人探し編 第三話「奥の部屋」
一
太鼓の音は、坑道の奥、休憩室と呼ばれる部屋の方向から響いていた。
「鳴海さん!」
江戸川勉が声を張り上げながら駆け込むと、部屋の中央、古い机の前に、鳴海美佑が座り込んでいた。怪我をした様子はなく、ただ、スマートフォンのカメラをじっと見つめている。
「鳴海さん、大丈夫ですか」安藤修が駆け寄る。
「あ……江戸川さん」鳴海は、ゆっくりと顔を上げた。「すみません、心配かけて。ちょっと、これに気を取られてて」
彼女が見つめていたのは、机の上に置かれた、古い木箱だった。中には、小さな木彫りの太鼓の模型のようなものが入っている。
「これ、坑道の奥で見つけたんです。触れてないのに、時々、音が鳴るんですよ」鳴海は言った。「怖くて配信もできなくて、ずっとここで、様子を見てました」
「一週間も、ですか」工藤俊一が驚いたように聞く。
「時間の感覚が、あまりなくて……気づいたら、もうこんなに経ってたんですね」
白髪の管理人の男が、木箱を見て、驚いた表情を見せた。
「これは……見たことのない代物だ。この部屋に、こんなものがあったとは、知りませんでした」
二
「まず、鳴海さんを外に連れ出しましょう」秋月小五郎が言う。「詳しい話は、その後で」
鳴海は素直に立ち上がったが、木箱を見て、少し名残惜しそうな顔をした。
「これ、持って帰っちゃダメですかね」
「危険かどうか、わからないうちは、やめておいた方がいいと思います」安藤が止めた。
外に出た一行は、旅館に戻り、江刺家友蔵、坂東直樹、土志田沙彩に連絡を取った。木箱の写真を見せると、坂東はすぐに表情を変えた。
「これは、前回見た、地下の空洞の碑文と、同じ意匠です」坂東が言う。「ただ、材質が違う。碑文は焼き物でしたが、これは木でできている」
「もしかして」土志田が言った。「これも、"送り物"の一種なのでは」
「送り物、というのは」工藤が聞く。
根古親司に連絡が取れたのは、その夜だった。事情を聞いた根古は、電話の向こうで、少し驚いた声を出した。
「その坑道の場所、詳しく教えてもらえますか」
「多治見の北側、戦後に閉鎖された陶土の坑道です」江戸川が答える。
「――父の日誌に、一度だけ、その場所の名前が出てきたことがあります」根古は言った。「"予備の送り先"として、検討されていた場所だと」
「予備の送り先、ですか」
「九頭竜と徳山、二つのダム工事で、"送り物"の統合先を決める際、他にも候補地があったんだと思います。最終的には湖底が選ばれましたが、もしかすると、あの坑道にも、当時、何か小さな"分け前"のようなものが、預けられていたのかもしれません」
三
根古の説明を聞いた白髪の管理人は、深く息をついた。
「そういうことか……。だから、深く掘ることを止めるように、社の上層部から強く言われていたんですね」
「あなたも、詳しい理由は知らなかったんですか」江刺家が聞く。
「知らされていませんでした。私はただ、"刺激しないように"という指示だけを、代々受け継いできただけです」
「では、あの木箱は、どうすればいいんでしょう」鳴海が聞く。
「今回は」根古が電話の向こうで言った。「地下に還す必要はないと思います。あの木箱に入っていたものは、正式な"本体"ではなく、あくまで"予備"だった。今、九頭竜と徳山の本体は、既に還るべき場所に還っています。予備は、もう役目を持ちません」
「じゃあ、あの木箱は、放っておいていいってことですか」工藤が聞く。
「放っておく、というより――ただの記念として、坑道の入り口にでも、静かに置いておけばいいと思います。危険なものではなく、もう、ただの"役目を終えた道具"です」
翌日、一行は、木箱を坑道の入り口近くの小さな祠に安置した。鳴海はそれを、動画には出さず、自分のカメラにだけ、静かに記録した。
「今回は、事件にしないんですか」江戸川が聞く。
「なんとなく」鳴海は笑った。「これは、みんなの記憶の中だけに、しまっておきたい気がして」
旅館に戻った女将は、娘の無事な姿を見て、涙を流した。
「心配かけてごめん、お母さん」鳴海は言った。「でも、いいネタは見つからなかったよ」
「見つからなくて、よかったのよ」女将は、笑いながら答えた。
多治見の街に、また一つ、静かな事件の記憶が積み重なっていった。
――完――




