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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第五章

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不良と魔法少女とアイツ 3/3

「あの人はどこへ行ったんですか?」


 メーベルは、この場にいない殺人鬼の居所を尋ねる。


「あいつは、人を殺しに行ったわ」


 ユ・ハリムのその返答に、メーベルはぎょっとした。


「この異世界の地下鉄は、乗る者の理想の世界へ連れて行ってくれる。それは知ってるでしょう?」


「ええ」


「だから、あるのよ。人を好きなだけ殺してもいい、殺人鬼にとっての理想郷も。ジョニーはそこに、殺人衝動を晴らしに行ってるの」


 寿司を壁に投げつけまくるような、どの層に向けたものなのかもわからない、ニッチな理想郷があったのだ。殺人鬼のための理想郷があっても、不思議ではない。


 だが、それって、いいのだろうか。メーベルは無事で済んだが、その代わりに誰かがジョニーに殺されているとなれば、全然喜べない。


 そんなメーベルの危惧を察したのか、ユ・ハリムは先回りして答えた。


「知りたくもないことかもしれないけど、この異世界にいる人たちの大半は空っぽの人形よ。あのバケモノが作り出した、ただの背景に過ぎないわ」


 その説明は納得できるし、薄々勘づいていたことでもあった。なにせ、この【もぐり~ランド】には、あまりにも人が多すぎる。もぐらシティという都市では人が溢れ返り、地平線の先まで街が広がっていた。あれだけの、数十万――下手したら数百万単位の人が、現実世界からこの異世界に移住してきているとは考えづらい。


 しかし実際に、大半の人間は空っぽだと明言されると、やはり気味の悪さは拭えなかった。


「たぶん、あなたが思っているよりも本物の人間は少ないし、いたとしても、いずれあのバケモノに中身を喰われて死ぬことになるわ」


 中身を喰われて死ぬ。そんなことを言われると、嫌でも思い出してしまう。


 男性信者が怪物に喰われた、あの悲惨極まりない映像を。あの悲鳴を。あの表情を。


 この異世界に来た人間があのような末路を辿るというのなら、やはり楓のことは、必ず現実世界へ連れ戻さなければならない。


「ジョニーがいま殺してるのも、ただの人形みたいなものだから、あなたが不安に思うことはないわ」


「そう……ですか」


 どう反応するのが正解なのか、わからなかった。


「ただ、あいつの衝動の根底にあるのは、殺人そのものじゃなくて、好奇心だから……。何人殺したところで、どれだけ発散できるかはわからない。あなたはしばらく、この教団本部に近づかないほうがいいわ。廊下であいつと鉢合わせて、また追いかけ回されるようなことになったら嫌でしょ?」


「ええ、それはもちろん」


『嫌』どころの話ではない。命の危機だ。


「お友達と一緒に帰るって言ってたわよね? そのお友達と合流できるまで、ここから離れてなさい。それで帰る準備ができたら……そうね、ちょっと待ってて」


 そう言って、ユ・ハリムは席を外す。それからものの数分で帰ってきた。手に握られていたのは、新品のように綺麗なスマートフォンだ。


「これ、あげる。帰る準備ができたら連絡をちょうだい。私が出るから」


「い、いいんですか!? こんな物をもらってしまって」


「構わないわ。なんならこれ、その辺の電気屋の人に『スマホください』って言ったらタダでもらえるわよ。まあ、現実世界に戻ったら使えなくなるけど」


 そう言えばこの異世界は、物を手に入れたりサービスを受けたりするのに、支払いの義務はないのだった。お金を払いたい人は払う。そんなシステムだ。


 つまり実質なんでも無料というわけで、その気になればスマートフォンですら簡単に手に入れられたのだ。そのことにもっと早く気づいていれば……。痛恨のミスだ。


 と言うのも、現状、青柳と連絡を取るすべがない。彼との再会方法は、『事前に時間と場所を決めておいて、がんばってそこへ集合する。集合できない場合はしょうがない。なんとかしよう』という、至極アナログな方法なのだ。無事に集合場所へ戻れたらいいのだが、なにか予定外のことが起こったときに、柔軟な対応ができない。


