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きみが殺して(5)

 宿に帰り、箱入りにこの話をすると、随分驚かれた。


「間違ってます」


 と、彼女は言う。


「どう間違っているんだい?」


「先にそのイブカという方を、仕留めればよろしいのでは?」


「僕が?」


「そうです。そうすればその女性も、そのお姉さんも、死なずに済みます」


 僕は頷いた。


「言われてみれば、そうだね。でも、僕はもう彼女と接触してしまった。そこを見られているかもしれない。僕がイブカを殺せば、結局はあの女性の手引きだったと思われて、お姉さんは殺されてしまうかもしれない。それに、僕の次の標的は決まってるんだ。たぶんもう覆らない。運営は彼女を危険視しているみたいだし」


「運営に、彼女が脅されていると教えてあげれば――」


「脅されたくらいで裏切るような戦士は、要らないんじゃないかな」


「隊長様、私が誰かに攫われて、脅されたら、あなたは組織に逆らいますか」


「僕は――どうだろうな。そのときにならないと分からない」


「そうですか……」


「きみを優先する、と言ってもらいたかった?」


「……はい」


「お互い、正直だなあ」


 僕は笑った。


「なるようになるしかないよ」


「そうですね」


 箱入りは寂しそうにしていた。たぶん、僕が彼女を優先しないことを知ったからではない。暗殺者の末路を憂いているのだろう。


「結婚しないほうが、きみは安全だと思う。それでも、結婚する?」


「今更、何をおっしゃっているんですか!」


 箱入りは僕を叱りつける。思ったよりも強い語気だったので、僕は圧倒されてしまった。


「ごめん」


「い、いえ。すみません、大声を上げてしまって」


「いいんだ。僕が悪かった。水を差すつもりはなかったんだ」


 僕はあの銀髪の女性と戦ってみたかった。彼女となら素晴らしい殺し合いができる気がする。ただ、イブカのやっていることがあまりに卑劣で、許せなかった。正義感とか義憤ではなくて、戦場を穢されている思いがするのだ。


 戦場はもうどうしようもなく穢れてしまっている気もする。けど、僕が知っている範囲の中で、そういったことは無くしてしまいたい。


 自己満足だと他人は言うだろう。もう取り戻せないものを、必死になって追いかけている。


 僕は、もう、戻れないところに来ている。暢気に戦場に繰り出し、敵と対峙することはできない。もう僕の視線は漠然と敵の陣営を彷徨うことはない。明確な目的を持って、一つしかない顔の造形を探し求める。そしてせっかく見つけたものを粉々にする。僕の単調で欠陥だらけの心は、その小さな矛盾に悲鳴を上げてしまう。


 オミドには、この一件を話さないことにした。あの女性が運営に秘密にしているのに、僕がぺらぺらと話してしまうのは、約束を違えるのと同じ気がした。


 実のところ、僕は少し嬉しかった。あの名前も分からない女性と戦えることが。


 オミドは僕のほうが強いと言った。けれど、もしかしたら彼女は僕を殺してくれるかもしれない。きっと彼女は姉を救えないことが分かって絶望するだろうけど、僕はもう死んでしまって、何もなくなっている。


 ああ、それ自体は素晴らしいことだ。何もない、ということが。今は僕という命はあまりにもはっきりとここにある。何もない、なんてことは絶対に言えない。僕は僕を殺してくれる戦士をずっと求めていた。オリアンサタと戦う前から、戦士になる前から、子供のときから、ずっと、ずっと、僕はこの思いを抱いていた。僕がここにいるのは何らかの理由があるからではない、なぜなら、理由がなくても人は生きていけるから。ならば、人が生まれることは悪だろう、幸福とは不満の解消であり、幸福が長く続けば人は必ず倦んでしまい、より大きな、純度の高い幸福を望むようになる。そうやって人は世界を発展させ、何らかの奇跡が起こって社会の膨張はあるところで留まり、豊かとなった。たぶん戦争を生み出したのは神様の仕業だ、もし人口が増えていれば必ず飢餓が発生し、貧困が発生し、紛争が生まれていただろう。戦争がなければこの世界は不幸に満ち溢れていた。僕の人生の大半は幸福に包まれていた。ああ、だけど、生まれてこなければ、それに優る幸福はなかったのだ。


 何度だって自分に言ってやる。僕はこの世に生まれてくるべきではなかったのだ。


 生まれてしまった以上は死にたくない。躰がそのように要求する。躰はときに精神を支配する。僕も死にたくない。でも、本当は、死ぬべきなのだ。


「一緒に死んでくれないか」


 僕はそのように箱入りに言いたい。けど、彼女は戦士ではない。戦場で果てる僕の傍に彼女の躰はない。そんなことは分かり切っている。


 僕は孤独に死ぬ。覚悟は出来ている。それでも、恐ろしい。震えるほど恐ろしい……。


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