ログイン⑶
装備屋を出ると、リクレーンの空は少し赤みを帯び始めていた。湖面が夕陽を反射し、街全体が淡い橙色に染まっている。行き交うプレイヤーの数も、ログイン直後より増えていた。
「……時間が経つの早いな」
陽が空を見上げると、ヒロは歩きながら肩を回した。
「この世界の一日は十二時間だから体感狂うな。現実世界だと六時か。慣れないと時差ボケみたいな感じになりそうだ」
桟橋を渡る。水面を揺らす風が心地いい。陽は隣を歩くセラを見る。白い鱗に夕陽が反射して、わずかに金色が混じって見えた。
「……なんか、少し変わった気がする」
「装備だけじゃなく、動きもな」とヒロが頷く。
「戦闘慣れし始めてる」
セラは小さく鳴き、陽の隣を歩き続ける。最初に比べれば、距離感も自然になっていた。
ただのNPCとは違う。そんな感覚が、少しずつ強くなっていく。
その時だった。
――《エリアアナウンス》
不意に、視界の中央へ半透明のウィンドウが開く。
――《近辺のフィールドにて、緊急討伐クエストが発生しました》
――《対象:アーマーボア》
――《推奨プレイヤーレベル:4》
――《推奨人数:6〜10名》
周囲のプレイヤーたちがざわつく。
「お、イベントか!?」
ヒロが口角を上げた。
「アーマーボアって、レイドモンスターか!」
「レイド?」
「デカいやつ。複数のプレイヤーが協力して倒す前提だから、普通のモンスターより強い」
周囲では、すでにプレイヤーたちが動き始めていた。「行くぞ!」「今なら人集まってる!」「報酬うまいかも!」武器を抱えたプレイヤーたちと、その竜が、街の外へ駆けていく。
陽はその流れを目で追った。
「……どうする?」
「どうする、じゃねぇだろ。もちろん行くに決まってる。お前は?」
ヒロが笑う。
陽は少しだけ考える。さっき装備を整えたばかり。まだ不安はある。だが試してみたい。装備をつけて強くなったセラを。
「……行ってみたい」
「そうこなくちゃ」
次の瞬間、二人は同時に走り出していた。夕暮れのリクレーンを抜け、プレイヤーたちの波へ飛び込む。
街を抜ける頃には、周囲にはかなりの数のプレイヤーが集まっていた。草原を駆ける足音。竜の羽ばたき。興奮混じりの声。皆、同じ方向へ向かっている。
「人多いな……」
「序盤イベントだからな。経験値も素材も期待できる」とヒロは前を見たまま答える。
丘を越える。その瞬間、地面が揺れた。
――ドォンッ!!
低い衝撃音。前方で土煙が舞い上がり、プレイヤーたちが一斉に足を止めた。
「いたぞ!!」
誰かの叫び。その先に、巨大な影が草原の中央に立っていた。黒に近い灰色の皮膚。岩みたいに分厚い外殻。地面を削るほど巨大な牙。アーマーボア。通常のウルフとは比べ物にならない。
「……でかい」
陽が息を呑んだ瞬間、アーマーボアが鼻を鳴らした。次の瞬間――突進。
「うわっ!?」
前衛のプレイヤーが吹き飛ぶ。地面を抉りながら、巨体が暴れる。「硬ぇ!!」「全然削れねぇ!」周囲が一気に混乱する。それでも、プレイヤーたちは次々に攻撃を仕掛けていく。火花。咆哮。スキルエフェクト。草原が戦場に変わっていく。
「……どうやって攻める?」
「正面行くな。巻き込まれる」
ヒロがすぐ答えた。
「わかった。攪乱だけやる」
陽は頷き、セラを見る。白い竜が、小さく鳴いた。
セラが駆け出す。装備を付けたことで、動きが鋭くなっている。アーマーボアの側面へ回り込む。
「今!」
陽が叫ぶ。セラが飛ぶ。強化された爪が、外殻を掠める。浅い。だが――
ギィンッ!!
硬質な音と共に、わずかに火花が散った。
「削れた!」陽が目を見開く。
「十分だ! ヘイト動いた!」ヒロが叫ぶ。
アーマーボアの視線が、一瞬だけセラへ向く。
「下がれ!」
陽が即座に指示を飛ばす。セラが跳ぶ。直後、巨大な牙がさっきまでいた場所を薙ぎ払った。土が爆ぜ、破片が周囲に飛び散る。
「……っぶな」
陽の背中を汗が伝う。だが、ただ逃げるだけじゃない。ちゃんと戦えている。その実感があった。
周囲でもプレイヤーたちが立て直し始める。「今だ! 足止めしろ!」「後衛、撃て!!」連携が噛み合い始め、アーマーボアの体力が少しずつ削れていく。
セラが再び地面を蹴った。白い影が夕暮れの草原を駆け抜ける。正面へは行かない。巨大な牙の軌道を避け、側面へ滑り込み、隙を見て爪を入れる。浅い。だが、その一撃ごとにアーマーボアの動きがわずかに乱れていく。
「陽! 右!」
「セラ、跳べ!」
突進。地面が抉れる。セラが横へ跳び、紙一重で回避する。直後、ヒロの竜が側頭部へ体当たりを叩き込んだ。
「今だ、削れ!」
周囲のプレイヤーたちも一斉に動く。火球。斬撃。矢。エフェクトが連続して炸裂し、アーマーボアが低く唸る。
押している——そう思った次の瞬間だった。アーマーボアが、大きく前脚を踏み込む。嫌な予感。
「――下がれぇぇ!!」
誰かの叫び。直後。
――ォォォオオオオオッ!!
