きみが殺して(4)
カウカ大陸南西部最大の拠点、ローカー。季節外れの風雪に見舞われた街には、通行人に踏まれて黒く濁った雪の道が連なり、子供たちが転びながらも黄色い声を上げていた。
「子供が多い街だな」
僕は箱入り、オミドと並んで歩いていた。オミドが白い息を吐きながら言う。
「そうではない。雪が滅多に降らない気候なので、子供が浮かれ外に出てきているだけだ。大人たちは家の中に籠っているんだろうな」
「ふうん……。それにしても住宅が多い気がするな。アーリオじゃあ街の住民より戦士のほうが多いくらいだったのに」
「アーリオは戦士の受け入れが目的で建設された街だからな。ここは由緒ある古き街だ。暇なときに色々と見物するといい」
「そうするよ」
僕たちは戦士向けに開かれている宿の中で、最も高級な店を選び、部屋を取った。同じ部屋でいいんじゃないかと箱入りに持ちかけたら、まだ早いですと彼女は言った。正式に婚姻してからじゃないと、はしたない女だと思われます。
はしたないって、きみ……。僕は数日前に交わした彼女との一切合財を思い出し、ちょっと言葉にしてみた。彼女は赤面して、とにかく駄目です! と譲らなかった。オミドは僕らのやり取りに呆れていた。
意外と見栄を気にする女だ。それでも僕は彼女のことが好きだった。その気持ちに微塵も揺らぎはなかった。彼女と一緒に街を歩きたかったけれど、寒いのが苦手なようで、断られた。
僕は部屋に荷物を置いた後、一人で外に繰り出した。しかし住宅ばかりが立ち並び、たまに店があったと思ったら、酒場か飲食店だった。あまり興味が湧かない。
僕は何に期待してこの街をぶらぶらしているのだろう。武具店の無骨な看板を発見したとき、自分が何を探していたのか、理解した。
アーリオの武具店と比べて、遥かに小ざっぱりとしていた。入口近くには各種魔導器の目録がきちんと整理されて置いてあり、もちろん埃なんかかぶっていなかった。店の奥には、誰が利用するのか分からないが、安楽椅子と小さな机が置いてあり、長時間寛げるようになっていた。注文すれば軽食くらい出てきそうな、洒落た雰囲気だ。足元に照明が置いてあるのも新鮮で、卓越した美的感覚だと思う。
「いらっしゃい」
長身の女性が勘定台の前に立ち、僕を迎えた。僕は彼女を見て、驚いた。というのも、僕の次の標的と、同じ顔をしていたからだ。銀色の長髪に、吊り上がった双眸、鼻筋通った美貌。ただし、口元は箱入りのほうが上品で良いな、と思った。
僕の顔を見て、女性は首を傾げた。
「どこかで見たことあるね、アンタ」
「僕も、きみの顔を見たことがあるな」
「――ああ、思い出した。アンタ、レンドさんだろう。活躍はかねがね」
女性は恭しく一礼した。それがあまりにわざとらしい動作だったので、僕は笑ってしまった。
「英雄の愛用品の贋作をよく使ってるって聞いたけど、その注文?」
「いや、最近は金欠でね」
「アンタほどの男が、金欠……。夢のないことをあまり言い触らさないほうがいいよ。ああ、でも、最近は負け続きだってね。八百長じゃないかって話もあったけど」
「八百長? なるほど、確かに僕が負けのほうに賭けてたら、かなり儲けられてたな」
「今頃気付いたのかい? ははは、面白い男だね、アンタ」
ひとしきり笑った後、銀髪の女性は、首を横に振った。
「で、今日は何の用件? まさか天下のレンド様が、冷やかしってことはないよね」
「いや、そのまさかだな。金がないんだから何も買えない」
「へえ。やっぱり面白い。こうして見ると弱そうだね。どこにでもいる兄ちゃんって感じで」
「よく言われる」
僕は店内を見回し、
「ここを経営してるの?」
「いや、まさか。明日死ぬかもしれない身で、店なんか経営できない。姉が風邪引いちゃってね、今日だけ店番を頼まれてるんだよ。まあ、雪が降ってるからか、元々こんなもんなのか、今日の客はアンタが初めてだけど」
「お姉さんがここの経営を?」
「そう。……私は戦士だからさ、色んな街や戦場に移動しなきゃいけないだろう。今回はたまたまこの街で待機してるけど、いつもはこんな手伝いをすることさえできないわけ。だから、ちょっと張り切ってたんだけどなあ。雪の野郎……」
