↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者の帰還、術式失敗で(♀)になっていた。レベル1から現代のパンデミック迷宮都市を生き抜く  作者: 藤咲玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/46

10話:前半 暴竜の解体ショーと、勘違いの重傷者

 前線作戦本部の重い防音扉を勢いよく押し開け、地下通路へ足を踏み出した響だったが、数十メートルほど歩いたところでふと足を止めた。


 勢いとハッタリで伊達陸将から完全な自由と不可侵の言質をもぎ取り、あの息苦しい密室から啖呵を切って出てきたのはいい。だが、実際のところ「この直後どうするか」までは一切具体的に考えていなかったのだ。


 響は頭をボリボリと掻き、息を切らして追いついてきた唯を振り返る。


「……さて、これからどうすっかな」


「へ? ど、どうすっかって……響さん、ノープランで飛び出してきたんですかぁ!?」


 唯が目を白黒させて叫ぶのを完全に無視し、響は腕を組んで現実的な問題に思考を巡らせた。


「とりあえず拠点はどこに置くべきか、だな。……入間基地がいいのかな。それとも、お前の自宅?」


「わ、私のアパートですかぁっ!?」


 唯は両手で顔を覆い、素っ頓狂な悲鳴を上げる。


「ぜ、絶対にダメですぅぅ! 埼玉の築25年の木造アパートですよ!? 6畳1間のワンルームで、お風呂とトイレが一緒のユニットバスなんです! 響さんみたいな規格外の人が来たら、刀や魔石を置く場所すらなくて足の踏み場もありません! それに……」


 唯は周囲をキョロキョロと見回し、声を潜めて響の耳元へ身を乗り出した。


「さっきのキメラの肉……お肉を調理するのだって、私のアパートの狭い1口コンロじゃ換気扇が負けて、煙と匂いで火災報知器が鳴り響いてご近所トラブル確定ですぅ……! あんな魔獣のお肉をジュージュー焼いてるのがバレたら、それこそ1発で怪しまれちゃいます!」


 必死の形相で手足をバタつかせる唯の言い分を、響は至極もっともだと受け止めた。

 狭小なアパートの1室では、今後の訓練も、アイテムの整理も、そして何より「魔獣の解体と調理」という最大の極秘検証作業を行うにはあまりにも不向きすぎるからだ。


「チッ、確かにそうだな。煙と血生臭さで通報されて警察沙汰になっても面倒だ」


 響は顎に手を当てて思案を巡らせる。


「となると、入間基地の1角をまるごと買い叩くか、それとも池袋のどこか頑丈で人目のねえ1軒家かビルを、自衛隊の威光を使って丸ごと徴用させるか……だな」


 響はポンと片手で手を打ち、悪巧みをするような不敵な笑みを口元に浮かべた。


「そういえば、まだ新宿と渋谷が残ってたよな。……いっそのこと、どっちかのダンジョンに立てこもっちまうか」


「た、立てこもるぅぅぅッ!?」


 唯の裏返った悲鳴が地下通路に木霊する。両手で頭を抱え、目を丸くして響の顔を凝視した。


「ななな、何言ってるんですか響さん!? ダンジョンの中なんて、1歩間違えたら魔物が四方八方から湧いて出てくる魔窟ですよ!? 眠ることもお風呂に入ることもできないじゃないですかぁ!!」


「バカ言え。ボスの部屋を制圧しちまえば、次のリポップまでは完全な安全地帯だ。防音は完璧、頑丈さは現代建築の比じゃねえし、煙や匂いが外に漏れる心配もゼロ。自衛隊の監視の目も届かねえし、肉の解体も調理もやりたい放題だろ。それに何より――」


 響は親指で刀の鍔をカチャリと鳴らし、ギラリと猛獣のような光を目に宿らせる。


「新宿も渋谷も、まだ誰も手をつけてねえ手つかずのボスと魔獣の肉が山ほど転がってるってことだ。拠点を作りがてら、次の特上肉を狩りに行くぞ」


「新宿までは305号線を真っ直ぐ行けば行けるよな」


「えっ、305号線……明治通りですか!? 待って、歩いて行くんですかぁぁ!?」


 唯の悲鳴を背中で聞き流し、響は地上に出るや否や[身体強化Lv.1]を脚部に集中させ、池袋東口から南へと一気に加速した。


 アスファルトを踏み砕く勢いで疾走する響の背中を、唯は必死に身体強化を発動させて追走する。

 崩壊した乗用車が乗り捨てられ、自衛隊の検問用バリケードが点在する都道305号線――明治通りを、2人は時速60キロメートルを超える猛スピードで南下していった。雑司が谷を抜け、学習院大学の脇をかすめ、高田馬場を瞬く間に通過する。


