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第6話  リンガー鉱山

 三ヶ月後。

 師匠との最後の立ち合いを終えた俺は、次なる目的を果たすべく静かに動き出した。

 師匠の地獄のような訓練のおかげで、三ヶ月という短期間でヒルデブラント流剣術・中級の型はすべてこの身に叩き込む事に成功した。

 後は実戦を交えて技を研ぎ澄ましていくしかない。


「……さあ、行こうか」


 使い込まれたリュックの紐を締め直した後、俺は目的地を見据えた。


「目指すはリンガー鉱山だ」


 孤児院からリンガー鉱山まで、普通なら片道で七日はかかる。

 これほど長期にわたって姿を消せば、施設側も俺が孤児院から逃げ出したことに嫌でも気づくだろう。


「みんな、ごめん。俺はもうこの場所には帰る事はない」


 口に出した言葉が冷たい風に溶けていく。

 

 今日まで俺という存在を生かしてくれた恩は、この世界を救い誰もが平和に暮らせる未来を掴み取った後で必ず返すと誓う。

 俺は歩みを止めた。

 遠く小さく見える孤児院の屋根に向けて、一度だけ深く頭を下げた。


「必ず魔王を倒してみせる。だから…… みんなもどうか元気でな」


 未練を断ち切るように踵を返す。

 勇者様が魔王の前に立つその時、俺は彼女に【最後の献身】を差し出せる男になっていなければならない。

 

 二度目の人生における、本当の旅がここから始まる。


◇◇◇ 


 リンガー鉱山とはリンガー地方で見つかったミスリル鉱山の名称だ。

 ミスリルは魔力との親和性に優れ、高強度を誇る超希少金属である。

 ただリンガー鉱山は十五年前にミスリルを掘り尽くして廃坑となっており、かつて鉱夫たちが暮らしていた村が残っているだけだ。

 当然今は誰も住んでいない。

 

 ミスリル鉱石が欲しくてリンガー鉱山に向かっている訳ではない。

 未来を変える貴重な資金源が眠っている事を知っているからだ。


 リンガー鉱山へ向かうには森の中を通る必要がある。

 昔使っていた道も手入れがされなくなった今では、道そのものが森の一部に飲み込まれているだろう。

 

 鉱山の近くには魔素が吹き出す場所が多く、道中の森には魔獣が生息していると考えられるので注意が必要だ。


 魔獣とは、動物が地脈から噴き出す魔素を大量に摂取することによって変異した化け物の総称である。

 魔獣へと変異すると、強靭な身体に作り替えられ凶暴性が増す。

 そして魔獣は人を見つけると、見境なく襲いかかってくる。

 その理由は魔獣の食料が魔力であり、人間は誰しも多少の魔力を持っているからだと言われている。

 また逆に人も魔獣を倒して素材や魔石を搾取している。

 魔獣と人間は互いに相容れない存在だった。

 

 俺は周囲を警戒しながら、森を歩き続けた。

 

 予想通りリンガー鉱山へ続く道は、人が通らなくなってかなりの年月が経過している。

 人が通らなくなって久しい道は草木に飲み込まれ、もはや道なき道と化している。

 だがかつて勇者パーティーを先導し、地図のない土地を歩き抜いた経験が俺の背中を押していた。

 風化した荷馬車が通った痕跡や、樹木の伸び方の違和感を辿れば、迷うことはない。


「おっ、いい物を見つけたぞ!」


 途中、色鮮やかな果実を見つけので手早く採取した。

 勇者様との長い旅の中で培った野草の知識や、獲物を捌く技術はこの身体になっても魂に染み付いている。

 俺の料理の腕前は唯一勇者パーティー全員からのお墨付きだ。

 

 それに今の俺には【収納】もあるので、食料を腐らせる心配がないのは長期間の旅において圧倒的な強みだろう。


 武器はマチルダ師匠から練習用に譲り受けた使い古しの剣と、料理用の短剣が一本。


(太陽が高い内に行けるだけ進んで、夕暮れ前には安全な野営地を確保しよう)


 そう思考を切り替えた矢先。

 背の高い茂みが揺れ、一つの影が音もなく現れた。


「思っていたより早いお出ましだな」


 現れたのは、この森の深部に生息するはずの一角針鼠アーマーラビット


「どのみち避けては通れない相手だ」


 魔獣と動物を見分けるのは容易い。

 魔獣の身体はどこか歪で、皮膚を突き破るように【魔石】という結晶が露出している。

 魔石は彼らの動力源。

 蓄えられた魔力が多いほど青く、枯渇に近づくほど飢餓感から赤く輝くのが特長だ。

 目の前の個体が宿す魔石は、獲物を求めてギラつくような赤紫に変色していた。

 もはや戦闘は避けられない。

 