 しかしそれも、スマートフォンさえあれば、一発で解決だったのに。


 もっとも、この異世界で流通しているスマートフォンの秘匿性がどれほど信頼できるのかは疑問だが。通信内容や位置情報を盗まれる危険性と隣り合わせではある。


「さ、そろそろ行きなさい。ジョニーはまだ帰ってこないと思うけど、教団の幹部連中に捕まったら、また面倒なことになるでしょ? あなた、気に入られてるみたいだし。どうせ意味のないバカ話に付き合わされることになるわよ。あなたがここから離れることは、私のほうから幹部に話しておくから」


「……では、そうさせてもらいます」


 ここはユ・ハリムの言葉に甘えることにした。


 メーベルは出された紅茶を飲み干し、椅子から立ち上がる。


「なにからなにまで、ありがとうございました」


 メーベルはお辞儀をして部屋を出ようとしたが、ひとつ気になったことがあったので、つい訊いてしまった。


「お姉さんは、赤雲の土竜の会を、ろくでもない集団だと言ってましたよね?」


「ええ。ダメな大人の集まりね」


「そして、ジョニーっていう人が殺人鬼だということも知っていました」


「まあ、ね。それがどうしたの?」


「じゃあ、どうしてお姉さんは、そんな人たちの味方でいるんですか……? 私には、お姉さんが悪い人には見えないのですが」


 ユ・ハリムは一瞬ぽかんとした表情になり、それから肩の力を抜くように微笑んだ。


「大人にもなって、こんな格好をしている人がまともなわけないでしょ」


 と、サイズ感の合っていない、自身の魔法少女のコスチュームを指さす。


「着たくて着てるわけではないように見えます。それに、たとえそういう趣味があったのだとしても、お姉さんはいい人ですよ」


 ユ・ハリムは少し困ったように曖昧な笑みを浮かべ、メーベルのその発言にコメントを返すことはなかった。


 その代わりなのか、こんな質問をしてきた。


「あなたは『かわいい絵柄なのに、話の内容はグロテスクな漫画』とか、読んだことある? それか『ヤバいやつと契約しちゃった系の魔法少女の漫画』とか」


 話題が急に切り替わり、面食らってなにも言えずにいるメーベルを待たずに、ユ・ハリムは先を続ける。


「私、“それ”なの」


「それ、というのは……?」


「幸福をむさぼるもの、“ウッグ=ナフ=ゼル”。そして私、ユ・ハリムは、二つで一セットのキャラクターだった。あのバケモノと私は、常に一緒にいて、離れられない、そういう存在だったのよ」


「…………」


「そんな私からバケモノを剥がしてくれたのが、“意味されるもの(シニフィエ)”という組織。おかげで私はいま、普通に生きることができている。だから、組織には大きな恩があるのよ。まあ、まさかその引き剝がしたバケモノを、まるでパンダの貸し借りをするみたいなノリで、こんな教団に引き渡すことになるとは思ってなかったけどね」


 いつの間にか、彼女が浮かべている笑みの中に、自嘲めいた色が混じっている。


「ごめんなさいね。わかりにくいたとえをして。でも、あなたはこんな話、わからなくていいわ。さあ、早く行きなさい」


 いつまでも話をしているわけにはいかないようだ。促され、メーベルは部屋を出る。


 ユ・ハリムの説明は、少しわかりづらかった。わかってもらうつもりもなかったのだろう。『幸福をむさぼるもの、“ウッグ=ナフ=ゼル”。そして私、ユ・ハリムは、二つで一セットのキャラクターだった』なんて言われても、普通は理解できない。


 しかし、メーベルは普通の人間ではない。記号ツリーツェと呼ばれる、ボツになったはずのキャラクターだ。


 だからこそわかる。やはりユ・ハリムもまた、メーベルと同類なのだと。


 彼女は、自身が言っていた通り『ヤバいやつと契約しちゃった系の魔法少女』という類の記号ツリーツェなのだろう。ウッグ=ナフ=ゼルという怪物と契約してしまった魔法少女――それがユ・ハリムというボツキャラクターの設定なのだ。



