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Das Heldenlied Neu ヘルデンリート・ノイ  作者: Siberius
Neu Drei Orpheus
93/196

オルフェウス卿の過去

「オルフェウス様、お茶をお持ちしました」

「ああ、そこに置いておいてくれ」

赤いローブを着た女ティーネがオルフェウス卿のもとに一つのティーカップを持ってきた。

ティーカップは白い地に金の縁取りがあった。

ティーカップからは熱い湯気が出ていた。

ティーネは机の上にお茶を置いた。

「フフフフ……」

「? いかがいたしました、オルフェウス様?」

オルフェウス卿の口から暖かい言葉が漏れた。

どこかうれしそうな、そんな声音。

これはオルフェウス卿の冷たさとは反対にあるものだった。

「いや、何でもない。私は仕事を続ける。おまえも下がってよろしい」

「はい、かしこまりました」

ティーネは一礼するとそのままオルフェウス卿の部屋から退出していった。

その言葉には暖かさが交じっていた。

オルフェウス卿の態度とは思えなかった。

オルフェウス卿は仮面を外す。

そしって、ティーカップに口をつける。

「フム……ティーネが入れるお茶は良質だ。フフフ、人形とは思えんな」

オルフェウス卿がほくそ笑む。

ティーネはオルフェウス卿の側近である。

彼女は人間ではない。

彼女は魔法で造られたホムンクルス(Homuncula)であった。

今のティーネのやり取りはどうだ?

闇の人形であるはずが、感情も、心も持っているではないか。

ホムンクルスにはたましいがあるか?

この問いかけに真剣に臨む必要がある。

オルフェウス卿はイスの背もたれに体を預けた。

オルフェウス卿は一人を好んだ。

これはオルフェウス卿の習慣だった。

結局のところ、オルフェウス卿は誰一人として、信頼していないのだ。

あのティーネでさえも。

ただし、オルフェウス卿にも信頼できる人はいた。

その人物は過去の人間であったが……。

オルフェウス卿は闇の秘密結社リュケイオンの総帥だ。

指導者として判断を迫られることは多くある。

もっとも、オルフェウス卿のリーダーシップは「恐怖」で人を支配するということであったが……。

オルフェウス卿は自らの起源をさかのぼっていった。

そして、それこそがホムンクルスを、ティーネを作った理由でもあった。

オルフェウス卿が自分の過去を振り返る。

彼は幼いころ、魔法にあこがれていた。

魔法には無限の可能性がある。

そう信じていたのだ。

その当時はそれにまったく疑問を抱かなかった。

今思えば愚かで、浅はかなことだったが。

彼は魔道士の学校に通った。

その日の前日の夜は興奮して眠れなかった。

彼はすぐに学校に慣れ、学業を満喫していた。

彼は魔法の理論と実践を共に高いレベルでクリアした。

彼は日々魔法の訓練に没頭した。

彼には才能が、それも神が与えたと思わせるほどの魔法の才能があった。

彼は全生徒の中でも突出していた。

それが彼に魔法に対して、全能感を抱かせたのだ。

魔法はなんてすばらしいのか。

ああ、世界に魔法があってよかった。

魔法、万歳! 

魔法に栄光あれ!

