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ROAR OF DRAGONS  作者: 紫鷹丸
4/31

ログイン⑶

 装備屋を出ると、リクレーンの空は少し赤みを帯び始めていた。湖面が夕陽を反射し、街全体が淡い橙色に染まっている。行き交うプレイヤーの数も、ログイン直後より増えていた。

 

「……時間が経つの早いな」

 

 陽が空を見上げると、ヒロは歩きながら肩を回した。

 

 「この世界の一日は十二時間だから体感狂うな。現実世界だと六時か。慣れないと時差ボケみたいな感じになりそうだ」

 

 桟橋を渡る。水面を揺らす風が心地いい。陽は隣を歩くセラを見る。白い鱗に夕陽が反射して、わずかに金色が混じって見えた。

 

「……なんか、少し変わった気がする」

「装備だけじゃなく、動きもな」とヒロが頷く。

「戦闘慣れし始めてる」

 

 セラは小さく鳴き、陽の隣を歩き続ける。最初に比べれば、距離感も自然になっていた。

 ただのNPCとは違う。そんな感覚が、少しずつ強くなっていく。

 その時だった。

 

 ――《エリアアナウンス》

 

 不意に、視界の中央へ半透明のウィンドウが開く。

 

――《近辺のフィールドにて、緊急討伐クエストが発生しました》

――《対象:アーマーボア》

――《推奨プレイヤーレベル:4》

――《推奨人数:6〜10名》

 

 周囲のプレイヤーたちがざわつく。

 

「お、イベントか!?」


 ヒロが口角を上げた。

 

「アーマーボアって、レイドモンスターか!」

「レイド?」

「デカいやつ。複数のプレイヤーが協力して倒す前提だから、普通のモンスターより強い」

 

 周囲では、すでにプレイヤーたちが動き始めていた。「行くぞ!」「今なら人集まってる!」「報酬うまいかも!」武器を抱えたプレイヤーたちと、その竜が、街の外へ駆けていく。

 陽はその流れを目で追った。

 

「……どうする?」

「どうする、じゃねぇだろ。もちろん行くに決まってる。お前は?」


 ヒロが笑う。 

 陽は少しだけ考える。さっき装備を整えたばかり。まだ不安はある。だが試してみたい。装備をつけて強くなったセラを。

 

「……行ってみたい」

「そうこなくちゃ」

 

 次の瞬間、二人は同時に走り出していた。夕暮れのリクレーンを抜け、プレイヤーたちの波へ飛び込む。 

 街を抜ける頃には、周囲にはかなりの数のプレイヤーが集まっていた。草原を駆ける足音。竜の羽ばたき。興奮混じりの声。皆、同じ方向へ向かっている。

 

「人多いな……」

「序盤イベントだからな。経験値も素材も期待できる」とヒロは前を見たまま答える。

 

 丘を越える。その瞬間、地面が揺れた。

 ――ドォンッ!! 

 低い衝撃音。前方で土煙が舞い上がり、プレイヤーたちが一斉に足を止めた。

 

「いたぞ!!」

 

 誰かの叫び。その先に、巨大な影が草原の中央に立っていた。黒に近い灰色の皮膚。岩みたいに分厚い外殻。地面を削るほど巨大な牙。アーマーボア。通常のウルフとは比べ物にならない。

 

「……でかい」

 

 陽が息を呑んだ瞬間、アーマーボアが鼻を鳴らした。次の瞬間――突進。

 

「うわっ!?」

 

 前衛のプレイヤーが吹き飛ぶ。地面を抉りながら、巨体が暴れる。「硬ぇ!!」「全然削れねぇ!」周囲が一気に混乱する。それでも、プレイヤーたちは次々に攻撃を仕掛けていく。火花。咆哮。スキルエフェクト。草原が戦場に変わっていく。

 

「……どうやって攻める?」

「正面行くな。巻き込まれる」


 ヒロがすぐ答えた。


「わかった。攪乱だけやる」

 

 陽は頷き、セラを見る。白い竜が、小さく鳴いた。

 セラが駆け出す。装備を付けたことで、動きが鋭くなっている。アーマーボアの側面へ回り込む。

 

「今!」

 

 陽が叫ぶ。セラが飛ぶ。強化された爪が、外殻を掠める。浅い。だが―― 

 ギィンッ!!