 ※



 しばらく歩いて、入口近くの大ホールに差し掛かったとき、メーベルの背後から、奇怪な声が轟いた。


「ハァーッハッハッハッヘッヘッホッヒッホッホッヒッヘッホッハッホッ!!!! また会えて嬉しいですよ旦那ァ! 涙がちょちょ切れそうですェ!」


「……やっぱり、聞き間違いじゃなかったんですね」


 メーベルは、ジョニーから逃げている最中、謎の声に誘導された。どうしてあんな得体の知れない声を信じたのかと言うと、それが知っている人間の声だったからだ。


「どうしてあなたがここにいるんですか、小松」


 檸文高校、裏情報部。学生にしては異様な情報量を持つ、怪しい男。


 思い返してみると、小松と最後に会ったのは、学校で『檸文高校のネオ七不思議』を調査していたときだ。あのとき彼は、メーベルに、ネオ七不思議に深入りするなという旨の忠告をしてきた。


 その後、姿を見ていないと思ったら、まさかこんなところにいただなんて。


「さっきは驚きましたよ。急に声がし――」


 言いながら、メーベルは背後を振り返り――絶句した。


 そこにいたのは、確かに小松で間違いなかった。金髪のオールバック、完全に剃られた眉毛、瞳孔が開き気味のギラついた目、そして前歯の一つが金歯になっているという、高校生とは思えない、胡散臭さ満載の外見。


 だが、その身体は半透明に透けていて、足が見えない。おまけに周囲には人魂のようなものが漂っていて、本人もぷかぷかと宙に浮いている。


「こ、小松、なんですか、その姿……まさか……」


 直接的な表現がはばかられ、上手く言葉にできない。尋ねる勇気がない。あなた、死んでしまったんですか――なんて。


 正直言って、小松とは深い仲でもなんでもなかった。それでも、やはり知人の変わり果てた姿というものは、痛ましくて直視できない。いったい、なんと声をかけたらいいものか。


「ちょいちょいちょ~い! ちょちょちょちょ~い! メーベルの旦那ァ、その気まずそうな表情はなんすかァ。なんか勘違いしてるんじゃないすかェ?」


「でも、透けてますし、浮いてますし……それって、どう見ても……」


「ああ、これですかァ? 気にしないでくださいよォ、もともとこんなもんっすからねェ」


「もともとって……」


「あっし、最初から生きた人間じゃないっすよ?」


「…………」


 小松の言っていることの意味が、すぐには理解できなかった。ジョニーに追いかけられていたときでさえ正常に動作していた脳が、ここに来てフリーズした。


 最初から生きた人間じゃない……つまりそれは、どういうこと……?


 固まっているメーベルに対して、小松は相変わらず軽い調子で喋り続ける。


「隠すこともないから言っちゃいますけどねェ、あっしはもともと人間じゃありませんよォ。檸文高校に憑りついている、噂や情報を司る怪異です」


「え……いや、はあ?」


『はあ?』以外の感想が出てこない。はあ?


「なにフリーズしちゃってるんですかァ……冷静で聡明なメーベル女史らしくありませんねェ。別に急な話でもないじゃないっすかァ。そもそもあっしは、これまで一言でも『私は生身の人間です』なんて言ったことがありましたかァ?」


 いや、そんな『ちゃんと伏線は張ってましたよ?』みたいな得意げな顔をされると――ちょっとムカつく。たぶん、誰も小松のことなんか気にしてないし。どうしてこの男は、いつも『私は重要なキャラですよ』みたいな顔をしているのだろう。


 そもそも『私は生身の人間です』って、わざわざ言う人のほうが珍しい。それで言ったら、メーベルだって青柳だって楓だってユ・ハリムだってジョニーだって、『私は生身の人間です』なんて一言も言っていない。たぶん、だいたいの人はそんな台詞、言わない。


 その程度のことで伏線面ふくせんヅラされても、認めがたいものがある。


 メーベルは頭を抱えながらも、重い思考を引きずるように、どうにか会話を繋ぐ。


「いきなり、実は怪異でしたとか言われても……ちょっと頭の整理が追いつかないんですけど」


「嘘おっしゃ~い! ほんとはそんなに動揺してないくせに、めっ♡」


「うわ、気持ち悪い」


「そんなストレートに拒否らないでくださいよォ……。別にいいじゃないっすか、この世の中には、不思議なことがたぁ~くさんあるんですよォ? こぉ~んな異世界に来てまで、いまさらなにを不思議がるっていうんですェ」


