第一章 妹のような娘
セシリア・オルブライトが、侯爵家の嫡男アルフレッド・ハーグレイヴとの婚約を結んだのは十六歳の春だった。
二人の家は古くから交流があり、父親同士も王宮で同じ政務に携わったことがある。幼少の頃から互いの屋敷を行き来していたため、婚約が決まったと聞かされたときにも、セシリアは驚きより先に、そうなるのだろうと思っていた未来が予定表の上に正式に書き込まれたような感覚を抱いた。
アルフレッドは明るく、社交的な青年だった。
学問で抜きん出ているわけではなく、剣の腕を称賛されるような人物でもない。それでも人当たりがよく、誰とでも気軽に話せる性格は、いずれ侯爵家を継ぐ者として決して悪い資質ではないとセシリアは考えていた。
問題があるとすれば、一人の少女の存在だった。
リディア。
アルフレッドの乳母だった女性の娘であり、幼い頃から彼と同じ屋敷で育っている。乳母が病で亡くなったあとも侯爵夫人エレノアが屋敷に残し、教育を受けさせ、自分の娘に近い待遇を与えていた。
「リディアは妹のようなものなんだ」
アルフレッドは何度もそう言った。
セシリアも、それ自体を問題だとは思っていなかった。
幼少期を共に過ごした相手なら、実の兄妹に近い情があったとしても不思議ではない。侯爵夫人が亡き乳母への恩義から娘を保護することにも、貴族として好ましい慈悲の形があるように思えた。
だから、アルフレッドとの散策にリディアが加わることになっても、最初は何も言わなかった。
予定していた菓子店へ向かう途中で、リディアが別の店を見たいと言い出し、そちらへ進路を変えたときにも黙って従った。
庭園で開かれる音楽会の席が三つ並んでいなかったため、自分だけ一列後ろへ移ったこともある。
そうした小さな譲歩を、セシリアは一つずつ忘れていった。
家族になるのだから。
そう思えば、不満として覚えておくほどのことでもなかった。
十九歳の誕生日までは。
その夜、王宮では春季最後の大夜会が催されることになっていた。
アルフレッドがオルブライト伯爵邸まで迎えに来て、婚約者としてセシリアをエスコートする。両家の間では一か月以上前から決められていた予定であり、馬車の時間まで書面で確認されていた。
夕刻、セシリアは薄い青銀色のドレスを身につけ、鏡の前に立っていた。
髪を整えていた侍女が最後の飾りを留め、そっと一歩下がる。
「よくお似合いでございます」
「ありがとう」
セシリアは鏡の中の自分をしばらく見てから、立ち上がった。
約束の時刻まで、あと十分だった。
十分が過ぎた。
さらに十五分が過ぎた。
玄関広間へ降りると、執事が扉の近くに立っていた。その姿勢はいつもと変わらなかったが、セシリアが階段を下りきったとき、わずかに視線を伏せた。
「侯爵家から連絡は?」
「ございません」
父のロバート伯爵も書斎から出てきた。
娘の装いを一度見たあと、壁の時計に目を向ける。
それから何も言わず、執事に侯爵邸へ使いを出すよう命じた。
返事が来たのは、それからさらに半刻近く経ってからだった。
使者から報告を受けた執事は、その場で言葉を選んでいるようだった。
「アルフレッド様は……すでに別の夜会へ向かわれたとのことでございます」
父の顔がゆっくりと執事に向いた。
「誰とだ」
「リディア嬢と」
玄関広間には数人の使用人が控えていたが、誰一人として身動きをしなかった。
セシリアは手袋をはめた自分の手を見下ろした。
白い絹地には、一つの皺もない。
「理由は?」
彼女が尋ねると、執事は少し間を置いた。
「リディア嬢が、知人から舞踏会へ招待されたものの、エスコートする男性がいなかったため……アルフレッド様がお連れになったと」
「そう」
それだけ答えて、セシリアは顔を上げた。
父が娘を見ていた。
「今日は行かなくてもいい」
「いいえ、お父様」
セシリアは首を横に振った。
「王宮への出席は、私とアルフレッド様だけの約束ではありませんもの」
伯爵はしばらく何も言わなかった。
やがて自分の正装の袖を整え、執事に馬車を回すよう命じた。
「私が連れていく」
「お願いいたします」
王宮で、事情を尋ねる者はいなかった。
むしろ、それがセシリアにはよく分かった。
彼女が父親の腕を取って入場した瞬間、何人もの視線がこちらへ向き、そして礼儀正しく逸らされた。
誰も笑わない。
誰も噂を口にしない。
だからこそ、この出来事が個人的な失敗では済んでいないことを、セシリアは初めて知った。
侯爵家の嫡男が、正式な婚約者との公的な約束を反故にした。
王宮という場所では、それだけで十分な意味を持った。
夜会を終えて帰宅したあと、セシリアは自室へ戻らず、父の書斎へ向かった。
「お父様」
伯爵が椅子から顔を上げる。
「少し、確認していただきたいことがあります」
彼女は静かに言った。
「アルフレッド様との婚約契約書を、明日見せていただけますか」
父はすぐには答えなかった。
机の上に置かれた書類を閉じ、娘を見た。
「分かった」
短い返事だった。
その夜、セシリアは初めて、これまで譲ってきたものを一つずつ思い返した。