 硬質な音と共に、わずかに火花が散った。

 

「削れた!」陽が目を見開く。

「十分だ! ヘイト動いた!」ヒロが叫ぶ。

 

 アーマーボアの視線が、一瞬だけセラへ向く。


「下がれ!」


 陽が即座に指示を飛ばす。セラが跳ぶ。直後、巨大な牙がさっきまでいた場所を薙ぎ払った。土が爆ぜ、破片が周囲に飛び散る。

 

「……っぶな」

 

 陽の背中を汗が伝う。だが、ただ逃げるだけじゃない。ちゃんと戦えている。その実感があった。

 周囲でもプレイヤーたちが立て直し始める。「今だ! 足止めしろ!」「後衛、撃て!!」連携が噛み合い始め、アーマーボアの体力が少しずつ削れていく。

 

 セラが再び地面を蹴った。白い影が夕暮れの草原を駆け抜ける。正面へは行かない。巨大な牙の軌道を避け、側面へ滑り込み、隙を見て爪を入れる。浅い。だが、その一撃ごとにアーマーボアの動きがわずかに乱れていく。

 

「陽! 右!」

「セラ、跳べ!」

 

 突進。地面が抉れる。セラが横へ跳び、紙一重で回避する。直後、ヒロの竜が側頭部へ体当たりを叩き込んだ。

 

「今だ、削れ!」

 

 周囲のプレイヤーたちも一斉に動く。火球。斬撃。矢。エフェクトが連続して炸裂し、アーマーボアが低く唸る。

 押している——そう思った次の瞬間だった。アーマーボアが、大きく前脚を踏み込む。嫌な予感。

 

「――下がれぇぇ!!」

 

 誰かの叫び。直後。 

 ――ォォォオオオオオッ!!

 衝撃波。地面ごと空気が爆裂する。陽の身体が吹き飛ぶ。視界が回る。草の上を転がり、背中を強く打った。

 

「陽!」

 

 ヒロの声。慌てて顔を上げると、周囲のプレイヤーたちもまとめて弾き飛ばされていた。

 

「……範囲攻撃かよ」


 ヒロが舌打ちする。 

 アーマーボアが荒く息を吐く。その巨体は、まだ倒れない。

 その時。セラが前へ出た。

 

「……セラ?」

 

 白い竜が、じっとアーマーボアを見る。その金の瞳が細くなる。次の瞬間、セラが地面を蹴った。

 

「お、おい!?」

 

 一直線。真正面。今までみたいな攪乱じゃない。アーマーボアが牙を振り上げる。当たれば終わる。だが。セラは、跳んだ。小さな体が空中でひねる。牙の上を踏み越え、そのまま頭部へ――

 

「なっ……」


 次の瞬間。強化された爪が、アーマーボアの左目へ突き刺さった。

 ――ギャアアアアアアッ!!

 絶叫。巨体が暴れる。その振動で草原が揺れる。


「目ぇ潰した!?」


 ヒロが叫ぶ。周囲のプレイヤーたちもざわつく。だが勝機を目の前に手を止める愚か者はここには居なかった。


「今だ!!」「押し切れぇ!!」


 一気に流れが変わった。視界を失った敵へ、攻撃が集中する。連撃。爆発。そして、巨大な身体が、ゆっくりと傾いた。


 ――ズゥンッ!!

