「地下の異常」
一
「掘削してみたら、地下三メートルのところに、空洞があったんです」
小此木永周は、興奮を抑えきれない様子で説明した。工房の裏手、簡易的な調査用の穴の中を、江戸川勉と工藤俊一が並んで覗き込む。
「空洞というのは、自然にできたものですか」江戸川が聞く。
「いえ、明らかに人工です。壁面が焼き締められています。窯のような、あるいは――納骨堂のような造りです」
「納骨堂?」安藤修が眉をひそめた。
「多治見の古い窯元は、江戸期以前から続くものが多い。中には、窯の跡地に、後から別の目的の施設を作った例もあります」小此木は言った。
そこに、四十八歳の秋月小五郎が、興味深そうに割り込んできた。
「考古学の専門家を呼んだ方がいいんじゃないか」
「もう呼んでます」鳴海美佑がスマホを構えながら答えた。「坂東直樹先生、来てくれるそうです」
まもなく、五十四歳の考古学者、坂東直樹が到着した。穴の中を一目見て、表情を変える。
「これは……思っていたより、古い」
「どのくらい古いんですか」工藤が聞く。
「壁面の焼き方から見て、少なくとも江戸中期以前。もしかすると、もっと遡るかもしれません」坂東は懐中電灯で壁を照らした。「ここに、文字らしきものが刻まれています」
全員が息を呑んで覗き込む。かすれた文字が、壁面に彫られていた。
――還ラズ、還スベシ
「還ラズ、還スベシ……」江戸川が呟く。「これ、どこかで聞いたような気がしませんか、安藤さん」
「聞き覚えはありませんが、意味は不気味ですね」安藤が答えた。
二
歴史学者の土志田沙彩、三十二歳が到着したのは、その少し後だった。彼女は文字を見て、すぐに資料を調べ始めた。
「これは、江戸期の窯業地帯に伝わる、"還しの碑文"と呼ばれるものの一種かもしれません」土志田は言った。「当時、窯の失敗や事故で亡くなった職人を、窯の跡地に丁重に祀り、"土に還す"という儀式があったと聞いたことがあります」
「単なる供養の碑、ということですか」島田司が聞く。
「それだけなら、珍しくはありません。ですが、この空洞の造りは、供養のためだけの施設には見えません。むしろ――何かを"外に出さないため"の造りに近い」
「封じ込めている、ということですか」フェルナンド・村田が言った。「ワイの霊感でも、この穴、なんか嫌な感じしますわ」
「フェルナンドさんの霊感は、正直、あてにしていいのかわかりませんが」島田が苦笑する。
「島田さんも占い師やないですか、お互い様やろ」
そこに、江刺家友蔵が息を切らして駆けてきた。
「先生方、大変なことに気づきました。あの数珠――うちの家に伝わる数珠は、実は、この空洞が見つかった場所の土から作られたものだったんです」
「つまり」江戸川が言う。「盗まれた数珠は、この地下の空洞と、何か関係がある」
「それだけじゃありません」江刺家は続けた。「うちの言い伝えでは、あの数珠は、"外に出てはいけないものを、内に留めておくため"に作られた、とも聞いています」
全員が、地下の空洞を見つめた。
三
その夜、旅館に、もう一人の客が到着した。
五十七歳のアメリカ人、ステーブ・ヘイブンス。根古親司の大学時代の後輩だという。表向きは観光客だが、二名の護衛――カルロスとホセを引き連れているのを見て、江戸川と工藤は、すぐに何かがおかしいと気づいた。
「探偵さんたち、お騒がせしています」ヘイブンスは流暢な日本語で言った。「私は、この地域の地質構造に、個人的な興味がありまして」
「地質構造、ですか」小此木が食いついた。「実は、私も専門で――」
「存じています。あなたの論文は読ませていただきました」
江戸川は、安藤に小声で聞いた。
「あの人、本当に観光客だと思いますか」
「いいえ」安藤は即答した。「護衛が二人つく観光客は、まずいません」
ヘイブンスは、地下の空洞の話を聞くと、表情を変えずに、一つだけ質問した。
「その空洞、あるいは碑文について、アメリカやNATOの関連機関から、過去に調査依頼が来たことはありませんか」
その場にいた誰も、答えられなかった。




