表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ROAR OF DRAGONS  作者: 紫鷹丸
2/31

ログイン

 世界は、音から始まった。


 風が鳴く。鉄が軋む。遠くで、誰かの歓声が弾ける。

 そして――咆哮。

 腹の奥に響くそれは、現実ではありえないほど生々しく、雨宮陽の鼓膜を震わせた。

 

「……凄いな、これ」

 

 思わず漏れた声すら、自分のものとは思えないほど自然だった。視界いっぱいに広がるのは、どこまでも続く草原。後方には湖畔の街。空は高く、雲がゆっくりと流れている。

 

 この世界の名は"ミシェルラウド"。


 世界初のフルダイヴ型VR空間。 

 現実としか思えない景色に、言葉を失う。


 陽は空へと両手を広げた。指の先で、何かが風を切る音。それを追うと小さな影が空を舞っていた。翼を広げ、朝の光の中を自由に駆け回っている。まだ幼い、仔竜だった。その鳴き声が草原に響く。か細いが、どこか芯のある声だった。

 

「遅ぇよ、陽」

 

 背後から、聞き慣れた声。

 振り返ると、そこにいたのは――

 

「ヒロ!」

 

 長身の少年。幼馴染みの友人、橘ヒロが腕を組んで立っていた。現実とほとんど変わらない姿。いや、少しだけ整いすぎている気もする。

 

 その足元には朱色の鱗を持つ仔竜が座っている。翼が背にしっかりと折り畳まれていた。赤みがかった鋭い目が陽をじっと見てくる。

 

「だから言っただろ。すげぇって」

「いや、これは……凄いってレベルじゃないよ……」

 

 陽は周囲を見渡しながら、呆然と呟く。

 

「Aegisだからな」とヒロが静かに言った。

 

「普通のVRとは仕組みが違う。脳をスキャンして、五感ごと仮想世界に繋ぐ。見るんじゃなくて、"いる"んだよ、俺たちは」

 「……だから、こんなに」

 「匂いも、風も、全部本物と同じに感じる。それがAegisだ」

 

 陽は自分の手を見下ろした。革の手袋。その下に確かな感触がある。握れば抵抗があって、開けば風が指の間を通り抜ける。これが全部データだとは、とても思えなかった。

 

 そのときだった。足元で、何かが“生まれた”。

 

「……え?」

 

 陽は反射的に視線を落とした。

 地面の上。そこに、光があった。淡い光じゃない。まるで、空気そのものが凝縮したみたいに、白く輝いている。

 

「なんだこれ……」

 

 思わず一歩引く。

 

「生まれるぞ、お前の竜が」

 

 その瞬間。光が、“脈打った”。

 ドクン、と。心臓みたいに。

 

「――っ!?」

 

 陽の呼吸が止まる。ヒロも、わずかに眉をひそめた。次の瞬間、光が弾けた。視界が白に染まる。反射的に目を閉じる。数秒。いや、もっと短い一瞬。

 

 けれどやけに長く感じる時間のあと――

 静寂が戻る。

 

「……今の、なに……」

 

 恐る恐る、目を開ける。

 そこにいたのは――

 

 小さな、竜だった。

 雪のように白い鱗。光を受けて、淡く輝いている。そして。金色の瞳。

 ただ、それだけのはずなのに。

 

「……っ」

 

 息を、呑む。目が、離せない。他のプレイヤーの竜とは、明らかに違う。サイズでも、形でもない。

 “質”が違う。存在そのものが、静かに圧を放っている。

 

「……なんだよ、それ」

 

 ヒロの声が、わずかに低くなる。

 

「初期個体じゃねぇぞ、どう見ても」

「え……?」

 

 陽は言葉を失ったまま、ゆっくりとしゃがみ込む。竜は、動かない。ただ、こちらを見ている。

 まっすぐに。じっと。まるで――

 “見定める”みたいに。

 

「……俺の、竜なのか?」

 

 自分でもおかしな聞き方だと思った。でも、そうとしか言えなかった。竜は、瞬きを一つ。その動きが、やけにゆっくりに見えた。ほんのわずかに、首を傾ける。その仕草が、あまりにも“自然”で。

 あまりにも“意図的”で。

 

「……名前、どうするんだ?」

 

気を取り直すように、ヒロは言った。

 

「ヒロはもう自分の竜に名前つけたの?」

「レオンだ」

「ヒロが前に飼っていた犬の名前か。うーん。どうしようか……」

 

  白い竜は、じっと見つめてくる。その金色の瞳が、わずかに揺れた気がした。

 

「……セラ」

 

 ふと、口をついて出た。

 

「君の名前、セラってどう?」

 

 一瞬の静寂。

 次の瞬間——

 小さな竜は、ほんのわずかに鳴いた。それは“声”というより、空気が震えたような、微かな音。だが確かに。

 

 ——応えた。

 

「……よろしくな、セラ」

 

 陽は、そっと手を差し出した。セラはためらうことなく、その手に鼻先を寄せる。温もりが伝わる。

 柔らかい。けれど芯がある。ただのポリゴンやプログラムじゃない――そう思わせるだけの“重み”があった。

 

