「盗んだ理由」
一
「NATOやアメリカの機関が、この空洞に興味を持つ理由がわかりません」土志田沙彩が、ヘイブンスに問いただす。
ステーブ・ヘイブンスは、しばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「これは、あくまで個人的な興味としてお聞きください。冷戦期、この地域の地質データが、アメリカの調査対象になっていた時期があります。理由は――特殊な鉱物の分布です」
「鉱物?」小此木永周が眉を上げた。
「窯業に使われる土――陶土の中に、極めて微量ですが、特殊な放射性を持つ鉱物が混ざっている地域がある、という報告が、当時ありました。多治見周辺は、その候補地の一つでした」
「その調査と、この空洞に何の関係があるんですか」江戸川勉が聞く。
「関係があるかどうかは、私にもわかりません。ただ、あなたたちが見つけた碑文――"還ラズ、還スベシ"という言葉が、当時の未公開の調査報告書の中に、一度だけ出てきたことを、私は記憶しています」
全員が言葉を失った。
「私は今、政府の任務でここに来ているわけではありません」ヘイブンスは続けた。「根古のことが気になって、個人的な休暇を利用して立ち寄ったに過ぎない。ですが――もし本当に、この地下に何かがあるなら、放っておくべきではないと思っています」
二
同じ頃、江戸川と工藤俊一のもとに、意外な連絡が入った。
「数珠、見つかりました」
連絡してきたのは、地元占い師の島田司だった。工房の裏の古い蔵から、数珠が見つかったという。
「蔵の中に、隠されていたんですか」秋月小五郎が聞く。
「隠されていた、というより――誰かが、そこに戻していたようです」
現場に急行した江戸川たちは、蔵の前で、思いがけない人物と出くわした。
「江刺家さん、あなたが……?」
数珠職人の江刺家友蔵が、うなだれたまま蔵の前に立っていた。
「盗んだのは、私です」江刺家は静かに認めた。「正確には、盗んだのではなく――一度、外に出して、確かめようとしたんです」
「確かめる、とは」
「うちの家に伝わる言い伝えでは、あの数珠は、"見えないものを見せる"力があると言われてきました。でも、それだけじゃない。もう一つ、別の言い伝えがあるんです。"数珠が家から出ると、地下のものが騒ぎ出す"――そういう言い伝えです」
「それを、確かめようとしたんですか」江戸川が驚いたように聞く。
「私の代で、この言い伝えが本当かどうか、はっきりさせておきたかった。父も、祖父も、確かめることなく、ただ言い伝えを守ってきただけでした。私は、それが嫌でした」
「結果は、どうでしたか」
江刺家は、地下の空洞のことを聞いていた。
「本当だったようです。数珠を家から出した夜、確かに、何かが起きた。私は怖くなって、すぐに数珠を戻しました。でも――もう、遅かったのかもしれません」
三
小此木永周が、調査データを片手に、興奮した様子で戻ってきた。
「大変です。地下の空洞、内部の温度が、さっきよりも上昇しています。数値で言うと、通常の地質活動では説明がつかない上がり方です」
「数珠を戻したのに、まだ収まっていない、ということですか」土志田が聞く。
「いえ、むしろ逆かもしれません」坂東直樹が、碑文の写しを見ながら言った。「"還ラズ、還スベシ"――還らないもの、還すべきもの、という意味なら、数珠を"元に戻す"だけでは、足りないのかもしれない」
「じゃあ、どうすればいいんですか」鳴海美佑が、スマホを構えたまま聞く。
フェルナンド・村田が、珍しく真剣な顔で言った。
「これ、ワイの霊感というより、単純な話やと思います。"還すべし"というのは、数珠を家に戻すことやない。数珠が本来、還るべき場所――地下のあの空洞に、還すことを言うとるんやないですか」
全員が、フェルナンドを見た。
「占い師の言うことにしては、筋が通ってますね」島田が言った。
「島田さんにそう言われると、複雑な気分ですわ」
イエンガー・ムハンマドが、静かに口を開いた。
「私が見た夢――"窯の中で光る"というのは、数珠が地下に還る瞬間のことだったのかもしれません」
江戸川と工藤が、思わず顔を見合わせた。
「二組の探偵で来て、結局、事件の核心は、占い師とカレー屋さんの直感だったってことですか」工藤が苦笑する。
「探偵の仕事は、真実を見つけることです」江戸川が言った。「見つけた真実が、誰の手柄かは、別の話でしょう」




