騎乗
翌朝、二人は騎乗試験の受付へ向かった。
建物の中は思ったより広かった。壁には竜のイラストや試験の案内が貼られている。受付カウンターの奥に、NPC——試験官らしき人物が座っている。がっしりとした体格の中年男性で、顔に古い傷跡がある。隣に竜が一頭。落ち着いた灰色の鱗を持つ大型の飛竜で、どっしりと構えたその姿には、場数を踏んだ貫禄があった。
「騎乗試験の申し込みです」
ヒロが言うと、試験官は二人をじっと見た。値踏みするような目だったが、嫌な感じはしない。
「まず条件を確認する。プレイヤーレベルは15以上か?」
陽とヒロはウィンドウを開いて見せた。二人ともLV18だ。試験官が頷く。
「次に竜のステータス確認だ」
セラとレオンのウィンドウが試験官に共有される。試験官は数値を確認して、わずかに目を細めた。セラのGCの欄を見て、一瞬だけ手が止まった。だが何も言わなかった。
「問題ない。条件は満たしている」
試験官が立ち上がった。
「騎乗試験は二段階だ。まず鞍を装備して竜に騎乗する。竜が受け入れれば第一段階クリア。次に私が同行して指定フィールドでモンスターを討伐する。その戦闘内容を審査して合否を決める」
「どんなモンスターですか?」と陽が聞く。
「ストームウィング。空を飛ぶ大型モンスターで強敵だ。騎乗した状態で戦えるかを見る」
「わかりました」と陽が答えたとき、試験官がウィンドウを操作した。
「受験料は一人10,000ロドーだ。二人で20,000ロドーになる」
ヒロが一瞬、眉をひそめた。
「……少し高いな」
「騎乗資格は中級者の証だ。それ相応の対価だと思ってもらいたい」
試験官は淡々と言った。ヒロは小さく息を吐いてから、無言で支払いを済ませた。陽も続く。所持ロドーが一気に減った。
「……頑張るしかないね」と陽が言うと、「当たり前だ」とヒロが返した。
◆
試験用の鞍が用意された。竜の背に装備する、革と金属でできた専用装備だ。鞍だけで相当な重量があり、これを背負って飛ぶ竜の負担も小さくないと陽は思った。
まずヒロとレオンから始まった。
ヒロが鞍をレオンの背に近づけた瞬間——レオンが低く唸った。翼をわずかに広げ、体を揺する。明らかに嫌がっている。
「……レオン」
ヒロが静かに呼びかける。レオンは動かない。翼をさらに広げて、体ごと後ずさりした。
「よくあることだ」
試験官が腕を組んで言った。
「竜は本能的に背中に乗られることを嫌がる。背中は急所だからな。特に翼竜は顕著だ。プレイヤーへの信頼が十分でないと、どれだけ慣れた竜でも最初は拒む」
「時間はどれくらいかかるものですか」と陽が聞くと、「個体差がある。数分で受け入れる竜もいれば、一時間かかる竜もいる。だが二時間を過ぎた者は失格、後日再試験とする」と試験官は答えた。
それを聞いてもヒロは焦らなかった。レオンの前にゆっくりとしゃがみ込み、目線を合わせる。何も言わない。ただ、じっとレオンを見つめた。
レオンも、ヒロを見つめ返す。
しばらく、無言の時間が続いた。陽は固唾を呑んで見守った。試験官も、腕を組んだまま黙っている。
一分。二分。
やがてレオンの翼が、ゆっくりと畳まれた。唸り声が止まる。体の緊張が、わずかにほぐれた。
ヒロが静かに立ち上がり、もう一度だけレオンに手を伸ばした。レオンは今度は動かなかった。ヒロが鞍を装備する。そしてゆっくりと背に乗った。レオンの体が一瞬ぴくりと震えた。でも、振り落とそうとはしなかった。
「……第一段階、クリアだ」
試験官が言った。
「三分。優秀じゃないか」
次は陽とセラの番だった。
陽は鞍を手に取り、セラに近づいた。緊張する。セラはレオンより小さいが、それでも嫌がられたら——
「セラ、いいか?」
