第7話 クロムニウム鉱石
静寂に包まれた廃村の中を、俺は一歩ずつ踏みしめるように歩いていた。
村が捨てられて十五年以上たっている。
かつての活気は雑草の海に呑み込まれ、剣で道なき道を切り拓かねば、まともに歩くことすらできない。
周囲を見渡しても目に映るのは、崩れ落ちた石塀や今にも自重で潰れそうな家屋の残骸ばかりだった。
途中、鉱夫たちの道具を支えていたであろう鍛冶屋を見つけた。
中へ足を踏み入れると、埃を被った鍛造炉が往時の姿のまま鎮座している。
(……火を入れれば、まだ使えそうだ。ここは使わせてもらおう)
さらに奥へ探索を進めると、半壊した民家の影から一角針鼠が飛び出してきた。
だが今の俺に動揺はなく、反射的に身体を捌き最短の軌道で剣を振るう。
「ヒルデブラント流剣術、水平切り!」
たった一太刀で、一角針鼠は断末魔すら上げることなく地に伏した。
「……ふぅ。魔獣の相手もだいぶ板についてきたな」
突然の襲撃にも心は乱れない。
何度も戦ってきた経験が俺の判断を冷徹なまでに研ぎ澄ませていた。
それにしても、かつてミスリル特需に沸いただけあって、村は想像以上に広大だった。
建ち並ぶ家屋は五十軒を下回らないだろう。
俺は潜んでいる魔獣を駆除しながら、村の最奥部にある崖際へと辿り着いた。
「やっぱりだ。手つかずのまま残っていたぞ!」
俺の視線の先には、雑草すら拒絶するように堆積した黒ずんだ石の山があった。
そこは村の端に位置し、周囲の地盤より数十メートルほど高い断崖になっている。
かつての鉱夫たちが、ミスリル鉱石からミスリルだけを選別した際に出たゴミを投げ捨てていた場所だ。
ミスリルは超高純度の魔力が凝縮された鉱物だといわれている。
少量のミスリルを採掘するだけでも周囲に付着している大量の不純物を取り除く必要があった。
「凄いな…… 予想以上の量だぞ。十年後の人間が見れば、腰を抜かして驚く宝の山だ」
今から十年後、世界を驚愕させることになる大発見。
ミスリル鉱石には、もう一つ、双璧となす至高の金属が眠っていた。
その名は【クロムニウム】
魔力との親和性の極致であるミスリル。
クロムニウムは、そのミスリルの鉱分が長い年月をかけて周囲の岩石に焼き付き、変質した副産物だ。
そしてその真価は他種金属との結合において発揮される。
精錬には極めて繊細な手順を要する。
まずクロムニウムを宿した鉱石を細かく砕き、温度を一度単位で厳密に管理した魔力水で煮込む。
ただしこの工程で金属製の釜は一切使えない。
クロムニウムは金属に触れた瞬間、その表面へ結合しようとする性質を持つからだ。
鉄鍋などを使えば、分離した瞬間に釜へ吸着しすべてが無駄になる。
そのため精錬には、魔力を遮断する特殊な耐火石と粘土で作られた専用の石釜を用いる。
そして特定の温度に達した瞬間、鉱石から分離したクロムニウムが銀色の油膜となって水面に浮かび上がる。
それは魔力水より比重が軽く鏡のように水面を滑る。
職人は金属製の道具を一切避け、木の杓を使って慎重にその銀幕を掬い取らねばならない。
そうして回収され、魔力を遮断した炉で冷やし固められたものが純度百%のクロムニウム・インゴットとなる。
これを再加熱して液状化させ、鉄の装備品を浸したり、または必要な部分だけに結合させる。
するとクロムニウムは、魔力を媒介にして鉄の分子構造の奥深くへと食い込んでいく。
これは単なる皮膜ではなく、組織レベルでの結合。
鉄そのものを疑似魔鉄へと昇華させる変質だった。
ミスリルには及ばないものの極めて高い硬度と魔力親和性を獲得し、さらに驚くべきことに変質の過程で金属の重量が劇的に軽くなる。
鉄の強靭さと、羽のような軽さ。
武具として、これ以上の理想はない。
そして費用も安い。
「……この精錬法を独占できれば、二度と資金面で困ることはない」
前世では滅亡の淵に立たされた人類が、魔王との戦況を覆すための最後の切り札として公表された秘匿技術。
だが今その技術を知っているのは世界で俺一人だけだ。
「よし。まずはこのゴミの山から、世界を変える力を頂くとしよう」
俺は【収納】を発動すべく、黒い石の山へと力強く手を伸ばした。