 地面を揺らし、アーマーボアが倒れる。一瞬の静寂。直後に歓声が上がる。


「っしゃあああ!!」「討伐成功!」


 あちこちでウィンドウが開き、報酬表示が流れる。陽は、その場に座り込んだ。


「……勝った」


 実感が、遅れてやってくる。その前に、トン、と小さな重み。見ると、セラが隣に座っていた。少しだけ息が荒い。だが、瞳はまっすぐ陽を見ていた。


「……お前」


 陽は思わず笑う。


「結構、無茶するヤツだな」


 セラが、小さく鳴いた。


 周囲では、まだ興奮が冷めていなかった。「今の見たか!?」「最後の白い竜やばくね?」「目潰したよな……?」プレイヤーたちの視線が、こちらへ向く。陽は少しだけ居心地悪そうに肩を縮めた。


「……なんか見られてない?」


「そりゃな」とヒロが苦笑する。


「ボスの顔面飛び込む奴なんか普通いねぇよ」


 その時。


 ――《緊急討伐クエスト完了》


 視界中央に報酬ウィンドウが展開される。ロドー獲得。経験値獲得。ドロップ素材獲得。

 それにヒロが目を細める。

 

「結構入ったな」

「……ほんとだ」


 陽も驚く。

 さっきまでとは比べ物にならない数字だった。さらに、視界の端で小さく通知が点滅する。


 ――《セラがスキルを習得しました》


「……え?スキル?」陽が固まる。

「は? もう覚えたのか?」ヒロが反応した。


 陽は慌ててウィンドウを開く。セラの情報欄の下に、新しく追加された項目があった。


 ――《フェイタルリード》

 ――《クラス:未鑑定》

 ――《敵の急所を狙い攻撃する。ミスをする事もあるが当たればダメージ大》


「……なんだこれ」

「戦闘中の行動条件で閃いたんだろ。竜は戦い方でスキル覚えるらしいし」


 陽は、さっきの光景を思い出す。真正面から飛び込み、目を狙った一撃。偶然には思えなかった。


「……セラ」


 呼ぶ。白い竜がこちらを見る。金の瞳が、静かに揺れた。


「お前、自分で狙ったのか?」


 当然、返事はない。ただ、セラは小さく鳴いて、ゆっくりと立ち上がった。


「……まあ、いいか」


 ヒロが肩をすくめ、ニヤッと笑う。


「装備、増やせるぞ」


 陽も思わず笑った。さっきまでギリギリだった所持金。今なら、もう少し選べる。


 夕暮れの草原を歩き出す。リクレーンの街灯が、湖畔に淡く灯り始めていた。その隣を、白い竜が静かに歩いていく。小さく、まだ弱い。けれど——陽はもう、"ただの竜"とは思えなくなっていた。


 リクレーンへ戻る頃には、空はすっかり夜へ変わっていた。湖畔には灯りが浮かび、水面が静かに揺れている。昼間とは違い、街はどこか落ち着いて、どこか幻想的で。


「夜景、綺麗だな……」


 陽が思わず足を止める。木造の建物から漏れる暖色の灯り。遠くでは酒場らしき場所から笑い声まで聞こえてくる。ただゲームをしているだけのはずなのに、現実と錯覚するほどこの世界は自然だった。


 二人はそのまま装備屋へ向かう。昼間より人は増えていた。ボス討伐帰りなのか、興奮気味に話しているプレイヤーも多い。「さっきのアーマーボア、マジで硬かった」「報酬うめかったな」「白い竜凄かったな?」その言葉に、陽が少しだけ視線を逸らす。その姿を見てヒロが吹き出した。

 

「もう噂になってるな?」


 あまり目立ちたくない陽は乾いた笑いを吐き出した。

 装備屋の中に入ると、さっそく装備が飾られている棚に向かう。値札を見ても、無理ではない。


「……買える」

「だから言ったろ。イベント報酬はデカいって」


 ヒロは軽く笑い、自分用の装備を選び始める。

 陽も棚を見回す。今より少し上位の補強具。薄いが耐久性の高い首部装甲。動きを補助する小型パーツ。


 「……これ、いけるかな」


 セラを見ると、静かに座ったまま、こちらを見返していた。

 陽は装備を順番に当てていく。装着。装着。装着。やはり、止まらない。視界の端には、相変わらず"—"だけが浮かんでいる。


「……ほんと意味分かんねぇな、それ」


 ヒロが呆れ半分で言う。 

 セラはまるで重さを感じていない。むしろ、装備が増えるほど動きが安定していく。

 

