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元勇者の帰還、術式失敗で(♀)になっていた。レベル1から現代のパンデミック迷宮都市を生き抜く  作者: 藤咲玲


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8話:後半

 2人の視線の先、円形大広間の最奥には、分厚い漆黒の岩壁を穿って作られた巨大な下り階段がぽっかりと口を開けていた。


 階段の先から漂ってくる空気は、中層までのものとは根本から異なっている。湿った土と腐敗の匂いに混ざり、肌をチクチクと刺すような、より重く澱んだ魔力の気配が下から吹き上がってくるのだ。


「唯、とりあえず一旦外に出るぞ」


「えっ……? 下に潜らないんですか?」


 唯は目を丸くし、ぽかんとした顔で響を見上げた。

 ボスを倒し、レベルも上がり、いざ本格的な下層へ挑む気配を出していただけに、完全に意表を突かれたようである。


「そろそろ地上の空気や飯が恋しくなった頃だろ。それに――」


 響はわずかに視線を上げ、自分たちが降りてきた上層への方向をちらりと見やる。


「地上層でぶつかった自衛隊の連中が、あの後どう動いたかも気になるしな。俺たちの行方を追って中層の入口あたりまで嗅ぎ回られていると、帰る時に面倒なことになる」


「あ……そう言えばそうでした! あの時の小隊、完全に私たちが潜った方向を把握してましたもんね……!」


 唯は納得したようにポンと手を打ち、それから小さく息を吐いて笑みをこぼした。


「正直、温かい味噌汁とちゃんとしたベッドは恋しかったです! 賛成です、響さん。一度戻って体制を整え直しましょう!」


「よし、決まりだ。下層攻略は補給と地上の状況確認を済ませてからにする。戻るぞ」


 響は踵を返し、第50階層のボス部屋を後にして、地上へと続く帰還ルートへ歩き出す。


 ◇


 ダンジョンの出入口を抜けると、淀んだ地下の空気から一転し、乾いた外気が肺を満たした。


 周囲を警戒しながらステップを上がったが、予想していたような自衛隊の監視線や検問の影はどこにもない。出入口の周囲は、潜った時と変わらず静まり返った無人の廃墟であった。


 視界に広がる街並みも、相変わらずの荒れ果てた様相を晒している。大掛かりな奪還作戦や掃討作戦が展開された形跡――重火器による新たな弾痕や車両の轍、焼き払われた魔物の残骸などは見当たらない。自衛隊の動向を懸念していた響だったが、組織的な部隊がこの一帯へ本格的に介入した気配すら感じられなかった。


「……何にも変わってないですね。もっと物々しいことになってるかと思ってました」


 唯が周囲の倒壊したビル群を見回しながら、小さく肩をすくめる。


「大規模な作戦を展開できるほどの余力がないか、あるいは別の防衛線で手一杯ってところだな」


 響は周囲の気配を探りながら、早足に歩調を合わせた。


 道中、物陰から腐臭を漂わせたゾンビが数体ふらりと姿を現したが、響が身構えるまでもなく、唯の放った矢が正確に眉間を射抜いて床へ沈む。レベル30に達した響の知覚には、ゾンビの緩慢な挙動など止まっているも同然だったが、無駄な体力を使うことなく淡々と障害を排除していく。


 瓦礫と放置車両が散乱する幹線道路を抜け、2人は当初の目的地である入間基地へ向けて、着実に歩みを進めていった。


 入間基地の正門前には、バリケードと土嚢が幾重にも積み上げられ、自動小銃を構えた警戒員が物々しい視線を外周へと向けている。


 だが、響はそんな物々しい警戒線を気にする風もなく、鉄条網が張られたゲートの手前まで堂々と歩み寄ると、腹の底からよく通る大声を張り上げた。


「マナベっち! いるんだろー!」


 静寂に包まれていた正門一帯に、響の怒声めいた呼びかけが木霊する。

 土嚢の陰に控えていた歩哨の隊員たちが一斉に色めき立ち、驚愕と警戒の入り混じった顔で銃口をこちらへ向けかけた。


「な、何者だ! 動くな!」


「撃つな撃つな、怪しいもんじゃねえよ! そこにいる3佐の真鍋を呼べ! ダンジョンから生きて戻ってきたって言やあ、すぐに分かるはずだ!」


 響がひらひらと手を振って見せると、唯も背後で「すみません、知り合いなんです……」と申し訳なさそうに頭を下げる。


 隊員の1人が慌てて胸元の無線機を握りしめ、上層部へと連絡を入れた。門前を緊迫した空気が包み込む中、わずか数分と経たないうちに、奥の詰め所から慌ただしい足音が響いてくる。