彼は魔法を愛した。

そんな彼には一人妹がいた。

名前はクリスティーナ(Christina)。

クリスティーナは生まれつき病弱な子供だった。

彼は妹をとても愛していた。

クリスティーナも彼を愛した。

幼少のころ、兄と妹はいつでもいっしょに遊んだ。

もちろん、彼は家の財産を継承し、組織のトップにいずれ就かねばならなかった。

彼は物心ついた時から英才教育を受けていた。

いずれ家の、そして組織のトップにふさわしいように。

家の方針で彼は小さいころから組織の実務も行っていた。

それは将来の後継者候補という意味があった。

だが、そんな彼が一番重視していたのはクリスティーナとの時間だった。

彼はクリスティーナとよく本のことを話した。

クリスティーナは本が好きで、趣味は読書だった。

夜、寝る前によく読んだ本のことを話し合った。

クリスティーナが好んだのは、ビジネス、歴史、小説、法学、宗教だった。

特に彼女は敬虔なシベリウス教徒で、(しゅなる神への信仰を持っていた。

彼は誕生日にクリスティーナにプレゼントを贈った。

新約のアヴェシュタだった。

アヴェシュタはシベリウス教の聖典である。

原典はシベリア語で書かれていて、プレゼントはツヴェーデン語に翻訳されたアヴェシュタだ。

ただし、最近の研究成果を踏まえた、最新のツヴェーデン語アヴェシュタだったが。

クリスティーナはむさぼるようにアヴェシュタを読んだ。

アヴェシュタの中には無数のファンタジーがあり、クリスティーナは夜更かししたり、夜ひそかに読んだりしていた。

そんなある時。

クリスティーナが病で倒れた。

医者の言い分ではもう長くはないだろうということだった。

彼はこの医者の言うことを信じなかった。

いや、医者の言うことは間違っているとさえ思った。

その時からクリスティーナはベッドで横になっていた。

彼は魔法なら、この病を治療できると思った。

実際に回復魔法はあるし、魔法の理論もあるのだから。

それかというもの、彼は必死に答えを探し求めた。

寝ない日々が続いた。

彼は自分こそが妹を救うのだという気概にあふれていた。

彼は見ていることなんてできなかった。

なぜなら、妹が衰弱していく様子を、死へのカウントダウンを思い描いてしまったから。

現実は冷酷だった。

時間切れだった。

クリスティーナは家族に、兄に手を握られて、逝った。

最期の言葉は「神よ」だった。

クリスティーナは最期まで神を信じた。

享年15歳。

あまりにも若すぎる死だ。

彼はこのような運命を憎んだ。

なぜ、妹のクリスティーナは死なねならなかったのか。

妹は神と共に在った。

その妹がなぜ? 

なぜ、死なねばならない? 

なぜ、死ぬことになったのだ?

なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?

彼は問い続けた。

それにもう一つ、彼は妹の最期の言葉を覚えていた。

妹が最期に発した、信頼の言葉……。

それは「神よ」だった。

神? 

妹は神と共に在った。

いつだってそうだった。

妹はあまりにアヴェシュタに熱中するので、両親はそれを取り上げようと画策したほどだ。

その命を奪ったのは誰だ?

その神とやらは奇跡を起こせなかった。

神は全知全能だ。

神にできないことはない。

彼はそう宗教の授業で習った。

では、なぜ神は妹を救わなかったのか?

神は妹を見捨てたのか?

彼は神について考えた。

そして一つの真理に到達した。

それは神とは無力な木偶人形だということだった。

結局人一人救えぬ無能者なのだ。

彼は無神論者ではなかった。

彼は問い続けた。

その時、彼は自分が探求していない領域があることに気づいた。

それは闇の魔法だった。

光の魔法ではクリスティーナは救うことができなかった。

なら、闇の魔法ならクリスティーナを救うことができたのではないか?

