り上げた。
「そうかい。なら話は決まりだな。その支援枠だか支部だかを立ち上げたあかつきには、窓口業務は全部あんたに丸投げさせてもらうぜ」
響は片手をひらりと振って、不敵な笑みを浮かべた。
「どのクランが一番上等な手土産を持ってくるか、腹黒い連中の品定めなんざ俺の柄じゃねえからな。小面倒な交渉も政治屋への根回しも、全部あんたが盾になって引き受けてくれるってんなら、俺としても願ったり叶ったりだ。俺は指定された穴蔵へバイクで突っ込んで、手に余ってる化け物の首をへし折ってくるだけで済む」
「ええ、実務はこちらで完璧にコントロールします。……ただし、さすがに一介の3佐である私の独断で通せる話ではありません」
真鍋は自嘲気味に息を吐くと、机の上の暗号化専用端末を立ち上げた。
「最高戦力の即応運用枠の新設、それに自衛隊装備の貸与です。基地司令――入間基地司令への直訴はもちろん、防衛省本省、ならびに官邸の特務連絡室へ緊急の承認を取り付けます。少しお待ちください」
真鍋は受話器を取り、防衛専用の暗号回線を開いた。
ピンと背筋を伸ばし、先ほどまでの飄々とした態度を消し去って、硬質な軍人口調で報告を叩き込む。
「――はい、真鍋3佐です。基地司令、ならびに本省運用企画課へ緊急連絡。……ええ、例の『特命戦力』に関する運用提案です。対象から単独行動の機動性確保として偵察車両1両の貸与要求あり。名目は災害救助および戦略級ダンジョン深層の間引き支援――。はい、窓口は当基地で一本化し、民間メガクランおよび各機関への政治的影響力保持、ならびに防衛補給ラインの優先確保に直結させます。……了解。閣下、ご決断に感謝します」
数分間の張り詰めたやり取りの末、真鍋は受話器を置き、端末から出力された承認コードを確認した。画面には「基地司令決裁済」「防衛省特務承認」の電子署名が並んでいる。
「……通りました。基地司令も本省も、響さんの手綱を基地で握りつつ、深層の脅威を低コストで排除できるなら願ったり叶ったりとのことです。正式に特命支援部隊の外部協力者として、車両の持ち出し許可が下りました」
真鍋は安堵の汗を指先でぬぐい、引き出しから1枚の車両受領票を取り出して机の上に滑らせた。
「お待たせしました。では、約束の足をお渡ししましょう。第2整備格納庫のほうへ手配しておきます。陸自仕様の偵察用オートバイ、それと基地外の特別通行許可証です」
「話が早くて助かるぜ」
響は受領票を二本指で挟み取ると、真鍋に向けて軽く掲げてみせた。
「葵の部屋の移動と、男2人の配給手続きも抜かりなく頼むぞ、真鍋さん」
「了解しています。そちらも司令部承認の特命サポート枠として登録を済ませました。佐伯さんの通行証は唯2曹に預けておきますので、部屋の案内と合わせて進めてください」
◇
真鍋3佐からの連絡を受け、響と唯が再び司令部の一室へ呼び出されたのは、バイクの手配が完了した翌日のことだった。
机の上には、防衛省と官邸の承認印が捺された真新しい辞令書類が並べられていた。
「響さん、朗報です。官邸および本省との調整が完了し、当基地を管轄窓口とする特命遊撃組織――『リゾナンス日本支部』の立ち上げが正式に決裁されました。実務・渉外の責任者は私が引き受けます」
真鍋は満足げに眼鏡を押し上げ、続けて背後のパーテーションの向こうへ視線を送った。
「ついては、先行して支部の専属実務スタッフを手配しました。十条ダンジョンの先行調査班として派遣されていた面々です。彼らも先日あなたに命を救われ、自衛隊やクランの枠組みを超えて響さんの直属で働きたいと志願してきましてね」
扉が開き、十条で救出された4名が姿を現した。
「実働の戦闘は響さんが単独でこなす前提ですので、彼らには前線ではなく地上側の後方支援に専念してもらいます。まず、防衛省直轄の総合病院である自衛隊中央病院で、医療や衛生管理の実務を積んできた衛生自衛官――衛生科2曹の御子柴渚です。軍隊でいう衛生兵のベテランであり、病院での事務処理にも長けています。彼女を響さんの『専属アシスタント兼秘書』として配置します。スケジュール管理、基地や本省との事務手続き、地上救護所のトリアージを一任します」
白衣の上に防弾ベストを羽織った御子柴が、緊張した面持ちで一歩前に出て敬礼した。
「衛生科2曹、御子柴渚です! 事務処理や医薬品の管理、地上での負傷者救護ならお任せください。響さんの活動を全力で補佐します」
「残る3名――桐生1尉、風間君、篠原君は地上サポート班です。桐生1尉には地上封鎖線の自衛隊との連携統括、風間君と篠原君にはダンジョン入り口周辺の警戒・物資調達を担当させます。前線突入の足手まといにはさせません」
怪我の手当てを終えた桐生たち3名も、覚悟を決めた顔つきで深く頭を下げた。
「そして佐伯葵さんですが、彼女の語学力を活かし、支部の『渉外通訳兼生活サポート』として正式採用の手続きを取りました。今後、米軍や海外メガクランからの接触があった際の公式通訳として身分を保証します」
「……へえ、仕事が早いな、真鍋さん」
響は腕を組み、集まった面々をぐるりと見渡した。
「書類仕事も地上のお守りも全部やってくれるなら、俺としては文句ねえよ。おい渚、秘書だか何だか知らねえが、真鍋から面倒な連絡が来たら適当に間引いとけよ」
「は、はい! 善処します……!」
恐縮しつつも手帳を構える御子柴の姿に、唯が横で小さく笑みをこぼした。
こうして、入間基地の片隅に、規格外の単独戦力を支える最小限かつ機能的な「日本支部」が即座に立ち上がった。