衝撃波。地面ごと空気が爆裂する。陽の身体が吹き飛ぶ。視界が回る。草の上を転がり、背中を強く打った。
「陽!」
ヒロの声。慌てて顔を上げると、周囲のプレイヤーたちもまとめて弾き飛ばされていた。
「……範囲攻撃かよ」
ヒロが舌打ちする。
アーマーボアが荒く息を吐く。その巨体は、まだ倒れない。
その時。セラが前へ出た。
「……セラ?」
白い竜が、じっとアーマーボアを見る。その金の瞳が細くなる。次の瞬間、セラが地面を蹴った。
「お、おい!?」
一直線。真正面。今までみたいな攪乱じゃない。アーマーボアが牙を振り上げる。当たれば終わる。だが。セラは、跳んだ。小さな体が空中でひねる。牙の上を踏み越え、そのまま頭部へ――
「なっ……」
次の瞬間。強化された爪が、アーマーボアの左目へ突き刺さった。
――ギャアアアアアアッ!!
絶叫。巨体が暴れる。その振動で草原が揺れる。
「目ぇ潰した!?」
ヒロが叫ぶ。周囲のプレイヤーたちもざわつく。だが勝機を目の前に手を止める愚か者はここには居なかった。
「今だ!!」「押し切れぇ!!」
一気に流れが変わった。視界を失った敵へ、攻撃が集中する。連撃。爆発。そして、巨大な身体が、ゆっくりと傾いた。
――ズゥンッ!!
地面を揺らし、アーマーボアが倒れる。一瞬の静寂。直後に歓声が上がる。
「っしゃあああ!!」「討伐成功!」
あちこちでウィンドウが開き、報酬表示が流れる。陽は、その場に座り込んだ。
「……勝った」
実感が、遅れてやってくる。その前に、トン、と小さな重み。見ると、セラが隣に座っていた。少しだけ息が荒い。だが、瞳はまっすぐ陽を見ていた。
「……お前」
陽は思わず笑う。
「結構、無茶するヤツだな」
セラが、小さく鳴いた。
周囲では、まだ興奮が冷めていなかった。「今の見たか!?」「最後の白い竜やばくね?」「目潰したよな……?」プレイヤーたちの視線が、こちらへ向く。陽は少しだけ居心地悪そうに肩を縮めた。
「……なんか見られてない?」
「そりゃな」とヒロが苦笑する。
「ボスの顔面飛び込む奴なんか普通いねぇよ」
その時。
――《緊急討伐クエスト完了》
視界中央に報酬ウィンドウが展開される。ロドー獲得。経験値獲得。ドロップ素材獲得。
それにヒロが目を細める。
「結構入ったな」
「……ほんとだ」
陽も驚く。
さっきまでとは比べ物にならない数字だった。さらに、視界の端で小さく通知が点滅する。
――《セラがスキルを習得しました》
「……え?スキル?」陽が固まる。
「は? もう覚えたのか?」ヒロが反応した。
陽は慌ててウィンドウを開く。セラの情報欄の下に、新しく追加された項目があった。
――《フェイタルリード》
――《クラス:未鑑定》
――《敵の急所を狙い攻撃する。ミスをする事もあるが当たればダメージ大》
「……なんだこれ」
「戦闘中の行動条件で閃いたんだろ。竜は戦い方でスキル覚えるらしいし」
陽は、さっきの光景を思い出す。真正面から飛び込み、目を狙った一撃。偶然には思えなかった。
「……セラ」
呼ぶ。白い竜がこちらを見る。金の瞳が、静かに揺れた。
「お前、自分で狙ったのか?」
当然、返事はない。ただ、セラは小さく鳴いて、ゆっくりと立ち上がった。
「……まあ、いいか」
ヒロが肩をすくめ、ニヤッと笑う。
「装備、増やせるぞ」
陽も思わず笑った。さっきまでギリギリだった所持金。今なら、もう少し選べる。
夕暮れの草原を歩き出す。リクレーンの街灯が、湖畔に淡く灯り始めていた。その隣を、白い竜が静かに歩いていく。小さく、まだ弱い。けれど——陽はもう、"ただの竜"とは思えなくなっていた。
リクレーンへ戻る頃には、空はすっかり夜へ変わっていた。湖畔には灯りが浮かび、水面が静かに揺れている。昼間とは違い、街はどこか落ち着いて、どこか幻想的で。
「夜景、綺麗だな……」
陽が思わず足を止める。木造の建物から漏れる暖色の灯り。遠くでは酒場らしき場所から笑い声まで聞こえてくる。ただゲームをしているだけのはずなのに、現実と錯覚するほどこの世界は自然だった。
二人はそのまま装備屋へ向かう。昼間より人は増えていた。ボス討伐帰りなのか、興奮気味に話しているプレイヤーも多い。「さっきのアーマーボア、マジで硬かった」「報酬うめかったな」「白い竜凄かったな?」その言葉に、陽が少しだけ視線を逸らす。その姿を見てヒロが吹き出した。
「もう噂になってるな?」
あまり目立ちたくない陽は乾いた笑いを吐き出した。
装備屋の中に入ると、さっそく装備が飾られている棚に向かう。値札を見ても、無理ではない。
「……買える」
「だから言ったろ。イベント報酬はデカいって」
ヒロは軽く笑い、自分用の装備を選び始める。
陽も棚を見回す。今より少し上位の補強具。薄いが耐久性の高い首部装甲。動きを補助する小型パーツ。
「……これ、いけるかな」
