ガープ&フルゴル
一方、ディオドラはダリアの部屋を訪れた。
ダリアはアリオンといっしょに生活している。
テンペルの敷地には三種類の寮があり、男子寮、女子寮、家族寮がある。
この内、家族寮は男女双方が住むことができる。
主に、既婚者やその家族、子供を抱えた信徒がここで生活する。
今アリオンは雪かきをやっていた。
アリオンは子ども扱いされることを嫌がる。
アリオンは大人といっしょに働きたいのだ。
「それにしても、アリオン君はえらいわね。大人に混じって働いているんでしょう?」
「確かにそうだけど、あの子の場合は心配なのよ。とにかく、あの子はお調子者なんだから。大人に混じって仕事をするなんて、まったく心配するわね」
ダリアは深く長くため息をついた。
それはアリオンを心配していることの表れであり、ダリアがアリオンを愛しているということでもあった。
ダリアとディオドラは親友だった。
ダリアは37歳でディオドラは35歳だ。
年齢的にも近いため、二人は仲がいい。
「うふふ、そんなアリオン君なら将来が楽しみね」
「それも私にとっては頭痛の種ね。でも、あの子はセリオン君を見ているところがあるわね」
「そうねえ、それは私もわかるわ。私はセリオンの方が心配よ。だって、セリオンったら、必ず無茶をするんだもの……。だから私はいつも神に
祈っているわ。セリオンをお守りくださいって」
「ふふふ、私たちは互いに互いの息子を心配しているというわけね」
「そうねえ……うふふふふ。なんだかおかしくなってきたわ」
ディオドラとダリアが笑顔になる。
まるで花が咲いたようだ。
この二人は息子をやや過保護に心配しているところがある。
「セリオン君は立派よ。それにエスカローネさんっていう恋人もいるんでしょう? 年も同じ20歳みたいだし、少しは安心してもいいんじゃない?」
ダリアが不安を払しょくしてくる。
しかし、ディオドラは少し顔を暗くして、悩みを打ち明けるようにダリアに話した。
「私はどうしても不安になるの。セリオンにとって戦いとは運命のようなものよ。あの子は光の側に立ち、闇と戦う宿命を持って生まれたわ。ほんと、小さいころからそうだった。私はあの子を育ててきたつもりだったけど、私の方が救われていたのかもしれないわね。セリオンは英雄になる――そうレミエル様は夢でおっしゃったわ。そして本当にそうなった。でも思うの、私は。それは普通の、ありきたりの価値を放棄することになるんじゃないかって……」
ダリアは真剣なまなざしをディオドラに向けた。
「そうかもしれないわね。セリオン君は立派すぎるかもしれないわ。英雄とは特別な存在だから、普通の存在とは相いれないところがあるかもしれないわね」
「セリオンはみんなにとって希望であり、未来だから……。だから私は不安になってしまうのよ。セリオンはどんな道を歩むのかしら?」
「それは私にもわからないわ。でも、ディオドラ、彼の歩みは常に前を向いていると思うの。彼はほかの人よりも前を進むのよ。それは未来を示すということ。未来を先取りするということよ。それは現在を越えたところにある……。つまり、必然的に現在の価値を伴わない……」
「そう私も思うわ。でもそれはあの子の運命なのね……。人はそれを受け入れねばならない……」
ディオドラは部屋の中から空を眺めた。
ディオドラは天を見ているのだ。
神は天に座したもう。
天を見るとは神へと視線を向けることに他ならない。
「でも、セリオン君は他者を愛することができるわ。それは幸せになれる可能性よ。それに恋人もいるし……。セリオン君は一人じゃないわ。ほかのみんなもセリオン君を愛しているわよ」
ダリアがディオドラを慰めるように言った。
ダリアの声色は優しく暖かかった。
「でも、それはあの子が英雄だからなのよ……。英雄でないあの子は認められないわ。私は自分の子供に特別なことを期待してはいけないと思っているの。だって、それは選ばれた存在ということだから……。私はセリオンがどんな存在であっても私の息子というだけで愛せるのよ。神はなぜ私に英雄の母になるよう望んだのかしら?」