「雪が嫌いなの?」
「全然。むしろ今朝は年甲斐もなくワクワクしたよ。でも、店番しなきゃいけないから外に出るわけにもいかないし。アンタも、経験ない?」
「何が?」
「あの人良い感じだな、好きだなって思って。でもその人は自分には全く興味がなくて。どう見ても私より格下の奴と付き合い始めて、何て見る目がないんだ、馬鹿じゃないのって、次第に憎らしく思えてきて……。嫌いになったわけじゃないんだけど」
「よく分からないな。それはきみの実体験?」
「今朝のことだよ。雪の野郎……」
再び女性は言い、窓を睨んだ。よほど雪が珍しいのだな。僕は無邪気な彼女が可笑しかった。
「レンドさん、良かったら話し相手になってくれないか。退屈してたんだ」
「少しだけなら、いいよ」
「良かった。ほらほら、こっちで寛いで」
女性は店の奥の暖炉近くの安楽椅子を指差した。僕は素直に、そこに腰掛けた。女性は温かい飲み物を持ってきてくれた。僕はこの飲み物の名前を知らなかったけれど、一口飲んだだけで、躰の芯から温まるようだった。柑橘系の匂いが広がる。
「美味しいね、これ。何て言うの」
「それ、自家製の風邪薬なんだよね」
「風邪薬? お姉さんに作ってあげたの?」
「いや。姉が作ったの。それをちょっと拝借してきた。優しい味だろ? こんな寒い日にはぴったり」
「ああ、そうだね。でも、お姉さんの分がなくなるんじゃないの?」
「大丈夫、たくさんあるから。それより、レンドさん、アンタに聞いてみたいことがあるんだった」
「何?」
「アンタ、暗殺者の仕事を持ちかけられてるだろ?」
僕は女性をまじまじと見つめた。そこに他意はないように思える――純粋な好奇心が彼女を突き動かしていると感じる。
「まあね。きみもだろう」
「おっ、やっぱり分かるか。そうだよなあ、戦場であれだけ不自然に動き回れば、やってる人間ならすぐに気付くよ。世間は、八百長だとか、台本があるとか、そういう的外れなことを言ってるけれど、ただ人探しをしているだけなんだよなあ」
「〈眼〉がついて回るから、余計にその不自然さが引き立つのかもしれないね」
「そうなんだよ」
と、女性の語気が強まる。
「依頼人が、ちゃんと標的を殺せたかどうか確認したいから、いつも以上に〈眼〉が集まるんだよ。もちろん、暗殺者に選ばれる奴は、そこそこ名が通ってるはずだから、〈眼〉が集まっても、それ自体は不自然じゃないかもしれない。でも、こういうのって、疑い始めたら、どんな振る舞いも怪しく見えるもんだろ」
「そうかもしれない」
「脅されてさ」
「きみが?」
「ああ。暗殺の標的にされてる奴から。イブカっていう男なんだけど」
「そいつは殺したの?」
「いや。三度も、奴を殺そうとした。けど失敗した。姉を人質に取られてね」
僕は女性の表情を窺った。
「どうしてそれを僕に?」
「とぼけるなよレンドさん。アンタ、私を殺しに来たんだろ?」
「……きみの暗殺を依頼されたのは事実だけど、今日会ったのは偶然だ」
「よくもまあ、そんな下手な嘘をつく気になるな。ははん、やっぱりアンタは変わり者だ」
「そうかな」
「毒が入ってる」
「うん?」
「今、アンタが飲んだ風邪薬に、毒を入れておいた。もうじき、アンタ、死ぬよ」
「そうなんだ……」
僕は胸に手を当てた。躰に特に異常はなかった。
女性は僕を睨んでいる。僕の向かいに座り、ただひたすら睨んでいる。そこに僕は彼女の迷いのようなものを見た。
「毒、か。そう言えば、オミドは運営が用意した食事以外には一切手をつけるな、とか言ってたけど、そういう意味だったのか」
「アンタ、怖くないのか? 死ぬんだぞ?」
「怖いさ……。でも、ずっと欲しかった」
「死を?」
「うん。もう死んだほうがいいんだろうなってずっと思ってた。この世界に僕が欲しいものがなくなったから、次は死が欲しくなった」
「何が欲しかったんだい?」
「戦場」
「幾らでもあるじゃないか」
「善い戦争は消えてしまった。悪い戦争だけが残っている」
「それは……、どういう意味?」