 やがて視界が開け、無数の廃墟ビルが歪に立ち並ぶ大歓楽街、新宿の歌舞伎町エリアへと足を踏み入れた。


 急ブレーキをかけて足を止めた響は、肩で息をする唯を横目に、かつて巨大なシネマコンプレックスや劇場が密集していた広場の残骸を見渡す。


「……ようやく着いたな。ここら辺って、昔は劇場だったところだっけか」


「はひ……はひ……っ! と、東宝ビルとか……劇場の、広場ですぅ……! し、死ぬかと思いましたぁ……!」


 膝に手をついて荒い息を吐く唯の視線の先――粉々に砕け散った広場の中央には、大口を開けた漆黒の亀裂が存在していた。


 地上の建造物を基礎からへし折り、地下深くへとぽっかりと口を開けている巨大なダンジョンの侵食孔。

 池袋のそれとは比較にならないほど濃密で禍々しい魔気が、地下の深淵から冷たい風となってゴオォォ……と吹き上がり、廃墟と化した歌舞伎町の路地を白く霞ませている。


 ぽっかりと漆黒の口を開けた大穴の周囲には、異様な熱気と混乱を孕んだ分厚い人だかりができていた。


「どけっ! 重傷者だ、救護テントへ急げ!!」

「止血帯が足りん! 第3小隊の衛生兵、早くこっちへ回せッ!」


 自衛隊の野戦救護班が怒号を上げながら、血塗れの担架を抱えて次々と走り抜けていく。

 担架の上に横たわる覚醒者や隊員たちは、ある者は腕を酸で溶かされ、ある者は防弾プレートごと胸郭をへし折られており、荒い息の下から絶叫と呻き声が絶え間なく漏れ出していたのだ。地下の惨状を物語る血生臭い鉄の匂いが、冷たい魔気の風とともに地上へと充満している。


 その阿鼻叫喚の脇では、金属鎧やタクティカルベストを着込んだ民間の覚醒者や企業契約のクラン員たちが、数十人単位で群れを成していた。


「おい、先行班が第3階層で壊滅したってマジかよ!?」

「下層の連中、池袋のやつらより遥かに足が速いぞ!」

「ビビってんじゃねえ、今突入すりゃドロップ魔石は総取りだ!」


 武器の点検をしながら怒鳴り合う者、酒瓶のような携行薬品を一気に煽って気合を入れる者、顔面を蒼白にして震える者。死傷者が吐き出される横から、功名心と焦燥に駆られた武装集団が今にも地下の亀裂へ雪崩れ込もうと押し合いへし合いを繰り広げ、侵食孔の入り口は完全に飽和状態と化していた。


 その混沌の光景を前に、唯が防弾ベストの襟元を握りしめて小さく身震いする。


「う、うわぁ……池袋東口よりも遥かに殺気立ってますぅ……! 怪我人の数も半端じゃないですし、みんな目が血走っててヤバい雰囲気です……!」


 響は群衆の頭越しに漆黒の穴の奥を冷たく見据え、刀の鯉口をカチャリと小さく鳴らした。


「獲物が多けりゃ、群がるハエも増えるってこった。……道を開けさせるぞ」


 響は人混みをかき分け、担架で運ばれていく重傷者の列の脇へと平然と歩みを進める。


 すれ違いざま、担架の上で胸部を深く抉られ、血泡を吹いて瀕死の呻き声を上げていた男のすぐ横を通り抜けた。その刹那、響はコートの袖口から小さなガラスの小瓶を取り出し、誰の目にも止まらぬ素早さで栓を弾くと、中の緑色の液体を男の裂傷部へ無造作に振りかける。


 ピシャリ、と液体が肉の裂け目を濡らした。

 その直後、男の傷口から淡い青緑色の燐光がパッと立ち上る。


「ぐ……あ……!?」


 男が息を呑んだ次の瞬間、ズズズ……と肉が蠢く湿った音が鳴り、骨まで見えていた深紅の亀裂がみるみると寄り集まり、新しい皮膚が猛烈な勢いで傷口を塞ぎ始めた。わずか数秒で大出血が完全に止まり、男の荒い呼吸が急速に落ち着いていく。


