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第5話 ヒルデブラント流剣術

 マチルダ師匠への弟子入りから、月日は流れ二年の歳月が過ぎていた。

 俺は十二歳となり、日々の鍛錬で身体もかなり引き締まっている。

 幼かった見た目も少年から青年へ変貌を遂げようとしていた。


 剣術の訓練と共に徹底した肉体改造と基礎鍛錬の連続だ。

 そのおかげで、今では一日中剣を振り抜けるだけの無尽蔵の体力を手にしている。

 師匠の指導は俺が想像していた以上に厳しいものだった。

 

 伝承される【ヒルデブラント流剣術】は、精密な挙動と圧倒的な速度に重きを置いている。

 力に頼らず最小の予備動作で最大の効率を叩き出す事を重視している。

 その技の数々は非力な者が強者を討つ事だけを考えた理の結晶だ。


「素振り一回とて気を抜いては駄目よ! 速度が落ちているのわかっている!?  型が崩れればそれはただの棒振りにしかならないわ! 戦場ではその一度の慢心が死を招くと思いなさい。限界を超えてからが本当の稽古よ、正確に振りなさい!」


「はいっ!!」


 数千回の素振りを終えた後、肺が焼けるような熱を帯びたところでから休息なしの掛かり稽古へと雪崩れ込む。


「次は実戦よ。構えなさいレオ!」


「はい!」


 師匠の木刀が目にも止まらぬ速さで四方八方から襲いかかる。

 空気を切り裂く鋭い風切り音と共に放たれる連撃に、俺は防戦一方に追い込まれた。


「まだまだぁ!  そこっ、足が止まっている!!」

 

 反撃の隙を伺うが、師匠の剣筋には淀みがない。

 重厚な圧力に押し潰されそうになりながらも、俺は必死に木刀を滑らせ致命の一撃を逸らし続けた。


「……これも防ぐのね。レオは相変わらず初動が速い。もしかして私の動きを読んでいたりしないよね?」


 不意に投げかけられた言葉に背筋が凍る。

 心臓が一拍、嫌な音を立てた。

 師匠の勘は恐ろしいほど鋭く、下手な言い訳をすればきっと見抜かれるだろう。

 本当の事をいえば、俺には彼女の動きがだいたい視えている。

 

 その理由は過去の経験だ。


 俺は勇者様との旅で、世界最高の力を持つ勇者様と仲間たちの戦いを誰よりも近くで、誰よりも必死に凝縮された時間の中で見守り続けてきた。


 彼らを完璧にサポートするため、その一挙手一投足に視線を注ぎ続けてきたのだ。

 一瞬の遅れが命に関わるそんな極限状態の中、筋肉の僅かな収縮すら逃さず目に焼き付けてきた。

 

 超一流たちの挙動を知り尽くした俺の目は、いつの間にか相手の初動を見ただけで次の動きを予想できてしまうようになっていた。

 

 だが頭で理解していても、十二歳の未熟な身体は理想の速度には届かない。

 結果として、常に紙一重の回避を繰り返すことになっていた。


「しっ師匠の動きを読むなんて、そんなこと今の俺にできるわけないじゃないですか!」


 動揺で僅かに集中が削げた瞬間、師匠の木刀が俺の肩口へ鋭く食い込んだ。


「痛っ……!」


「よし、今日はここまでにしましょう」

 

 強烈な痛みに顔を歪める俺を見て、師匠は木刀を引いた。


「レオは才能はあるんだけど、剣術スキルを持っていないのよね。流石に私の考えすぎか。……だけどレオ、自分の目の良さだけに頼っては駄目。実力で劣る者が強者に勝つには、絶えず有利な立ち回りを意識し足を止めないこと。それがヒルデブラント流の極意よ」

 

 師匠は優しく、だが厳格な声音で続けた。


「合格よ。おめでとうレオ! 今日の稽古でヒルデブラント流剣術の【初級】を習得したことを認めましょう」


「初級!? ありがとうございます!」


「喜ぶのはいいけど、まだ入口に立ったに過ぎないわよ。覚えるべきことは山ほどあるから」


「はい! よろしくお願いします!」


 師匠に深く一礼し、俺は時間を惜しむように孤児院への道を駆け出した。

 人気のなくなった帰り道。

 俺は堪えきれず、拳を突き上げて歓喜の声を上げた。


「やった…… やったぞ! 」


「前世では戦えなかった俺が認められた。未来を、変え始めてるんだ……!」

 

 運命という巨大な歯車を俺自身の腕で強引に回し始めた。

 その高揚感が、全身の細胞を沸き立たせる。

 

 孤児院に帰り着いても、俺の熱は冷めなかった。

 夕食までの僅かな時間、そして日が落ちてからも、俺は庭の隅で木刀を振り続けた。

 