「余分な澱が今の戦場を覆っている。本来持ち込んではいけないもの。僕はただ戦いたかっただけなのに。それだけでは許されなくなってる。もっと早くに死ぬべきだった――たぶん、オリアンサタとの戦いのときに」
「ああ――去年の今頃にあった、あの戦いか。私も見てたよ。凄い戦いだった」
「どうも。皆、そう言ってくれる」
「嘘だよ」
僕は女性の表情を窺った。少しだけ胸が高鳴った。毒の所為だろうか、それとも。
「……きみも、あれがみっともない戦いだと思った?」
「そうじゃなくて。毒なんか入ってないよ」
僕は淡い期待を抱いていたことに気付いた。この女性なら僕の気持ちを分かってくれるのではないか、ということ。毒が入っていないなんてことはどうでも良かった。
「……どうして」
「どうしても何も、毒は入れてないんだよ。本当にレンドさんが私を殺しに来たのかどうかなんてこと、分からなかったし。そもそも毒なんて持ってない。間違えて自分や姉が飲んじゃったらどうするの」
「それは……、間抜けな死に方だよね」
「そうだろ? だから、そんなものは家に置いておきたくないよ。だから、レンドさん、脅して悪かったな」
「僕は脅されてたの?」
「そうだよ。全く、変わり者だよな、アンタ。きっとアンタには人質とか効果がないんだろうな」
「いや、僕にも大切な人はいるよ」
「へえ? 父親? 母親? 兄弟とか?」
「妻だよ」
「……は? アンタ、結婚してたのかよ」
「もうすぐすることになってる」
「へえええ。酔狂な女もいたもんだなあ。アンタと結婚しても、すぐにどちらかは死ぬだろうに」
「そうなの?」
「そりゃあ、そうだろ。アンタは戦場に出ているから、常に死の危険がある。奥さんも旦那を縛りつける為に、かどわかされる可能性が高い。ろくでもない最期に決まってる」
「そうか……。結婚、やめようかな」
「は? いやいや、それは困る。私のせいで破談とかになったら、アンタの恋人に恨まれる」
「そう……。恨まれるのは嫌?」
「嫌に決まってるだろ」
「でも、僕らは恨まれて当然のことを、毎日してるだろ。僕だって、きみを殺せば、きみのお姉さんから恨まれる」
「そんなことはない」
「どうして?」
「……見れば分かる。ちょっと来て」
女性は立ち上がり、勘定台の奥へと進んだ。僕は彼女について歩き、とある部屋に辿り着いた。
中に入ると寝台に横たわる女性が目に入った。眠っている。顔面の半分に布があてがわれ、近くに生命維持の魔導器の装置が置いてあり、管で繋がっている。
「怪我しているみたいだね」
「昏睡しているんだ」
「どうして? さっき言ってた、イブカの仕業?」
「ああ……。でも、脅されただけなんだ。次は殺すぞ、っていうね」
女性は辛そうに言う。
「俺を殺そうとしたら、お前の姉を殺すぞ、俺には仲間がいる、管理運営にも内通者がいる、俺を殺そうとする暗殺者にはそれ相応の報復が待っている……、とか書かれた文書が、私のところに送られてきた」
「運営に言ったら、対応してくれるんじゃないか」
「言えるわけないだろ。牽制されてるんだ。言った時点で姉はイブカの仲間とやらに狙われるし、仮にそうでないとしても、こんなしがない女戦士の家族を救う為に、連中が人員を割くものか。あの営利主義の冷血野郎たちがさ」
「それでイブカに従い、暗殺をわざと失敗させているわけか」
「そうだよ。文句あるか。これ以外に方法がないんだ」
「イブカが憎くないの。このままだときみは破滅する」
「憎いさ。でも、どうしようもないだろ」
「僕なら姉を助けた上で、イブカを殺す」
「できたらやってるよ」
「きみが死ねばいい」
僕は淡々と言った。
「僕がきみを殺す。ついでにイブカを殺す。それで全てが丸く収まる」
女性はきょとんとしていた。
「はは……、つまり、それって、あんたがまさにやろうとしていたことだよね」
「ああ、そう言われてみたら、そうだね。都合が良いかな」
「レンドさん、頼めるかい?」
女性は僕を見据える。
「イブカを殺してくれ。そうすれば、姉を助けられる」
「分かった。イブカを戦場で見かけたら殺すよ」
僕は言った。
「約束する。約束するよ」




