第9話 魔法商
街の喧騒が耳に心地よさを与える。
数年ぶりに嗅ぐ文明の匂いに懐かしさを覚える余裕もなく、俺は市場の隅にある魔石商へと足を向ける。
今の俺は、絶大な価値を持つクロムニウムを背負いながら、今日食べるパン一枚すら買えない無一文の富豪という滑稽な状況だった。
当面の路銀を得る為に俺は目に入った魔石商の扉を開いた。
資金を得る方法は用意している。
廃村での二年間、日課のように狩り続けてきた魔獣から採取した魔石を換金すればいいだけだ。
魔法商のカウンターには、暇を持て余した様子の男が座っていた。
「いらっしゃい。……ん? なんだ、その汚ねぇ身なりは。ガキが何の用だ?」
男の軽蔑のこもった視線が俺を射抜く。
無理もない。
二年間、着続けた服は継ぎ接ぎだらけで今の身体にも丈が合っていない。
店員から見れば俺が客には見えないだろう。
しかし外見で判断されることなど百も承知だ。
俺は感情を押し殺しながら事務的に要件を告げた。
「魔石の買い取りをお願いします」
「買い取りだと? はっ、盗品でも売りに来たか?」
男は腹を抱えて下品に笑った。
「一角針鼠の魔石です。自分で仕留めて手に入れました」
俺はリュックから、中でも質の良い大粒の魔石を五つ取り出してカウンターに転がした。
魔石が放つ青い輝きに、男の笑いがピタリと止まる。
「……魔石は本物みてぇだな。 んで、冒険者カードは見せられるのか?」
「……冒険者カードはありません」
その言葉を聞いた瞬間、男の口角が卑しく吊り上がった。
「冒険者カードもねぇ怪しい奴から魔石を買い取るのは、後々の手続きが面倒なんだよ。本来なら追い返すところだが…… お前、金に困ってるんだろ?」
男の瞳に、獲物を追い詰めたハイエナのような光が宿る。
俺が沈黙しているのを肯定と受け取ったのか、男は勝ち誇ったように指を一本立てた。
「いいか。特別に手数料を引いて、その五つまとめて銀貨一枚で買い取ってやる。これ以上ねぇ好条件だろ?」
(……ふん。随分と足元を見てくれるじゃないか)
一角針鼠の魔石相場は一粒で銀貨一枚前後。
しかも俺が選んだのは普通より一回り大きな特級品だ。
本来なら、五枚は下らない。
それを五分の一に叩こうというのだ。
「……結構です。他を当たります」
「ああ、好きにしろよ。だがな、どこへ行ったって結果は同じだぜ。身分証もねぇガキを相手にするのは、俺のような慈善家だけだからな」
男の嘲笑を背に受けながら店を出た。
その後、数軒の魔石商を回ったが、対応は驚くほど一致していた。
足並みを揃えたかのような買いたたき。
おそらく商店同士で結託しているか、この街の商売の裏側が腐っているかのどちらかだろう。
(なるほど。まともな手段では、この腐った街じゃ食い物にされるだけか……)
路地裏で足を止め、俺はリュックの重みを確認した。
身分なき者は、強者に奪われる。
「今回の事は良い教訓だ。今は好きなだけ笑っていろ。俺にそんな態度をとった奴らは全員地獄に突き落としてやる」
俺は不敵な笑みを浮かべた。
市場の表通りではなく、薄暗い裏路地のさらに奥へと進む。
今回だけは正攻法しかない。
魔石商はまだある筈だから、少しでも良い条件の店を見つけるだけだ。
その後、俺は五件目の店に入った。
店内にいた店員は接客スマイルで接してくる。
小太りの優しそうな男だ。
「魔石の買い取りはできますか?」
「いいですよ。では売りたい魔石を見せて下さい」
俺は先ほどと同じ様にリュックから一角針鼠の魔石を5個取りだしてカウンターの上に置いた。
「ほほう。一角針鼠の魔石ですか! これはなかなか大きいですね。一つ銀貨1枚が相場でしょうか」
(この商店は信用できるかもしれない)
俺が覚えている相場と同じ値段を告げてくれた。
「わかった。その金額で5個買い取りお願いします」
「ありがとうございます。では冒険者カードの提出をお願いします」
「いや、まだ登録前なので冒険者カードはなくて」
俺がそう言うと店員は困った表情を浮かべた。
「冒険者カードがないって言うのは困りましたね。誰から魔石を手に入れたか証明しないとこの魔石が盗品という可能性もありますので」
どこの商店でもこれが理由で足元を見られていた。
確かに店員の言う通りで、誰が持ち込んでも買い取っていたら、盗品の場合は盗まれた本当の持主との問題が起きる可能性もある。
