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ROAR OF DRAGONS  作者: 紫鷹丸
22/31

休息

「……行った」

 

 陽は呟いた。全身の力が抜けていく。セラの背の上で、ぼうっとしたまましばらく動けなかった。

 

「……ありがとう、セラ」

 

 セラは答えなかった。ただ、陽の隣に寄り添うように体を寄せてきた。

 陽はセラの頭に手を置いた。温かかった。


 森の奥から、地面を蹴る音が聞こえた。

 

 速い。木々の間から、黒い影が飛び出してきた。ジンだ。ダークグレーの鱗に紫のアクセント。達也がジンの背に乗って、全速力で駆けつけてきた。

 

「陽——!!」

 

 達也の声が森に響いた。ジンが急停止する。達也が飛び降りて、陽に駆け寄ってきた。

 

「無事か!? 救援要請が来て急いで来たんやが」

 

 達也が言葉を止めた。

 周囲を見渡している。えぐれた地面。直径三メートルの穴。薙ぎ倒された木々。焦げた土の匂い。

 その余りの荒れように、ただのモンスターと戦っていたのではないと察した。

 

「……何があった、ここ」

 

 達也の声が、低くなっていた。

 

「黒い竜に襲われた」

 

 陽が言うと、達也の顔が変わった。

 

「黒い竜って――」

 

「全身真っ黒で、翼がボロボロで、瞳が深紅の竜」


  達也はしばらく黙っていた。えぐれた地面を見て、倒れた木を見て、また陽を見て言った。

 

「……黒い竜。噂で聞いたことがある」

「噂?」

「ゲームが開始されてすぐくらいから、化け物染みた黒い竜がプレイヤーを襲ってるって話が広まってた。俺は直接見たことなかったんやけど——」

 

 達也が穴を指した。

 

「これ、そいつの攻撃の跡か?」

「そう。そこに立ってたら死んでた」

「……よく躱したな」

 

 達也の声に、珍しく緊張があった。いつも明るくてよく喋る達也が、しばらく何も言わなかった。

 

「ヒロは?」と達也が聞いた。

 

「……やられた。レオンも。強制帰還になってセレスティアにいるはず」

 

 達也の目が、細くなった。

 

「ヒロが?」

「うん。一撃だった。しかも、あれは本気を出してる感じゃなかった」

 

 達也は空を見上げた。黒い竜が消えていった方向を、じっと見ている。

 

「……噂、本当だったんやな」

 

 呟くように言った。

 しばらく、達也は動かなかった。ジンも静かに立っている。達也の目が、黒い竜が消えていった空をずっと追っていた。

 

 陽はその横顔を見た。黒い竜を追おうとしている。そう思った。

 確かめたい。あの黒い竜が何なのかを。ゲーム廃人の達也が興味がないはずがなかった。噂だけ聞いて直接確認できていなかった存在。その痕跡がここにある。

 

 達也の体が、わずかに前に傾いた。

 でも、結局動かなかった。ジンの手綱を握ったまま、達也は足を止めて、陽を見た。

 

「……行かへんよ」

「今、迷ってたでしょ」

「ちょっとだけな」

 

 達也が頭をかいた。

 

「さすがに今は、お前らを置いていけへん」

 

 陽は思わず笑った。

 

「ありがとう」

「礼言うな、恥ずかしい」

 

 達也がそっぽを向いた。でも、その耳が少し赤かった。

 

「帰ろう。ヒロも心配してるやろ」

「うん」

 

 陽はセラを見た。セラは静かに前を向いていた。さっきのことを話すべきか。でも、今は違う気がした。セラも場を察してか話そうとはしなかった。

 なによりまず、ヒロに会いたかった。

 

「セレスティアに戻ろう」

 

 陽が言うと、達也が頷いた。

 

「大丈夫か? 足少し震えてるぞ」

「……震えてないよ」

「嘘つけ」

 

 達也が笑った。陽も、苦笑いした。

 達也とジンを先頭に、陽とセラが続いた。森の中を、セレスティアへ向けて歩き出した。

 

