第8話 クロムニウム鉱石 その2
「前回はあそこまで大陸全土に広まったんだ。今回だって、流行らないわけがない……!」
静まり返った廃村で、俺は独り未来の景色を想像して薄暗い笑みを浮かべた。
クロムニウムがもたらす恩恵は、単なる武具の強化に留まらない。
「ふっふっふ……。真価は魔導効率の劇的な向上にあるんだよな」
これまで魔導具の心臓部である魔法陣は、特別な材料を混ぜ合わせて製作された高価な特殊塗料で描かれるのが常だった。
塗料故に耐久性に問題があり、何度か使用している内に魔力負荷で焼き切れ、頻繁なメンテナンスを強いられていた。
そこにクロムニウムを代用すればどうなるか。
伝導率が飛躍的に高まることで、魔法陣の耐久回数は従来の数十倍から百倍にまで跳ね上がる。
さらには細い棒状にしたクロムニウムを用いて武具の表面に極微細な魔法陣を焼き付けすれば、魔法のスキルを持っていない一般兵士であっても、魔石を嵌め込むだけで属性付与などの高度な魔法効果を自在に起動できるようになる。
「この安価で単純な精錬手順、そしてクロムニウム変質加工が大陸中の装備の生まれ変わらせる未来はすでに確定している」
前世においてクロムニウムの発見は人々の生活、そして戦争の定義を根底から変えた。
「確か最初にこの製法を確立した職人は、大陸一の大富豪にまで登り詰めたんだったな……」
悪いが、その栄光の椅子に今回は俺が座らせてもらう。
俺はクロムニウム鉱石の山を愛おしげに見つめた。
ここに眠る膨大な鉱石を資本にして、俺はこの大陸に存在するすべてのクロムニウムの利権を手に入れる。
それが勇者様を救うための力となるのだから。
「どうせ勇者様が魔王に敗れれば、人類は一人残らず死に絶える。奪ったお詫びとして、俺はこの金で必ず世界を救ってみせる。だから……許してくれよな、名もなき発見者さん」
良心の呵責など、とっくに捨て去っている。
俺は【収納】の力を全開にし、目の前の黒い山を飲み込み始めた。
六年後、勇者様が旅立つ時。
彼女が手にするのは、折れることのない伝説の剣だけではない。
俺が手にする富と技術も勇者様を支える。
「よし。回収が終わったら、さっそく精錬の準備に入るか」
俺の目に迷いはない。
必ず未来を変えてやる。
◇◇◇
その後、俺は廃村の資材をかき集め、作業場を兼ねた簡素な住居を建てた。
この村に眠るすべてのクロムニウム鉱石を精錬し尽くすまで、ここを動くつもりはない。
「仕組みとしては、これでいけるはずだ……」
特殊な耐火石と粘土を積んだ後、泥で固め、更には他の廃材を組み合わせて炉を改造する。
精錬の鍵となるのは魔力水だ。
狩った魔獣から得た魔石を砕き、水に投じて熱を加える。
湯気が淡い魔光を帯び始めた頃、細かく砕いた宿り石を投入した。
「ここからが本番だ。一瞬も目を離せない……」
火加減をミリ単位で調整し、沸き立つ水面を凝視する。
温度が臨界点に達したその時、どろりとした水面に銀色の油膜が弾けるように広がった。
それらは意思を持つかのように結合し、鏡のように光り輝く液体へと変わる。
「これだ。この温度で間違いない!」
金属に触れれば即座に吸着してしまう性質を避け、木の杓で慎重にその銀幕を掬い取る。
型板へと流し込まれた液体は、冷えるに従って鈍く重厚な光沢を放つ金属塊へと姿を変えた。
現代の職人が見れば石のゴミを煮て何をしていると鼻で笑うだろう。
だが俺は手のひらに残ったこの銀の塊こそが、時代の理を塗り替える素材であることを確信していた。
それからの俺の日常は、狂気的なまでの反復に塗り潰された。
朝は森へ分け入り、魔獣を狩って魔石と食料、そして薪などを確保する。
午後は日が沈むまで炉の前に張り付き、クロムニウムの精錬に没頭した。
そして夜は手足が動かなくなるまで、黙々と剣を振り続ける。
その生活を一日も欠かさず二年間続けた結果、俺の身体は劇的な変貌を遂げていた。
年齢は十五歳。
骨格は逞しく、筋肉は実戦に必要な分だけが削ぎ落とされた鋼のように引き締まっている。
毎日が死線で毎日が限界の日々を過ごしてきた。
その果てにヒルデブラント流剣術の中級技は、もはや呼吸と同じ次元で扱えるようになっていた。
「……終わった。これですべてだ」
足元には、村に堆積していたクロムニウム鉱石すべてを使い切って生み出された、膨大な数のクロムニウム・インゴットが並んでいる。
俺はそれらを、この二年間で作り上げた巨大な木箱へと収納していく。
収納した物を移動させる必要がないなら、巨大な木箱を金庫代わりにして【収納】するのが一番安全だ。
【収納】してしまえば、俺以外にこのインゴットを持ち出せる者はいない。
世界を変える資産を、文字通り俺一人だけのものとして保管できる。
「これで下地は手に入れた。さあ、街に戻るとしよう。これからが本番だ」
俺は自作した超特大の革製リュックを背負う。
リュックの中には四千キログラム分に相当するクロムニウムのインゴットを収納している。
常人なら一歩も歩けず圧死する重量だが、俺には【歩荷】と【収納】、そして【圧縮】がある。
森に入るとかつては脅威だった一角針鼠が群れで襲いかかってきた。
だが俺は歩みを止めることすらしない。
抜剣すら必要なかった。
鞘に収まったままの剣で、鬱陶しい羽虫を払うかのように横一閃。
たったそれだけで、C級魔獣の群れは肉片をぶち撒けて沈黙する。
「……弱すぎる」
かつて片道四日かかった険しい獣道。
魔獣をなぎ倒し、物理法則を無視した速度で突き進む俺の足取りは、わずか二日で街の城門を捉えていた。