真理は闇と共に在る。

それからだった。

彼は貪欲に闇の魔法を学んでいった。

彼はひそかに闇の魔道士の弟子となり、闇の世界を知った。

そうしていつしか、彼は闇に染まった。

当初の動機などもはやどうでもよかった。

だが、クリスティーナの存在だけは忘れられなかった。

だから、彼は禁断の魔法に手を染めた。

それは魔道人造人間=ホムンクルスを造ることであった。

ティーネはクリスティーナの代わりとして彼が造った。

ホムンクルスの製造はツヴェーデンの法律では禁止されている。

彼はそれを知った上でティーネを創造した。

ティーネの創造にはリスクもあった。

一つは創造の失敗、もう一つは社会的なリスクだった。

結果は成功だった。

ティーネは生まれた時から「心」を持っていた。

彼は誕生したティーネを見て、人間にウリ一つだと思った。

今ではティーネは余暇の時間に文学をたしなんだり、芸術的な活動も行えるようになった。

オルフェウス卿は思い、確信した。

やはり、闇は真理だと……。


夜、平原にオークの群れがいた。

これはオークの軍隊なのだから、正式にはオーク軍と呼ぶべきだ。

群れではない。

彼らは集団戦闘や、近代的軍隊の組織文化などまったくなく、無統制な集団にすぎなかったからである。

「オルフェウス様! ご覧ください! これがオークの軍団! 死を恐れぬ軍団です!」

小男が跳びはねるような声で言った。

「よくやった、ゲシュマイト(Geschmeit)」

小男――ゲシュマイトはカラフルなスーツを着こなしていた。

頭に帽子をかぶっている。

「ゲシュマイトよ」

「はっ、我が君」

「死を恐れない……死を超越したというのは本当なのか?」

「も、もちろんでございます。ははは」

ゲシュマイトにかすかな不安がこみ上げる。

あるじの手前、そう言ったが本当にオークどもが、生存本能すら無くすとは思えなかったからだ。

「フム……では試してみるか。おい、そこのおまえ」

「はい、なんでしょうカ?」

「おまえは死は怖くないか?」

「怖くありません」

「そうか、では試してみるか」

その瞬間紺の長剣がひらめいた。

長剣は無慈悲なつやを放った。

長剣から赤い血が流れる。

「は?」

ゲシュマイトは思考が停止した。

ゲシュマイトの理解に現実が追い付かない。

オークの首と胴体が分離し、地面に倒れる。

群れのオークにも反応はない。

オルフェウス卿は一人のオークの首を切断したのだ。

「オ、オルフェウス様!?」

ゲシュマイトが盛大に顔をひきつらせ、動揺した。

いや、オルフェウス卿に本能的恐怖を感じる。

「どうやら本当に死を克服したらしいな。ゲシュマイトよ、よくやった。おまえをこのオーク軍の最高司令官に任命する。こいつらを率いてエルフの里になだれ込め。犠牲はいくらでも気にすることはない。こいつらはただの消耗品にすぎん。操られているあいだに死んだほうが幸せかもしれん」

オルフェウス卿は冷酷に言い放った。

ゲシュマイトはオルフェウス卿の言葉を一字一句本物だと理解した。

このかたは便利な消耗品を手に入れたとしか思っていないのだ。

「はっ! 我がきみ!」

オルフェウス卿の考えでは結局このオークどもは使い捨てにすぎなかった。

要がなくなれば処分されるだけである。

もっとも、このオークの群れは五万の大群だったが……。

五万の使い捨て消耗品がエルフの村へと進軍した。


「なんですって!? それは本当ですか!?」

「はっ! 確かな情報です!」

エルフの里で族長フレイナ(Freyna)は報告を受けていた。

その報告は驚くべきものでとてもにわかには信じられなかった。

エルフは里を作り、天幕を張って生活している。

この里は男女合わせて千人ほどの人口を擁していた。

「まさか……五万のオークがこちらを目指して進軍中だなんて……」

フレイナは苦しい表情をした。

その厳しい顔が苦悩を物語っている。

「族長、樹海の霧を出して防備を固めましょう!」

一人の若い青年が言い出した。

ほかの者たちがそれに続く。

樹海の霧――これは視界から森全体を隠し、敵の認識を阻害する効果を持つ霧である。

これを使う時は森を侵入者から守るためであった。

この霧の中に足を踏み入れたら最後、周辺をほとんど知覚できなくなる。

視界は周辺三、四メートルくらいだろうか。

それに対して、味方は霧で視界は阻害されない。

つまり、この霧の味方は霧で姿や気配を隠して行動することができるのだ。

「もちろんです。ですが、五万ものオークの大群……犠牲など省みないでしょう……最悪霧を突破される恐れがあります。カティア(Katia)! 来なさい!」

「はい!」

赤い服を着た赤毛の少女が前に進み出た。

「カティア、あなたはテンペルに救援を要請に行きなさい。このことをスルト殿に報告するのです」

「はい、わかりました」

カティアは瞳に炎をともすとすみやかに出発した。

「族長! 人間をこの里に入れるのですか!?」

「私もそれには反対です!」

「我らだけで里を守りましょうぞ!」

みながみなフレイナに抗議する。

エルフたちは隔絶した里に住んでいるため、外からの訪問者を基本的に好まない。

人間に対する抵抗感が彼らにはあった。

「みなさん、感情的になってはいけません。私はテンペルの総長、スルト殿とは面識があるのです。彼は倫理的な人です。その彼が創設した騎士団も倫理的でしょう。ですから、救援を要請した方々(かたがた)が脅迫したり、暴動を起こしたりするとは考えられません。それにテンペルは良くも悪くも有名です。ここは彼らに救援を頼むのが得策かと」

フレイナの断固としたいい口に、皆は口を閉ざした。

「それではわたくしたちも戦いの準備をしましょうか。職人たちには弓矢を、非戦闘員には食事をそれぞれ作らせなさい」

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