グランヴェル
リリースから三週間。
草原のウルフから始まり、アーマードリザード、スパインリザード、より深いフィールドへ。稼いだロドーで装備を整え、装備が整えばまた強い敵へ挑む。その繰り返しだった。そして強くなっていった。
リクレーンを拠点とし、じっくりと力を付けていった彼等は、この辺りでは既に脅威となるモンスターは存在しなくなっていた。
そして今日、二人はリクレーンの桟橋を後にする。
少しの名残惜しさ。短い期間だが、二人には本当の故郷のように感じていた。湖の揺れる音。夜の帳。全てが記憶に残る良い街だった。いつかまた帰りたい。そんな思いに浸る。
街を出る前に、陽はウィンドウを開いた。
三週間分の成長が、数字に刻まれている。
═══════════════════════
PLAYER STATUS
═══════════════════════
【雨宮 陽】
LV : 18
HP : 580
SP : 310
MP : 95
STR : 42
AGI : 55
DEF : 33
INT : 48
装備 : セントラルダガー
ウィンドカッター・ローブ
シャドウレザー・コート
スウィフトブーツ
───────────────────────
【橘 ヒロ】
LV : 18
HP : 650
SP : 380
MP : 60
STR : 68
AGI : 44
DEF : 55
INT : 35
装備 : ブレイジングソード
アイアンクレスト・ベスト
ストームライダー・マント改
グラビティブーツ
═══════════════════════
DRAGON STATUS
═══════════════════════
【セラ】
分類 : 飛竜
タイプ : アルカナ
HP : 420
SP : 280
MP : 310
STR : 22
AGI : 78
DEF : 18
GC : Out of Spec
スキル : フェイタルリード
装備
爪 : シャープネイル・クロー
牙 : アイアンファングサポート
角 : 未装着
頭 : ウィルムバンド
胸 : スケイルコア
鱗 : 未装着
鞍 : 未装着
翼 : 未装着
脚 : スケイルレッグ
尾 : スケイルテイル
心核 : 未装着
───────────────────────
【レオン】
分類 : 翼竜
タイプ : ブレイド
HP : 720
SP : 460
MP : 95
STR : 95
AGI : 62
DEF : 78
GC : 18 / 18
スキル : ラムチャージ/アイアンファング/
ブレイクタスク
装備
爪 : アイアン・クロー
牙 : 未装着
角 : 未装着
頭 : 未装着
胸 : アイアン・チェスト
鱗 : 未装着
鞍 : 未装着
翼 : 未装着
脚 : スケイルレッグ
尾 : テイルガード
心核 : 未装着
═══════════════════════
最初のステータスと比べると、別の竜みたいだと陽は思った。特にセラ。GCの規格外という特性を活かして装備を積み上げた結果、AGIは他のプレイヤーの竜と比較しても、かなり高い数値になっていた。STRとDEFは依然低いが、その分動きの鋭さは他の追随を許さない。
煌竜鱗はランクが高く、リクレーンで生産加工できる店がなかったので、それを武具にして装備できればますます強くなるだろう。
体躯は以前より一回り大きくなり、仔竜だった頃の丸みが薄れ、全身の輪郭に“鋭さ”が混じり始めている。白い鱗はより滑らかな光沢を帯び、動くたび淡く光を反射した。
特に変化していたのは翼だった。翼膜は以前より広がり、羽ばたくたび空気が強く震える。細かった首筋にもわずかに筋肉が付き始め、静かに立っているだけで以前とは違う存在感があった。
そして何より、金色の瞳。
幼さを残しながらも、その視線だけは妙に落ち着いている。まるで周囲を観察しているような、不思議な眼差しだった。
一方、レオンは分かりやすく“強く”なっていた。
翼竜らしく、翼はさらに厚みを増し、四肢には明確な筋肉の隆起が浮かんでいる。濃い赤鉄色の鱗は硬質化が進み、光を鈍く弾いていた。
特に前脚の発達が顕著だった。
低く構えた姿勢から一気に飛ぶ戦闘スタイルが、そのまま身体へ表れているようだった。目つきも鋭い。獲物を見つけた瞬間、空気が変わる。
対して、セラは静かだった。威圧するわけでもない。吠えるわけでもない。なのに、隣へ並ぶと妙に目を引く。
まるで、違う生き物みたいに。
二体とも、飛行が可能になり、許可証を入手すればプレイヤーが騎乗可能になった。順調に育っているが、少しの気掛かりが一つ。レオンが三つスキルを覚えたのに対して、アーマーボア戦以降、セラがスキルを一つも覚えていないということだった。
「行くか」
ヒロが言った。レオンが低く鳴く。
「うん」
