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ROAR OF DRAGONS  作者: 紫鷹丸
3/31

ログイン⑵

 戦いの余韻が、まだ体に残っている。

 荒い呼吸を整えながら、陽は振り返った。湖畔の街。ログイン直後、最初に立った場所。いくつか提示された初期拠点の中から、二人が選んだ場所だった。

 

「……こんな場所だったのか」

 

 思わず呟く。初めに見たときは、ただ凄いとしか思えなかった。細かく見る余裕なんて、なかった。

  

 青く透き通る水面が、どこまでも広がっている。その中央に、一本の巨大な樹がそびえていた。空を突き抜ける幹。枝は大きく広がり、湖全体を見下ろしている。

 

 その湖の上に、街が築かれている。木造の家々が水面に浮かぶように並び、無数の桟橋がそれらを繋ぐ。人が歩くたび木が軋み、水が揺れ、光が反射する。すべてが、生きていた。

 

「……リクレーン、か」

 

 ヒロがぼそりと呟く。

 

「初期の街にしては、気合い入った作りだな」

「……うん」

 

 陽は小さく頷き、橋を渡る。足元で水音が響き、街に入った瞬間、ざわめきが一気に押し寄せた。プレイヤーたちの声、竜の鳴き声、金属がぶつかる音。視界の端では、すでに装備を調整している者もいる。

 

「……やっぱ、あれだな」

 

 ヒロが顎で示す。桟橋沿いに並ぶ店のひとつ、剣と竜の爪を組み合わせた紋章。

 

「装備屋」

 

 陽は呟き、視線を落とす。セラは静かに隣にいる。白い鱗が、湖の光を受けて淡く揺れていた。      

 GC——視界の端に、あの表示がよぎる。

 *Out of Spec*

 

「本来あるはずの数値がない。だったら――どこまででも積めるってことじゃねぇのか」

 

 ヒロの口角がほんのわずかに上がる。

 陽は息を呑む。その発想は、自分もどこかで感じていた。だが、はっきりとは言えなかった。

 

「……分からないけど」

 

「ああ、確定じゃねぇ。けど、普通じゃないのは確実だな。試せば分かる。その"規格外"が、どこまで外れてるか」

 

 装備屋の前に着く。金属音が響き、プレイヤーたちが自分の竜に装備を当てている。陽は小さく頷き、セラを見る。白い鱗が光を受けて揺れる。

 

「……行こう」

 

 木の扉に手をかけ、押し開ける。二人は、装備屋の中へと足を踏み入れた。

 扉を押した瞬間、空気が変わった。外の喧騒が、わずかに遠のく。代わりに、金属の擦れる音と低く響く打音が耳に入ってくる。店内は木と鉄の匂いが混じり合い、壁際には武具が整然と並べられていた。

 

「……思ったより、本格的だな」

「そりゃ戦闘ゲーだしな」

 

 ヒロは迷いなく奥へ進む。すでに何人かのプレイヤーが装備を選んでいた。竜の前脚に金属製の爪を当てている者。外殻に薄い装甲を重ねている者。装備を手に取るたびに視界の端で数値が浮かび、変化していく。

 

「……あれが、装備反映」

「だな。試着みたいなもんだ」

 

 ヒロは棚からひとつの装備を手に取る。鈍い光沢のある、簡素な爪の補強具だ。

 「軽量クロー。初期用だな」と言いながら自分の竜に近づけると、装備が半透明になり、ぴたりと形が重なった。

 

 ――《GC使用量:2 / 10》

 

「ほらな。こうやって、積める分だけ装備できる」

「10……」

 

 陽はその数値を見つめる。


「初期はだいたいこんなもんだと思う」とヒロが装備を確定させる。金属音とともに、竜の爪がわずかに強化される。

 

「で、問題は――」

 

 ヒロの視線が、セラに向く。

 陽はゆっくりと棚に手を伸ばした。同じような爪の補強具。軽い。けれど、さっきの戦いを思い出せば、それでも必要だと分かる。セラを小さく呼ぶと、静かに近づいてきて足元に座る。陽は、その前脚に装備を当てた。ぴたり、と重なる。視界の端に表示が浮かぶ。

 

 だが――

 

「……表示が」

「どうした」

 

 ヒロが覗き込む。そこにあるはずの数値。

 

 ――《GC使用量:—》

 

「……数値、出てねぇぞ」

 

 ヒロの声が低くなる。装備自体は問題なく装着されている。セラの爪に金属の補強が重なっている。だが、負荷が表示されない。"どれだけ使っているか"が、分からない。

 

「外してみろ」

 

 陽は頷き、装備を外す。問題なく外れる。もう一度、装着する。やはり、同じだ。

 

「他の部位、いけるか試せ」

「え?」

「普通は、積めばすぐ上限に当たる」

 

 陽は頷き、別の装備に手を伸ばす。首元用の軽装甲を当てる。表示は出ない。背部用の補助具。装着。やはり、出ない。腕部、脚部、順に試していく。そのたびに装備は問題なく装着される。だが、どこまでいっても、数値は現れない。

