ナイツ試験
セレスティアの南東門を出ると、すぐに森が始まった。
街の中にも木々はあったが、外に出た途端、その密度が全く違うと気づいた。木と木の間隔が狭く、枝が頭上で複雑に絡み合っている。地面には根が張り出していて、歩くたびに足元を確かめる必要があった。
それでも、暗くはなかった。木の葉の隙間から差し込む光が、地面に複雑な模様を描いている。風が吹くたびに模様が揺れ、まるで地面が呼吸しているようだった。苔が岩を覆い、小川が木の根の間を縫うように流れている。どこかで鳥が鳴いている。
「綺麗だな」
陽が呟くと、ヒロが「集中しろよ」と返した。
「わかってる。でもこの景色も楽しまないと損だよ」
ヒロは何も言わなかった。でも、その目が一瞬だけ周囲の景色を眺めた。それで十分だった。
セラが陽の隣を歩いている。地上では翼を畳んで、しなやかに木の根を避けながら進む。金色の瞳があちこちを見渡していた。木の上の鳥を追い、葉の揺れを確認し、風の方向を感じ取っているようだった。
「セラ、何か感じる?」
セラが鳴いた。警戒しているというより——興味を持っているような鳴き声だった。
レオンは黙々と歩いていた。翼を畳んでも体格があるので、木々の間を通るたびにぎりぎりだ。ヒロが時々「こっちだ」と声をかけて、太い幹を避けるルートを示していた。
森に入って三十分ほど経った頃、最初のモンスターが現れた。
木の上から飛びかかってきた、猿に似た小型モンスターだ。素早く、数も多い。五体が同時に飛び出してきた。
「セラ、左の二体!」
セラが反応する。翼を広げて、低空で滑るように移動し、爪で二体を同時に払った。レオンが残りの三体を体当たりで吹き飛ばす。十秒もかからなかった。
「動きに慣れてきたね」と陽が言う。
「お互いにな」とヒロが答えた。
確かに、最近の連携は言葉が少なくなっていた。陽がセラに指示を出し、ヒロとレオンが合わせる。それが自然にできるようになっていた。
さらに進む。
森の奥に入るにつれて、木々の背が高くなっていく。幹の太さが増し、根の張り出しも激しくなる。地面の苔が深くなり、足を踏み出すたびにふかふかとした感触がある。空気が湿っていて、冷たい。
川の音が大きくなってきた。
木々の間から、水が見えた。
幅十メートルほどの川が、岩の間を流れている。水は透き通っていて、川底の石まで見えた。川岸には大きな岩が並んでいて、その上に水草が生えている。
「飛んでいく?」と陽が言う。
「いや、狭くて飛ぶのは難しそうだ。岩を飛び石にして行けるかな」とヒロが答えた。
陽はセラを見た。
セラは川を見渡してから、すっと前に出た。一つ目の岩へ軽やかに跳ぶ。二つ目、三つ目。水面スレスレを翼で安定させながら、難なく対岸に着いた。
レオンは少し慎重だった。体格が大きい分、岩の上でバランスを取るのに時間がかかった。それでも、ヒロが「ゆっくりでいい」と声をかけながら、全員無事に川を渡った。
川を渡ると、森の雰囲気がまた変わった。
木々が一段と密になり、光が少なくなる。地面に落ち葉が積み重なり、足音が静かになった。さっきまで聞こえていた鳥の声が減って、代わりに風の音だけが耳に届く。
進むにつれ、出現モンスターも変わっていった。
岩に擬態した大型のモンスターが現れた。動きは遅いが、外殻が硬い。セラのフェイタルリードでもトドメを差しきれない。レオンが外殻を割り、セラが急所を狙う。手間はかかったが、確実に倒していった。
次は地面に潜んでいた蛇型のモンスターだ。突然、足元から飛び出してきた。
「っ——!」
陽が反射的に後ろに跳ぶ。セラが素早く割り込んで、蛇の首を爪で押さえた。レオンが上から体重をかけて制圧する。
「大丈夫か」とヒロが聞いた。
「大丈夫。びっくりしただけ」
「地面から来るタイプは音で察知しにくい。足元も気をつけろ」
陽は地面を見た。確かに、森の中では上からだけでなく、あらゆる方向からモンスターが来る。地上戦に慣れていないと、こういう環境は難しい。
さらに進む。
どれくらい歩いたのか。体感では一時間以上経った気がしたが、SPゲージを確認するとまだ余裕がある。戦闘があっても、大きく消耗するほどではなかった。
やがて、木々の密度が少し薄くなった。
前方に、岩肌が見えてきた。
セレスティアの南東を囲む岩壁だ。高さはゆうに三十メートル以上ある。蔦が壁を這い上がり、頂上付近には木が生えている。その岩壁の中央に——黒い口が開いていた。
縦に十メートル以上。横も同じくらいある。入口の両脇に苔が生え、地面には何かの爪跡のような痕が残っている。洞窟の奥から、冷たい風が流れ出てきていた。湿った、土と岩の匂い。
「ここか」
ヒロが低く言った。
陽は洞窟の口を見上げた。中は暗い。奥が見えない。でも——気配はある。奥の方から、何かが静かに息をしているような、重い気配が。
セラが立ち止まって、洞窟の入口をじっと見ていた。金色の瞳が細くなっている。
「セラ?」
セラは答えなかった。ただ、陽の隣に寄り添うように体を寄せてきた。
陽はセラの頭に手を置いた。
「一緒に行こう」
セラがいつものように短く鳴いた。
洞窟に入った瞬間、空気が変わった。
外の湿った森の空気とは違う。冷たく、静かで、閉じた空気だ。足音が反響する。自分たちの息遣いが、やけに大きく聞こえる。
暗い——と思ったのは最初だけだった。目が慣れてくると、壁に沿って光る苔が生えているのが見えた。青白い光が、洞窟全体をぼんやりと照らしている。天井は高く、壁は荒削りで、地面は湿った土と岩が混じっていた。
陽はセラのSPゲージを確認した。飛行はしていないので消耗はない。でも、この先どうなるかわからない。
「進もう」
ヒロが先頭に立った。レオンがその横に並ぶ。陽とセラが後ろに続く。