 それを言われたら、まあ、その通りかもしれない。奇妙さや不思議さで言えば、つい先ほど聞いたユ・ハリムやジョニーの話のほうが上だった。


 そうでなくとも、普段からメーベルの周囲には不思議な人物ばかりいるので、いまさら知り合いに一人怪異が増えたところで、という感覚はある。


 改めて思い返してみれば、小松と初めて会ったダイナマイの事件のときから、彼はいち学生にしては明らかに不自然なほどの情報力を持っていた。


 その理由が『小松が、怪異という、不自然な存在そのものだったから』と考えれば、いちおう合点はいく。


「いやぁ~、それにしても助かりましたよォ。まさかメーベル女史が助けに来てくださるなんて、嬉しくて嬉しくて……うぇええええええ~ん!」


「申し訳ないんですけど、あなたを助けに来たわけじゃ……」


「そいつはあんまりだァ! お~いおいおいおい……泣」


「実際に『お~いおい』って泣く人、初めて見たんですけど。あとその最後になきって言うのやめてください」


「ぐるんぐるんぐるんぐる~ん……泣」


「それのどこが泣き声なんですか。……じゃなくて、話が全然進みませんね。最初の質問に戻りますけど、あなたはどうしてこんなところにいるんですか?」


「それがですねェ、聞いてくださいよォ。あっしは、檸文高校の情報の怪異として、ネオ七不思議を探っていたんですが、どうも深入りしすぎちまったようで、天児あまご 瑛路えいじってやつに捕まって、こっちの世界に取り込まれちまったんですよォ」


 小松は大げさな身振り手振りを交えて、話を進めていく。


「ところがこの世界を作っている怪物は、人間の幸福の感情を食べるっていうじゃないですかァ。つまり人間じゃないあっしは、食い物にならないみたいなんすよねェ。消化のできないプラスチックを飲み込んじまったのと一緒です。あっしは怪物の餌になることもなく、かと言ってここから出れもせず、こうしてこの城をさまよっていたんですよォ。そんなときに現れたのが、メーベルの旦那、あなただったってわけです。これ僥倖ぎょうこうォ!」


「いちおう訂正しておきますけど、私は旦那じゃないですからね」


「いいじゃないっすか、旦那ァ~ん♡ どうか哀れなあっしを、この城から連れ出してくだせえ♡」


「なんであなたが囚われのプリンセスみたいなポジションになってるんですか……絶対違うでしょう……」


 考えうる限り、プリンセスとしては一番ありえない人選なのではないか。


 とは言え、もちろん見捨てようだなんて思っていない。ジョニーから逃げているときに、ユ・ハリムのところへ誘導してくれたのは小松だ。大きな借りがある。


 それに、こんな危険な世界で、思いがけず知り合いに出会えたことに、実のところ、少しだけほっとしている。


「まあ、わかりました。一緒に脱出しましょう」


「かきくけ感謝ッ! かきくけ感謝ッ! かきくけ感謝の塩麹しおこうじ! ポッ!」


「え、あ、はい……? すいません、ちょっと、元ネタがわからなくて……」


「元ネタはありません」


「じゃあわかるわけないじゃないですか」


「ところで、校長先生はもういらしてるんで?」


「来てませ……いや、ちょっと待ってください」


 話の流れで当たり前のように答えそうになったが、どうして小松は、校長がここに来ることを知っているのだろう。


 正確に言えば、ここに来ることになっていた、だが。もともとはメーベルではなく、校長がもぐり~ランドに潜入することになっていた。


 しかしそれは、協会の一部の関係者しか知らないような、極秘の情報ではないのか? そんなことまで知っているとは、やはり小松の情報力は異常だ。


 どこでその話を聞いたんですか、と尋ねようとしたのだが、そのタイミングで、奥の通路の方から人の声が聞こえてきた。どうやら男性二人が会話をしているらしい。おそらく、五賢人のうちの誰かだろう。


「この前入ってきた可愛い信者の子とはどうなの? もうヤッた?」


「いやぁ……でも顔の割に身体のほうは微妙だったな~」


 声がどんどん近づいてくる。ここでまた教団の幹部と鉢合わせるのは面倒だ。


「とにかく、一旦ここを出ましょう」


「りょぃ~」


 メーベルは小松と共に、足早に古城をあとにする。そして時間差で、こんな思いが湧き上がってきた。


(あれ? って言うか、さっきの幹部たち、だいぶ最低なこと言ってませんでした!?)

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