第27話 相談役
「それで? 何があったんだい?」
お兄様は、魔法でお茶を出して、私に差し出してくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
こんな何気ないやり取りも、家族として過ごしていた短い時間が思い出されて、少しだけ泣きたくなる。
ティーカップに口をつけ、その温かさにほっと息をつくと、お兄様がおもむろに口を開いた。
「……ルーが関係してるんでしょ? 話してくれる? 場合によっては俺がルーを殴る」
「え?」
すごく真剣な表情で言い切られてしまった。
う、嘘よね? 冗談よね?
目が本気なんだけど?
ルイ様に言いがかりで殴られてほしくはないので、おとなしく中庭でのことを話すことにした。
「あの、ね――」
◇◇◇
「それは……」
事の顛末を話し終えると、黙ってうなずきながら話を聞いてくれていたお兄様は、頭を抱えていた。
な、何でだろう。
「うん、何というか……とりあえずルイに文句を言いたい」
……? どうしてルイ様に文句を……?
お兄様の言っている意味は分からなかったけれど、先ほどのルイ様との会話を思い返すだけで、悲しくなってきてしまう。
「ルイ様、一夫多妻がいいのかな……」
「え?」
ぽつりとつぶやくと、お兄様の驚いた声が返ってきた。
「そ、ソフィー、きみも斜め上を行くね……」
斜め上……? どういう意味だろう……?
「ルーがちょっと不憫になってきたよ」
お兄様は苦笑して、肩をすくめる。
「……?」
さらに混乱を深める私に、お兄様はクスッと笑った。
「まぁ、そこがふたりのいいところでもあるのかな」
お兄様は私の頭をなでて、愛しげに私を見つめる。
「アルお兄様……?」
どうしてそんな目を向けるのか分からなくて、名前を呼んでみる。
「うん、きみの……、ソフィーのお兄様が、一肌脱いであげよう」
かっこよく兄の顔で微笑まれてしまっては、ただ目の前の綺麗な顔に見惚れることしかできない。
何とかこくりと頷けば、お兄様は満足そうに私の頭をなでて、離れていく。
綺麗なお顔から少し距離ができたことで、呼吸ができるようになる。
お兄様のお顔は綺麗すぎるわ……。
まぁ、そんなお顔も好きなんだけれど。
「一肌脱ぐって?」
何をしてくれるのか気になって、隣に座るお兄様に聞いてみる。
「んー、そうだなぁ……。ソフィーは、ルーのことが好きなのかい?」
「――!?」
想像もしていなかった言葉に、とっさに反応できない。
「ききき急に何を言うのお兄様!?」
頬に熱が集まるのを感じて、冷ますように手の甲でこする。
「何って……質問?」
お兄様は楽しそうにおちゃらけてみせた。
ぐ……お兄様、楽しんでるな……?
「それで、どうなんだい?」
「そ、それは……」
じっと見つめられてしまって、隠すことなんて到底できないのだけれど、それでもはっきりと言葉にするのは難しかった。
「ふふ、もうそれが答えじゃないか」
「……え?」
それが、答え……?
胸に手をあてて、自分の気持ちを確かめるように、目を閉じる。
心の真ん中に、確かに温かな気持ちを感じて、ほっと安心するような、心地よさを覚える。
「告白してみたらどうだい?」
「む、無理だよ……そんなの」
お兄様は簡単に好き好き言える人だけれど、私には照れてしまって難しい。
「うーん、無理かどうかはわからないけれどね」
お兄様はあごに手をあてて、空を見上げる。
「言いたくなることもあるんじゃないかなぁ」
「……」
……そう、かな。
そうなのかな。
「そのときには、勇気を出してみたらいいさ」
優しい声音が、真っ直ぐに私の心に染みこんでくる。
そっか。もしかしたら、そうなのかもしれない。
「……うん。私、いつか告白できるように、頑張るわ」
「その意気さ」
お兄様は私を眺めて、嬉しそうに目を細めた。
本当、お兄様はすごいわ。
「今日はもうお帰り」
「……いいの?」
まだ呼び出された要件も聞いていないのに……?
「うん。呼び出した件は、大したことじゃないからね」
鬼上司であるお兄様が優しすぎて、驚きを隠せずにいると、お兄様は指先で私の頬をなぞった。
「泣きつかれたろう? ゆっくり休んでおいで」
涙の跡をなぞられたのだと気づいて、あんなに大泣きしてしまってことを思い出す。改めて言われると、今になって恥ずかしくなってくる。
「……ありがとう」
そっぽを向いてお礼を言えば、笑われてしまった。
「……笑わないでよ、お兄様」
横目で少し睨むと、くしゃっと笑うお兄様と目が合った。
「いや、ごめんね。ソフィーがあんまりかわいくて」
「そんなことばっかり言って」
『殿下』はいつもそうだった。
すぐ『好き』とか『愛してる』とか言ってくるのは、冗談というか、挨拶みたいなものだと思っていて、軽く流していた。
でも、今は不思議と嘘じゃないと思えた。
お兄様が妹をこんなに愛してくれることを、幸せだと思った。
お兄様は私の照れ隠しを見抜いているだろうに、不意に真面目な顔になった。
「俺はね、言えることは言えるうちに、伝えるって決めてるんだ」
……『俺』って言った。
久しぶりに聞いたな。
それだけ彼にとって、本心に近いところの言葉だということだ。
「……覚えておくわ」
お兄様が心から言ったことが、大切でないわけがなかった。
「うん、悩んだらまた相談においで」
優しく笑うお兄様に、また頭をなでられてしまった。
その心地良さに、やっぱり私はお兄様の妹なんだな、と思って、嬉しくなる。
こんなに心強い相談役《お兄様》がいるだろうか。
「ありがとう、アルお兄様」
「うん」
久しぶりに『お兄様』に会えた気がして、名残惜しいような気持ちもあるけれど、私はお兄様の隣から立上がった。
……いつかは、きっと。
この想いを、ルイ様に、伝えられるように。
優しいお兄様の笑顔に見送られて、私は〈客間〉の扉を開けた。




