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一緒に泣くから(5)

 ケイス修練場に箱入りを入れるわけにはいかず、近くの街の宿で待ち合わせをすることになった。その手配はエストアがやってくれたが、なぜか彼女もついて来て、「感動の再会を目撃する」と言って聞かなかった。


 箱入りに殴られても仕方がないと思っていたけれど、彼女は優しげな笑みを浮かべて僕を迎えてくれた。僕は彼女の許から逃げ出したことを恥じ入った。結局、自信がなかっただけだ。迷惑をかけたくないと言って、彼女の気持ちを信じることができなかった、僕の不甲斐なさが原因だ。


「いいんです。隊長様は、それでいいんです」


「甘いわ」


 と横から口を挟んできたのはリドだった。


「そんなんだからこの殺人鬼の気持ちがふわふわして定まらないんですわ。はっきり言ってやりなさい」


「でも、おいおいでいいかなって……」


「甘いわ。ずばり言ってやりなさいよ、ほら、ほら、ほらぁ!」


 リドがやたらと大声を出すので、近くにいる人間が僕らに注目し始めた。中には僕の正体に気付く人もいて、ちょっとした騒ぎになりつつあった。


「あの、じゃあ、言います……」


 と、箱入りが僕の前に立った。そのとき、僕は彼女がちょっと太ったかな、と思った。もちろん口には出さなかったが。


「あの、隊長様?」


「うん」


 箱入りが上目づかいで僕を見る。頬が少女のように赤い。


「……出来ちゃいました」


「何が?」


 僕は聞き返したが、後ろに立っていたエストアが僕の背中を思いっきり叩いたので、注意が散漫になった。


「痛いな……、やめてくれ」


「だって、隊長! 出来たって!」


「だから、何がだよ……」


 しかし僕以外の人間は、何が出来たのか理解したようだった。リドはもちろん、近くで話を聞いていただけの婦人とか、たった今通りがかった人間もざわめきを漏れ聞いて事情を理解して拍手を始めたりした。


 僕はざわめきの中心にいて、何が起こったのか理解できなかった。皆、黙ってくれないか。一人だけ喋って、僕に教えてくれ。何が出来たのか。


 リドは呆れ果てていて、


「こんな世間知らずが、大丈夫かしら」


 と蔑んだ目で言っていた。


 それに同調するのはエストアで、


「甲斐性があるとは言えないからね」


 けれど、箱入りだけは目を輝かせて僕を見ている、でもそこには不安もある。何だろう、この輝きと翳りは。絶望と希望が混じっているような。


「私、ずっと、あなたのことを応援してきました」


「え?」


「あなたと出会う前から。ずっと、あなたを生きる意味にしてきました」


「僕を……、生きる意味に?」


「はい。あなたと、添い遂げたいって」


「添い遂げる――か」


「はい。そして、生きる意味が、最近増えたことを知ったんです」


 僕には生きる意味がない。いや、誰にだってそんなものはないはずだ。


 僕は箱入りを怪訝に思った。こんなことを言うなんて、彼女らしくない。


 でも、彼女の言葉には嘘がないように思えた。


 まさか、この世には実際には、生きる意味が存在して、彼女はそれを見つけたのだろうか。


 それを僕に教えてくれようとしているのだろうか。


 飢餓もなく、紛争もないこの世界に、自分の居場所がないと察したとき、人は戦争を作り出した。そうやって人は、この世界に生きる意味なんてないことを忘れ、寂しさを紛らわせる。


 でも、本当はそれは欺瞞で、僕には生きる意味が与えられようとしているのか。彼女を通して。彼女の笑顔と、希望を通して。


 僕には信じられない。


 その話には裏があって、更なる絶望の入口なのではないかという気さえする。


 堕ちる。


 僕は直感した。それでも、彼女の傍から離れることはできないとも思った。離れてはならない。僕がこの世に生まれ落ちたそのときから、こうなることは決定していた気がした。


 運命という言葉は、大袈裟だろうか。


 でも、人が生きていく上で、けして避けられないものがある。むしろ、そのように企図されて作り出されたのが人間。僕は生きている限り、いずれこうなっていた。その確信がある。


「きみに生きる理由が増えたのなら、こんなに喜ばしいことはない」


 僕は言った。けど、きっと、それは僕の生きる理由にならないだろう。それが虚飾であると知っているから。


 ふと、箱入りの笑顔が翳った。僕の陰鬱な気持ちが彼女の幸せに水を差してしまったようだ。僕は最近会得した広報用の笑顔を見せた。彼女は安堵したように、僕の胸に飛び込んできた。


 これでいい。僕は彼女の髪の匂いを嗅いだ。


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