第三章 三人の勇者と、一匹の邪竜と、ひとつの解決策
――案件No.014(解決編) 「全員が仕事をしている」という着地点――
翌朝、宮下が正式な占いを行った。
海底王国の儀式に則り、星の位置と水流の方向と魚の動きを読み合わせる、独自の海底式占星術(宮下が一晩で習得した)で出た答えは「大吉。交渉・和解・新契約に最上の日」だった。
「本当に一晩で習得したんですか」と蓮は聞いた。
「似た体系のものは地上にもあります。基本構造は同じです。応用が利く」
「すごいですね」
「七十手前になっても新しいことは学べます。覚えておいてください」
国王が宮下の占いを見て、深く頭を下げた。「これで正式に動ける。ありがとうございます」
宮下は「あなた方の文化を尊重できて光栄です」と答えた。その言い方がまったく嘘くさくなくて、蓮は少し感心した。
問題は三人の勇者だった。
蓮は三人を一ヶ所に集めた。海底王国の小さな会議室。坂本ケンは土のついた手を拭きながら来た。白石サキはリハーサルの合間に来た。鷹野リョウは原稿を持ったまま来た。
三人が揃ったのは、これが初めてだった。互いを見て「あ、いたんだ」という顔をしている。
「邪竜の件、話を聞いてください」
三人に状況を説明した。条約の件、供物が止まった経緯、ゴルムが本当は暴れたくなかったこと。
しばらく沈黙があった。
「……じゃあ、俺たちは何と戦えばよかったんですか」とケンが言った。
「状況が見えていれば、最初から別の解決策があったはずです。ただ、それは弊社の情報提供が不十分だった問題でもある。申し訳ありませんでした」
「謝らなくていいですよ」とサキが言った。「私たちも、すぐに逃げちゃったし」
「逃げたわけじゃないと思います」と蓮は言った。「三人とも、それぞれ本気でやっていることがある。それは事実です」
「でも結果的には仕事をしてなかった」とケンが苦い顔で言った。
「今回の案件における仕事、という意味ではそうです。ただ、あなたたちがやってきたことは、この国にとって本物の価値になっています。それは分けて考えていい」
鷹野が少し考えて言った。「邪竜と、直接話せますか」
「できます」
「したい。書いた哲学書、読んでもらいたい」
「……邪竜に?」
「四ヶ月書いてきたものです。一番近くにいた存在に読んでほしい」
サキが少し笑った。「なんかわかるかも、その気持ち」
ケンも「俺は野菜持って行ってもいい? 海底でも育つ品種を試したくて」と言った。
蓮は少し考えた。「わかりました。段取りします」
国王、三人の勇者、宮下、蓮、そしてゴルムの間で行われた交渉は、三時間かかった。
ゴルムは洞窟の奥から声だけで参加した。巨大な体が出てくると国王が卒倒しそうだったので、そこは宮下が事前に調整した。「声で十分ですよ、王様。大切なのは言葉です」と言ったら、国王がずいぶん落ち着いた。
最終的にまとまった内容はこうだった。
まず、国王がゴルムに正式に謝罪し、条約を再締結する。供物は現物の魔魚ではなく、ケンの海藻農場から定期的に高栄養の海底食料を届けることで代替する。
次に、サキのライブをゴルムの巣穴の前で一度だけ開催する。「外の世界を見せてほしい」というゴルムの要望だった。五十年間、ほとんど外に出ていなかった。
そして鷹野の哲学書は、ゴルムに贈呈された。ゴルムは四ヶ月分の原稿を受け取り、「読む」と言った。「暇は十分にある」と。
邪竜討伐は「不要」という結論に至り、契約の目的が「邪竜との関係正常化」に更新された。
誰も剣を抜かなかった。誰も怒らなかった。三時間のうち一時間は、ゴルムとケンが海底土壌の成分について話していた。
帰路、三人は揃って蓮に言った。
「俺たち、続けてもいいですか」とケン。「農場、あと一年あれば海底農業の体系を作れると思う」
「私も」とサキ。「国王が、海底の文化交流大使にしてくれるって。音楽で繋ぐ仕事、したい」
「哲学協会は続けます」と鷹野が当然のように言った。「ゴルムさんも会員にしました」
「……ゴルムさんを」
「五十年分の孤独の思索がある。あれは貴重なデータです」
蓮は三人の顔を見た。
誰も戦わなかった。邪竜も倒されなかった。でも、問題は解決した。
(武力で解決できることより、話し合いで解決できることの方が、世界には多いかもしれない)
(ただしそれは、最初から情報を正しく共有していれば、の話だ)
蓮はそれをメモした。次の案件への反省として。
最後に宮下と二人で話した。
「楽しかったですよ」と宮下が言った。「定年してから一番充実した三日間でした」
「また来てもらえますか。今後も占いが必要な案件が出ると思うので」
「構いませんよ。ただ一つ条件があります」
「なんでしょう」
「孫の誕生日が来月あるので、その日だけ休みをください」
「もちろんです」
宮下が帰り際に言った。「神崎さん、あなたは良い仕事をしていますね」
「……どういう意味ですか」
「誰かを動かそうとするんじゃなく、みんなが動ける状況を作っている。それが良い仕事というものだと、三十年かけてようやくわかりましたよ」
蓮はその言葉を、うまく返せなかった。
褒め言葉に慣れていないわけではない。ただこの言葉は、褒め言葉というより観察だった。自分でも気づいていなかったことを、初対面から三日の人間に見抜かれたような、少し不思議な感覚だった。
「ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。