陽はウィンドウを閉じた。セラが隣に並ぶ。
◆
グランヴェルへの道は、リクレーンから東へ一時間半ほどの道のりだった。
途中にも街はあった。だが二人はほとんど立ち寄らなかった。稼ぎと装備強化に集中するあまり、気づけば中間の街を素通りできるだけの実力がついていた。
それでもリクレーンから離れるにつれて、道中のモンスターは強くなっていった。リクレーン周辺とは比べ物にならない。それでも二人は足を止めなかった。セラが先頭に立ち、敵の攻撃を躱す。レオンのブレイクタスクが敵の防御を崩し、ヒロが畳みかける。
二人で組んだ時の戦闘スタイルが確立されていった。
そして——
「あれか」
ヒロが前方を見据えた。
丘の向こうに、それは見えた。
高い外壁。灰色の石が積み重なり、夕陽を受けて鈍く光っている。壁の高さはリクレーンの建物より遥かに高く、その向こうに街の輪郭が見えた。塔が二本、空に向かって伸びている。
グランヴェル。
「でかい……」
陽が思わず呟く。
リクレーンも十分大きかった。でもグランヴェルは規模が違う。外壁だけで、リクレーンの街全体より広いんじゃないかと思えるほどだった。
ここで竜の騎乗許可証を発行している
門が見えてきた。巨大な鉄の扉。その両脇に、NPC——ゲームが用意した門番のキャラクターが立っていた。重厚な鎧を身に纏い、槍を手にしている。そして、その隣に竜。門番の竜は体格が大きく、陽たちの竜とは比べ物にならない威圧感を放っていた。
「……NPCの竜、強そうだな」
「街を守るための存在だ」とヒロが言った。
「モンスターが街に入れないのは、あいつらのおかげだ」
門に近づくと、門番のNPCがこちらを見た。
「旅の者よ、グランヴェルへようこそ」
低い声だった。
「ここは騎士の街。強き者たちが集う場所だ。存分に腕を磨くがいい」
扉が、ゆっくりと開いた。
門をくぐった瞬間、喧騒が押し寄せてきた。
石畳の道が中央広場へ向かって伸びている。両脇には建物が立ち並び、露店が所狭しと広がっていた。武具、素材、食料、地図——あらゆるものが売られている。プレイヤーたちの声が重なり合い、竜の鳴き声が混じる。
リクレーンの賑わいとは質が違った。ここにいるプレイヤーたちは、装備が明らかに上だ。連れている竜も体格がいい。リクレーンで感じた「みんな初心者」という空気がない。
リリース直後ながら先に先にとどんどん進んできたプレイヤーだろう。
「レベル帯が上がってる」
ヒロが周囲を見渡しながら言った。
「リクレーンより先に進んできたプレイヤーが集まってる。俺たちより強い奴も多そうだな」
二人は広場へ向かって歩き出した。石畳が足元で鳴る。リクレーンの桟橋の軋みとは違う、硬くて重い音だ。
露店を覗きながら歩く。武具屋の棚には、リクレーンでは見たことのない素材が並んでいた。見たことのない鱗、見たことのない金属。値札を見ると、桁が違う。
「高い……」
「ここの素材は質が違う。それだけ強いモンスターからしか取れない」
ヒロが一つの素材を手に取り、ウィンドウで確認してから棚に戻した。
「ただ、レオンとセラに合う装備もありそうだ。稼いだら戻ってこよう」
広場の中央には、大きな噴水があった。水が石造りの竜の口から流れ落ち、夕陽を受けてきらきらと光っている。その周りに露店が円を描くように並び、プレイヤーたちが行き交っていた。
陽はその光景をしばらく眺めた。
リクレーンは湖の上の街だった。水と光と、どこか柔らかい空気。グランヴェルは違う。石と鉄と、戦いの気配。でも、それが悪いわけじゃない。むしろ——
「強くなれそうな場所だね」
自然と口に出ていた。
セラが陽の足元で、広場をじっと見渡していた。金色の瞳が、あちこちの竜を観察している。
広場の端に、大きな建物が見えた。入口の上に紋章が刻まれている。翼を広げた竜と、騎士の兜。
「あれが騎乗試験の受付か」と陽が言う。
「ああ」ヒロが頷いた。
「明日、受けよう。今日は街を把握する」
「うん」
陽は建物を見つめた。あの扉の向こうに、セラに乗るために必要な許可証が。。
そのとき、セラが小さく鳴いた。建物の方を向いて、尻尾がゆっくりと揺れている。
「……セラも気になってるのかな」
「竜も試験を受ける。プレイヤーと竜、両方が合格しないといけない」
「セラが?」
「そうだ。竜側の試験は騎乗に耐えられる体力と、基本的な指示への対応力を見る」とヒロは言った。
「セラのステータスだと体力面は不安が残るが——動きは問題ない」
陽はセラを見た。白い竜が、まっすぐ受付の建物を見ている。
「大丈夫だよな、セラ」
セラは短く鳴いた。
夕暮れのグランヴェルに、街の灯りが一つずつ点り始めていた。石畳が橙色に染まり、露店の明かりが広場を温かく照らしている。
リクレーンとは違う。でも、ここにも確かに——生きた世界があった。




