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ここは王立魔法学園。
貴族はもちろん、一定以上の魔力があれば平民でも試験を受けられ、合格すれば通うことのできる由緒正しき魔法学園だ。
魔法理論や魔法薬学、治癒魔法、攻撃魔法、防御魔法――魔法使いに必要なことなら、大抵はここで学ぶことができる。
そして私、ナデラ・エヴァンス。十七歳。
エヴァンス男爵家の令嬢で、現在この学園の三年生である。
家柄はそこそこ。
成績もそこそこ。
魔力量も、いたって普通。
胸元まで伸びた紫色の髪を左右でゆるく結び、瞳は灰色がかった紫色。背丈も平均くらいで、顔立ちだって特別目立つようなものではない。
つまり、どこにでもいる普通の男爵令嬢だ。
ちなみに、「魔力量が普通」というのは謙遜でもなんでもない。魔力は生まれつき持っているもので、その量や適性には個人差がある。小さな火を灯すのが精いっぱいの人もいれば、一人で大きな魔法を扱える人もいる。その中でいえば、私は本当に真ん中くらい。
特別多くもなければ、少なくもない。珍しい魔法が使えるわけでもない。だから本来なら、この学園で普通に授業を受けて、普通に卒業するはずだった。
――教師を奴隷にすることさえなければ。
もちろん、王立魔法学園では奴隷契約のやり方なんて教えてくれない。禁術なので当然である。では、そんな普通の私が、どうして禁術なんてものを使えるのか。それには少々、事情がある。
というのも私は今、十七歳の九月から始まる三か月間を、もう十六回も繰り返している。
一回目の人生は、本当に普通だった。
朝起きて、学園へ行って、授業を受ける。試験前になれば友人と図書室に籠もり、点数が悪ければ落ち込み、良ければ喜ぶ。そんな、ごく普通の毎日だった。
だから最初は、自分が同じ時間を繰り返しているなんて気づかなかった。
この会話、前にもしたような気がする。この授業も、前に受けたような気がする。試験問題にも、なんとなく見覚えがある。
まあ、気のせいだろう。
そう思っていた。けれど、三回目。さすがの私も気づいた。
同じ会話。
同じ授業。
同じ試験問題。
何もかもが、前とまったく同じだった。
「……これ、もしかして繰り返してる?」
気づくまで三回かかった。ちょっと遅い気もするけれど、仕方ない。普通、自分が同じ時間を繰り返しているなんて思わない。
最初に疑ったのは、幻影魔法だった。もしかしたら誰かに魔法をかけられて、ずっと同じ幻を見せられているのかもしれない。それなら話は早い。解除すればいい。私は授業で習った幻影解除の魔法を、自分にかけてみた。だが何も起きない。
もう一度。
何も起きない。
念のため、少し強めに。
やっぱり何も起きない。
「…………」
駄目らしい。これで解決すると思ったのに。もちろん担任にも『ループ』について相談した。だが『何を言っているんだ君は』と相手にされなかった。頭が可笑しいのでは、とこれ以上思われるのは嫌だったので私は、ここから抜け出せる方法を図書室で調べることにした。
もしこれが夢なら、きっと覚める方法があるはずだ。そうであってほしい。というか、そうじゃないと困る。そんなことを考えながら、それらしい本を何冊か抱えて廊下を歩いていたときだった。
「聞いたか? グレイヴ先生のこと」
ふと、そんな声が耳に入った。廊下の先で、教師二人が話をしている。別に盗み聞きをするつもりはなかった。ただ、知っている名前だったから足が止まった。
「今朝、研究室で亡くなっていたそうだ。」
「……え?」
レヴィス・グレイヴ先生が、死んだ?
昨日まで普通に授業をしていたのに?
グレイヴ先生は、薬草学の授業を担当していた。薬草学自体、生徒からそれほど人気のある科目ではない。加えて先生自身も、あまり生徒から好かれてはいなかった。
背が高く、痩せていて、いつもどこか疲れたような顔をしている。口数は少なく、滅多に笑わない。廊下ですれ違って挨拶をしても、返ってくるのは短い返事だけ。怖いというより、話しかけづらい。ものすごく話しかけづらい先生なのだ。
だけど昨日まで、いつも通り教壇に立っていた。
いつもの仏頂面で、淡々と黒板に薬草の名前を書いていたはずだ。
「毒殺らしいよ」
毒殺。
その言葉を聞いても、まるで現実味がなかった。
グレイブ先生が、死んだ?
本当に?
信じられなかった。けれど、その日の薬草学の授業は休講になった。先生が亡くなったという話も、あっという間に学園中へ広がっていく。どうやら、聞き間違いではないらしい。
グレイヴ先生は、本当に死んでいた。いや、殺されたのだ。
――そして、私はまた戻った。
四回目。
目を覚ますと、また同じ朝だった。
「…………またか」
もう少し寝たら、次の朝になっていたりしないだろうか。そう思って二度寝してみたが、なるわけがなかった。またここから始まるのか。
ただ、今回はひとつだけ気になることがあった。
レヴィス・グレイヴ先生。前回、先生は死んだ。
そして四回目も。五回目も。先生は死に、私は同じ朝へ戻った。
「……先生、毎回死んでない?」
しかも、だいたい三ヶ月前後で死ぬ。少し早かったり遅かったりはするけれど、大きくズレることはない。さすがに怪しい。そこで私は、先生の死を防いでみることにした。
前回の死因は毒だった。なら、その毒を先に処分してしまえばいい。これで大丈夫。そう思った。
「グレイヴ先生が、魔法事故で亡くなったそうだ」
……なんですって?
