第五章 圧力 第二十五話「一石の対応」
その日の夕方、四人は再び「らくか」に集まり、一石を呼び出した。
一石は事情を聞くと、意外なほど落ち着いた表情で頷いた。
「なるほど。外務省が、ですか……予想はしていましたが、思ったより早い」
「一石さん」秋月が単刀直入に尋ねる。
「我々が動くことで、外交問題になるようなら、正直この依頼、続けるべきかどうか……」
一石は静かに首を振った。
「ご心配なく。外務省の動きは、我々も想定内です。むしろ、彼らが表立って動けないからこそ、『慎重な対応』としか言えないのですよ」
「どういうことですか」江戸川が尋ねる。
「外務省としては、杉原千畝氏の件に、今さら公式に関与することを避けたい。かつて彼を冷遇した過去がありますからね。だからこそ、この件が公になることを、彼らも望んでいない。つまり」
一石は微かに笑った。
「彼らも、我々と同じく『静かに済ませたい』という一点では、利害が一致しているのです。皆さんへの圧力も、実際には『邪魔をするな』ではなく『目立つな』という意味合いが強いはずです」
工藤が資料に目を落としながら呟いた。
「つまり、慎重に進めれば、実質的には黙認してもらえる、と」
「その通りです」一石は頷いた。
「可児署の方々にも、同じことをお伝えいただいて構いません。我々に敵意はなく、事を荒立てる意図もない、と」
太田がカウンターの奥で、そっと安堵の息をついた。
「じゃあ、雨月さんたちにも、その旨、伝えておいた方がいいですね」
根古が店の隅で、静かに茶をすすりながら呟いた。
「役所ってのは、いつの時代も、正面から『やっていい』とは言わんもんだ。だが『駄目だ』とも言わん時は、大抵……見て見ぬふりをしてくれてるってことだよ」
四人はその言葉に、どこか安堵したような、それでいて気の抜けない緊張感を胸に、それぞれ頷いた。
窓の外、多治見の夜は、いつも通り静かに更けていく。だが、その静けさの奥で、大きな歴史の糸が、確かに紡がれ始めていた。




