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ROAR OF DRAGONS  作者: 紫鷹丸
21/31

白き竜の目覚

 頭の奥に、直接響くような声。

 聞いたことがない声のはずなのに。

 なぜか——知っている気がした。


『ヨウ! ウエ、ヨケル!』


 反射だった。

 その声に従い、考えるより先に、体が動いた。陽は地面を蹴って、上へ飛んだ。近くの木の枝に手をかけ、体を引き上げる。


 直後。黒いブレスが、さっきまで陽が立っていた場所を通り過ぎた。

 地面が、えぐれた。直径三メートルほどの穴が、一瞬で出来ていた。煙が上がり、焦げた土の匂いがする。


「……っ」


 陽は枝にしがみついたまま、その穴を見つめた。手が震えていた。あそこに立っていたら、一撃で。


 深呼吸する。落ち着け。

 声。今の声は何だ。

 頭の奥に響いた声。男でも女でもない、不思議な声。でも、確かに聞こえた。


――ヨウ! ウエ、ヨケル!


 もう一度、頭の中で声を辿った。

 ヨウ。それは、自分の名前だ。

 誰が呼んだ。誰が、自分の名前を知っている。この場に、ヒロはいない。達也もいない。


 陽は顔を上げた。

 そのとき、白い影が木々の間から現れた。


 セラだった。

 翼に傷を受けていたが、駆け寄ってきた。陽の目の前で止まり、金色の瞳でじっと見つめてくる。


 陽は黒い竜から目を離さないまま、小声でセラに囁いた。


「まさか……セラ……?」


 セラは動かなかった。

 陽はセラを見た。金色の瞳が、陽をまっすぐ見返している。


「今の声、お前なのか……!?」


 今度は、声に出して問いかけた。


 沈黙。

 一秒。

 二秒。


 そして——


「ウン」


 その場に声が響いた。

 間違いない。さっきと同じ声だ。不思議な声。だが心地が良い。今度はハッキリと聞こえた。


「……セラが、喋った」


 声が、掠れていた。

 セラは陽をじっと見ていた。金色の瞳が、静かに揺れている。


 陽は膝をついて、セラと目線を合わせた。手が震えていた。でも、目は逸らさなかった。


「本当に……セラなのか?」

「セラハ、セラ」

 

 今度は、もう少し長かった。ゆっくりと、一語一語を確かめるように。


「キミガクレタ、ナマエ」


 陽の目が、潤んだ。

 セラは――自分の名前を、陽がくれたと言った。


「……ああ」


 陽は頷いた。返事をする声がうまく出なかった。


「俺がつけた。セラって名前、俺がつけた」

「ハジメテ、シャベレタ。……デモ、マダ、ウマクシャベレナイ」


 セラが、ゆっくりと頭を陽の胸に押し当ててきた。温かい。白い鱗が、夕暮れの光を受けて淡く輝いている。


 何が起きてるのかわからない。

 何故セラが言葉を――。状況を整理するには頭が追い付かない。とにかく今は。


 陽は顔を上げた。

 黒い竜が、依然としてこちらを覗く。


 深紅の瞳が、陽とセラを見ている。さっきとは、少し違う気がした。攻撃する気配はない。ただ、何かを確かめるように、じっと見ている。


 怖い。まだ怖い。でも、今はセラがいる。


「……お前は、何だ」


 問いかけた。だが、黒い竜は答えない。

 深紅の瞳が、陽を映している。それからセラを映した。

 

 長い時間、セラを見ていた。

 まるで、何かを確かめているような目だった。知っているような、知らないような。懐かしむような、それでいて測るような。

 

 陽はセラを見て、話し掛ける。

 

「セラ、あの竜のこと……わかるか?」

「……ワカラナイ」

 

 セラが静かに答えた。


「デモ」

 

 少し間があった。

 

「……ナニカ、カンジル」

 

 陽は黒い竜を見た。深紅の瞳が、まだこちらを見ている。

 そのとき。黒い竜が、再び動いた。今度は攻撃ではなかった。ゆっくりと、翼を広げる。羽ばたきが風を生む。木々が揺れる。その風が陽とセラを包んだ。

 

