衝突
リリースから数日。陽はようやくこの世界のリズムに慣れてきた。ログインすると草原の風が来て、セラが隣にいる。それが当たり前になりつつあった。
クエストをこなし、素材を集め、少しずつロドーを積み上げる。セラの動きも日に日に洗練されていった。装備が増えるほど、その動きは鋭くなる。GCの規格外という異常な数値が、少しずつ意味を持ち始めていた。
その日の午後、二人は草原の奥にあるフィールドへ足を踏み入れた。
アーマードリザードの生息域だ。外殻が硬く、素材の質が高い。売値もウルフより上だった。
「このエリア、プレイヤーも増えてきたな」
ヒロが周囲を見渡しながら言った。確かに、数日前より人が多い。思い思いの装備を纏ったプレイヤーたちが、あちこちで竜と共に戦っている。
いくつか倒したところで、少し大きめのアーマードリザードと遭遇した。通常個体より一回り体格がいい。
「こいつ、変異個体か」
ヒロが目を細めた。
「倒せるか」
「やってみよう」
セラが前に出る。変異個体は動きが速く、外殻も硬い。それでも二人の連携は数日前より遥かに洗練されていた。ヒロとレオンが正面から崩し、セラが側面から急所を狙う。じわじわとHPを削り、最後はセラの【フェイタルリード】が決まった。
変異個体が倒れる。
直後。地面に光が落ちた。金色だった。通常のドロップとは明らかに違う。鮮やかな金色の光が、周囲に広がっていく。
「……っ」
ヒロが息を呑んだ。陽が見たことのない反応だった。あのヒロが、息を呑んでいる。
「……ヒロ?」
「金色……。レアドロップだ」
ヒロの声が、わずかに低くなる。
「このゲームでドロップが金色に光るのは、Eランク以上だ。リリースから何日も回してて、一度も見たことがなかった」
このゲームでは武具、アイテムにレアリティが設定されている。AからZまでのアルファベットが割り当てられ、Aに近づくにつれ希少度が高い。更にアルファベット以外にも特殊なレア度が存在する。
陽は光の中に手を伸ばした。ウィンドウが開く。
――《煌竜鱗》
――《希少度:E》
――《変異個体からのみドロップする極めて稀な鱗。通常の鱗とは異なる硬度と輝きを持つ。生産素材として使用可能》
「煌竜鱗……」
陽が呟いた瞬間、ヒロが小声で言った。
「周り、見ろ」
陽はさりげなく視線を動かした。
近くにいた数人のプレイヤーたちが、こちらに気づいていた。金色の光は目立ちすぎた。ほとんどのプレイヤーはちらりと見ただけで去っていったが——その内の三人が、動かなかった。
じっと、こちらを見ている。
やがて、その二人がゆっくりと近づいてきた。全員、陽たちより明らかに装備が整っている。竜も体格がいい。
「おい、それ売ってくれよ」
先頭の男が顎で煌竜鱗を示した。
「……売ってくれ?」
陽が答えると、男は薄く笑った。
「売れ、って言ってんだよ。タダでいいからよ」
「は?どういうことですか?」
「ちっ、察しがわりーな。寄越せって言ってんだよ」
男の目が細くなる。
「わかってんだろ。ここ、街の外だぞ。PKできる場所だ」
PKという言葉に、陽の胸がざわついた。
「……PKって」
「知らねぇの?」と男は笑う。
「プレイヤーキル。俺らがお前らを倒せば、持ち物一個と所持ロドーの二割がもらえる。まあ、素直に渡してくれた方がお互い楽だろ」
陽は思わずヒロを見た。ヒロは表情を変えずに前を見ていた。
「PKしたら賞金首になる」
ヒロが静かに圧を掛ける。
「頭上に賞金首マークがついて、全プレイヤーに見える。警備のある街には入れなくなる。装備の売買も換金もできなくなる。そして賞金首は倒されたら、持ち物全部と所持ロドー全部、失うぞ」
「わかった上で、言ってんだよ」と男は言った。
「…………」
陽は黙って男たちを見た。三対二。装備差もある。状況は悪い。ドクンと少しだけ心臓の音が上がる。