「ディオドラ、それはあなたが、あなたの信仰が認められたからだと思うわ。ディオドラ、礼拝堂に行きましょう。今は祈りましょう。セリオン君が幸せにあるように。きっと神もその願いをかなえてくださるわ」
「ええ、そうね、ダリアちゃん」
「アッハッハッハッハッハ! そーれ、そーれ雪よ、降れー! 人間どもはまさかこのぼくが雪を降らせて、ツヴェーデンの秩序を乱しているとは思わないだろうな」
ガープが夜の凱旋門の上でふざけていた。
「ガープよ」
「ん? フルゴルかい? どうしたのさ?」
「一言苦言を言っておく。おまえは調子に乗りすぎる。少しは気を引き締めろ」
フルゴルはオルフェウス卿からの叱責を恐れていた。
オルフェウス卿は恐ろしい人物だ。
オルフェウス卿は無慈悲で氷のように冷たい。
フルゴルはそれを身をもって知っていた。
任務で不手際を演じれば、最悪、処刑されるだろう。
フルゴルはそれを恐れていた。
それに対してガープがふざけた調子で首を傾ける。
「そー言われてもねー。これがぼくの本性ですからね。でもさー、フルゴル?」
「何だ?」
「そろそろ、この雪のことを知る人間が出てくるかもしれないぜー?」
「何?」
「これだけのことをしてるんだ。勘のいい奴は気づくさ」
「フン! そのために力を温存しておけよ。まず戦いになるんだからな」
フルゴルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「おや、それも今かもしれないね」
「何だと?」
そこにセリオンとアンシャルがいた。
二人は凱旋門の下からガープとフルゴルを眺める。
厳しい視線が彼らに叩きつけられていた。
セリオンはガープという悪魔がこの件にかかわっていると確信した。
「どうやらあいつらがこの雪を降らせているようだな」
「ふむ、悪魔と召喚師か……セリオン、おまえは悪魔の方をやれ。召喚師は私が相手をしよう」
アンシャルは風王剣イクティオンを出した。
風の力が空気を震動させる。
「わかった」
セリオンは短くつぶやいた。
セリオンは身体強化魔術を行使して、脚力を強化すると、一気に凱旋門の上に跳んだ。
「おまえか、ガープ。おまえがこの雪を降らせているのか?」
セリオンが大剣を突き付けて、ガープを詰問する。
セリオンは厳しい視線を向けた。
ガープはそれを小ばかにするように。
「フフフ、そーだよ。すべてはこのぼくのしわざさ。よくここにたどり着いたね。ほめてあげるよ。さて、じゃあ、互いに戦いに移るとしようか」
ガープは両手を開き、魔力を高めた。
戦闘開始の合図だ。
「くらうがいい、氷結槍!」
氷を槍の形状にして、ガープはセリオンに氷の槍を放った。
氷結槍は氷の初級魔法だ。
「氷結槍」の威力は同じ水の槍「水泡槍」より上だった。
しかし、セリオンはタイミングと速さを見切り、氷の槍を大剣で一撃のもとに砕いた。
「まだまだ、これからだよー! 氷の槍よ!」
ガープは凍てつく氷の槍をセリオンの全周囲に形成し、配置した。
セリオンはそれらを睥睨する。
セリオンはいたって冷静だ。
冷静さはセリオンの強みだった。
セリオンはクールだ。
そのため、自分の周囲を氷の槍に囲まれても狼狽しなかった。
セリオンはそれらを見てもさした脅威には感じなかった。
ガープが悪ふざけをするような顔をする。
ガープからすれば、こんなことは児戯にすぎないのだ。
ガープは自分の力がセリオンより上だと、確信していた。
もっとも、それはあまりに誤りだと思い知らされることになるのだが……。
氷の槍は一斉にセリオンに向けて殺到した。
全周囲からの氷の槍にセリオンは大剣に雷の力を収束した。
セリオンはくるりと回転すると、雷を輪のような形にして、全周囲に向けて斬り払った。
氷の槍はたちまち雷の輪に粉砕される。
全周囲から氷の槍が迫っても、セリオンにはそんな攻撃は通じなかった。
これは「雷光輪」といって、セリオンの技の一つだ。
この技は本来、戦いで敵に全周囲を包囲された時のためのものだ。
セリオンはガープに接近し、大剣で斬りつけた。
「おっと、危ない!」
ガープはセリオンの大剣を浮遊してかわす。
ガープは内心、さきほどの攻撃を打ち砕かれたことに焦燥感を抱いていた。
まさかあの攻撃が迎撃されるとは思わなかったのだ。
