この平穏な世界にようこそ(5)
次の戦場が正式に決まった。カウカ大陸北西部の丘陵に二つの砦が設営されていた。砦と言っても防御力は皆無であり、露骨な言い方をしてしまえば、戦争の雰囲気を出す為のものだ。
戦争は三日間に渡って行われる。開戦、及び休戦の間合いは当事者同士の兼ね合いで決まる。実際には隊長同士が気軽に話し合うわけにはいかないので、どちらかが先に仕掛けたら、それが開戦の合図となる。
僕は青の陣営の隊長を任せられた。赤の陣営の隊長が本当に天鵞絨という男なのかは分からないが、隊長は特別な徽章を胸に付けることになっているので、一目見れば分かるはずだ。
百人対百人という規模は、大きくもなく小さくもない。全ての魔導器の使用が許可されているのは、変則的と言える。
正々堂々、正面からぶつかる会戦が、僕は理想だと考えていた。しかし中には勝利を追求するあまり、奇襲や奇策を弄する隊長とその取り巻きがいるのも事実だ。天鵞絨はどう考えているだろうか、力で僕たちをねじ伏せようとするだろうか、それとも狡猾な手段でこの砦を落とそうとするだろうか。
とは言っても、僕は見張りを何人か立てただけで、特に何かをするわけでもなかった。割と大きな部屋をあてがわれたが、食堂を寝床にして、開戦のときを待った。
「ねえ、隊長」
六週間が僕の向かいの席に腰を下ろす。彼女は臨戦態勢を取っていた。腰には魔導器と思われる短剣を吊るしている。
「六週間か。また一緒の部隊だな」
「そうですね。●●●●●●殺し、やるんですか」
「一応。機会があれば」
「あんまりやる気ないみたいですね」
「そういうわけでもないけど。天鵞絨がどうかした?」
「天鵞絨? ああ、●●●●●●のことですね。じゃあ、私も天鵞絨って呼びますけど、彼をどうして殺すのか、気にならないんですか」
「別に……。どうして」
「どうしてって、オミドさんがわざわざアーリオに出張って来て、脅しまでかけてきたんですよ。どうしてそこまでして天鵞絨を殺さなければいけないのか、普通は気になるんじゃないですか」
「全く。知ったところでどうにもならないし……。きみは気になるの」
「ええ。だって、天鵞絨って有名な戦士じゃないですか。胴元からしても稼ぎ頭のはずです。彼がいなくなると痛手なんじゃないかなあ」
「そうなの?」
「隊長も、天鵞絨と同じくらい有名ですけど、普通はこんな英雄同士を戦わせることはありませんよ。不可解ですよ」
「天鵞絨は、金持ちの道楽で戦場に出ているらしいね。その辺りが関係しているんじゃないの」
「どういう意味ですか」
僕はそれまでどうでもいいと考えることを放棄していた事柄に注意を向けるのが苦痛だったが、六週間の為に骨を折ることにした。
「何らかの理由で人を殺さなければならないとき、最も穏当なのは、戦争で殺すことだと、僕は思うよ。殺したい相手が戦場に出てくれるのなら、そりゃあ、こうやって殺すでしょ」
「でも、彼が死んだら胴元は損をします」
「彼が生きているとそれ以上に損をするんだろう。それだけだよ」
「具体的に、どういうことですか、それは」
「僕が知るわけないだろう、直接聞いたらどう」
「嫌ですよ。魔導器許可の戦争なんて、ろくでもないですよ」
「これまでも経験はあるの?」
「ないですよ。でも、子供の頃は戦争を見るのが好きだったんで、見たことあります。あれは戦争というより、もっと残酷で、一方的な――」
「虐殺?」
「そうです、虐殺です。魔導器の性能如何で勝敗が決まっちゃうんですよ」
「ああ。そうだね」
僕はつい先日手許に届いたばかりの得物に触れた。六週間の視線が僕の足元に向けられる。
「隊長なら、まともに対抗できるでしょうけど」
「きみも魔導器を持ってるだろ……、僕があげたやつ」
「あれですか。貰った日に売り払っちゃいましたよ。あはん」
僕は笑ってしまった。
「それで、その短剣を使う気になったわけか」
「規定を聞いて、慌てて取り寄せました。とりあえず最低限の防御ができる魔導器を。どこまで通用するか、分かりませんけど」
「そうか」
「そうです。……あの、隊長?」
「うん?」
「●●●●」
「――何だって?」
「聞き取れませんでした?」
「ああ。何て言ったの?」
「私の名前です。隊長が聞き取れなかったのなら、とりあえず、安心ですね」
僕って、意外と、便利な存在なのかもしれないな。六週間はコロコロと笑いながら食堂から出て行った。