「な……!? おい、傷が塞がってくぞ!?」

「馬鹿な、止血処置もまだなのに……何が起きたんだ!?」


 担架を運んでいた衛生兵たちが足を止め、信じられないものを見る目で絶叫した。

 騒然となる救護班を背に、響は空になった小瓶を指先で弾いて懐へと戻し、つまらなそうにぼそりと呟く。


「ま、初級だからこんなもんか」


「ちょ、ちょっと響さん……!? 初級って、あんな一瞬で致命傷が治る薬、外でばれたらまた大騒ぎになりますぅ……!」


 唯が目を白黒させて小声で耳打ちしてくるのを肩先で受け流し、響は刀の柄に手をかけたまま、大口を開けた漆黒のダンジョン入り口へと迷いなく足を踏み入れた。


 入り口の喧騒を置き去りにし、響は薄暗い地下の回廊を一定の歩調で淡々と進み続ける。


 地下へと下る道中、傷を負って壁にもたれかかる探索者や、仲間の遺体を抱えて地上へ引き返そうとする小隊と何度もすれ違った。だが、響は視線を向けることすらなく、ただ機械的に歩を進める。十条駐屯地の時のように、率先して周囲の雑魚を掃討してやったり、部隊を後方へ逃がすような積極的な救援活動を行う気など毛頭ない。助けを求めるような弱者の視線も、漆黒のフードの下から冷淡に切り捨てて通り過ぎる。


 背後をついてくる唯も、響の横顔から無言の意図を察し、口を噤んで歩調を合わせた。


 第1階層、第2階層、第3階層、第4階層――。

 散発的に襲いかかってくるゴブリンや狂化野犬の群れは、すれ違いざまに響の刀と唯の投擲ダガーが電石火火で処理し、足を止めることすらなく階段を駆け下りる。


 そして、およそ第5階層まで到達した頃だった。


 かつて地下鉄の連絡通路だったと思われる広大なコンクリートの空間から、激しい金属音と絶叫が響き渡る。


「くそっ、囲まれた! 退路を塞がれたぞ!」

「前衛の盾がもう持たん! 魔法職を後ろへ下げろ!!」


 視界の先では、5人ほどの民間覚醒者パーティが背中を合わせ、絶体絶命の包囲網の中に閉じ込められていた。

 彼らを取り囲んでいるのは、硬質な外骨格と長大な鎌腕を持つ中級魔獣――巨大な甲殻蟷螂の群れ、優に10数匹。すでに前衛の重装剣士の盾は叩き割られ、後衛の回復役の少女が肩から血を流してへたり込んでいる。鎌の1撃が振り下ろされれば、次の瞬間には首が撥ね飛ぶという完全な壊滅寸前の局面だった。


 響はその惨状を一瞥し、足を止める。

 無関心にそのまま横を通り過ぎようとすれば、わずか数秒で彼らは全滅するはずだ。


「全員を救うつもりはねえが……目の前でのピンチは、ちょっと寝覚めが悪ぃな」


 響は面倒くさそうにぼやくと、腰の刀の鯉口をカチャリと弾いた。


「唯、背後の退路を塞いでる3匹を仕留めろ。残りは俺が片付ける」


「了解ですぅっ!」


 渋々といった口調とは裏腹に、響の身体は次の瞬間、弾丸のような初速で甲殻の群れの中心へと突っ込んでいく。


 へたり込んだ少女の細い首へ向け、凶悪な鎌腕が空気を切り裂いて振り下ろされた刹那――。


 ガギィィンッ――!!


 甲高い金属の衝突音が広間に炸裂し、火花が暗がりを鮮烈に照らし出した。

 少女の眼前、わずか数センチメートルの位置に滑り込んだ響の漆黒の刀身が、蟷螂の鎌を寸分違わず跳ね返す。衝撃で甲殻蟷螂の巨躯が大きく後方へとよろめいた。


 響は少女を背中に庇うようにスッと立ち塞がる。


 死を覚悟して目を固く閉じていた少女は、頭上から降り注いだ衝撃音に恐る恐る目を開け、自分の前に立つ黒衣の後ろ姿を見上げた。何が起きたのか脳の処理が追いつかず、半開きになった口から声も出せずに呆然と固まっている。


 響は肩越しに、へたり込んだままあっけにとられている少女の顔を無言で見つめる。

 言葉を交わす気などない。ただ、大丈夫だと言わんばかりに顎を引いて軽く1度だけ会釈すると、すぐに視線を正面の獲物へと戻した。


「――チッ、硬いだけの虫ケラが」


 反動を利用した鋭い踏み込みから、響の刀が横一文字に閃く。


 ザシュッ!