 防弾チョッキを身につけ、険しい表情を浮かべた3等空佐――真鍋が、数名の部下を引き連れて足早にゲート前へと姿を現した。


「……誰がマナベっちだ、この馬鹿者が! 基地の正門前で階級も弁えず喚き散らしおって!」


 真鍋は額に青筋を浮かべて怒鳴り散らしながらも、目の前に立つ響と唯の無傷な姿を認めた瞬間、その目を丸くして言葉を失う。


「貴様ら……本当に、あの大宮の深部から生きて戻ってきたのか……?」


「門前払いにする気はない。ひとまず中へ入れ。温かい飯と、これからの情報共有くらいは用意してやる」


 真鍋のその言葉を聞いた瞬間、響の纏う空気が一変した。

 大宮の地下で獲物を屠っていた時の血生臭い気配が綺麗さっぱり消え去る。


 響は漆黒のフードを目深に直すと、胸の前で両手を上品に重ね、深紅の裏地を優雅に揺らしながら淑やかに頭を下げた。


「――まあ、ご配慮恐れ入りますわ、真鍋様。そのような温かいおもてなしをいただけますなんて、この『私』、感激のあまり涙が出そうでございます」


 鈴を転がすような澄んだソプラノの声。

 完璧な所作で繰り出されたカーテシーとお嬢様言葉に、真鍋の背後に控えていた護衛隊員たちの目が丸くなり、一斉にぽかんと口を開いた。


 真鍋だけは額にピキリと青筋を浮かべ、深いため息を吐き出す。


「……周囲の兵の前でその白々しい芝居をやめろと何度言えばわかるんだ、貴様は」


「あら、何のことかしら? 私はいつでも可憐で淑やかな協力者にすぎませんことよ?」


 響が澄まし顔で小首を傾げてみせると、背後で控えていた唯が、防弾ベストの襟元をぎゅっと抱きしめながら引き攣った顔で小声のツッコミを入れた。


「ひ、響さん……! さっき門の前で『マナベっちー!』って思いっきり叫んでたのに、その切り替えは無理がありすぎますぅ……!」


「唯さん? 余計な口を挟むと、今夜の美味しいお肉の取り分を減らしますわよ?」


「ひぃっ、ごめんなさいですぅ!」


 真鍋はこめかみを押さえ、頭痛に耐えるように手を振って部下にゲートを開けさせる。


「……もういい、茶番は中に入ってからにしろ。ついてこい」


 バリケードが左右に引かれ、響は漆黒のロングコートを優雅に翻しながら、入間基地の敷地内へと足を踏み入れた。


 案内された隊舎の一室に入り、真鍋が背後の扉を閉めた瞬間、響は肩の力を抜いてパイプ椅子へ浅く腰掛ける。


 真鍋は腕を組み、険しい視線で響と唯を見据えた。


「……あれから3か月が経過している。十条の件以来、音沙汰なしだったが……本当に大丈夫だったのか?」


 大宮方面の地上は壊滅状態が続き、地下ダンジョンは手付かずの魔窟と化していた。そこへ単身で飛び込んだきり、3か月間も連絡が途絶えていたのだ。生身の人間ならとっくに餓死か戦死していても何ら不思議ではない。


 響は脚を組み、顎を少し引いて笑みを浮かべた。


「ほとぼりが冷めるまでダンジョンの中に身を潜めていたんだ――あいや、ですわ」


 わざとらしく咳払いを1つ挟み、両手を膝の上で揃え直す。


「自衛隊の皆様が血眼になって私を探しておいででしたから。下手に地上に出て余計な波風を立てるより、地下で静かに時間を過ごすのが最も賢明かと存じましてよ」


「……3か月も化け物の巣窟に引きこもるのを『静かに過ごす』とは言わん。あと、ここは密室だ。誰も見てないところでまでその白々しい口調を続けるな、気色悪い」


 真鍋は額に青筋を浮かべて即座に切り捨てる。


 響は「チッ」と露骨に舌打ちすると、組んでいた脚を組み替え、いつものぶっきらぼうなトーンへ素直に戻した。


「相変わらず堅物だな、マナベっちはよ。少しは場を和ませてやろうっていう気遣いだろうが」


「貴様のその顔でそのガラの悪さを見せられる方がよっぽど胃に来る。……まあいい。言っておくが、十条の神崎の件はすでに決着がついている。貴様らの身柄拘束や所持品の押収要求は完全に凍結された。防衛省上層部から正式に『特例独立協力者』としての認可が下りている状態だ」


