第28話 心から/隣
ここまでどうやって歩いてきたのか分からない。
身体中、いろいろな所が痛くて、柱や壁にぶつかりながら来たのかもしれないと、ぼんやり思う。
「うーん、今日は千客万来だなぁ」
〈客間〉に入ったとき、力加減を間違えて扉を破壊してしまった気がする。
「扉も壊すし。似てるねぇ?」
アルが何か言った気がしたけれど、俺には聞こえなかった。
「ルー」
俺は許可も得ず、力なくアルの向かいのソファに座る。
「ルーってば!」
ハッとして顔を上げれば、アルと視線が絡んだ。
「……もう、何て顔してるんだよ……」
少し怒ったような顔をしていたアルは、俺の顔を見て、何故か悲しそうな顔をした。
「泣いてもいいよ」
泣く……?
俺は、泣きたいのか……?
自覚した瞬間、俺の目からは今にも涙があふれ出しそうだった。
「いいけど、必要ないと思うよ」
目頭をぐっと抑えて、うつむいてしまった俺に、アルはぶっきらぼうに言った。
必要ない……?
アルの言っている意味が分からず、そろそろと顔を上げれば、眉を下げたアルが少し微笑んだ。
「ちゃんと聞かせてよ」
「……」
心から応援してくれたアルには話すべきかと思って、こくりと頷く。
「ソフィア……様に……」
「うん」
悲しみで喉が閉まって、思うように声が出せない。
それでもアルには伝えたくて、必死に声を絞り出す。
「……ソフィア様に、告白した」
「うん」
中庭でのことを思い出すだけで、胸が締め付けられる。
「ソフィア様は、アルのところに行く、って……」
「え」
そこまで真剣な表情で頷きながら聞いてくれていたアルは、驚きの声を上げた。
「アルのことが……」
好きだと言っていたことは、本人以外の口から伝えることではないと思いなおして、口をつぐむ。
――アルのところに行ったソフィア様は、アルに告白したんだろうか。
アルは、恋愛感情ではないと言っていたが、あんなに可憐で素敵な女性に告白されて、ときめかないわけがない。
不安と嫉妬と、ぐちゃぐちゃになった感情に押しつぶされそうになりながら、ちらりとアルの様子をうかがうと、うつむいていたアルは、急に背中を丸めた。
「はああああ、そういうことかあ……」
俺は予想外の反応に驚いて、何も言えなくなってしまう。
アルは息を吐ききったあと、おもむろに顔を上げて、俺の目を真っ直ぐに見据える。
「ルイ、良く頑張った……って言いたいところだけど、それたぶん伝わってないよ」
「……え?」
伝わってない……?
誰に、何が……?
どういうことだろうと、首をかしげれば、アルは真剣なまま続ける。
「ソフィアね、魔物討伐とかに着いてきてくれって意味だと思ってた」
「は」
アルの思いもよらない言葉に、俺の口からは間の抜けた声が漏れた。
俺は、恋人に、婚約者になってくれないかと、伝えたつもりだったのだが……。
それが、全く伝わっていない……?
助けを求めるようにアルの顔を見れば、俺の考えを肯定するようにしっかりと頷かれてしまった。
「好きって言ったの?」
それは、俺がもっとも伝えたかったことだけれど。
「い、えなかった……」
上手く言葉が出てこなかった。
口から出たのは、お付き合いしていただけませんか、だった。
いろいろ間違えた気がするし、途中言葉に詰まって声が小さくなってしまった。
「うん、言っておいで」
「え」
「ルーは振られるとかそれ以前に、気持ちが伝わってないんだよ。伝えなきゃね」
アルはそう言って、穏やかに微笑む。
俺は、ソフィア様にアルが好きだからと振られたと思っていたが、振られたわけではない……?
少しの希望が首をもたげただけで、期待が胸を浸食していく。
「……でも、」
それと同時に、ソフィア様がアルのことを好きだと言っていたことが、トゲのようにひっかかって痛い。
「ソフィアは俺を好きかもしれないって? それはソフィアにしか分からないけれど……それでいいのかい?」
「……」
アルは俺の心が見えるのだろうか。
それでいい……わけがない。
もし、もし……本当に、ソフィア様がアルのことを好きなのだとしても。
俺は、諦めなくてもいいだろうか。
「……ソフィア様は、どこにいるだろうか」
気づけば、そんなことをたずねていた。
アルは俺の言葉に嬉しそうに微笑んで、考える姿勢を取った。
「……今日はさっきまで王宮にいたから、そろそろ帰るところじゃないかな」
もう、帰ってしまったのだろうか。
伝わっていなかったならば、今すぐに、伝わるように伝えたい。
内側から湧き上がる衝動を持て余して、どうして良いか分からない。
「いや、たぶん……」
逸る気持ちを抑えるように深呼吸をしていると、アルがにやりと笑って、俺を見つめた。
「あそこにいるんじゃないかな。ソフィアは落ち込んだ時、なぜかよくあそこにいるんだ」
そこに、彼女がいるかもしれない。
「ありがとう、アルフレッド」
その事実だけで、俺は返事もそこそこに部屋を飛び出した。
アルは驚いて、少ししたあと、
「うん」
と満面の笑みを返した。
「ルイのあんな顔、初めて見たな……」
アルが嬉しそうにつぶやいた言葉が、そっと俺の背中を押した気がした。
◇◇◇
俺はアルに教わった場所めがけて、全力で走った。
足がもつれて転びそうになっても、足を緩めることは無かった。
やっと目的の場所にたどり着いて、当たりを見回す。
見当たらない……。
やはり、もう帰ってしまったのだろうか。
「ソフィア様……」
もう会えないのかと思って、愛しい彼女の名前をつぶやいた。
その時、花壇の裏に一瞬だけ魔力の揺れを感知して、すぐにそれが彼女のものだと分かった。
「……ソフィア様」
上がった息を整えながら、彼女がいるはずの花壇の裏に近づいていく。
そこには、同じように花々が咲き誇る花壇が続いているだけで、何もない。
正しくは、何もないように見えている。
「結界を、解いていただけませんか」
俺は、心からの願いを込めて、できるだけ丁寧に言葉を紡ぐ。
「る、ルイ様。私は今お目にかけられるような顔ではありません」
ソフィア様が言葉を返してくれたことに、心底ほっとする。
すぐに、本心からの言葉を、今度は間違いなく伝わるように、はっきりと返した。
「大丈夫です。どんな貴女も美しい」
「……!」
ソフィア様が動揺したようで、彼女の完璧で美しい結界にほんの少しだけ揺れが生じた。
俺は逃さないように、その隙間に魔力で形作った剣を差し込んで、結界を破壊する。
絶対に間違っても彼女を傷つけることはしないが、少々手荒な真似になってしまったかもしれない。
それでも。
なぜ落ち込んでいるのかは分からないけれど。
落ち込んでいる彼女をひとりにしたくはなかった。
「……ルイ、様……」
驚いて顔を上げた彼女の目は赤く腫れ、頬には涙の跡がくっきりと残っていた。
彼女のつらそうな顔を痛ましく思いながらも、俺の心は名前を呼んでくれた歓喜で満ちあふれていく。
「ソフィア様」
愛しく思う気持ちが、少しでも伝わるように。
「ご、ごめんなさい、今は――」
「私の話を、聞いていただけませんか」
もう、抑えられないこの気持ちを、彼女に伝えたい。
ソフィア様がどうして落ち込んでいるのかは分からない。
分からないけれど、落ち込んだときに、隣にいる権利がほしいと心から思った。