 体勢を崩していた甲殻蟷螂の首の継ぎ目を的確に両断し、緑色の体液を噴き出させながら即座に絶命させた。光の粒子となって消え去る間すら与えず、響の足はすでに地を蹴り、盾を砕かれて今にも押し潰されそうになっていた前衛の重装剣士の救援へと向かう。


 閃光のような連撃で残る甲殻蟷螂を瞬く間に切り伏せ、緑色の体液が床に染み込む前に、響は漆黒の刀を流れるような所作で鞘へと納めた。


 背後では、退路を塞いでいた3匹を的確に解体し終えた唯が、血振りを終えたナイフをホルダーへ戻している。

 助けられた覚醒者パーティの面々は、盾を砕かれた前衛も、へたり込んでいた回復役の少女も、あまりの神速の蹂躙劇に息を呑み、言葉すら失って立ち尽くしていた。


 響はその視線を完全に無視し、軽く肩を回しながら歩き出す。


「ふう……やっと目立たずにここまで来れたな」


 本気で安堵したように息を吐く響の背中に、駆け寄ってきた唯がジト目を向け、呆れ果てた溜息とともにツッコミを入れた。


「……本当ですかね? 入り口で瀕死の人に謎の劇薬ぶっかけて全快させちゃってますし、今もピンチのパーティのド真ん中に突っ込んで虫の群れを一瞬でミンチにしましたよね? どこからどう見ても、1番目立ってる嵐そのものなんですけどぉ……!」


 唯の真っ当すぎるツッコミを聞き流し、響はさらに階段を駆け下りて階層を深めていった。


 第6階層を通り過ぎ、第7階層あたりまで降りてくると、ダンジョン内の空気は一変する。

 先ほどまで散見された探索者の姿や、自衛隊の索敵班の痕跡は完全に途絶え、人の気配は文字通り微塵も感じられない。代わりに、崩落した地下道の暗がりから漂う濃密な魔気と、壁の奥で蠢く凶悪なモンスターの息遣いだけが充満していた。


 響は刀の柄に手を置き、誰もいない静まり返った回廊を悠々と見渡す。


「よし、ここからは俺たちの自由だな。……いっそのこと、この第7階層あたりに引きこもっちまうか?」


 冗談とも本気ともつかないトーンで呟いた響に対し、唯は周囲の暗がりで光る無数の赤い複眼や獣の瞳を指差して、即座に身を縮めて反論した。


「いや、魔物がうじゃうじゃですよぉっ!? 引きこもるどころか、1歩立ち止まっただけで四方八方から美味しくペロリと食べられちゃいますぅ!!」


 ◇


 第15階層の最奥、崩落した地下鉄の立体交差跡に広がる吹き抜けの大空洞。


 粉々に砕けた電車の残骸と鉄骨が散乱する広間の中央に、その巨獣は君臨していた。

 体長12メートル、体高4.5メートル。全身を覆うのは、マグマの結晶のように硬質な深紅の鱗甲。頭部には左右に突き出た鋭利な真紅の角が聳え立ち、開かれた巨大な顎からは、コンクリートをチリチリと焦がす高熱の吐息が白煙となって漏れ出している。


 新宿ダンジョンの階層主、深紅の暴竜『クリムゾン・カルノタウルス』。


 大気を震わせる地竜の重厚な威圧感を前にしても、響の足取りは散歩の途中のように軽やかだった。漆黒のフードの下から、獲物を品定めするように暴竜の全身をじっくりと眺め回すと、腰の刀の鯉口を親指でカチャリと弾いてニヤリと笑う。