 次の瞬間、黒い竜の首が低くなった。地面に爪を立て、体を沈める。

 それは、まるで構えだった。

 

「来る……!」

 

 陽は立ち上がった。セラが前に出る。

 黒い竜が地面を蹴った。速い。さっきと同じ、信じられない速度だ。でも今度は、翼を使った薙ぎ払いではなかった。口が開く。喉の奥が、また黒く輝き始める。

 

「また、あのブレス——!」

 

 陽はセラの背に飛び乗った。

 セラが翼を広げた。飛び上がる。でも、距離が近すぎる。回避しきれない。

 

 陽は歯を食いしばった。

 間に合わない。わかっていた。それでも——。

 セラの体が、光った。


「ヨウ、マモル!!」

 

 今度は、今までと違う光だった。柔らかいリジェネレイト・コアの光でもない。もっと鋭い、刃のような光。装備している全ての武具が、同時に輝き始める。シャープネイル・クロー。テンペストウィング。煌竜ノ鱗衣。全部が、一斉に。

 

 ――《アーセナルオーバードライブ発動:残り時間:60秒》

 

「……!」

 

 陽は息を呑んだ。

 通知が、視界に浮かんだ。

 

 ――《セラがスキルを習得しました》

 ――《アーセナルオーバードライブ》

 ――《クラス:未鑑定》

 ――《60秒間武具性能大幅上昇。再使用時間2時間》

 

「セラ……またスキルを覚えたのか——!?」

 

 答える間もなかった。

 セラが急降下した。ブレスが放たれる寸前、真横へ鋭く旋回する。強化されたテンペストウィングが風を読む。ブレスの軌道が見えた——いや、セラには見えていたのかもしれない。


 紙一重で回避した。

 黒いブレスが、空を走った。木々を薙ぎ倒しながら、遠くで消えた。

 

「……避けた」

 

 陽は信じられない気持ちで呟いた。

 セラが旋回して、黒い竜と向き合った。アーセナルオーバードライブの光が全身を包んでいる。武具が輝き、セラの体が一回り大きく見える。

 

 黒い竜が、動きを止めた。

 深紅の瞳が、セラを見ていた。さっきまでとは違う目だった。品定めするような目でも、様子を見る目でも、ない。

 

 まるで——驚いているような。

 それだけで、何かが伝わってくる気がした。

 

「……セラ、行けるか」

「ウン」

 

 セラが答えた。迷いのない声だった。

 陽はセラの首をしっかりと掴んだ。

 

「行こう」

 

 セラが加速した。

 黒い竜へ向かう。翼の付け根——鱗の薄い部分。フェイタルリードが発動する。金色の瞳が急所を捉えた。

 

 強化された爪が、深く突き刺さった。

 黒い竜が、初めて声を上げた。

 唸り声だった。痛みの声とも、怒りの声とも違う。どこか——困惑したような声。


「ダメージが入った……!」

 

 アーセナルオーバードライブ残り時間——30秒。もう一撃。陽が指示を出そうとした瞬間。

 

 黒い竜が翼を大きく広げた。

 その動きが生んだ風圧で、セラが大きく押し戻された。陽は体にしがみつく。

 黒い竜は、攻撃しなかった。

 ただ、翼を広げたまま、陽とセラを見ていた。

 

 アーセナルオーバードライブの光が、少しずつ弱まっていく。

 残り10秒。

 黒い竜は動かない。

 5秒。

 まだ動かない。

 0。

 アーセナルオーバードライブが、切れた。

 セラの体から光が消える。

 

 黒い竜は、それを見ていた。

 それから翼をゆっくりと畳んだ。首を低くする。


 そして。

 黒い竜が、陽とセラから目を離した。

 音もなく、地面を蹴る。空へ舞い上がり、木々の上を越えていく。深紅の瞳が最後にもう一度だけ、二人を見た。

 

 それから薄明の空に、溶け込んでいった。

 残ったのは、えぐれた地面と、倒れた木々と、夕暮れの静寂だけだった。

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