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一緒に泣くから(6)

 ケイス修練所は、商業的には大成功だった。しかし、実績はまだ皆無である。これから送り出す生徒が、戦場でどれほどの戦果を残すのか。不甲斐ない結果が出れば、この施設の有用性が揺らぎ、生徒数は激減するだろう。反対に、優秀な戦士を大量に産み出し、この施設で事前に訓練を受ければ、戦場での生存確率が大幅に向上するとなれば、より大きな商業的成功を手にするのは間違いないだろう。


 第一期生が、半年間の修練を終え、いよいよ戦場に送り出されるときが来た。改めて主催者側の研修を受けるはずだったが、ケイス所長の根回しによって、その大半の行程を免除された。もし胴元側の正式な認可を受け、研修の民営化にまで漕ぎ付けば、もはやこの事業の失敗は考えられなくなる。修練所が最終的に目指しているのは、まさにそこであった。


「教え子の初陣ですよ」


 講師陣が揃って大鏡の前に集合していたが、エストアが離れて立つ僕を見つけて、抜け出してきた。


 僕は戦争を見るのが苦しかった。あの場所に自分がいないことが信じられなかった。でも、一方で冷めた思いもある。僕は生まれ変わり、もはやあのときの自分には戻れないということを感じ取っていた。もし、今すぐ戦場に戻されたとして、更に手頃な好敵手を用意されたとしても、僕はあのときのような幸せを感じることはない。


 子供が必ず大人になってしまうように。子供のままでいられる人間がいないように、僕はあの頃の僕に戻れないまま、鏡を通してその面影を探すことしかできない。


「奥さん、もうすぐ出産みたいじゃないですか」


 エストアが低い声で言う。僕と箱入りの結婚は公にしていたのでこそこそする必要はなかった。たぶん、こそこそすることこそが彼女の目的なのだろう。


「そうみたいだね。無事に生まれるといいけど」


「いつも他人事ですよね、隊長って」


「そうでもない」


「そうですか? 無事に赤ちゃんが生まれても、無表情でいそう」


「最近の僕なら、ちゃんと、喜ぶんじゃないかな」


「そうかもしれませんね……、あっ、始まりますよ」


 鏡の中で、戦士たちが激突している。現地で映像を撮影している〈眼〉が躍動し、多くの戦士の生き死にを捉えている。講師たちはそれぞれの〈眼〉が撮影している映像を切り替え、生徒の姿を探した。


「あっ、いました。七番が追ってます」


 鏡の映像が七番に切り替わった。七番の〈眼〉が追っているのは、赤髪の、僕に勝負を挑んできたあの生徒だった。


「アリスタくん……」


 エストアが胸の前で手を組んで、何かに祈っている。僕は他の番号の映像を見てみたかった。というのも、少年は戦争の輪から離れて、何かを追いかけているようだった。七番の〈眼〉はケイス修練所一期生の少年の撮影に焦点を絞っているらしい。


 少年は何かを目指している。誰かから逃げているのでは、と言う者もいたが、僕は全くそう思わなかった。その瞳に宿しているのは野心。


 七番の〈眼〉が首を巡らせた。その視界に映ったのは銀髪の女性。双剣をだらりと下げて少年を待ち構えている。


「うっ、●●●……、敵の部隊長ですね……、ああ、もう、相手が悪い!」


 エストアが呻き声を上げる。僕は少年のことより銀髪の女性の様子が気になった。風に吹かれる彼女の長髪は悲愴にまみれているように思える。


 彼女が戦場に立っているということは、つまり、イブカを殺したということだ。恐らくは彼女の姉は死んだだろう。彼女は肉親の命より、戦場に立ち続けることを選んだのだ。


 銀髪の女性は得物を構え、少年と対峙する。少年の息遣いが聞こえる。女性の研ぎ澄まされた集中力は、少年に焦燥や不安を招き、対峙する時間が長くなればなるほど、未熟な戦士に不利となる。