「唯、今回も楽勝そうだな。しかも、めちゃくちゃ美味そうな奴だしよ」


「ほ、本当に食べるつもりですかぁぁぁッ!?」


 唯は両手で頭を抱え、顎が外れそうなほど口を開けて叫んだ。


「見立ての段階で『楽勝』もおかしいですけど、あのサイズ、どう見ても正真正銘の肉食恐竜じゃないですかぁ! あんな岩みたいに硬そうな赤いウロコと牙の生えた怪獣を、本当にジュージュー焼いて胃袋に放り込む気なんですか響さんっ!?」


「ウロコなんざ剥ぎ取っちまえば関係ねえよ。見ろ、あの太い尻尾の付け根。絶対に極上のテール肉だぜ。前世じゃ地竜のテールスープやローストは冒険者ギルドの最高級メニューだったんだ。――行くぞ唯、魔石を傷つけねえように四肢を止めるぞ!」


 響は地面を蹴り、[身体強化Lv.1]の超加速で深紅の暴竜の懐へと一直線に突っ込んでいく。


 響は迷わず低空のスライディングを敢行し、暴竜の巨大な2足歩行の足元へと潜り込んだ。


 右脚の太い腱を目がけて横一文字に刀を閃かせる。だが、初撃はガキンッ! と甲高い火花を散らして硬質な深紅の鱗に弾かれた。


「チッ、さすがに装甲が厚いな」


 響は動じることなく、滑り込んだ勢いのまま身体を捻ってタメを作る。魔力を刀身の切先へと凝縮させ、一拍のタメから2撃目を鋭く振り抜いた。


 ズバァァンッ!


 研ぎ澄まされた刃が鱗の継ぎ目を断ち割り、太い骨ごと右脚を即断する。

 激痛と支えを失った衝撃で、体長12メートルのクリムゾン・カルノタウルスは轟音とともに横へと激しく倒れ込んだ。


「倒れ込んだなら、もう関係ねえよな」


 響は冷淡に言い放つと、ジタバタと暴れる暴竜の残った左脚へ肉薄し、無防備に晒された関節へ容赦なく追撃の刃を振り下ろす。


 ザシュッ!


 鮮血が噴き上がり、残る片方の足もあっけなく切断された。

 両足を奪われて床の上を転がるだけの巨大な肉塊を見下ろし、響は刀を軽く振って血を払うと、お約束のニヤけた顔を浮かべて唯へ声を張り上げる。


「――唯! どうだぁ、これなら手頃なまな板の上だろ!」


 響の呼びかけに応じ、唯が低空を地を這うような猛スピードで突っ込んできた。


 さっきまでの怯えた態度はどこへやら、三白眼を血走らせ、狂犬じみた獰猛な殺気を全身から噴き出させている。横倒しになって悶絶する暴竜の胸元へ跳躍すると、逆手に構えた大型コンバットナイフをギラつかせ、ドスの利いた暴言を吐き捨てる。


「てめえこの野郎、前足が邪魔なんだよッ!!」


 横たわった巨躯の上で、退化して小さく蠢いていた暴竜の前脚――その関節部へ向けて、ミスリルガントレットの蒼い魔力を纏わせた刃先を容赦なく叩き込んだ。


 ザクッ! ギチギチッ、ズバァンッ!


「ギャオォォッ!?」


 骨と腱を力任せに断ち割り、まずは右の前脚を関節ごと即座に切断。さらに流れるような体重移動で反対側へ回り込み、刃を逆手に突き立てて残る左の前脚も根元から肉ごと抉り落とす。


 ボトボトと床に転がる前脚の残骸を踏みつけ、唯は血塗れのナイフを構え直して荒い息を吐いた。両足に続いて両腕までもぎ取られ、完全に運動能力を奪われたクリムゾン・カルノタウルスは、床の上で太い尾をビチビチと痙攣させるだけの生きた肉塊と化していた。


 響はのたうち回る暴竜の胴体へ歩み寄り、胸骨の頑丈な隆起のあたりを爪先で小突く。


「ここら辺かな……おい唯、ここら辺をちょっと切ってみろ。即死させねえように気をつけろよ」


「了解ですっ!」


 唯は返事と同時にコンバットナイフを構え直すと、暴竜の硬質な深紅の鱗の隙間、心臓が位置するであろう胸腔の部位へ刃先をねじ込んだ。


 ギチ、ギチリ……ブシュッ!