「ふう、人間にしてはやるねー。でも、そう簡単にはいかないよ!」
セリオンは無言で大剣を構える。
「これでもくらいな!」
ガープはセリオンの頭上に氷の塊を作り出した。
人一人押しつぶすには十分な大きさだ。
上方から氷の塊がセリオンに落下する。
セリオンは刃を上に構えた。
大剣に雷をまとわせる。
セリオンは対空技、「雷電昇」を出した。
「雷電昇!」
セリオンの雷が上昇し、氷の塊を打ち砕く。
セリオンはくるりと回転して着地した。
「ハッハッハ! たのしーなー!」
ガープは氷の槍を多数形成した。
これは「多連・氷結槍」といって、多数の氷の槍を一度に放つ魔法である。
ただし、多数放つだけあって、一発ごとの威力も長さも規模も単発で撃つ時より劣る。
この魔法はほかの属性に類似の魔法があった。
例えば炎属性なら「多連・火炎槍」のように。
元来この魔法は単体の敵に出すより、複数の敵に対して使うものだ。
槍の制御が難しいからだ。
ガープがこの魔法を使ったのはそれだけ、槍の制御力に自信があるからだろう。
「多連・氷結槍!」
ガープが氷の槍を射出した。
セリオンは目を細め、大剣を構えた。
セリオンはこの魔法を迎撃するつもりだった。
とはいえ、いくらセリオンでも通常攻撃でこの氷の槍を打ち砕くことはできない。
そのため、セリオンは蒼気を発した。
蒼い闘気が全身に、それからセリオンの大剣にいきわたる。
そして蒼気を収束すると、セリオンは蒼気の刃を波状にして氷の槍に叩きつけた。
氷の槍は音を立てて次々と砕かれていく。
セリオンにとっては多連・氷結槍は大した脅威ではない。
もう、何度も見ているからだ。
セリオンはあっさりと氷の槍を迎撃してしまった。
ガープは明らかに顔色を変えた。
この魔法でセリオンにとどめを刺すつもりだったからだ。
「どうした、これまでか?」
セリオンのクールな声色が響いた。
セリオンは蒼気を展開したままだ。
つまり、セリオンはガープの次の攻撃に構えていた。
「この! 見くびるな! このぼくの最強の魔法をおまえに見せてやる! これでもくらえ! 氷獄!」
ガープが発動したのは氷の大魔法だ。
氷属性大魔法「氷獄」。
この魔法は文字通り、氷の牢獄を作り出し、対象をその中に閉じ込めて、凍り付かせ、砕く魔法であった。
すさまじい、冷気と氷雪がセリオンの周囲に立ち込める。
まるで氷の牢獄がセリオンを閉じ込め、取り込んでいくかのようだった。
ガープは己の勝利を確信した。
「フハハッハッハ! どうだ! このぼくを見くびるからだ! これで終わり……!?」
その瞬間音を立てて氷の牢獄が砕け散った。
その中心にはセリオンが立っていた。
セリオンの体からは全身から蒼気が放出されていた。
「これで、終わりか?」
セリオンの青い瞳がガープを見つめる。
それには刺すような鋭さがあった。
「!? な、何だって!?」
ガープは己の目が信じられなかった。
この魔法を放って生き残れた者など皆無だったからだ。
ガープはセリオンに対する攻撃を失った。
最強の氷の魔法すらしのがれてはもはやガープの魔法はすべて通じないとみてよい。
ガープはひきつった顔をすると逃亡を考えた。
「これで決める!」
セリオンはガープを逃がすつもりはなかった。
突きの構えをすると、セリオンは一気にガープとの間合いをつめる。
そして、ガープを大剣で突いた。
セリオンの大剣はガープを深々と貫いた。
「ぐああああああああ!?」
ガープは顔を上に傾け、悲鳴を上げる。
「くっ、セリオン・シベルスク……。よ、よくもこのぼくを……。こんな、こんなところで!!」
ガープは黒い粒子と化して消滅した。
他方、アンシャルとフルゴルは……
この二人は地上に降りて、路面の上に立っていた。
「あなたはアンシャル・シベルスクですね? フフフ、初めまして、私はフルゴルと申します」
フルゴルが自己紹介し、アンシャルに一礼した。
アンシャルは長剣を向けて。
「おまえたちは何者だ? 闇の魔道士か? 闇の魔道士がなぜこんなことをする?」
「ウフフフフフ……それはですね、すべては大いなる闇の支配をもたらすためです」
「闇の支配だと?」
「そうです」
フルゴルが口を吊り上げる。
まるでうれしいことを語っているかのようだ。