「……どんどん強くなるな、お前」


 セラは何も答えない。ただ、金色の瞳だけが、まっすぐ陽を映していた。


 装備を一通り整え終えた頃には、店内のプレイヤーもかなり入れ替わっていた。ログインが出遅れたのか慌てて装備を選ぶ者。パーティ募集をしている者。すでに次の狩場の話をしている者。現実では日曜の夜だと言うのに活気は全く衰えない。


「……すごいな、このゲーム」


 陽が小さく呟く。ただ戦うだけじゃない。人がいて、経済があって、空気が流れている。本当に世界みたいだった。


「リリース前の生放送の同時接続数で期待されてるのはわかってたけどな」ヒロが肩をすくめる。「まあ、俺もここまでとは思ってなかったけど」


 二人は装備屋を出る。夜風が湖面を揺らし、街灯の光を細かく砕いていた。セラが静かに陽の隣を歩く。装備が増えたことで、最初より少しだけ頼もしく見える。


「……今日はこんなもんか」


 ヒロが空を見上げる。


「うん」


 陽も頷く。


「明日はどうする?」

「まずはクエスト進めるだろ。後は騎乗解放目指す」

「竜に乗れるようになるやつか」

「ああ。そこから一気に行動範囲が広がるからな」


 ヒロが笑う。


「このゲーム、本番はそこかららしいぞ」


 陽は湖の向こうを見る。夜のリクレーン。そのさらに先には、まだ見ぬフィールドが広がっている。街。迷宮。空。

 

「……楽しみだな」


 ヒロは少し意外そうに笑う。


「お前、ハマってんじゃん」

「ヒロもね」


 陽は小さく笑い返した。その足元で、セラが静かに座る。白い鱗が街灯に照らされ、淡く輝いていた。


「じゃ、そろそろ落ちるか」

「うん」


 陽は最後にもう一度だけ、リクレーンの街を見渡す。人の声。灯り。風。現実と見分けがつかないほど鮮やかな世界。そして、隣にいる白い竜。


「……また明日な、セラ」


 セラが、小さく鳴いた。次の瞬間、視界がゆっくりと白く染まっていく。


 ――《ログアウトします》


 浮かび上がった表示と共に、ミシェルラウドの夜景が静かに遠ざかっていった。


═══════════════════════

PLAYFR STATUS

═══════════════════════


【雨宮 陽】

LV : 3

HP : 240

SP : 95

MP : 20

STR : 18

AGI : 22

DEF : 14

INT : 20

装備 : プッシュダガー

   ウィンドウォーカー・ローブ

   ライトレザーコート


───────────────────────


【橘 ヒロ】

LV : 3

HP : 270

SP : 110

MP : 15

STR : 26

AGI : 19

DEF : 18

INT : 16

装備 : ブレイジングソード

   アイアンブレスト・ベスト

   ストームライダー・マント


═══════════════════════

DRAGON STATUS

═══════════════════════


【セラ】

分類 : 飛竜

タイプ : アルカナ

HP : 180

SP : 90

MP : 18

STR : 8

AGI : 24

DEF : 6

GC : Out of Spec

スキル : フェイタルリード

  

装備

 爪 : シャープネイル・クロー

 牙 : 未装着

 角 : 未装着

 頭 : ウィルムバンド

 胸 : スケイルコア

 鱗 : 未装着

 鞍 : 未装着

 翼 : 未装着

 脚 : スケイルレッグ

 尾 : 未装着

 心核 : 未装着

 

───────────────────────


【レオン】

分類 : 翼竜

タイプ : ブレイド

HP : 310

SP : 105

MP : 12

STR : 32

AGI : 18

DEF : 28

GC : 14 / 14

スキル : 未習得


装備

 爪 : アイアンクロー

 牙 : 未装着

 角 : 未装着

 頭 : 未装着

 胸 : アイアンチェスト

 鱗 : 未装着

 鞍 : 未装着

 翼 : 未装着

 脚 : 未装着

 尾 : テイルガード

 心核 : 未装着


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