「消えた数珠」
一
「江戸川さん、依頼人が来ましたよ」
安藤修が事務所のドアを開けると、二十五歳の私立探偵、江戸川勉は、机に足を乗せたまま欠伸をした。三十六歳の安藤は元刑事で、今は江戸川の助手として働いている。刑事時代の癖が抜けず、いつも江戸川より先に状況を整理してしまうのが、二人の関係性だった。
「依頼人って、どんな人?」
「数珠職人だそうです。名前は、江刺家友蔵さん」
入ってきたのは、五十五歳の職人然とした男だった。手には木箱を抱え、顔色が悪い。
「先生、うちの工房から、代々伝わる数珠が盗まれましてな」
「代々伝わる、というと、由緒あるものですか」
「ただの数珠じゃありません。多治見の古い窯元の跡から出た土を練り込んだ、特別な珠でできとる。持ち主に、"見えないものを見せる"力があると、うちの家では言い伝えられてきました」
江戸川は少し身を乗り出した。
「盗まれたのは、いつのことです」
「三日前の夜です。工房の鍵は閉まっとった。それなのに、朝には数珠だけが消えとった」
「他に、盗まれたものは」
「ありません。数珠だけです」
安藤がメモを取りながら、江戸川に目で合図する。単純な窃盗にしては、動機が絞りにくい。
二
同じ頃、多治見市内の温泉旅館のロビーに、もう一組の探偵が到着していた。
「工藤さん、本当にこの依頼、受けるんですか」
三十二歳、横浜で私立探偵をしている工藤俊一は、疲れた顔で欠伸をした。仕事のしすぎで体を壊し、静養のために多治見に来ていたはずが、なぜか事件に巻き込まれつつあった。
「秋月さん、休養中って言ったのに、なんでついてくるんですか」
「お前一人にしとくと、また無茶するからだ」
付き添いの秋月小五郎は、四十八歳、元警視庁の刑事だった。退職後、暇を持て余しては、後輩である工藤にたびたび付いて来る。
旅館のロビーで、二人を呼んだのは、地元のカレー店主、イエンガー・ムハンマドだった。五十五歳、この温泉街で長年カレー屋を営んでいる。もう一つの顔として、なぜか事故を予知する不思議な能力を持ち、地元では「予知カレー屋」として有名だった。
「工藤さん、聞いてください。三日前、私は温泉で、こういう夢を見ました。"消えた数珠が、窯の中で光る"と」
「窯の中で光る、ですか」
「その日の夜、江刺家さんの工房から、数珠が本当に消えたと聞きました。これは、放っておけません」
「イエンガーさん、それ、僕たちに頼む話ですか」
「もちろんです。私は予知するだけで、探すのは苦手です」
工藤は、休養のつもりが台無しになったことを、内心で嘆いた。
三
江戸川と安藤が工房の現場検証をしていると、そこにもう一組が現れた。
「あなたたちは?」江戸川が聞くと、工藤が名刺を出した。
「横浜の工藤です。こちらは秋月さん」
「江戸川です。同じ数珠の件で?」
双方、顔を見合わせる。同じ依頼を、別の経路から受けてしまっていたらしい。
「厄介なことになりましたね」安藤が苦笑する。
「いえ、むしろ好都合です」秋月が言った。「二組で動けば、早く片付く」
そこに、さらに賑やかな一団が加わった。地元YouTuberの鳴海美佑、二十四歳が、スマートフォンを構えながら駆け込んできた。
「探偵さんたち、集まってるって聞いて来ました! これ撮影していいですか、"多治見の消えた数珠事件"ってタイトルで動画にしたいんです」
「困りますよ」安藤が止めようとするが、鳴海は既に配信を始めていた。
さらに、関西弁の男が愛想よく現れる。
「どうも、フェルナンド・村田です。占いとYouTube、両方やってます。この事件、ワイの霊感によると、"土の中に還ろうとしとる"らしいです」
「還ろうとしている、というのは?」江戸川が聞く。
「さあ、そこまでは霊感も詳しく教えてくれんのですわ」
地元の占い師、島田司、四十歳も、静かに輪に加わった。
「フェルナンドさんの言うことも、あながち外れてはいないと思います。あの数珠には、この土地特有の"何か"が練り込まれているという噂がありますから」
現場は、あっという間に、探偵、YouTuber、占い師でごった返す状況になっていた。
「――これは、一体、どういう事件なんだ」
江戸川がそう呟いた時、工房の裏手から、地質学者の小此木永周、三十七歳が、興奮した様子で駆けてきた。
「皆さん、大変なことがわかりました! 工房の地下、掘削してみたら――」




