この平穏な世界にようこそ(7)
無敵の強さを誇っていたオリアンサタは、呆気なく僕に殺された。しかし傍から見ている人たちに言わせれば、今年度最大の熱狂を引き起こした、名勝負だったらしい。
アーリオに帰還し、僕はゆっくりと次の戦いを待ちたかったのだけれど、普段は他人にあまり関心のない戦士たちが、こぞって話しかけてきた。何でも、僕はオリアンサタとの戦いで、天才的な発想で彼の攻撃を躱しては反撃し、理論上無敵の魔導器と評されていた黄金色の鎧を辛抱強く削り、見事打ち破ることに成功したのだという。
憶えていないと言うと、謙遜していると解釈された。最初は彼らの話に付き合ってあげたけれど、夜が明けてからもまだ同じ話題を始めようとするので、僕は匙を投げた。
自分の部屋に篭り、時が過ぎるのを待った。六週間も中には入れなかった。彼女もオリアンサタとの戦いについて話したがったからだ。
でも、僕はどうしても外出する必要があった。武具店で新たな武器を注文しなければならない。それはどうしても続けなければならない習慣であり、儀式だった。ときどき、本当にときどきだが、過去の英雄と同じ武器を振るっていると、ふと、本来の所有者の心境が分かった気になることがあるのだ。
もちろん、自分勝手な妄想に過ぎないものだけれど、他人の気持ちを分かろうとするなら、このような方法しかないのだと思っている。僕だって孤独ではいたくない。昔は、孤独に耐えられる人間ではないことに何度も絶望し、いつ死んだって構わないと思っていた。でも僕は今孤独だと感じることが少なくなっている。仲間が増えたからだ――この世界に僕と同じ思いを抱いている人がいると、心で理解したからだ。
「隊長、隊長」
六週間が扉の向こうで僕の仮の名前を呼んでいる。僕のことを隊長と呼んでくれるのは彼女だけだった。本当の名前で呼ばれたって、本当に自分が呼ばれたのか分からない。自然と人の顔を窺うようになって、僕はそのたびに嫌悪感に襲われる。
「六週間か。いい加減にしてくれないか」
「お客さんですよ。オミドさんです」
僕は少し考えてから、やっと思い出した。扉を開けると、赤いローブの大男が僕を見下ろしていた。表情は険しい。
「●●●、見事な戦いだった」
「それはどうも……。見返りなら要らないって言ったはずだけど」
「今日は礼を言いに来た」
「そう。なら、もういいね」
僕は扉を閉めようとしたけれども――彼らの背後に話したがりの少年少女が顔を覗かせていたので――オミドは部屋の中に足を踏み入れた。
「それ以外にも話がある」
「僕にはないんだけど」
「なぜ今回の一件を依頼したのか、説明する」
「良かった」
「やはり気になっていたようだな」
「そうじゃなくて。間違ってなくて」
「……どういう意味だ?」
「もしかしたら殺す相手を間違ってたんじゃないかって、思ってたから」
「……ふん」
オミドは僕の言葉を笑いどころの分からない冗談だと解釈したようで、部屋に入り、扉を閉めた。六週間も潜り込もうとしたけれど、偉丈夫に睨まれてぎょっとしたようだった。
オミドは窓際に立ち、街の通りを眺めた。僕は寝台に腰掛け、軽く溜め息をついた。
「僕は、オリアンサタを殺す理由になんか、興味はないんだけどな」
「どうしても話しておく必要がある」
「それなら、どうして依頼したときに話さなかったの」
「貴様が知りたがらないと思ってな」
「……まあ、いいや。じゃ、どうぞ。聞いてるから」
オミドは何かごちゃごちゃとしたことを話し始めた。オリアンサタがローデラ家の次男で、アラウスト家の娘と婚姻する予定があったのに、それを拒絶して戦士になったこと、血筋を利用して戦争管理運営に口を出し、自分の思うままの規定を戦場に適用したこと、戦間の生活拠点を荒らし回り、近隣の集落にまで損害を出していたことなど。微に入り細に入り説明する巨漢に、僕はちょっと苛立ちを覚えた。