セラが、静かに陽の前に出た。
小さな体で、男たちを真っすぐ見据えている。威嚇するように低く鳴いた。
男が一歩踏み出した——その瞬間。
「ちょっとちょっと〜! なんか揉めとるやん!」
明るい声が、場の空気を断ち切った。
全員が声の方を向いた。
草原の丘の上に、一人のプレイヤーが立っていた。深いフードを被っていて、顔が見えない。だが装備はこの場にいる誰より上で、連れている竜は体格が大きく、鱗に深みがある。リリースから数日でここまで育てるのは、並大抵のプレイ時間じゃない。
フードの人物はひょいと丘を下りながら、三人組に近づいてきた。
「PKしようとしてたん?」
「……なんだよ、お前」
「いやね」とフードの人物は続ける。
「PKなんて良い事ないで。街のほとんど入れんくなるし、制限がつくと今後プレイしづらくなるでー」
さらに、続けて話す。今度は少し脅すように。
「まぁ、それでもこいつらPKするって言うなら、俺は止めへんけど。いや~、三人は骨折れそうやわ~」
笑顔は崩れない。ハッタリでもない。でも、言葉の意味は明確だった。
彼の竜がズイっと前に出る。前に出るとその迫力はこの辺りのプレイヤーの竜の比ではない。
三人組のリーダーが一歩引き下がる。そして、舌打ちをひとつ。
「……行くぞ」
三人はそのまま踵を返し、草原の奥へ消えていった。
静寂が戻る。陽は息を吐いた。自分がどれだけ緊張していたか、その瞬間に気づいた。
「……ありがとうございます」
「礼なんていらんて」
フードの人物がこちらに向き直った。そしてフードを外す。日焼けした肌。白い歯が映える笑顔。
「久しぶりやな、ヒロ!」
「……達也!?」
ヒロの声が、驚きの後にわずかにほぐれた。陽もその名前を聞き、同じく驚く。
「達也って……楠達也さん?」
「そうやで! 陽くんやろ? チャットじゃ何回も話したけど、会うのは初めてやな」
楠達也は、ヒロの中学からの付き合いのオンラインゲーム友達、年齢は彼らの二つ上で高校三年生。関西在住の彼は、陽には会ったことはない。だが、一緒にオンラインゲームを何回もやった事があるので陽とも友達という訳だ。
ヒロが呆れた声で言った。
「お前、連絡しても連絡つかないで……。どうせずっとこのゲームしてたんだろ?」
「はは、バレとる?」
「そりゃ、お前の装備と竜を見ればな。ったく、初期拠点はリクレーンにしろって一方的に連絡しやがって」
「すまんすまん。お前ら待ってるつもりが、ついおもろすぎて、どんどん先進んでしもた」
達也は屈託なく笑った。チャットで話していた印象そのままだ。
陽は思わずつられて笑った。
達也は笑いながら、セラに目を向けた。その視線が、すっと真剣になる。
「……その竜、白いな」
「セラ、っていうんだ」
達也はセラをじっと見た。セラも、達也をじっと見返している。
「……なんか、独特な空気持っとるな、この子」
陽はその言葉に、小さく頷いた。
そのとき、ヒロが口を開いた。
「陽」
「うん?」
ヒロは煌竜鱗を一瞥してから、静かに言った。
「それ、セラの装備に使え」
「え? でもこれ、二人で倒したんだから——」
「どのみち今のレオンには必要ない。セラに使った方が今後の為。それが俺の為にもなる」
それだけ言った。それ以上の説明はなかった。
陽はしばらくヒロを見た。ヒロは視線を草原の向こうに向けたまま、表情を変えない。気を使わせない為だろう。
「……ありがとう」
ヒロは何も言わなかった。ただ、わずかに顎を引いた。
「なんや、ええコンビやな」
達也が笑った。
「ほな、このあたりのフィールド事情、教えたろか。色々知っとるで」
「頼む」とヒロが答えた。
夕暮れが草原を橙色に染まり始めていた。三人と三頭は、並んで歩き出した。