「……すげぇな。お前もしかしたらレアな個体引き当てたんじゃないか?」

 

 ヒロが、低く呟く。いつもの軽口じゃない。観察するような、どこか警戒を含んだ声だった。

 

「陽、その竜……ステータス見れるか?」

「え? あ、うん」

 

 言われて、陽は意識を切り替える。視界の端に、半透明のウィンドウが開いた。思考と連動するインターフェース。指を動かす必要すらない。


 竜の情報欄を開く。

 そして――

 

「……え?」

 

 思わず、声が漏れた。

 

「どうした?」

「いや……その……」

 

 言葉が詰まる。そこに表示されていたのは、明らかに“異常”だった。

 

 ――《個体名:セラ(命名プレイヤー:雨宮陽)》

 ――《分類:飛竜》

 ――《タイプ:アルカナ》

 ――《GC:Out of Spec》

 

「……は?」

 

 ヒロが素っ頓狂な声を上げた。

 

「ちょっと待て、“Out of Spec”ってなんだよ。そんな数値ねえぞ」

 

 ヒロが眉をひそめる。

 

「俺も……説明にはなかった」

 

 陽は視界のウィンドウを見つめたまま答えた。

 

「GCって、装備の許容量だよな」

 

 ヒロが続ける。

 

「武具とか装甲とか、どれだけ積めるかの上限。普通は数値で決まってるはずだろ」

 

「うん……」

 

 陽も頷く。

 この世界では、竜に装備を施すことで戦力を底上げできる。

 爪や牙を補強する武具、外殻を覆う装甲、能力を補助するアクセサリー、そのすべてに“重さ”のようなコストが設定されていて、GCはそれをどこまで受け入れられるかを示す数値だった。

 

 高ければ多くを積める。低ければ、最低限しか扱えない。本来なら、その数値の範囲でしか装備はできない。超えれば、装備自体が制限される。

 つまり、竜の“拡張性”そのものだ。 

 ――なのに。

 

「規格外、って……」

 

 言葉だけが浮いている。意味は分かるのに、仕組みが分からない。

 

「……けど低い」

「え?」

「ステータス。俺の竜と比べて……かなり弱い」

 

 ヒロが息を吐く。

 

 陽は、足元のセラを見る。白い鱗。金の瞳。存在感だけは、妙に強い。けれど数値は、それを裏切っていた。

 

「……試すか」

 

 ヒロが前を指す。丘の向こう、灰色の影が動く。

 

「ウルフ。あれで分かる」

「……うん」

 

 陽は頷いた。

 

「セラ、行こう」

  

 小さく鳴いて、セラが隣に並ぶ。

 丘を越えた瞬間、ウルフがこちらに気づき、飛びかかってきた。

 

「来る!」

 

 セラが前に出る。軽い動きで、牙を避ける。だが次の一撃。

 

「――っ!」

 

 弾かれた。小さな体が地面を転がる。

 

「セラ!」

 

 すぐに起き上がるが、動きは鈍い。

 

「……やっぱりステータスが低い」

 

 ヒロが呟く。ウルフが間合いを詰める。連続で振るわれる爪。避けきれない。

 

「陽、指示!」

「……逃げろ!」

 

 反射的に叫ぶ。セラが後ろへ跳ぶ。距離を取る。ウルフが追う。

 

「ヒロ!」

「任せろ!」

 

 ヒロの竜が横からぶつかった。重い衝撃でウルフがよろめく。

 

「今だ!セラ!」

 

 呼ぶ。セラが横に回り込み、小さな牙で噛みつく。浅い一撃。それでも、敵の体勢が崩れる。とどめに、ヒロの竜が叩き伏せた。

 

 ――《討伐成功》

 ――《ウルフの毛皮獲得》

  

「……ギリギリだな」

 

 ヒロが息を吐く。

 

「ソロじゃきついぞ。その竜」

「……うん」

 

 陽はセラのもとへしゃがみ込む。セラはその場に座り、静かに息をしていた。

 

「大丈夫か」

 

 手を伸ばす。逃げない。そのまま額を寄せてくる。弱い。でも、確かに応えている。

 

「……いきなり戦わせてごめんな」

 

 小さく呟く。セラは何も言わない。ただ、そこにいる。

 

「でもさ」

 

 ヒロが言う。

 

「動き、ちゃんとしてたな」

 

 陽はセラを見る。小さく、息をしている。

 

「……うん」

 

「弱いのは確かだけど、ただのハズレって感じじゃねぇな」

 

 ヒロは視線をセラに向けたまま続ける。

 

「一番気になるのは、そのGC」

「……Out of Spec」

「そこだよ。普通じゃねぇのは間違いない」

 

 少しだけ、ヒロの口角が上がる。

 

「面白くなりそうだな」

 

 陽は、何も言わなかった。ただ、セラの頭をそっと撫でる。白い鱗が、かすかに光を返す。

 

「……強くなろうな」

 

 小さく呟く。セラは静かに目を細めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