 木々の間から空が見える。夕陽が沈んでいく。

 黒い竜のことが、頭から離れなかった。

 あの深紅の瞳。最後にもう一度だけこちらを見た、あの目。

 

 それと、セラの声。

 セラが何故話せるのか、まだわからない。でも——答えはきっと、これから見つかる。

 セラが隣を歩いている。白い鱗が夕陽を受けて、淡く輝いていた。

 

 セラが初めて言葉を話した日。

 黒い竜と出会った日。

 陽にとって、忘れられない日になった。


 ◆

 

 セレスティアへ戻る頃には、空はすっかりと落ちていた。街並みに、橙色の光が差し込んでいる。落ち着いた光だ。石畳に反射して、セレスティアの夜は柔らかく輝いていた。広場にはプレイヤー達の姿があり、露店の灯りが一つずつ点き始めていた。


 門を入ってすぐ、陽はウィンドウを開いてヒロにメッセージを送った。

 

*「今、セレスティアに着いた。どこにいる?」*

 

 返信は早かった。

 

*「宿屋だ。来い」*

 

「ヒロ、宿屋にいるって」

「そやな、強制帰還したらまず宿屋に送られるからな」と達也が言った。


「案内するわ」

 

 達也が連れていったのは、広場から少し外れた場所にある宿屋だった。

 木造の建物で、蔦が壁を覆っている。セレスティアらしい、自然と融合した造りだ。入口の脇に、大きな扉が別にある。

 

「あっちが竜舎や」と達也が指した。


「体躯の大きい竜はそっちに預ける。ジンは竜舎やな」

 

 達也がジンの首を軽く叩いた。

 

 セレスティアの宿屋には、大型竜専用の竜舎が併設されている。竜を預けるための施設で、水場や休憩用スペースまで完備されていた。

 竜舎の前では、すでにレオンが待っていた。


「レオン!」


 陽が呼ぶと、すぐに駆け寄ってきた。だが勢いはない。どこか元気がなかった。レオンもステータス減少のデスペナルティが掛かっている。その影響だろう。セラが静かにレオンへ顔を寄せる。レオンは小さく鳴いた。


「これレオンか!? もしかして覚醒したんか?」

 

 レオンの姿を見て、達也が驚嘆の声を上げた。


「うん。試験のボスを倒した後にね」


 それを聞いて達也は息を呑んだ。何故なら一撃でやられたのは覚醒前のレオンだと思っていたからだ。レオンの今の体躯、出で立ちを見る限り、かなり実力を付けている。それを一撃――。


「このレオンを一撃か……。とんでもない化け物やな」

「……うん」


 しばらく間を置いて達也が聞いた。

 

「セラはどうする? 竜舎に預けとくか?」


 陽は少し迷ってから、セラを見た。


「いや、一緒に行こう。セラについて二人に話したいこともある」


 セラは静かに頷いた。

 含みを持った言い方に達也が首を傾げる。


「まあ、セラくらいの大きさなら宿屋の部屋にも入れるか」


 セラは、まだ人間の隣を歩ける程度の大きさだ。大型竜のジンとレオンとは違う。宿屋の入り口や中の造りも、ある程度大きい竜が入れるように設計されている。

 

 ジンを竜舎へ預けてから、二人は宿屋の中へ入った。木造の扉を開けると、暖かな光と料理の匂いが迎えてくる。カウンターではNPCの店員が動き回り、食堂スペースではプレイヤー達が食事をしていた。二階へ上がると、廊下の奥でヒロが壁にもたれて待っていた。

 

「ヒロ!」

 

 陽が駆け寄った。ヒロは無事だった。でも——表情がいつもより硬い。

 

「無事か」とヒロが言った。

「うん。達也さんが来てくれた」

 

 ヒロは達也を見た。

 

「助かった」

「当然やろ」と達也が言った。


「と、言いたいところやけど、俺が着いた頃にはその黒い竜は立ち去った後やったけどな」


 ヒロは怪訝な顔付きで、疑問を浮かべたかがとりあえず、部屋に入る事にした。


「とりあえず、中に入ろう」

 

 四人——正確には三人とセラが部屋に入った。

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