「へえ、上の連中も少しは頭が回るようになったじゃねえか。これで堂々と飯が食えるってわけだ」


 響が鼻を鳴らす横で、唯が「3か月ぶりの娑婆(シャバ)の空気、最高ですぅ……」と机に突っ伏して気の抜けた声を漏らしている。


「堂々と飯を食うのは勝手だが、タダ飯を食わせるほど我が基地の台所事情も甘くはないぞ」


 真鍋は腕を組んだまま、険しい眼光で響を正面から見据えた。


「十条のボーン・センチネル……あの中級の骨のボスを、貴様らが力尽くで叩き潰したって報告は、桐生や神崎の調書を通じて陸幕にも入間にも筒抜けだ。だからこそ、その規格外の武力を買い叩いてでも前線に投入したいという上層部の悲鳴から、その特例枠が下りたんだよ」


「要するに、手当と飯を出すから働けってことだろ。神崎みたいな官僚主義者のお守りをするよりは、よっぽど分かりやすくて清々しいぜ。……で、マナベっち。十条と同等の中級ダンジョンが、都心部にでも湧いて手が負えなくなってんのか?」


 響がパイプ椅子の背もたれに体重を預けて問いかけると、真鍋は苦々しく顔を歪め、デスクの引き出しから1枚の作戦地図を取り出して机の上に広げる。


「同等……どころの話なら、まだ自衛隊単独で抑え込めていたかもしれん。現場は十条のような単発の穴が1つできたのとは次元が違う」


 真鍋は地図上の「池袋」「新宿」「渋谷」の印を、指先で重々しく叩いた。


「十条と同等クラスの『中級複合ダンジョン』が、地下鉄網や地下街を起点にして、同時に何箇所も口を開けている状態だ。地下鉄の路線伝いに複数のダンジョンが連結して巨大な立体迷宮と化し、地上は逃げ遅れた数十万単位の感染者で埋め尽くされている。正規部隊が外周に防衛線を張るだけで手一杯で、地下の発生源へ突入させた覚醒者小隊は、十条の中級クラスが群れをなして押し寄せてくる前線で次々と補給を断たれ、すり潰されているのが現状だ」


 机に突っ伏していた唯が、恐る恐る顔を上げて地図を覗き込む。


「い、池袋に新宿……!? あんな大都会の真ん中で、十条の骨の親玉みたいなのが群れで出てくるんですかぁ……!?」


「そうだ。文字通りの魔窟だ。……安藤、お前たちに要請したいのは、この都心部奪還作戦への前線介入だ。どれか1つでもいい、地下中枢の核を叩き潰してくれ」


 真鍋の切迫した訴えに対し、響はパイプ椅子の背もたれからゆっくりと身体を起こした。机に肘をつき、細い指先を組んで口元を覆いながら、冷徹な光を宿した瞳で地図を見据える。


「……話の筋は分かった。だが、タダで受けるような義理はねえぞ。十条の神崎みたいに、喉元過ぎればモルモット扱いしようとする連中のために命を張る気はない」


「分かっている。だからこその『特例独立協力者』だ。軍の指揮系統には組み込まん。作戦行動の自由は完全に保証するし、現地で手に入れた物資や魔石の所有権もすべて貴様らのものだ。その上で、基地が提供できる補給、武器弾薬、車両、そして最新の観測データはすべて回す」


 真鍋はデスクの引き出しから、入間基地の最高アクセス権を示す黒塗りのカードキーを1枚、机の上に滑らせた。


「加えて、現在都心部で防衛線を維持している陸自の現地前線司令部――池袋サンシャインシティの第1師団前線指揮所への優先通行証だ。これがあれば、現場の部隊を貴様らの足代わりに使う権限すら与えられる」


「へえ、ずいぶん奮発したじゃねえか。よっぽど尻に火がついてるらしい」


 響はカードキーを指先で弾き、ポケットへ滑り込ませると、ふっと鼻を鳴らして肩をすくめる。


「中級クラスのボスって聞いて最初は身構えたが……なんだ、あの十条の骨のボス程度か。あれなら、俺たちが大宮の上層奥で相手にしたオーク程度じゃねえのか」


 独り言のように漏らされたその呟きを聞いた瞬間、真鍋の顔が引き攣った。


「……は? おい、今なんと言った? 十条の先行班を壊滅寸前に追い込んだボーン・センチネルが……ただの豚モドキ程度だと?」


「事実だから仕方ねえだろ。盾と大剣を振り回すだけの木偶の坊だ。関節を狙やあナイフで簡単にバラせる程度の相手だったぜ。あんなのが群れで出てくるってんなら、ちょっと手数が多くなるだけの雑魚狩りだな」


