千差万別・変幻自在 1/2
メーベルは、赤雲の土竜の会の本部である古城をあとにすると、青柳と再会するため、スパリゾート・もぐりあんズへと戻ってきた。日中に解散したこの場所が、そのまま集合場所となっていた。
現在、時刻は十八時。辺りはすっかり暗くなっている。果たして、青柳と無事に再会できるかどうか……。
「へへぇッ! こんなところにリゾート施設があるんですねェ! 情報情報ォ! リゾートの情報ォ! おっと、ヤシの木が生えてますねェ! ヤシの木の情報ォ!」
メーベルの背後から愉快そうな声が聞こえてきた。小松は古城を出てからずっと、半透明の身体で少し地面から浮いた状態のまま、メーベルのあとをぴたりとついてきている。明らかに背後霊のようになっているが、これが周囲からどのように見えているのかはわからない。道中、すれ違う人たちから、見るからに不審がられているという感じはしなかったが。
スパリゾート・もぐりあんズに到着してすぐ、入口近くにある広場へと向かう。この異世界に来てから、最初に青柳と話し合った場所だ。手入れの行き届いた庭園と噴水、屋外用のバーカウンター、そしてソファやベンチがあちこちに点在している。
青柳を探してしばらく歩くと、バーカウンターの照明が届く範囲に設置してある、テーブルとソファのスペースに、尋ね人はいた。
再会できてほっとしたのも束の間、メーベルは、部長の隣に座っている人物に目が行く。
(誰ですか、その人……?)
唐突に小松というメンバーが増えたことをどう説明したものかと思っていたのだが、意外なことに、青柳のほうも青柳のほうで、人数が一人増えているのだ。無精ひげの生えた、長髪の男――少なくとも、メーベルの知り合いではない。
訝しがっていても仕方がないので、青柳に声をかける。
「青柳部長、戻りましたよ」
青柳の表情が、ふっと緩んだ。
「よかった! 無事だったんだね!」
それから、小松がメーベルの背後から姿を見せて言った。
「青柳さァん……まさかこんなところで再会できるなんて、驚き桃の木、モンキーパズルツリーの木ってやつですねェ」
「小松く……小松くん!? なんできみが……というか、なんで透けて……ええ?」
常に冷静さを保っているように見えた青柳も、突然の小松の登場――しかも全身が幽霊のように薄く透けているという、珍現象のダブルパンチで、さすがに取り乱しているようだった。
ここで小松の正体について説明しても、パニックの追い討ちになってしまうのではないかとも思ったが、小松が透けている上にちょっと浮いている事実を棚に上げて話を進めるわけにもいかない。
そんなでかい棚はない。
メーベルは『小松は実は怪異だったようで――』と、自分でも言っていて意味のわからない説明をした。
すると、青柳は不敵な笑みを浮かべたまま両腕を組み、やがて動かなくなってしまった。
(フリーズしちゃいましたね)
無理もない。青柳はもともと、魔法や超常現象とは無縁だったのだ。それがここ数日で一気に異世界だの怪異だのという話に巻き込まれているのだから、正気を失っていないだけでもすごい。
とは言え、青柳が落ち着くのを悠長に待ってもいられない。さっきから、青柳の隣に座っている大人の男性が誰なのか、ずっと気になっているのだ。今日あったことの報告会を始めたいのはやまやまだが、正体がわからない人物の横で、重要な話はしにくい。
「ところで、そちらのかたは?」
メーベルが尋ねると、青柳は我に返った。
「ああ、彼は『蓮華京さん』だよ」
「レンゲキョウさん?」
聞き馴染みのない響きだ。レンゲが名字でキョウが名前なのだろうか。わからない。
すると当人が、薄い笑みを含んだ表情で言った。
「中二病みたいな名前で悪いな。本名じゃなくて、ハンドルネームみたいなものだと思う。肝心の本名は忘れてしまったが……。ともかく、これからよろしく」
「はあ……よろしくお願いします」
つい挨拶を返してしまったが、結局彼の素性はわからないままだ。
戸惑っているメーベルを見て、蓮華京は青柳に「若い人にはもうハンドルネームって通じないのか?」と、ずれた質問をしている。
「蓮華京さんは、宗像くんを連れ戻したいみたいなんだ」
と、青柳が言った。
「宗像くんっていうのは、オカルト研究部の部長のことですか?」
「うん。実は今日、宗像くんにも会ったんだ。彼もこの世界に来ていたんだよ」
「本当ですか? それはまた、なんと言うか……そんなことってあるんですか……?」
小松といい、宗像といい、同じ学校に通っていた人物が、こうももぐり~ランドに来ているとは、驚くよりない。
「僕も驚いたよ。そして蓮華京さんは、宗像くんを連れ戻しに来ているんだ。僕たちが平間くんを連れ戻しに来ているのと同じようにね」
