「還る場所」
一
その夜、工房の裏の空洞の前に、これまで関わった全員が集まった。
江戸川勉、安藤修、工藤俊一、秋月小五郎、江刺家友蔵、土志田沙彩、島田司、小此木永周、坂東直樹、鳴海美佑、イエンガー・ムハンマド、フェルナンド・村田、そして、ステーブ・ヘイブンスと護衛のカルロス、ホセ。
「大所帯になりましたね」安藤が苦笑する。
「多治見の事件って、いつもこうなんですか」工藤が江戸川に聞くと、江戸川も苦笑して答えた。
「今回が初めてです。普段はもっと静かな仕事ばかりですよ」
江刺家が、数珠を両手で持ち、空洞の入り口の前に立った。
「本当に、これを地下に還してしまって、いいんでしょうか」江刺家が不安げに聞く。
「あなたの家が、代々守ってきたものです」坂東直樹が言った。「ですが、碑文の意味を素直に読むなら――これは、"外に出してはいけないもの"ではなく、"いずれ、内に還すべきもの"だった、ということかもしれません」
「守るということと、閉じ込め続けるということは、同じではない、ということですね」土志田が付け加える。
江刺家は、しばらく数珠を見つめてから、静かにうなずいた。
「父も、祖父も、これをただ守ることしか教えてくれませんでした。還す、という選択肢があることを、誰も教えてくれなかった」
二
江刺家が数珠を空洞の奥、碑文の前にそっと置いた。
その瞬間、地下から、低い音――ゴォ、という音が響いた。小此木の計測器が、一瞬だけ大きく振れる。
「温度、下がってます」小此木が驚いたように言う。「さっきまでの上昇が、逆転しました」
「還った、ということですか」鳴海が、興奮気味にスマホを構えながら聞く。
「還った、というより」フェルナンド・村田が、湯気の消えていく空洞を見ながら言った。「ようやく、決着がついた、という感じがしますわ」
イエンガー・ムハンマドが、ふっと笑った。
「私の夢で見た"窯の中で光る"というのは、今のことだったんですね」
空洞の奥、碑文の周りが、ほんの一瞬、淡い光を帯びたように見えた。それはすぐに消え、後にはただの、古い土の壁が残るだけだった。
ヘイブンスが、静かに口を開いた。
「私からも、一つ、皆さんに伝えておくべきことがあります」
全員が注目する。
「先ほど話した、冷戦期の調査報告書――実は、その調査を指揮していたのは、当時、アメリカに留学していた、日本人研究者でした。名前は、根古定一。私の先輩である根古親司さんの、お父上です」
「根古さんの、お父さんが……」江戸川が驚いたように呟く。
「根古定一氏は、この地域の陶土に関する調査を、アメリカ側の依頼で一部担っていた。ですが、途中で調査から手を引き、以後、二度とこの分野の研究に関わらなかったと、記録には残っています」
「なぜ、手を引いたんですか」土志田が聞く。
「わかりません。ですが、今日のことを見ていて、私には、想像がつくようになりました」
ヘイブンスは、空洞を見た。
「彼は、この土地に、"調査してはいけないもの"があると、気づいてしまったんだと思います」
三
事件は、表向き、「工房の内輪の行き違いによる一時的な数珠の紛失、および地質調査中の計測器の誤作動」として処理されることになった。
「またしても、真実は報告書に残らない、ということですね」秋月がぼやく。
「その方がいいこともあります」安藤が答えた。「元刑事として、それは、よくわかっているつもりです」
江戸川と工藤は、事件が片付いた後、旅館のロビーで、初めてゆっくりと話す時間を持った。
「江戸川さん、正直、依頼が重複した時は、正直厄介だと思いました」工藤が言う。
「僕もです」江戸川は笑った。「でも、二組いたおかげで、片方だけでは気づけなかったことも、拾えた気がします」
「今度、横浜の方に来ることがあったら、声かけてください。休養中じゃなければ、いつでも」
「休養中の工藤さんに、また事件を持ち込むのは、少し気が引けますけどね」
旅館の窓の外、多治見の空に、静かな夕焼けが広がっていた。
イエンガー・ムハンマドのカレー屋には、その晩、鳴海美佑、フェルナンド・村田、島田司が集まり、事件の後日談を肴に、賑やかな時間を過ごしていた。
「次の予知は、いつ頃になりそうですか」鳴海が聞く。
「さあ」イエンガーは笑った。「予知は、私が決めることではありませんから」
多治見の街に、いつも通りの、穏やかな夜が訪れていた。
――完――