「仕掛けろ、アリスタ」


 僕は呟いた。


「今だ。行くしかない。そして死ね……、殺されてしまえ」


 エストアが僕の顔を信じ難いものを見る目で見た。


「隊長、アリスタくん、死ぬんですか?」


「あの銀髪の女性には勝てない」


「でも……、●●●! 彼女の名前です、聞こえるでしょ?」


「聞こえない。死神はアリスタに目をつけたみたいだな」


 僕は言う。鏡越しに見る、戦場の光景。僕は胸の疼きを覚えていた。


 どうしてだろう、既視感がある。少年が自分より明らかに強い相手と戦う今の状況。戦場の片隅で、一人として邪魔をする者はなく、純然な技と技の競い合い、その前兆、胸の高鳴り。僕はこの状況を知っている。


《先生は……、どうしてそんなに強いんですか?》


 僕はアリスタに訊ねられた。僕にも分からなかった。


 分からないから、元々強かったのだと思った。けれど、僕はどうしようもなく平凡な人間で、特別なんかじゃない。


 何か、大事なことを忘れている。


「お前を倒せば、ぼくは先生みたいになれる」


 少年の言葉が〈眼〉の感覚器を通して発信され、中継基地の魔導器によって増幅され、世界各地の大鏡を震わせる。


「お前を倒せば、ぼくも英雄になれる……」


 エストアが僕の顔を見る。


「先生って、隊長のことですかね?」


「たぶん。……彼って、僕のこと贔屓にしてたんだよね?」


「はい。隊長が参加した戦争は、初陣から欠かさず見ていたって言ってましたよ」


「初陣……。初陣か、僕はどんなだったかな」


 僕は考え込んだ。どんな戦争だったのか、全く覚えていない。


 エストアが僕の肩を小突いた。


「忘れちゃったんですか、隊長! 凄く話題になったじゃないですか!」


「え……、僕の初陣が?」


「はい。一五歳になったばかりの少年が、当時カウカ十傑と呼ばれていた英雄の一人を討伐したんですよ! あれはもう大きな話題になりました、私とそう歳の変わらない少年が、あんなに凄い英雄を倒しちゃうんだって、私も驚きましたもん! 世の中には凄い人がいるんだなって、感心しました」


「……僕が初陣で倒した英雄の名前って?」


「レンドです」


「レンド? それは僕の名前――」


「そうですよ。偶然、同じ名前だったんです。まあ、そんなに珍しい名前じゃありませんしね」


「ああ……、そうなんだ」


 僕にはどうしても思い出せない。これだけ彼女から教えてもらったのに、何一つ出てこない。よほど思い出したくないことなのか。


 悪寒がした――僕は長い間、自分の名前を思い出せなかったのか、それとも僕が殺したその英雄レンドの名前を思い出せなかったのか?


 いや、思い出すとか思い出せないとかではない。その名前を拒絶したかどうかだ。


 英雄レンドの名を拒絶したとして、その理由はなんだ?


 きっと、僕は戦場に余計なものを持ち込みたくなくて、その名を忘れることにしたのだ。


 余計なものって何だ?


 今後楽しく生きていくのに邪魔になるものだ。


 僕はどうして強くなったのか?


「おおおお!」


 鏡の中に映し出される、少年と女性の死闘。


 少年にとってはあまりに強大な敵。


 それを乗り越えたとき、少年は何を得るのだろう。


 何かを得たとして――僕のような人間に成り下がるだけではないか?


「ああ……」


 少年の首に女性の双剣が入った。明らかな致命傷だった。残虐で刺激的な見世物。流れるような動作で少年の首が切り離される。


 英雄の夢を見た少年は死んだ。講師たちは明らかに意気消沈した。しかしすぐに、他の生徒の姿を探して、映像を切り替える。


 大きく溜め息をついたエストアは近くの椅子に腰掛けた。僕は立ち尽くしていた。少年の死体が脳裏に残っている。


 少年は僕になれなかった。英雄になれなかった。僕とは違った。


 でも、それで良かったのだと思った。たぶん、一五歳で人は大人になり始める。大人になってしまったら最後、死に対して恐れが立ち過ぎる。


 僕も抗い続けたつもりだ、でも結局、こうして大人になってしまい、恥も何もなく、生きることを選択した。


 戦争はこの世界に残された最後の慈悲だったのに。


 慈悲に捕まったアリスタは、一瞬の苦痛と引き換えに、無限の幸福を得たに違いない。


 僕はそう信じている……、そんな弱い言葉でしかこのことを語れないのが残念だけど、もう僕は大人だから。


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