 慢心など微塵もない。

 この一振りが勇者様を守るための力になると信じて。


◇◇◇


 師匠の生家であるヒルデブラント家は、帝国軍の中でも一目置かれる名門だ。

 彼らは過去の名声に胡坐をかくことなく、戦場の実利のみを追求し続けた。

 その研鑽の果てにうまれたのが、ヒルデブラント流剣術である。

 

 そしてマチルダ師匠はその歴代当主すら凌ぐ天才と称えられた英傑だった。

 

 これほどの才を持ちながら、彼女が女性として生まれたことを両親が悔し涙と共に嘆いたという話は、この時代の歪さを象徴しているようで胸が痛む。

 

 初級の認可を得てからも、俺は更なる高みを目指して泥にまみれる日々を送っていた。

 ある日の稽古後、師匠から唐突に衝撃的な事実を告げられた。


「実は…… 私は三ヶ月後、結婚することになったのよ」


 不意打ちすぎる告白に、俺は手にした木刀を落としそうになった。


「はあぁ!?  師匠が、結婚……!?」


「知っているとは思うけど、私もいい歳よ。ずっと前から両親が相手を探していたの。剣術に明け暮れるこんなじゃじゃ馬でもいいという貴族の男性が、ようやく見つかったのよ」

 

 師匠はどうだ凄いだろうと言わんばかりに胸を張ってみせた。

 

「女性として生まれた以上、素敵な旦那様と幸せな生活を送るってのも小さい頃の夢にひとつだったから……」


 師匠は少し照れくさそうに笑った。

 剣を振るう時とは違う、その年相応の柔らかな表情が俺には乙女に見えた。


「なるほど…… よほどの変わり者か、あるいは命知らずな御仁ですね。その旦那様は! 可哀想な事に間違いなく師匠の尻に敷かれますよ」


「レオぉぉぉ!! お前は今日の稽古で死にたいようね?」

 

 師匠から放たれた凶悪な殺気が、俺の肌をチリチリと焼く。

 冗談のつもりだったが、このままだと魔王に会う前に師匠に撲殺されかねない。

 俺が冷や汗を流して沈黙していると、彼女はふっと力を抜き、真剣な表情に戻った。


 「冗談はさておき。結婚すれば私は嫁ぎ先に行くことになるから、レオの稽古をこれまで通り見てあげることができなくなるわ」

 

 申し訳なさそうに視線を落とす師匠を見て、俺は静かに納得した。

 丁度いいタイミングかもしれない。

 

 残り時間はあと約六年半。

 

 剣術の基礎を叩き込んだ今、俺自身もそろそろ次の目的の為に動くべきだと考えていた。

 しかしその前に一つ確認しておくことがあった。

 乱れた服を整えた後、俺は師匠の正面に立った。

 軽口では済ませられない。


「師匠、一つ確認したい事があります」


 俺が真剣だという事を悟り、師匠も真面目な表情となった。


「なに?」


「本当におめでとうで間違いないのですよね?」


 剣の天才である師匠が結婚によってその道を絶たれる可能性は高い。

 もしかして不本意な結婚なのかもしれない。

 俺は師匠の本心を確認せずにはいられなかった。


「当然よ。旦那様には私が剣術を捨てる事はないと最初に伝えているわ。それでも結婚したいと言ってくれたんだもの。安心して私は幸せよ」


 師匠はその時の事を思い出したのだろう。

 本当に幸せそうな笑みを浮かべている。

 その一言が聞けて俺も良かった。


 しかし胸の奥には小さな棘のような違和感が残っていた。

 前世の記憶の中に、幸せな結婚をしたマチルダ師匠の姿はなかったからだ。

 あの戦場で見た彼女は、左目に眼帯をつけた孤高の戦姫だった。


 そう考えるとやはり気になってしまう。

 これほど幸せそうな師匠が、どうして未来であれほど変わってしまったのか?

 だがそれを気にしても俺には何もできない。

 

 前回は剣術を教わる事もなかったのだ。

 俺と出会った事で師匠の未来も大きく変わった可能性もある。

 だから難しい事は今は忘れて、今は師匠を祝いたい。


「大丈夫です。俺のことは気にしないでください。師匠が幸せになることが一番ですから! 結婚、本当におめでとうございます」

 

 俺は直立し、心からの祝福を込めて深く頭を下げた。


「ありがとう! 結婚して生活が落ち着けばまた再開できるとは思うけど、中途半端に放り出す形になって本当にごめんなさい」


 師匠は俺に頭を下げた。


「だけど安心して、残りの三ヶ月で私が教えられる技は出来る限り叩き込んであげるから」


「望むところです。三ヶ月、死ぬ気で喰らいつかせてもらいます」


 未来の英傑、戦姫マチルダとの二人三脚の訓練はこうして予期せぬ形で終わりを告げる。

 マチルダ師匠との出会いは俺に大きな力を与えてくれた。


「師匠から受け継いだこの力で、今度こそ誰も死なせない」


 俺はこの世界を救うための第一歩を踏み出した。

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