「つまり、おまえたちは闇の勢力で、表に出てきたいというわけか?」
「おっしゃる通りです」
フルゴルがアンシャルの詰問を肯定した。
アンシャルの予測は当たっていたらしい。
「闇こそ真理! 闇こそ唯一絶対の理! 忌々しい光の支配を覆すために、我々は活動しているのです! 」
フルゴルはその顔に陶酔感をたっぷりと見せた。
フルゴルは自分が酔いしれているという自覚はないようであった。
アンシャルは冷めた表情で。
「まあいい。聞きたいことは聞けた。もっと情報が欲しいところではあるが、これ以上は漏らさないだろう?」
「フフフ、その通りです。それではアンシャル・シベルスク、あなたには死んでもらいましょう! くらいなさい! 雷電槍!」
フルゴルは杖を上にかかげると、おもむろに雷の槍を形成した。
アンシャルはフルゴルの魔法が雷属性だと看破した。
おそらく、雷の魔法をフルゴルは得意としているのだろう。
雷の槍はアンシャルに向けて放たれた。
アンシャルは雷の槍を見つめる。
アンシャルは風の力を発動すると、風のカッターを雷の槍に向けた。
「風切刃!」
アンシャルの風が雷の槍に向かう。
風のカッターは雷の槍をバターでも引き裂くかのように破った。
「はあああああ! 雷撃!」
アンシャルの上に雷の魔力が集まる。
初級雷魔法「雷撃」である。
威力はそれほどあるわけではないが、この魔法は連射性に優れている。
アンシャルはとっさにその場から離れた。
フルゴルの狙いは正確だった。
アンシャルのいた位置に雷が落ちる。
アンシャルが動かなかったら、雷撃の直撃を受けていただろう。
「まだまだ、これからですよ!」
フルゴルは雷撃を再び出してきた。
雷が上から落ちる。
アンシャルは長剣を構えつつ、ステップで軽やかに雷撃をかわす。
アンシャルに雷は当たらない。
アンシャルは余裕の笑みさえ浮かべた。
「くっ! よくかわしますね! それではこれでどうでしょう? 電光線!」
フルゴルの杖から雷の光線が放たれた。
この雷魔法は紫色をしていた。
電光線は中級雷魔法だ。
その名の通り、雷の光線を撃ちだす魔法である。
対象に当たれば、対象をしびれさせることも可能だ。
相変わらず、フルゴルの狙いは正確だった。
もっとも、それがゆえにアンシャルに魔法の軌道を予測されてしまっているのだが……。
アンシャルは風王剣イクティオンで雷の光線を受け止める。
風が雷を防いだ。
「いつまでも守勢に立っていると思うな! くらえ!」
アンシャルは電光線を破ると、風のカッターをフルゴルに向けて出した。
風刃とは比べ物にならない風の刃がフルゴルに飛来する。
フルゴルはとっさに障壁を形成した。
しかし、風切刃はあっさりとフルゴルの障壁を破り、フルゴルの右腕を切断した。
風の魔法には大きく二種類の攻撃方法がある。
一つは切断、もう一つは衝撃。
「なっ!? ぐぎゃあああああ!? この私の腕があああ!?」
フルゴルが絶叫した。
フルゴルの腕が路面に落ちた。
フルゴルの体から血が飛び散る。
アンシャルは腕が切断されたことによってもだえ苦しむフルゴルにすばやく接近すると、長剣でフルゴルを突き刺した。
「ぎゃああああああ!? がはっ!?」
フルゴルはアンシャルの一撃で倒れた。
「ふう、勝ったな」
アンシャルが長剣をフルゴルの死体から引き抜くと、その血を振り払った。
「おーい、アンシャルー!」
「? どうした、セリオン?」
アンシャルは声がした方、凱旋門の上に視線を向けた。
そこではセリオンがしゃがんで、両手を口に当ててアンシャルに語りかけてきた。
「こっちは、片付いたぞー!」
「そうか。私も今、終わったところだぞ!」
「合流しようかー?」
「ああ!」
セリオンは身体を強化して、門の上から跳び下りた。
セリオンはアンシャルと合流すると。
「ガープもフルゴルも死んだ。これで雪を降り起こす者はいなくなったな。事件は解決するはずだが……」
「ふむ……」
アンシャルは周囲を確認して。
「少しずつだが、雪が止みつつあるようだ。気温も上がっていくだろう。私たちは事件を解決できたと思う」
「じゃあ、帰ってスルトに報告しよう」
かくして雪の事件はこうして解決した。