なるほど、宗像の関係者だったのかと、メーベルは蓮華京に視線を移す。確かに、納得できる話ではある。失踪した人を追っているのは、なにもメーベルたちだけとは限らないのだから。
青柳の話を引き継ぐように、蓮華京が口を開いた。
「目的が同じ者同士だ。互いに協力しよう」
そうは言うものの、メーベルはまだ、この謎の男を信用していいものか、判断がつかない。
そんな危惧を察したのか、青柳が言った。
「蓮華京さんは大丈夫だ。信用していいと思う。彼が教団側の人間で、僕たちを排除したいのなら、もっと上手いやりかたがあったはずなんだ」
「部長がそこまで言うなら……」
ひとまずは、警戒レベルを下げることにする。
「それじゃあ、今日あったことの情報共有をしようか」
「わかりました」
メーベルはソファに座る前に、周りを見回す。これからする話が、教団の信者の耳に入ったらまずい。
「周囲は気にしなくていい。俺が見張っておく」
「そういうことなら、あっしも警戒しておきますよェ!」
蓮華京と小松が、見張り役を買って出た。メーベルは「お願いします」と言ってから、青柳の対面に座る。
そしてようやく二人は、今日一日あったことを互いに報告し合うのだった。
まず、メーベルにとって朗報だったのは、楓が無事に見つかったことだ。
ところが、楓があまり現実世界に帰りたがっていないようで、青柳も無理に帰す必要があるのかどうか、迷っているらしい。
じゃあそっとしておいてあげたほうがいいのか――という話にはならない。この異世界に長居すればするほど、ウッグ=ナフ=ゼルに喰い殺される可能性が高くなるという情報を、メーベルは持っている。
そうなってくると、楓を放っておくという選択肢は必然的に無くなる。メーベルも青柳も、やはりなんとか楓を説得して、現実世界に連れ戻すべきだという結論に至った。
それに伴って、今後の方針も定まった。なるべく早く繇穏町まで行き、楓を説得。それからユ・ハリムに協力してもらい、もぐり~ランドから脱出するというのが理想だ。
また、メーベルは青柳の報告を聞く中で、蓮華京という男の存在が改めて気になった。どうやら彼は、記憶を失っているらしい。
「正確に言うなら、記憶を失ったのではなく、改竄されているってことなんだろうけどな。俺の記憶では、俺はガキのころからこのもぐり~ランドで育ち、優しい人たちに囲まれ、何不自由のない、完璧で幸せな人生を送ってきた――ということになっているんだ。元の俺がどんな人間だったのかは、もうほとんど覚えていない」
と、蓮華京が言う。
この異世界にいればいるほど、記憶が改竄されていくというのは、メーベルも知っていることだ。彼はメーベルたちよりも早く来た分、記憶改竄の進行も早いのかも知れない。
だが、そこでふと思う。記憶の改竄が進めば進むほど、それを自覚するのは難しくなるはずだ。子供のころの記憶まで作り替えられている彼に、なぜ宗像を連れ戻そうという意志が残っているのだろう?
メーベルがそんな疑問をぶつけると、蓮華京は「だって、臭えだろ」と、唇の端をわずかに吊り上げた。臭い、とは……。
「幸せなだけの人生なんて、あるわけがない。登場人物がみんな優しい世界なんて、あるわけがないんだ。努力をすれば夢が叶い、誠実な者は必ず報われ、悪人には必ず罰が下る――そんな世界があるとしたら、それは現実を知らないやつが作った創作の中にしかない。だから、俺の頭の中にあるこの幸せな記憶は、全部作り物だと思ったんだ」
「え……じゃあ、特に根拠もなく、感覚でそう思ってるってだけなんですか?」
「感覚は大事だろ。腐ってる食い物が目の前にあるとして、それが食えるものかどうか、理屈であれこれ考えるよりも前に、臭いで『やばい』ってわかるだろ? それと一緒だ。俺はいま、頭の中にある記憶が臭くてしょうがない。こんなクソみたいな思い出を信じるくらいなら、自分の感覚を信じたほうがずっとましだ」
どうやら蓮華京という男は、かなりの感覚派らしい。メーベルとは対極のスタンスだ。
とは言え、感覚だけではどうにもならないこともあるようで、彼はこう続けた。
「だが、元の自分がどんな人間だったのかを思い出そうとしても、蓮華京という明らかに偽名っぽい名前と、宗像の坊っちゃんを連れ戻すという目的くらいしかわからない。かろうじて宗像の坊っちゃんの顔はわかるが、それがどこの誰のことなのかも思い出せない。どうして‟坊っちゃん”と呼んでしまうのかすらわからないんだ。感覚は大事だと言ったが、さすがにそれだけではどうにもならない。情報がいる。どうしたものか思っていたところに、宗像の坊っちゃんに話しかけている青柳くんを見かけてね。彼に話を聞けば、なにか思い出せるんじゃないかと思ったんだ」