毒を防げば、事故で死ぬ。事故を防げば、襲われる。襲ってくる相手を先に捕まえれば、今度は別の場所で死ぬ。
死にすぎる。この先生、死にすぎる。本当にやめてほしい。私の気持ちにもなってほしい。こっちは先生が死ぬたびに、また同じ授業を受け直さなければならないのだ。
十回も繰り返せば、先生が次に何を言うのかまでわかるようになる。黒板に書く魔法式も覚えた。試験問題なんて、問題文を読まなくても答えられる。
もう嫌だ。
何回同じ問題を解けばいい。何回同じ授業を受ければいい。そして何回、先生の死を受け止めればいい。
この繰り返しから抜け出したくて、私は必死に勉強した。入学して以来、ここまで真面目に図書室へ通ったことなんてない。
毒で死ぬ先生のために、薬草学を勉強した。
いつ毒を盛られてもいいように、解毒剤まで作れるようになった。
先生を守るために、防御魔法を勉強した。
どこから攻撃されても守れるように。
先生を殺しにくる相手を倒すために、攻撃魔法も勉強した。
刺客が一人とは限らないので、まとめて倒せるくらいには。
我ながら頑張ったと思う。人生で一番勉強した。それなのに。先生は死んだ。
「…………」
ここまでやっても駄目なの?何をしても、何を覚えても、先生は三ヶ月前後で死んでしまう。
いっそのこと、私が卒業してから死んでくれ!!
何度そう思ったことか。すみません、先生。でも、せめて卒業させてほしい。
あまりにも死にすぎるので、もちろん先生本人に聞いたこともある。
「先生。誰かに命を狙われるような心当たり、ありませんか?」
先生は答えなかった。何も知らないのか。それとも、誰かに狙われていることを知っていて、私には教えるつもりがないのか。何度聞いても、はぐらかされるだけだった。
ものすごく腹が立った。
こっちは先生を助けるために、何回も同じ三ヶ月を繰り返しているというのに。こうなったら、何がなんでも白状させてやる。
そう思った私は色仕掛けに出た。
「…………」
今思い出しても死にたい。いや、死んだらまた戻りそうなので死にたくはないけれど。あのときの私は、繰り返す人生で少々おかしくなっていたのだと思う。
先生だって男だ。ならば女の色気で迫れば、少しくらい口が軽くなるのではないか。そんな、とんでもなく浅はかなことを考えた。
結果。
先生は何ひとつ教えてくれなかった。色仕掛けは失敗。先生も救えず、その人生も終わった。そして次の人生。いつもの朝に戻ってきた私は、ベッドの中で前回の自分を思い出した。
「うん!!忘れよう!!」
あれは黒歴史だ。なかったことにしよう。幸い、今の先生は何も覚えていない。それだけが救い。
先生があんなに真っ赤な顔をすることも。いつも不機嫌そうに引き結ばれている唇が、意外と柔らかかったことも。きっちり着込んだ服の下が、思っていたよりずっと細くて白かったことも。
知らない。
私は何も知らない!!!!
「…………」
忘れよう。本当に。ちなみに、そこまでやっても先生は何も教えてくれなかった。なんでよ。
普通の魔法でも駄目。色仕掛けも駄目。
ならばと、私はとうとう学園にあるという『禁書庫』に目をつけた。生徒の間では、七不思議のひとつとして噂されている場所だ。どこにあるのか。どうやって入るのか。そもそも本当に存在するのか。誰も知らない。
当然、見つけるだけでも一苦労。どうせ授業の内容なんて何度も繰り返して、とっくに覚えている。だったら出る必要もないだろうと、私は授業をサボって禁書庫探しに夢中になった。
そして何度目かの挑戦で、とうとう禁書庫へ入り込むことに成功した。
中には、見たこともない本が山ほど眠っていた。
古代魔法。
呪術。
失われた術式。
普通の図書館では、絶対にお目にかかれないものばかりだった。当然のように、読めない本もある。なので解読した。読めなければ勉強して、次の人生でまた読む。そうやって片っ端から読み漁った。当たり前のように危険な魔法がたくさんある。
人の精神を操る魔法。命を奪う呪い。魂に干渉する術式。これは確かに禁術だ。
絶対に使ってはいけない。そう思うものがある一方で。
「……愛しい人と、夢の中で踊れる魔法?」
なんだこれ。
もう一度読む。やっぱり、愛しい人と夢の中で踊れる魔法だった。
「これのどこが禁術なの?」
普通。ものすごく普通。むしろちょっと素敵じゃない?ほかにも探してみると、妙なものがちらほら出てくる。絶対に禁じるべき危険な魔法と、なんでこれまで一緒に禁じたの?
という魔法が、同じ場所に仲良く並んでいた。禁術の基準がよくわからない。まあ、今はどうでもいい。私が探しているのは、先生を死なせないための魔法だ。そして、何冊目だったか。私は一冊の古い魔導書の中で、その術式を見つけた。
――奴隷契約。
相手の意思に関係なく、強制的に契約を結ぶ魔法。
これだ。
先生が勝手に死ぬというのなら、死ねないようにしてしまえばいい。契約で縛って、この世に強制的につなぎ止めてしまえばいいのだ。
そうして迎えた、十七回目の九月。
今度こそ先生を死なせない。
というか、本当に。もう、いい加減に死なないでくれ。