セラはじっと陽を見ていた。一瞬の静寂。それから——ゆっくりと、体を低くした。乗りやすいように、姿勢を変えたのだ。
「……え?」
陽が思わず声を上げる。試験官も、わずかに眉を上げた。
陽は鞍を装備し、恐る恐るセラの背に乗った。セラは微動だにしない。温かい。鱗越しに、心臓の鼓動が伝わってくる。とくとく、と、落ち着いたリズムで。
「……乗れた」
「……竜が自ら姿勢を低くするのは、初めて見たな」
試験官が静かに言った。
「その竜、お前をよほど信頼しているようだな」
陽はセラの首に手を当てた。白い鱗が温かかった。
「……ありがとな、セラ」
セラは短く鳴いた。
◆
グランヴェルの東門を出ると、試験官が振り返った。
「ストームウィングの縄張りまで飛んで移動する。付いてこい。落ちないよう注意しろ」
試験官が続けた。
「もう一つ。飛行中はSP、スタミナポイントが継続的に消費される。戦闘に入ると消費が一気に速くなる。SPがゼロになると竜は飛べなくなる。常にゲージを確認しておけ」
「SP……」と陽が呟く。
「地上戦では気にならない程度だが、空中戦は別だ。動けば動くほど消耗する。この試験ではSPが切れたら試験は終了だ」
ヒロがウィンドウを開いてセラのSPを確認した。
「今280。飛行中の消費量次第だな」
「節約しながら戦えってこと?」
「メリハリをつけろって事だろ」とヒロは言った。
試験官が灰色の飛竜の背に乗り、翼を広げた。滑らかに、静かに空へ舞い上がっていく。
陽は息を呑んだ。
「……行くか、セラ」
セラが翼を広げた。大きく息を吸い込む感覚がする。陽はセラの首にしっかりと手をかけた。
セラが地面を蹴った。
一瞬、体が浮く。それから——上昇。
地面が遠くなる。グランヴェルの外壁が眼下に広がる。石畳、露店、広場の噴水。さっきまで歩いていた場所が、みるみる小さくなっていく。
「うわ……!」
思わず声が出た。風が頬を切る。冷たい。でも、気持ちいい。
セラの翼が大きく羽ばたくたびに、体がわずかに上下する。最初は怖くて首にしがみついていたが、少しずつリズムに慣れてきた。体の力を抜いて、セラの動きに合わせると、揺れが小さくなった。
陽は視界の端でセラのSPゲージを確認した。飛び始めてまだ数十秒なのに、すでに少しずつ減っている。試験官の言葉が頭をよぎった。戦闘に入ると消費が速くなる。
「……本当に減ってる」
「気にしすぎるな」とヒロが横から言った。「今は移動中だ。戦闘になってから意識しろ」
陽は頷いた。でも、視線はゲージから離れなかった。
隣を見ると、ヒロがレオンの背で前を向いていた。表情は変わらない。でも、その目が——わずかに広がっている気がした。
「ヒロ、怖くないの?」
「怖い」
即答だった。
「でも振り落とされたら試験終了だ。集中する」
陽は思わず笑った。
前を見ると、試験官の灰色の竜がゆったりと飛んでいた。その後をついていくように、セラが速度を合わせる。
空から見ると、地上とは全く違った感覚になる。視界が広がる。草原が広がっている。川が光を反射しながら蛇行している。遠くの山々が、霞の中に青く浮かんでいる。
「……きれいだな」
陽は呟いた。
セラが一度、大きく翼を広げた。風を受けて、体がふわりと持ち上がる感覚。白い翼が夕陽を受けて輝いている。
空が、近い。どこまでも続く青の中を、白い竜と一緒に飛んでいる。それだけのことが、信じられないほど鮮やかだった。
試験官が速度を落とした。
「この先がストームウィングの縄張りだ」
試験官が振り返る。その目が、真剣だった。
「ここから先は試験だ。私は審査するだけで手出しはしない。自分たちで戦え」
陽はセラの首に手を置いた。セラの心臓の鼓動が伝わってくる。規則正しく、落ち着いている。その鼓動が、陽の緊張を少しだけほぐしてくれた。
「……いきます」