 魔物はその脅威度に応じてS級からD級に分類されるが、こいつはC級に相当する。

 だが下位に分類されるC級だと油断してはいけない。

 一般の村人なら数人がかりでも返り討ちにしてしまう危険な魔獣だ。

 剣術の初級を覚えたばかりのわずか十二歳の俺にとって、その爪牙は十分に死を予感させるほど危険だといえる。


「初戦の相手がD級を飛び越してC級か。普通なら命に関わる不運だが…… この程度の壁、超えられなきゃ剣術を学んだ意味がない!」

 

 俺は正眼に構え、肺の隅々まで空気を送り込む。


(大丈夫だ。この魔獣とは何度も戦ってきたじゃないか!)


 剣を握る手に汗が滲む。

 対峙する一角針鼠アーマーラビットが喉の奥で低く唸った直後、弾かれたように突撃を開始した。

 その速度は野犬の全力疾走を遥かに凌駕し、瞬き一つが命取りになる加速だ。


(背中の甲皮は鉄より硬く、まともに打ち合えば剣を弾かれる)

(弱点はただ一つ、剥き出しの腹部!)


 過去の記憶から、かつて散々見せつけられた魔獣の特性情報を引き出しす。

 

(もう目の前まで来ている!! 間に合うのか?)


 必死に勝利への最短経路を構築する。

 一角針鼠は間合いに踏み込むと同時に、その鋭い角を俺の顔面へと突き出し高く跳躍した。


(来たぞ! こいつは獲物の顔面を狙う習性がある!)


 焦りを覚えつつ、一角針鼠の動きに合わせて一歩踏み出した。


(体が動く! 二年間の訓練は無駄じゃなかったんだ!)

 

 紙一重のタイミングで半身をずらし、鼻先を通り抜ける死の棘を見送る。

 すれ違いざま、二年間、数え切れないほど繰り返してきた理想の型を流れるような動作で解放した。


「ヒルデブラント流剣術、切り上げ斬り!」

 

 鋭い剣鳴が静寂を切り裂く。

 吸い込まれるような軌道を描いた刃は、無防備に晒された一角針鼠アーマーラビットの柔らかい腹部へと深く正確に食い込んだ。

 手応えはない。

 熱したナイフでバターを断つような滑らかさで、魔物の胴体は真っ二つに両断された。


 (勝った)


 気付けば剣を握る手は小さく震えていた。

 一歩間違えれば、死んでいたんだ。

 頭では理解していても、実際に命を賭けるのはまるで違う。

 

 地面に叩きつけられた一角針鼠アーマーラビットは、数度の痙攣の後に物言わぬ肉塊へと変わる。

 俺は死体の額に埋まった魔石を剣先で手際よく抉り出した。

 魔力供給を断たれた肉体は、サラサラとした不浄の灰となって風に散っていく。

 今回手に入れた魔石は冒険者ギルドや魔石商で買い取ってもらえる。

 魔力を貯めている魔石は魔道具に使用されており、人間の生活には必要不可欠な素材となっていた。

 

「もっと苦戦するかと思ったが…… 案外、あっけないものだな。確信したぞ。未来の知識と基礎さえあれば、子供の身体でも十分に戦える」

 

 魔石を手のひらで転がし、その感触を確かめる。

 魔物は、魔石を抜かれると灰に帰る。

 素材が欲しい場合は石を抜く前に解体せねばならないが、今の俺の目的はあくまでリンガー鉱山。

 無駄な時間をかけるつもりはない。

 その後、俺は何度かの野宿と魔物との小競り合いを繰り返しながら、さらに森の奥へと進んだ。

 【収納】のおかげで、調理器具や寝具一式を常に最高の状態で持ち運べる利点は計り知れない。

 厳しい訓練で得た無尽蔵な体力と専用スキルを駆使し、俺は予定を三日も短縮して目的地へ辿り着いた。


 目の前に広がるのは、かつて鉱夫たちが暮らしていたリンガー鉱山の廃村だ。

 話に聞いていた通り、建物の多くは朽ち果て、深い静寂と魔素の残滓が漂っている。

 

 しあし俺が目指していたのは、この奥にあるはずのミスリル鉱脈ではない。

 俺の真の目的地は、この誰もいない廃村そのものだった。

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