 暴竜が微弱な呻き声を上げる中、唯は的確に外殻を割り、心臓を傷つけない絶妙な深さで分厚い胸筋を十字に切り開く。ドクン、ドクンと激しく脈打つ肉の隙間から、禍々しい熱気を帯びた赤い光が漏れ出した。


「よし、どけ!」


 すかさず響が身を乗り出し、黒革の手袋をはめた両手を、切り開かれた血塗れの胸腔の奥深くへと迷いなく突っ込む。


 メキリ、ブチュチュッ!


 骨と筋繊維を力任せに押し広げ、心臓の裏側に固着している核の感触を指先が捉えた。


「――らぁッ!!」


 響は全身の筋力を爆発させ、両腕に力を込めて一気に引き抜く。


 ブチブチブチッ! と太い血管と神経が千切れる生々しい破裂音とともに、響の両腕に引きずり出されたのは、バスケットボールの2倍はある巨大な、深紅に脈打つ極上の魔石だった。


 核をもぎ取られたクリムゾン・カルノタウルスは、全身の筋肉をビクビクと細かく痙攣させた後、やがて完全に脱力して沈黙する。


 10秒、20秒が経過しても、その巨躯が光の粒子となって霧散する気配は一切ない。冷え切った地下の空洞に、12メートルを超える巨大な赤黒い肉の山が、確かな質量と熱を保ったまま横たわり続けていた。


「よし、読み通り定着したな」


 響は手にした巨大な魔石を足元へゴトリと置き、満足そうに頷くと、刀を右手に持ち直す。


「さて、こいつ、血抜きが必要だよな。まずは美味しく食べるために血抜きしねえとな」


 響は暴竜の太い喉元へと歩み寄り、首の根元にある太い頸動脈の走行を指先で探り当てると、刀の切先を迷いなく突き立てた。


 ズバリッ!


 分厚い鱗の隙間から太い血管が断裂し、ドクドクと高圧の熱い血が石畳へ向けて噴き出し、排水溝のように広間を染めていく。


 続けて響は巨躯の後方へと回り込み、狙いをつけていた極太の尾へと向かった。

 鱗と骨の継ぎ目を的確に見極め、刀身に魔力を乗せて一閃、さらに二閃と鋭く刃を走らせる。


 ズバァンッ! ドシンッ!


 大木のような尾の根元が両断され、重厚な地響きとともに極上のテール肉の塊が床へと転がり落ちた。断面からは、まるで上質な霜降り肉のように細やかな脂が差した、鮮やかな深紅の赤身が湯気を立てて覗いている。


「おお、見てみろよ唯。このテールの断面、最高のサシが入ってるぞ」


 響は刀を鞘へ納めると、先ほどまでの冷酷な殺気など綺麗さっぱり消し去り、近所のスーパーで特売の牛肉を見つけたかのような屈託のない笑顔を浮かべた。


「さて、どうやって解体すっかな。このサイズだと、まずは皮を全部剥いでから部位ごとに小分けにした方が扱いやすいと思うんだが、どう思う?」


 返り血を拭いながら歩み寄ってきた唯も、さっきまでの暴言混じりの狂犬モードから一変、ホクホクとした明るい顔で顎に指を当てる。


「そうですねぇ! まずはこの硬いウロコをナイフで削ぎ落としちゃいましょう。あと、さっきのキメラの時みたいにヒレ肉も絶対に美味しいはずですから、背骨の内側も綺麗に取り出したいです! アタシ、小回りの利くナイフで筋膜を剥がすの手伝いますよ!」


「お、気が利くじゃねえか。じゃあ俺が骨ごと大枠で切り分けるから、唯はスジ引きとブロック分けを頼むわ。美味いステーキ食うために、気合入れて捌くぞ」


「はーいっ! 腕によりをかけて解体しちゃいますぅ!」


 血生臭いボスの部屋の真ん中で、2人はまるで休日のバーベキューの仕込みでも始めるかのような、和気あいあいとした調子で巨大な恐竜の肉塊へと向き直った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


現在、先の展開までしっかりと原稿のストックを書き進めておりますが、伏線の整合性や文章の推敲・校正を丁寧に行い、一番面白い形でお届けできるよう順次公開しております。

今後も安定したペースで更新していきますので、楽しみにお待ちいただけますと幸いです。


もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下のブックマーク登録や、評価(★★★★★やいいね)をいただけますと、毎日の執筆と推敲の大きな励みになります!


引き続き応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。