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ROAR OF DRAGONS  作者: 紫鷹丸
23/31

休息⑵

 部屋は広くはなかったが、清潔で落ち着いていた。木の香りがする。窓の外にセレスティアの夜景が広がっていた。

 

 デスペナルティの影響でヒロにはステータス低下の表示がある。陽はそれを横目で確認した。

 

「ヒロ……ステータス落ちてるね」

「あぁ、全体的に三割ほどな」

「宿屋に泊まれば早く治るで」と達也が言った。


 椅子に腰を下ろしながら続ける。

 

「宿屋の効果、知ってるか?」

「知らない」と陽が答えた。

 

「HPとMPが全回復する。それだけじゃなくて——デスペナルティで一時的にステータスが落ちてるときは、回復速度が大幅に上がる。まぁ泊まると言ってもお金さえ払えば宿にいる必要ないんやけどな」 

「じゃあヒロも早くステータスが戻る?」

「そういうこと。野宿や街中でただ待つより、何倍も早い。フィールドで頑張った後に宿屋に泊まると、SPとかも余分に回復することもあるしな」

「知らなかった」

「まあ、序盤はなかなか使わんからな。ロドーもかかるし。」

 

 そんな二人の会話を聞きながら、ヒロが窓の外を見た。そしてポツリと呟いた。


「あの黒い竜なんだったんだ」

「陽には言ったけど、それ噂になってるんや。化け物みたいに強い黒い竜がプレイヤーを襲ってるって。リリース初日に襲われた奴もいるみたいやで」

「そうなのか。確かにありゃ化け物だった。なんにせよ、陽とセラが無事で良かったよ」 


 一息ついてヒロが言った。

  

「今日は色々あったな」

 

 誰も答えなかった。でも、誰もが同じことを思っていた。ナイツ試験。野生の竜との戦い。レオンの覚醒。黒い竜との遭遇。ヒロとレオンの戦闘不能。


 そして——

 陽はセラを見た。セラが陽の隣に座っている。金色の瞳が、静かに陽を見返している。二人に話しておくべきだろう。

 

「ヒロ、達也さん」

 

 二人が陽を見た。

 

「セラが……喋ったんだ」

 

 静寂が、部屋を包んだ。 

 少しして達也が瞬きをして、突飛な声を上げた。

 

「……は?」

「喋ったんだ」

「いや、何を言うて——」

「本当に」

 

 陽は遮った。

 

「声が聞こえたんだ」


 ヒロは——無言だった。 

 陽は続けた。


「黒い竜のブレスが来たとき、避けろって。セラの声だった。そのおかげで助かった」

 

「……お前がそんな嘘を付くとは思えない。本当なんだな?」とヒロが聞いた。

「うん」

 

 ヒロはセラを見た。セラもヒロを見ていた。

 

「セラ。お前喋れるのか?」

 

 ヒロが呼んだ。

 セラは少し間を置いた。 

 それから、静かに口を開いた。

 

「……ウン」

 

 ヒロの目が、わずかに細くなった。驚いているのか、それとも何かを確かめているのか。陽には読めなかった。達也は言葉にできない様子で驚いていた。


「いつから、喋れた?」

「……ワカラナイ。キョウ、ハジメテ」

「今日初めて喋れた、ということか」

「ウン」

 

 ヒロはしばらく黙っていた。達也も黙っていた。

 部屋の中に、静かな時間が流れた。

 

「俺は正直、セラはどこか普通の竜じゃないと思ってた。俺と陽の会話を理解してるような仕草、レオンと明らかに違う挙動を見せる時もあったからな。それでも喋るとは思わなかったけど」

「ウン。ミンナノ、コトバ、ワカッテタ」

 

 達也が、小さく言った。

 

「……凄いな。竜が喋るなんて、このゲームの設定にもないはずやし、聞いたこともない」

「ああ」とヒロが頷いた。


「プレイヤーの竜は全てAIで動く。言語を習得するプログラムは存在しない」

「じゃあ、セラは——」

「普通じゃない」とヒロが静かに言った。

「GCのOut of Specと言い、また一つ、普通じゃないことが増えた」

 