「じゃあ、買い取りは無理って事ですか?」
「正直に言えば難しいですが、お金が必要なんですよね?」
「はい。ここで売ったお金で冒険者カードを作ろうと考えていたので」
店員は腕を組みしばらく考え込んでいた。
「少し待っていて下さい。店長に聞いて来ますので」
そう言いながら店の奥に引っ込んでいく。
奥から現れたのは、店内の空気を一瞬で支配するような女だった。
男を誘うような露出の多い衣服から覗く、滑らかな褐色の肌。
身体からは甘く、陶酔を誘うような香りが漂っている。
その妖艶な瞳に微笑を向けられたのなら、大抵の男は骨抜きにされ言葉を失うだろう。
「お前が話していたのは彼?」
店員が慌てて背筋を伸ばした。
先ほどまで気楽に話していた空気が、一瞬で張り詰める。
「はい。とても困っていた様子に見えたので」
彼女は値踏みするように俺をじっと見つめてきた。
毒蛇に睨まれたような圧力を感じたが、俺は無言で見つめ返す。
ふん、と鼻を鳴らした彼女はテーブルに並んだ魔石の一つを手に取り、日の光に透かした。
何も言わずに魔石をテーブルに戻す。
「私の名前はミラよ。一応、この魔石商の会長をやっているわ。貴方の名前は?」
「レオです」
「……いい目ね、レオ。この魔石の入手方法は?」
「俺が狩りました」
「本当に? 売りに来ている魔石はどれも一級品よ。サイズも申し分ない。……どういうことか、説明してくれるかしら?」
ミラは魔石をテーブルに戻し、肘をついて俺を覗き込む。
「実は、魔石はまだあるんです。とりあえずの支度金が欲しくて、質の良いものを選別して持ってきただけですよ」
「ふーん。面白いじゃない」
ミラが面白そうに目を細めた。
その笑みには、先ほどの店員たちのような卑しさはなく、強者特有の余裕が感じられた。
「もしその話が嘘じゃないなら、私の提案に乗ってみない?」
「提案?」
「ええ、貴方はまとまったお金が欲しい。なら手元にある魔石を十個私に担保として預けなさい。それを担保として銀貨五枚を貸し出すわ。明日のこの時間までに、貴方が【冒険者カード】を持ってきたら、預かった魔石を改めて適正価格で買い取る…… どうかしら?」
言っている事が嘘じゃないなら、話に乗ってこいという訳か。
面白い!
「もしも俺が冒険者カードを持ってこなかったら?」
「その時は、預かった魔石を没収するだけよ。もしそれがヤバい品だったとしても、損失を被らない程度にはこっちで上手く処理してあげるわ」
リスクを承知しているのもいい。
「いいですね。リスクを買ってくれる提案は嫌いじゃありません。乗らせてください」
「話が早くて助かるわ」
「……でも、いいんですか? こんなみすぼらしい身なりの奴を信用して」
自嘲気味に言うと、ミラは大丈夫だと思っているわと迷いなく答えた。
「どうしてです?」
「私の提案に即答したからよ。それだけの自信がある証拠だもの」
「あはは、その通りですね」
俺は腰に下げた小袋に手を突っ込んだ。
一見すると空の袋だが、中ではスキル【取出】を発動させて背中のリュックの中から一角針鼠の魔石を小袋の底へと流し込んだ。
「担保の魔石、これくらいで足りますか?」
ジャラジャラと、カウンターの上に魔石の山をぶちまける。
全部で五十個。
一つ一つが鈍い輝きを放ち、店内の灯りを反射して煌めいた。
予想を遥かに超える物量にミラは一瞬目を見開いた後、今度は腹を抱えて笑い出した。
「あははは! いや、疑って悪かったわ! レオって言ったわね、今後ともご贔屓にさせてもらいたいものね!」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
受け取った銀貨の重みは、俺の新しい生活の重みそのものだった。
その足で冒険者ギルドへ向かい、念願の冒険者カードを手に入れる。
さらに余った金で、丈の合った清潔な衣服を買い揃えた。
その夜、俺は宿の食堂で、湯気の立つ熱いシチューを口にしていた。
この二年間、廃村のまわりで手に入れていた食料とは何もかもが違う。
喉を通る温かさと、香辛料の刺激。
ふかふかのベッドに身を沈めた瞬間、ようやく俺の帰還が果たされたのだと実感した。
だが、これは終わりではない。
むしろ、ここからが始まりだ。
クロムニウム。軍資金。身分の証明。
「とりあえずの駒はそろった。 次はようやく盤面を動かす時だ!」