蓮華京から青柳に話しかけ、それがきっかけとなって、二人は協力することになったらしい。
「でも、僕も宗像くんの個人的な部分までは詳しくないから、あまり力にはなれなかったと思いますが」
青柳が申し訳なさそうに言うと、蓮華京は首を横に振った。
「それでも、なにも知らないよりはずっといい。助かってるよ」
それから彼は、小松の方を向いた。
「小松くん、きみは情報屋と言ったな? 蓮華京という男について、なにか知っていることはないか?」
「へへッ、旦那ァ……買いかぶられちゃあ困りますぜ。あっしが取り扱っているのは、檸文高校とその周辺地域、そしてそこに通う生徒の情報くらいです。あくまであっしは、檸文高校を中心に存在しているんでねェ、その外の情報となると、たまたま見聞きしたようなことくらいしかわかりません」
「そうか」
「ただし、こんな噂なら聞いたことがありやす。どうも裏社会には、超常現象のいざこざを専門にしている仕事人がいるらしいですねェ。そいつの名前がたしか、蓮華京だったような……。おっと、これは情報ではありやせん。単なる噂です。真に受けてもらっちゃあ困りますよォ?」
「なるほど、参考程度にしておこう。それと、宗像の坊っちゃんについては知っているか?」
「それは当然。宗像さんは檸文高校の生徒ですからねェ」
「では教えてくれ。特に、宗像の坊っちゃんの家庭の情報が知りたい」
「ちょっとちょっとォ、勘違いしないでくださいよォ。情報はタダじゃありやせんよォ……と、言いたいところですが、いまは緊急事態ですからねェ、ツケっことにしておきましょう。宗像さんの家の情報ですね? 包み隠さず言うなら、ヤクザの家庭ですよォ。宗像勇雄さんの父親、武臣さんは、関東の暴力団、義皇会直系、御堂一家の若頭です。順当に行けばいずれ本家の重役クラスになると見られている人物ですねェ」
当たり前のように言っているが、どうしてこんなに他人の家庭の情報がすらすら出てくるのだろう? メーベルは横に座る小松に視線を向け――思わず二度見してしまった。
小松の髪色が、緑色になっていた。確か、ついさっきまで金髪だったはずなのに。
(え? こんな色の髪でしたっけ?)
混乱しているメーベルをよそに、蓮華京が口を開く。
「そうなると、やはり俺はヤクザの関係者の説が濃厚だな」
そして彼は、メーベルを見る。
「きみの話も興味深かった。ユ・ハリムという女に記憶の改竄を止めてもらったんだよな? だったら俺もその女に会ってみようじゃないか。記憶が完全に戻るかもしれない」
「あの……頼るのはいいですけど、変なことはしないでくださいよ? 彼女は、私を助けてくれた人なので」
そう答えながらも、メーベルは小松の髪色が急に変わったことが気になって仕方がなかった。この場面においてまったく重要ではないことなのだが、気になるものは気になる。
気づけば、小松がにやにやとしながら、メーベルの顔を覗き込んでいた。
「あっしのビジュ、気になっちゃいます? も~う、知りたがり♡」
「その言いかたはムカつきますけど……でも、本当にそんな色でしたっけ?」
「変えたんですよォ。考えてみてくださいよ。あっしもパツキン。メーベル女史もパツキン。で、話を聞けばジョニーとかいうやつもパツキンみたいじゃないですかァ。パツキン・パツキン・パツキンの三パツキンで腹いっぱいになっちゃいますよォ。だからあっし、緑に変えたりました♡」
「は、はあ」
いったい、どこに向けたなんの配慮なのだろう……。それに、どうして髪色を変えたのかはわかっても、どうやって髪色を変えたのかは謎のままだ。いまの小松は霊体のような感じになっているので、イメージ次第で気軽に外見を変えられるのかもしれないが。
メーベルが困惑していたそのとき、広場に設置されたスピーカーから、アナウンスが流れだした。五賢人の一人、鮫戸の声だった。
『もぐもぐ~♪ スパリゾート・もぐりあんズへお越しのエブリバディのみなさ~ん! 楽しんでますかぁ~っ! さて、突然ですがハッピーなイベントのお知らせでぇ~す! 本日の新人歓迎会は、特別編! スペシャルなゲストがいらっしゃいますよぉ! 我らが代表、天児 瑛路さん! そしてそして、赤雲の土竜の会の、にっくき仇……堂島花男でぇ~す!』
メーベルは驚きのあまり、思わず声を漏らしてしまった。聞き間違いでないのなら、堂島花男というのは、校長の名前だ。
まさか、校長も来てしまったのか。
『さあさあ、いますぐ大ホールにお越しを! みなさんで堂島さんを、歓迎してさしあげましょう~ッ!』
アナウンスが最後まで流れるのを待たずに、メーベルは走りだした。
実はいちおう、蓮華京という人は第三章の『地表の下』というエピソードに登場してます。