「Out of Spec?」

 

 達也が椅子から身を乗り出して聞いてきた。その事は二人はまだ達也に話をしていなかったからだ。

 

「……別に隠してたわけじゃないんだけど――」


 達也には説明していなかったセラのGCについて話した。


「――ちょっとな、おかしいと思っててん。そのレベル帯にしては良い装備付けてるなって。そういうことかいな」


 続けて達也は言った。


「でも……街のNPCとかも話すよな? セラがAIで喋ってるとしたら、そんなに不思議じゃないのか」

「いや、それとは違うと思う」

 

 ヒロが即座に言った。

 

「どう違うんや?」

 

 ヒロは少し考えてから、言葉を選ぶように話し始めた。

 

「街のNPCを注意して見ていたことがある。話しかけたとき、返答の前に一瞬だけ間がある。表情が固まる瞬間がある。コンマ数秒だから普通は気づかないが——処理してるんだ、次の言葉を。プログラムが応答を選んでいる時間だ」

「……言われてみれば」

「セラにはそれがない」とヒロは続けた。


「陽が話しかけたとき、セラはすぐに答えた。処理の遅延がなかった」

 

 達也が腕を組んだ。


「確かに。自然やったな」

「それだけじゃない」とヒロが言った。

 

「NPCの会話は、パターンがある。決まった質問には決まった答えが返ってくる。でもセラは——」

 

 ヒロはセラを見た。セラもヒロを見返している。

 

「会話をしているというより、会話を覚えたような感じがする。言語を与えられたんじゃなくて、自分で習得したような」

 

「自分で習得……」と陽が繰り返した。

 

「人間の子供が言葉を覚えるのに近い。最初はカタコトで、少しずつ流暢になっていく。プログラムで組まれた会話能力なら、最初から一定の流暢さがあるはずだ。それこそ街のNPCみたいにな」

 

 達也が口笛を吹いた。


「ヒロ、よう見てるな」

「ゲームの仕様は把握しておく方だ」

「いや、それ以上やろ」と達也が笑った。

「普通そこまで気にせえへんて。けどどうする? 今後。運営に問い合わせてみるか?」

 

 ヒロは答えなかった。視線がセラに向いている。


「それは陽が決めることだ」

 

「セラ」と陽が呼んだ。

「ウン」

「セラはどうしたい? 自分の事調べてもらいたい?」

「ワカラナイ。デモ、ミンナト、イッショ、タノシイ」


 部屋の中が、静かになった。

 そして三人は顔を見合わせて笑った。

 

「いいんやない? しばらくこのままでも。喋る竜が他にもおるかもしれんし」

 

 ヒロは何も言わなかった。ただ、視線をセラから窓の外へ移した。その横顔が、いつもより柔らかかった。さっきまで浮かんでいた警戒や戸惑いは薄れ、その表情はどこか穏やかだった。

 外を見ながらヒロが言った。


「そうだな。今すぐどうこうって訳じゃない。情報集めて様子見で。ただ、他のプレイヤーの前でセラと話すのは止めといた方がいい」

「そうだね。騒ぎになるかもしれない」

 

「セラ」

 

 セラは金色の瞳をゆっくりと開いた。

 

「ウン」

 

「もし他の人に知られたら、色んな奴が寄ってくるかもしれない。だから、人前では喋らないようにしよう」

 

 セラはしばらく陽の顔を見つめていた。

 その表情は幼い子供のようでもあり、どこか大人びているようでもあった。

 

「ワカッタ」

 

 短い返事だった。その声には不満も反発もない。

 陽の言葉を理解し、受け入れたことが伝わってきた。

 

 陽は小さく息を吐いた。

 宿屋の木壁が小さく軋み、下から酒場の賑やかな笑い声が微かに聞こえてきた。

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