 

「普通なら、とっくに止まってる」

「……だよね」

 

 陽の喉が、わずかに乾く。視界の端。

 

 ――《GC使用量:—》

 

 変わらない。まるで"上限そのものが存在しない"みたいに。

 

「……やっぱり」

 

「ああ」とヒロが答える。

「"枠がない"ってのは、そういうことだ」

 

 店内のざわめきが、やけに遠く感じる。金属音だけが、妙に鮮明に響く。

 

「……とんでもねぇな」

 

 ヒロが小さく笑う。


「最初はクソ弱ぇのに、積めば積むほど伸びるタイプかよ」

 

 陽は何も言えなかった。ただセラを見つめる。静かに、こちらを見返してくる金の瞳。底がない。ヒロが言葉を続ける。

 

「……やること、決まったな。装備、集めまくるぞ」

 

 陽は、ゆっくりと頷いた。弱いままじゃ終わらない。この"規格外"を、使い切るために。 

 だが同時に、別の問題も目の前にあった。陽が何気なく視線を値札へ向ける。

 

「高っ」

 

 思わず声が漏れた。軽量クローですら、今の所持ロドーでは手が届かない。さらに装甲や補助具まで含めれば、完全に足りない。

 

「まあ、初期はこんなもんだ。最初から全部揃えられる奴なんていねぇよ」とヒロが苦笑する。

「……だよね」

 

 陽は小さく息を吐く。視界の端に表示された所持金は、心許ない数字のままだ。

 

「なら稼ぐしかねぇな。外で素材集めて売る。序盤はそれが一番早いだろ」

 

 陽は頷く。この世界では、モンスターの素材にももちろん価値がある。牙、毛皮、爪、骨片――用途に応じて買い取られ、生産素材として市場に流れていく。プレイヤーが狩り、集め、売る。それが、この世界の金の流れだった。

 

「……行くか」

「うん」

 

 二人は装備屋を後にする。木の扉を開くと、再びリクレーンの喧騒が押し寄せてきた。湖面を渡る風。桟橋の軋み。行き交うプレイヤーたち。その中を抜け、二人は再び街の外へ向かった。

 

 ◆

 

 どれくらい時間が経ったのか。草原を走り回り、何度もウルフを狩る。素材を回収し、ロドーを稼ぎ、また次を探す。単純な繰り返し。それでも、少しずつ戦い方は洗練されていった。ヒロが崩し、陽が合わせる。セラはまだ弱い。だが、動きだけなら確実に良くなっている。

 

「……こんなもんか」

 

 ヒロがウィンドウを閉じる。陽も所持ロドーを確認した。最初とは違う。ようやく買い物ができる数字になっていた。

 陽はセラを見る。多少汚れてはいるが、その金の瞳は変わらず澄んでいた。

 

「……装備、買おう」

 

 セラが小さく鳴く。二人は、再びリクレーンの街へ戻っていった。

 再び装備屋の扉を押し開ける。さっきと同じ金属音。武具の匂い。行き交うプレイヤーたち。だが今は、少しだけ気持ちが違った。

 

「……買える」

「全部じゃねぇけどな」とヒロが笑う。

 

 二人は棚を見て回る。高価な装備には手が届かない。だが、最低限なら揃えられる。

 

「まずは軽さ優先だな。セラは防御より回避寄りだろ」

「……うん。正面から殴り合うのは厳しい」

 

 さっきまでの戦闘を思い出す。耐えるより、動く。今のセラには、その方が合っていた。陽は棚から軽量クローを取り、続けて薄型の首部装甲を選ぶ。最低限の保護だけを目的にした、軽い装備だった。

 

「その辺なら悪くねぇ。初心者向けだけど、動きは殺さない」

 

 陽はセラの前にしゃがみ込む。

 

「……付けるぞ」

 

 セラは静かに近づき、じっとこちらを見る。軽量クローを装着。続けて首部装甲。金属音とともに装備が固定される。


 視界の端。

 

 ――《GC使用量:—》

 

 やはり、表示は変わらない。

 

「……どうだ?」

 

 陽がセラを見ると、白い竜が一歩踏み出す。動きは軽い。だがさっきまでとは少し違う。爪が地面を掴む感覚が鋭くなり、踏み込みに無駄がない。セラが小さく跳ぶ。軽い。ほとんど重さを感じさせない。それでいて、さっきより明らかに安定していた。

 

「……速いな。数値以上に変わってる感じする」

「……これなら」

 

 陽は小さく息を吐く。戦える。まだ弱い。それでも、ちゃんと前に進んでいる感覚があった。

 

「いいじゃねぇか。ようやくスタートラインだな」

 

 陽も、小さく笑い返す。装備は最低限。ロドーもほとんど残っていない。けれど不思議と、不安はなかった。あるのは小さな達成感と高揚感。

 セラが静かに隣へ並ぶ。その金の瞳が、まっすぐ前を見ていた。

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