第2話:人知の及ばぬことは、生活の隣にあるんです
「何時からですか?」
「今年になってからです。
最初は、17歳ということで花が咲くかのように、大人び輝き始めたのかと思っていました…」
令嬢は、眼窩の落ち窪んだ目に怯えを湛えて私を見つめていた。
「大丈夫ですよ」
私は優しく微笑むと、少し安堵した表情を浮かべる。
「それが見るまに変化してこのような姿に…
婚約者もいたのですが」
「昨年からこの様になるまでに、何か変わったことはありませんでしたか?」
「心当たりがないんです」
「……お名前は?」
「夕夏乃です」
侯彦が答える、話すのも辛いのか、まだ声も聞けていない。
「昨年12月、東京駅付近に行かれませんでしたか?」
「この奇病となにか関係が?」
「そうね、確証はないわ。でも…」
「東京駅の開幕セレモニーに夕夏乃と来賓として参加しておりました。」
侯彦は私の表情を伺うと話し始めた。
「何か変わったことは?」
「日独戦争、青島戦役の直後でしたので厳かなセレモニーだった記憶があります。ただこれと言って何かあった記憶はありません」
「……夕夏乃さんも?」
「…誰かに…会った…か、も…記憶が…上手く思い…なん…す」
そう、苦しそうに話してくれた。
「朱緋捉えられる?」
「申し訳ありません。捉えられません。叶花様のほうが結びが見えるのでは?」
「失礼」
私はそう言って、夕夏乃さんの手をとる。
(時間がなさそう…)
私は驚きで目を見開く。声に出さなかった自分を褒めたい。
このまま、結びを放置できない、命が尽きる…
結び。夕夏乃さんが生気を吸われ、このようにされている経路のこと。これを経てばこれ以上生気を失うことはなくなる。でも結びがないと元凶をなんとかしても元の若さには戻れない。
また、元凶を追うこともできなくなる。
下唇を噛む。
「…朱緋。お願いできる?」
「この状態からだと叶花様への負担が大き過ぎます!」
「私は、大丈夫。ここで維持だけお願いします」
「でも…」
「時間がなさそうなのよ…」
朱緋は夕夏乃に視線を落とす。
「状況で…私の判断で止めますからね」
「ありがとう」
「叶花さん?」
会話の意味がわからず、たまりかねた侯彦が声を上げる。
「彼女をここに残します」
「そ、それは構いませんが何故?」
「老化の進行を遅らせます。彼女の能力です」
実際生気の吸い上げを抑え、生気を送ってもらう予定で、彼女の力の一端だ。
「能力って?なんですか」
得体の知れないものに対する忌避感を表情に浮かべる。
私は侯彦に目配せすると、夕夏乃さんに視線を向ける。
「わかりました…」
「それと馬車を出せますか?急ぎます」
「車を出しましょう」
振り向いた私の顔を見ると、聞き返さずに侯彦はそう言った。
***
「上野で宜しいのですか?」
「はい」
ロールス・ロイス40/50HP、通称「シルバーゴースト」。
馬50頭分の馬力を叩き出す化物。
「50頭立ての馬車とか想像もつかないな…痛て!」
「時と場所を考えなさい」
武史が白嶺に足を蹴られたようだ。
運転手を使うのすらもどかしいのか、侯彦自身がハンドルを握っていた。
助手席に私、後部座席には白嶺と武史が座っている。
「妹は、妹はどうなるんですか?」
「このままでは全ての生気が失われます。もっと早く来てほしかった」
私は心からそう思った。
「何が起こってるんですか?何かわかってるんですか!教えてください!」
「……世界の理に生気を吸われ続けています」
「生気を吸われる?何故、どうやって?」
「昨年開業した東京駅が良くなかった」
「東京駅が?」
「東京駅の干支のレリーフを技存じですか?」
「いいえ」
「東京駅には、ドーム天井に干支のレリーフがあり、八方位に干支が埋まっています。建築設計者によるものですが…四方位、東西南北。兎、酉、馬、子が無いんです」
「八角形のドームだからでは?」
「ならば干支を選ぶ必要はありませんよね?」
「たしかに」
「東西南北の四方位は、四神の守護する方位です。この空け方…建築設計者の意図なのか偶然なのか、それと東京駅…あの場所ではまずいんです」
「まずい?」
「…あの場所であの方位の空け方は人工的に四神を生み出します」
「何を言ってるんですか…そんなバカなことが…」
「17歳の少女が老婆になる」
「う…」
「人知の及ばぬことは、生活の隣にあるんです」
半蔵門を横手に北上し靖国通りを九段下へと駆け下り中央通りを北上する。シルバーゴーストは路面の凹凸を感じさせずに力強く上野への道を走り抜けていく。
「上野には何故?今のお話だと元凶は東京駅のようですが…」
少し考えてた風情の侯彦が、聞いてくる。
「東京駅開業以降、既に何も居ないんです」
「?」
「東京駅は宮城(江戸城)の真東に位置しています」
「そうでね、ちょうど真東ですね」
「まあ、そこには、何の関係もないのですが…」
「関係ないんですか?」
ガクリと肩を落とす。
「侯彦さん。江戸は天海が構築した、風水・陰陽道の超巨大結界が張られているのはご存知ですね」
「一応なんとなく聞かされた程度ですが」
「広域には、北は北辰の位置に繁栄のための日光東照宮を。裏鬼門に災厄を防ぐための富士山へのレイラインを。
近域では、麹町台地を山に見立て玄武を、隅田川に青龍を、日比谷入江を海に朱雀を、東海道を大道に白虎を配置し江戸に強力な結界を張っています」
「はい」
「ただ、徳川がこの結界を張るのには、青龍。川が弱かった。
そこで、天海と家康は日比谷入江に流れ出ていた平川、今は神田川を本郷の山すら削って隅田川に流し込んだ」
「神田川を?」
「北条終焉から現在まで400年。途方もない労力をかけて埋め立てられた江戸の5000万平米……埋め立てられた河川に海…
元の入江は東京駅であり、龍の住まう場所だったのに」
「龍?」
「叶花さん」
百嶺の声にハッとする。
(いけないいけない。余計なことを話すところだったわ)
「ありがとう白嶺」
「いえ、人のために焦られている叶花さんは素敵です」
びゃ、白嶺は何を言うんだか…
「また、近域の話ですが。鬼門に寛永寺、上野東照宮…が置かれている。
今では戦災で焼失し移転しましたが、寛永寺は上野の山全てを敷地とした大寺です」
「それは、存じ上げています」
「その一角に東照宮が建っています。東照大権現、家康公を祀る江戸の守り」
「平川の流れを変えたことで発生した龍の怒りを鎮めるためのものです」
「聞いたことがありません」
「龍に怯える家康公など公になるわけないではないですか」
「……」
「東京駅の、いえ平川の龍はそこにいます」
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