「地方の管理運営者では太刀打ちできない権力を有した彼を止める為に、本部が動いた。強制的に彼を戦士登録から除外することも可能だったが、ローデラ家から要請があり、この状況を利用することに決めたのだ」
「元々、厄介者だった彼を、家族が殺したがったってわけ。で、本当にそれを僕に説明する必要があったの」
「今回の一件にはもう一つ、目的があった。貴様の実力を計りたかったのだ」
「計ってどうする」
「我々は利益を追求する。これが何を意味するか、分かるな」
僕は溜め息をついた。
「つまり、管理運営には、似たような要望がたくさん届いてるんだろ。今回の一件のように、金持ちの道楽息子を消して欲しいとか、あるいは国内で凶悪な犯罪を起こして、戦場に逃れ、そのまま遠国に亡命しようとしている屑を殺してくれとか……。僕に暗殺者をやれと」
「概ねその通りだ」
「嫌だね」
「報酬は出す」
「要らない。僕は戦場に出続けることができれば、それでいい」
「それが報酬だ」
僕はオミドを睨みつけた。
「人権侵害だな」
「国によっては、戦う権利を認めていないところもある。きみを国外追放して、無理矢理国籍を変えさせることも可能だ」
「滅茶苦茶だ」
「だが、オリアンサタの一件は、あっさり引き受けたじゃないか。何が違う」
「……何も。だけど一度だけだと思ってた」
「楽観的だな」
「あんまり、人を疑ったことがなくて」
「それは、心苦しいことだが」
オミドは全くそんな風には思えない口調で、言った。
「これは試験的に行われている、事業だ。貴様の他にも何人か、暗殺業を密かに行っている者がいる。これが莫大な利益を生むことは既に分かっている。後は管理運営側にどれほどの危険と損失が発生するか、それを見極めるだけの段階に来ている」
「危険と、損失、ね」
「その芽を、貴様に摘み取ってもらいたい」
「それはきみの役目じゃないのか? 危険と損失を、部外者の僕が防ぐってことか?」
「貴様はこれまで通り、戦っていればいい。相手は私のほうから指定する」
「戦士が相手なら、いい。でも、もしかして、僕が殺さなきゃいけないのは」
「暗殺者だよ。組織にも自浄作用は必要だ。どれだけ強い暗殺者を雇っても、それを制御できなければ意味がない。貴様は組織に逆らった暗殺者を殺してもらう。と言っても、そんな機会は滅多にないだろうが」
「嫌だなあ……。でも、もし僕がきみたちに逆らったら、どうなるの」
「暗殺者を仕向ける……。いや、貴様の場合、戦士登録から除外すると言ったほうが効果的か」
「そうだよね。ああ、畜生、長く生きるもんじゃないなあ」
「どうだ? 受けるか?」
「分かったよ。僕はこの平和な世界が好きだったけど、そろそろ大人になれってことなのかもね」
オミドはほっとしたように息を深く吐いた。
「……貴様は、とても、一八には見えないな。一五歳か、それ以下に見える」
「体格的にはね。でも、髭だって生えてきてるし……、ほら」
僕は顎を指し示したが、オミドには見えないようだった。
「ねえ、報酬、やっぱり欲しいかもしれない」
「何だ?」
「僕は外に出られないから、武器を買ってきてくれないかな」
「武器……。貴様は戦いのたびに、過去の英雄が使っていた武器の贋作を発注しているらしいな」
「そう。代わりに注文してきてよ」
「何でもいいのか?」
「うん。代金はこれで……」
僕が金貨の詰まった袋を差し出そうとすると、オミドは断った。
「構わん。代金はこちらで払う。他に必要なものがあれば言え」
「じゃあ、もっと静かに過ごせる場所が欲しいんだけど。ここは騒がしくて」
「……分かった。荷物を持って、ついて来い」




