衝突⑵
夕暮れの草原を三人で歩きながら、達也はよく喋った。
このエリアの稼ぎ効率、出やすいモンスターの種類、最近プレイヤーが増えて混み始めているポイント。情報量が段違いだった。リリースからほぼ寝ずにプレイしているだけあって、達也の把握しているフィールド知識は陽たちの比ではなかった。
「そのエリアの奥に、まだほとんど人が行ってへんとこがあってな」
達也が草原の東側を指した。
「素材の質がええのに、モンスターがちょっと強いから避けられてるんよ。俺らなら全然いけるけど」
「一緒に行ってくれるの?」と陽が聞く。
「当たり前やん。前にやってたゲームでも一緒にギルド組んでたんだし。ここでもギルド組もうや、まっ、このゲームはギルドじゃなくてナイツって名前、やけどな」
このゲームでは気の合う仲間で、ナイツと呼ばれるコミュニティを結成できる。ある程度まで進み、国の防衛機関である守護竜騎士団に認められる必要がある。大概のプレイヤーはまずここを目指す事になるという訳だ。
こうして自然な流れで、三人はパーティを組んだ。リーダーはヒロ。ドロップ分配設定は「完全ランダム」に設定した。
◆
達也が言っていたエリアは、草原の東端にあった。
木々が増え始め、地面が少しずつ固くなっていく。モンスターの気配も濃い。陽がセラを見ると、金色の瞳がすっと細くなっていた。
「来るで」
達也が呟いた瞬間、茂みが揺れた。
現れたのは、アーマードリザードより一回り大きいモンスターだった。四足で歩き、背中に棘のような突起が並んでいる。鱗の色は深い黒。
「スパインリザード。アーマードより硬くて素早い。でも急所は同じや」
達也はそう言いながら、隣に立つジンを軽く叩いた。ダークグレーの鱗に紫のアクセント。全身に鋭い突起が並ぶ陸竜が、低く唸る。
「行くで、ジン」
次の瞬間、ジンが地面を蹴った。
速い。とてつもない瞬発力で、一直線にスパインリザードへ向かう。そのまま体当たりを叩き込んだ。
――ズドンッ!!
地面が揺れた。スパインリザードが吹き飛ぶ。
「今!」
ヒロが叫ぶ。レオンが正面から突っ込み、セラが側面へ回り込む。連撃。あっという間にスパインリザードが倒れた。
陽は呆然と立っていた。
「……速すぎる」
「ジンはスカイレイドタイプやからな」と達也は言った。
「空は飛べへんけど、跳躍力と加速力は空戦並みや」
陽はジンを見た。どっしりと構えているが、その脚の筋肉は今にも弾けそうなほど張っている。達也の隣で静かに息をしているジンは、見た目の重厚さとは裏腹に、信じられない速度を秘めていた。
しかしその直後、ヒロがウィンドウを確認して眉をひそめた。
「……陽、経験値見ろ」
陽はウィンドウを開いた。経験値の欄を確認する。
「あれ、少ない……?」
「達也のダメージ量が圧倒的すぎて、俺たちへの経験値配分が極端に少なくなってる」
ヒロが静かに言った。
「パーティ内の実力差が大きすぎると、貢献度の低い側の経験値効率が落ちる仕組みだ」
「あー」
達也が頭をかいた。
「それ、完全に俺のせいやな。すまん」
「達也が悪いわけじゃない」とヒロは言う。
「システム上、仕方ない。そりゃ上級者と同じ経験値なら、そんな楽な話ないからな」
「どうしたらいいんだろう」と陽が聞くと、達也がぽんと手を叩いた。
「俺がパーティ抜けたらええんちゃう?」
「でもそれじゃ達也さんが……」
「俺はもう十分稼いでるし、経験値も今はそんな要らんねん」と達也はあっけらかんと言う。
「それより、お前らが育った方が面白いやん。俺は近くで見とく。いざとなったら——」
達也がウィンドウを操作して、陽とヒロに何かを送信してきた。
――《救援要請ボタンが共有されました》
「これ押したら俺に通知が来る」
「救援要請って、戦闘権のあれか」とヒロが言った。
「そうそう。本来パーティ外の奴は戦闘に参加できない。だけど救援要請があれば戦闘に割り込める。危なそうな時だけ俺が助けたる」
