セレスティア
グランヴェルを出発したのは、夏休みに入って七日目のことだった。
達也からヒロ宛にメッセージが来た。
*「首都行くんやろ? 俺も一緒に行くわ」*
*「一緒って言ってもジンは飛べないだろ?」*
ヒロが即返信した。
*「まあそうやけど、お前らと行きたいんよ。ええやん」*
陽はそのやり取りを見ながら笑った。ヒロは少し間を置いてから、*「好きにしろ」*と返した。それが了承の意味だと、達也にも陽にもわかった。
グランヴェルの東門で待ち合わせると、達也はジンの背に乗って颯爽と現れた。
「お待たせ!」
「三分前に来い」とヒロが言った。
「十分前に来てたわ! ちょっとその辺ぶらぶらしてただけや」
陽は笑いながら、セラの背に鞍を装備した。セラは静かに体を低くして、陽を受け入れる。もう慣れた動作だった。
「行くか」
三頭が翼と脚を動かし、セレスティアへ向けて出発した。
陽とヒロは竜に乗り空中から、達也は地上から追いかける形で向かった。
セレスティアへの道は、グランヴェルより遥かに長かった。空から見る景色が、道中でじわじわと変わっていく。グランヴェルを出た頃は草原と石畳の道が続いていたが、南へ進むにつれて緑が増えてきた。木々が多くなり、道沿いに花が咲き、空気の色が変わっていく気がした。
「なんか、雰囲気変わってきたね」と陽が言う。
「首都のセレスティア機構国の領域に入ったからだろ」とヒロが答えた。
続けて呆れたように言った。
「てか、街の移動だけでこれだけ時間掛かるの異常だろ。ゲームだぞ?これ」
移動だけで3時間弱。プレイヤーはどこを拠点に活動していくのか考える必要がある。
「本当だね。だけど冒険してる感ある」
「まぁ、そうだけどよ」
遠くに、何かが見えた。緑だった。山ではない。でも、緑の塊が地平線に広がっている。よく見ると、その中に白い建物の輪郭が混じっている。木々と建物が入り混じって、どこまでが森でどこからが街なのかわからない。
「あれが……セレスティア?」
近づくにつれて、その全貌が明らかになっていく。木々が建物に絡みついている。いや、違う。建物が木々の間に建てられているのだ。白い石造りの建物の壁を、蔦が覆っている。木の根が石畳の間から顔を出し、枝が窓の外まで伸びている。人工物と自然物の境界が、どこにもない。
街を囲む外壁も、グランヴェルのような無機質な石の壁ではなかった。壁の上に木が生え、花が咲いている。まるで、長い時間をかけて自然が壁を飲み込んでいったようだった。
「すごい……」
陽は思わず呟いた。リクレーンは水の街だった。グランヴェルは石の街だった。セレスティアは——緑の街だ。
セラが大きく翼を広げ、着地の姿勢に入る。風を受けて、テンペストウィングが青白く輝く。陽の下、セレスティアの緑が広がっていた。
達也とジンもほぼ同時に到着した。
門に近づくと、グランヴェルとは全く違う光景が待っていた。
門番のNPCが二人立っているのは同じだ。でも、その背後に立っている竜が違った。グランヴェルの門番竜は重厚な陸竜だったが、セレスティアの門番竜は細身で、体に蔦のような文様が走っている。目が明るい緑色で、周囲の木々に溶け込むような見た目だった。
「セレスティアへようこそ」
門番が言った。
「自然と共に生きる街だ。この街の木々と生き物を敬いながら、存分に楽しんでいってくれ」
扉が開く。三人は街に入った。
最初に感じたのは、音だった。
リクレーンは水の音と人の声が混じっていた。グランヴェルは金属音と喧騒が響いていた。セレスティアは——鳥の声がした。木々の間を風が抜ける音がした。それに混じって、プレイヤーたちの声や竜の鳴き声が重なっている。でも喧騒というより、そのまま自然の音楽みたいだった。
石畳の道が、木の根で少し盛り上がっている。街灯の代わりに、光る花が道沿いに植えられていた。夜になれば幻想的な光景になるのだろうと陽は思った。
建物の窓から、花が顔を出している。屋根の上に小鳥が止まっている。通りを歩く人々の服装も、グランヴェルより柔らかい色合いのものが多い。
「ホントに街か、ここ」とヒロが呟いた。
「そう言いたくなる気持ちわかる」と陽が笑う。
「いや、森だろ。どう見ても森」
「森の中に街がある、って感じやろ?」
達也の言葉にヒロは頷き、黙って周囲を見渡していた。その目が、かすかに細くなっている。
「……規模が違う」
「グランヴェルの四倍はあるって聞いたで」と達也が言った。
広場に出ると、グランヴェルのそれとは全く違う光景が広がっていた。中央に大きな木が一本、空に向かってそびえ立っている。幹の太さは十人が手を繋いでも届かないくらいだ。その木の周りに露店が円を描くように並び、プレイヤーたちが行き交っている。木の根元には花が咲き、リスのような小動物が走り回っていた。
「あの木、でかいね」と陽が言う。
「セレスティアのシンボルらしいで。世界樹って呼ばれてるとか」
陽は大樹を見上げた。枝が広がって、広場全体に木陰を作っている。太陽の光が葉の隙間から差し込んで、地面に光の斑模様を描いていた。
セラが、大樹をじっと見上げていた。金色の瞳が、枝の先まで追っている。
「気になる?」と陽が聞くと、セラは短く鳴いた。
広場の奥に、大きな建物が見えた。他の建物より白く、蔦に覆われていながらも威厳がある。入口の上に紋章が刻まれている——翼を広げた竜と、葉をあしらった盾。
「あれがナイツの本部か」とヒロが言った。
「そやで」と達也が答えた。
「今日は街を見て回って、準備を整えた方がいい」
「そうだね」と陽が頷く。
「せっかくだし、ゆっくり見て回りたい」
川の音が、どこかから聞こえてきた。街の外れに流れる大きな川だ。風が木々の間を抜けていく。鳥が鳴く。セレスティアの空気は、グランヴェルより柔らかく、温かかった。