 響は何食わぬ顔で言い放ち、隣の唯へ視線を投げる。


「なあ、唯。あんな骨人形、大宮のオークより歯応えなかったよな?」


「あ……はい! 言われてみれば、大宮のオークたちの方が棍棒の威力も高かったですし、動きもいやらしかったですぅ! 十条の骨さんは、大盾で突っ込んでくるだけの単調な割り箸でした!」


 あっけらかんと同調する唯の言葉に、真鍋はこめかみを強く押さえ、頭痛に耐えるように深いため息を吐き出した。


「……常軌を逸しているにも程がある。正規部隊が小銃弾を撃ち尽くしても倒せなかった重装歩兵を、割り箸呼ばわりだと……? 大宮の深部で一体どんな地獄をくぐり抜けてきたんだ、貴様らは……」


「地獄? いや、ただの効率的なレベリングと資源回収だ」


 響は不敵に口角を釣り上げると、パイプ椅子から身軽に立ち上がる。


「その程度の相手なら、都心の連中が全滅する前にさっさと片付けてやるよ。マナベっち、約束の飯と車だ。温かい味噌汁と米を腹に詰め込んだら、池袋へ殴り込みに行ってやる」


 ◇


 入間基地から手配された高機動車が、池袋東口の防衛線の前で急ブレーキをかけた。

 重厚なバリケードの向こうには、地下鉄有楽町線と東武東上線へ通じる巨大な地下道入口がぽっかりと口を開けており、不気味な紫黒色の燐光と魔気の熱波を吐き出している。


「おい、待て! まだ司令部への通行証照合が――」


 運転席の隊員が叫ぶ間もなく、響は後部ドアを蹴り開けて車外へと飛び出した。

 漆黒のロングコートを翻し、深紅の裏地を閃かせながら、立ち塞がる土嚢と鉄条網めがけて一直線に疾走する。


「な、何者だ! 止まれッ!」


 正面を警戒していた自衛隊員たちが慌てて小銃を構えかけた、その瞬間だった。

 響は踏み込みの一撃でアスファルトを砕き、隊員たちの頭上を軽々と飛び越えた。そのすぐ後ろを、唯が「すみませぇぇん!」と叫びながら同じ軌道で跳躍し、風のように頭上を通過していく。


 呆気にとられる警備線を一瞬で置き去りにし、2人は地下へと続く階段を滑り落ちるように駆け下りてダンジョン内へと突入した。


 地下街は、崩壊したコンクリートと切石が入り混じった異様な空間へ変異している。

 階段を下りきった広間には、十条で現れたようなアシッド・スピッターやニードル・シェル・ラーカー、そして大宮の初層で見かけたゴブリンやスケルトンの混成部隊が10数体たむろしていたが、響と唯の足は止まらない。


「唯、足を止めるな! 走り抜けざまに薙ぎ払え!」


「了解ぃぃッ!!」


 唯の両手から抜かれたナイフが閃光を描き、すれ違いざまにアシッド・スピッターの頸部を両断する。響は腰の刀を抜くことすらなく、左手の掌底で突進してきたニードル・シェル・ラーカーの棘甲殻を粉々に砕き、そのまま回し蹴りで後続のスケルトン2体を壁へと叩きつけた。


 秒殺。

 散らばる低級・中級の魔石を唯が走り抜けながら手際よく回収袋へ放り込み、2人は奥へ奥へと迷宮の深淵を目指して疾走を続けた。


 地下鉄の線路跡とおぼしき巨大なトンネルを抜け、さらに下層へと続く大空洞へと足を踏み入れた、その時である。


 前方の薄暗がりから、激しい金属音と魔法の炸裂音、そして切迫した怒号が反響してきた。


 ガギィィィンッ! ドォォォンッ!