「……なるほど。それなら俺たちは強敵にも躊躇せずに戦える。経験値効率が良さそうだな」
ヒロが頷きながら、答えた。
陽は救援要請ボタンを見つめた。小さなアイコンが、視界の端に表示されている。
「でも俺たちの為に、達也さんが進められないんじゃ……」
「遠慮すんなや」と達也は笑った。
「俺たちのナイツが結成したら存分に頼るから」
ヒロが小さく息を吐いた。「……助かる」
達也はパーティを離脱した。それでも、草原の少し離れた場所にジンと共に腰を下ろして、こちらを見守っている。
◆
二人は、スパインリザードの群れへと向かった。
最初の一体は手こずった。アーマードリザードより動きが速く、連撃を仕掛けてくる。セラが弾かれ、レオンが押し込まれる場面もあった。
それでも、少しずつ慣れていった。
ヒロが崩し、陽が指示を出し、セラが急所を狙う。二体目、三体目と倒すにつれて、動きに無駄がなくなっていく。経験値も、さっきより遥かに効率よく入ってくる。
しばらくそうして経験値を稼いでいると、スパインリザードが五体が同時に現れた。
「多い……!」
陽が叫ぶ。囲まれる。セラが一体の攻撃を避けきれず、吹き飛ばされた。
「セラ!」
セラはすぐに起き上がる。だが、五体に囲まれた状況は厳しい。
「ヒロ、無理だ!」
「……救援要請、出せ」
陽は視界の端のアイコンを押した。
次の瞬間、地面が揺れた。
――ズドンッ!!
ジンが五体の中心へ超跳躍で飛び込んだ。着地と同時に衝撃波が広がり、スパインリザードたちが一斉によろめく。
「遅なったわ、三秒もかかってもうたー!」
達也の声が響く。
「十分速いよ!」と陽が叫んだ。
体勢を立て直す。ヒロとレオンが二体を押さえ、ジンが牽制し、セラが一体ずつ急所を狙う。
五体、全滅。陽はその場に座り込んだ。
「……勝った」
達也はセラを見た。
「さっきより動きが良くなっとるわ、この子。セラって名前やっけ?」
陽はセラを見た。
荒い息をしながら、まっすぐ前を向いていた。心なしか楽しんでいるように見える。
「……うん」
陽は小さく笑った。
「強くなってる」
「ええパーティやと思うで、お前ら。早くナイツ組んで一緒に世界回りたいわ」
夜の帳が、草原に降りてきていた。遠くにリクレーンの灯りが見える。
「今日はここまでにするか」とヒロが言った。
「そやな。俺ももう少しだけやって今日は寝るわ」
「本当に?」と陽が聞く。
「……たぶん」
「たぶんって言った!」
達也が笑いながら手を振った。
「ほな、またな。次はグランヴェルやろ? 先に行っとるわ。少し用事があってな。まぁ、今のお前らなら道中危険もないやろ。あとで連絡くれや」
達也とジンが、草原の向こうへ消えていく。
陽はその背中を見送りながら、視界の端の救援要請ボタンを見た。小さなアイコン。でも、それがあるだけで不思議と心強かった。
「ヒロ」
「なんだ?」
「達也さんって、いい人だね」
ヒロは少し間を置いてから、「ああ」と言った。続けて「ゲーム廃人ってだけかもしれないけどな」
二人は笑い合う。そしてリクレーンへ向けて歩き出した。リクレーンの灯りが湖面に揺れている。
歩きながら、ヒロが口を開いた。
「次の街に行く準備を始めるか」
「次の街ってさっき達也さんが言ってたグランヴェルってところ?」
「そう。騎乗試験が受けられる街だ。リクレーンより大きい街らしい」
陽はセラを見た。白い竜が静かに隣を歩いている。
「セラに乗れるようになる、ってこと?」
「ああ。騎乗できれば、戦い方が大きく変わる。セラもレオンももう飛べるはずだ」
陽は空を見上げた。夜のミシェルラウド。満天の星が、現実より近く見える。
セラが空を飛ぶ姿を想像した。白い翼が夜空を切り裂いていく。
「……早く行きたいな」
自然と口に出ていた。
「準備ができてから動く」
「うん」
陽は頷いた。胸の奥に、確かな期待が灯っていた。次の街へ。まだ見ぬ空へ。
セラが小さく鳴いた。まるで、同じことを思っているかのように。