セラを見ると、静かに座ったまま、こちらを見返していた。
陽は装備を順番に当てていく。装着。装着。装着。やはり、止まらない。視界の端には、相変わらず"—"だけが浮かんでいる。
「……ほんと意味分かんねぇな、それ」
ヒロが呆れ半分で言う。
セラはまるで重さを感じていない。むしろ、装備が増えるほど動きが安定していく。
「……どんどん強くなるな、お前」
セラは何も答えない。ただ、金色の瞳だけが、まっすぐ陽を映していた。
装備を一通り整え終えた頃には、店内のプレイヤーもかなり入れ替わっていた。ログインが出遅れたのか慌てて装備を選ぶ者。パーティ募集をしている者。すでに次の狩場の話をしている者。現実では日曜の夜だと言うのに活気は全く衰えない。
「……すごいな、このゲーム」
陽が小さく呟く。ただ戦うだけじゃない。人がいて、経済があって、空気が流れている。本当に世界みたいだった。
「リリース前の生放送の同時接続数で期待されてるのはわかってたけどな」ヒロが肩をすくめる。「まあ、俺もここまでとは思ってなかったけど」
二人は装備屋を出る。夜風が湖面を揺らし、街灯の光を細かく砕いていた。セラが静かに陽の隣を歩く。装備が増えたことで、最初より少しだけ頼もしく見える。
「……今日はこんなもんか」
ヒロが空を見上げる。
「うん」
陽も頷く。
「明日はどうする?」
「まずはクエスト進めるだろ。後は騎乗解放目指す」
「竜に乗れるようになるやつか」
「ああ。そこから一気に行動範囲が広がるからな」
ヒロが笑う。
「このゲーム、本番はそこかららしいぞ」
陽は湖の向こうを見る。夜のリクレーン。そのさらに先には、まだ見ぬフィールドが広がっている。街。迷宮。空。
「……楽しみだな」
ヒロは少し意外そうに笑う。
「お前、ハマってんじゃん」
「ヒロもね」
陽は小さく笑い返した。その足元で、セラが静かに座る。白い鱗が街灯に照らされ、淡く輝いていた。
「じゃ、そろそろ落ちるか」
「うん」
陽は最後にもう一度だけ、リクレーンの街を見渡す。人の声。灯り。風。現実と見分けがつかないほど鮮やかな世界。そして、隣にいる白い竜。
「……また明日な、セラ」
セラが、小さく鳴いた。次の瞬間、視界がゆっくりと白く染まっていく。
――《ログアウトします》
浮かび上がった表示と共に、ミシェルラウドの夜景が静かに遠ざかっていった。
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PLAYFR STATUS
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【雨宮 陽】
LV : 3
HP : 240
SP : 95
MP : 20
STR : 18
AGI : 22
DEF : 14
INT : 20
装備 : プッシュダガー
ウィンドウォーカー・ローブ
ライトレザーコート
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【橘 ヒロ】
LV : 3
HP : 270
SP : 110
MP : 15
STR : 26
AGI : 19
DEF : 18
INT : 16
装備 : ブレイジングソード
アイアンブレスト・ベスト
ストームライダー・マント
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DRAGON STATUS
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【セラ】
分類 : 飛竜
タイプ : アルカナ
HP : 180
SP : 90
MP : 18
STR : 8
AGI : 24
DEF : 6
GC : Out of Spec
スキル : フェイタルリード
装備
爪 : シャープネイル・クロー
牙 : 未装着
角 : 未装着
頭 : ウィルムバンド
胸 : スケイルコア
鱗 : 未装着
鞍 : 未装着
翼 : 未装着
脚 : スケイルレッグ
尾 : 未装着
心核 : 未装着
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【レオン】
分類 : 翼竜
タイプ : ブレイド
HP : 310
SP : 105
MP : 12
STR : 32
AGI : 18
DEF : 28
GC : 14 / 14
スキル : 未習得
装備
爪 : アイアンクロー
牙 : 未装着
角 : 未装着
頭 : 未装着
胸 : アイアンチェスト
鱗 : 未装着
鞍 : 未装着
翼 : 未装着
脚 : 未装着
尾 : テイルガード
心核 : 未装着
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