「くそっ、囲まれるな! 後退しろ!」

「結界が持たん! 回復はまだか!?」


 響が足を緩め、漆黒のフードの奥から鋭い眼光を凝らす。

 広い地下ホールの中心、黒鋼の鎧を纏った中級モンスターの群れに包囲され、防衛陣形を崩されかけている数名の覚醒者部隊の姿がそこにあった。


 包囲され、防壁を削られながら必死に武器を振るう覚醒者たちの背後へ、唯が軽快な足取りで駆け寄る。


「助けはいりますかー?」


 切迫した戦場には不釣り合いな、どこか間の抜けたような唯の呼びかけに、血反吐を吐きながら大盾で敵の爪撃を食い止めていた覚醒者のリーダーが、眉間に青筋を浮かべて怒鳴り返した。


「頼むッ!!」


 状況を選ぶ余裕など毛頭ない。それだけ叫ぶと、男は再び正面の敵へ渾身の力で盾を押し返す。


 返答を聞いた瞬間、響の姿がブレた。

 漆黒のロングコートが風を切り裂き、包囲網の側面へと一瞬で肉薄する。


「うりゃあッ!!」


 女の細い喉から放たれたとは思えない、地鳴りのようなドスの利いた咆哮。

 腰の刀を抜くまでもなく、シースルー黒タイツに包まれた響の右脚が無造作に振り抜かれた。


 ドガァァァンッ!!


 凄まじい衝撃波とともに、前衛を張っていた体長2メートルを超える重装リザードマンの巨躯が、腹部をくの字にへし折られて真横へと吹っ飛ぶ。硬質な外殻が粉々に砕け散り、吹き飛んだ巨体が背後のモンスター数体を巻き込んでレンガの壁面へと激突した。


 一撃で陣形を粉砕された怪異どもが動揺した、その刹那――。


「テメェら、人の話の腰を折ってんじゃねえぞクソ共がァァッ!!」


 ドスの利いた罵声を轟かせながら、唯が低空で突進した。

 手にした大型コンバットナイフを振るうことすらなく、勢いそのままに軍用ブーツの靴底を、仰け反ったオークの顔面へ力任せにめり込ませる。


 バキィッ!


「ブヒッ――!?」


「突っ立ってんじゃねえよ豚野郎! アタシのスイーツ代の足しにもならねえ粗大ゴミが、調子こいて群れてんじゃねえぞボケがァッ!!」


 唯は汚い言葉をマシンガンのように吐き散らしながら、鼻骨を粉砕されたオークをサッカーボールのように蹴り飛ばし、さらに倒れ込んだ敵の関節部へ容赦のない踏みつけを叩き込む。


 直前まで壊滅寸前だった覚醒者部隊の面々は、突如乱入してきた女2人が見せた、余りにも凶暴で下品極まりない暴力の嵐を前に、武器を構えた姿勢のまま完全に硬直した。


 散らばった中級モンスターたちを一瞬で叩き潰し、足元に倒れ伏す肉塊を前に、響はふうと細い息を吐き出す。


 直前まで響き渡っていたドスの利いた気迫を綺麗さっぱり消し去ると、乱れた漆黒のフードを目深に整え、黒革の手袋をはめた両手を胸の前で上品に揃えた。


 そして、武器を構えたまま目を見開いて硬直している覚醒者たちへと向き直り、鈴を転がすような澄んだソプラノの声で、ふわりと優しく微笑んでみせる。


「――皆様、お怪我はございませんでしたか?」


 春風のように淑やかな気品に満ちた笑みを投げかけると、響は一切の返答を待つことなく、深紅の裏地を鮮やかに閃かせて踵を返した。

 隣の唯も「それではごきげんようですぅ〜」と手を振り、2人は大空洞の奥、さらに深い闇の奥底へと向けて疾風のごとく駆け出し、あっという間にその姿を掻き消す。


 静まり返った広間には、粉々に砕かれたモンスターの死骸と、漂う黒い魔力粒子だけが残されていた。


 助けられた覚醒者のリーダーは、大盾を抱えた姿勢のまま、2人が走り去っていった暗がりを見つめて口をポカーンと開けていた。数秒の沈黙の後、額から脂汗を流しながら、引き攣った顔で隣の仲間にぽつりと漏らした。


「……おい。俺、最初ドスの利いた野郎の声が突っ込んできたと思ったんだけどよ……。あれ、女だったような錯覚したぞ……」


「お、俺もです……。『うりゃあ』って怒鳴って怪物を蹴り飛ばしたの、どう見てもゴリゴリのヤクザの男でしたよね……? なんで最後、あんな綺麗なお姉さんになって微笑んで消えたんですか……?」


 仲間たちも武器を下ろし、狐につままれたような顔で顔を見合わせるのが精一杯だった。

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― 新着の感想 ―
まぁ奮発と言えばそうだけど戦略兵器、空母でも借りると思えばめちゃくちゃ低コスト それよりは契約の期限についてどうなってるかな〜
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