表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

第4話 弟子入り

 スキルを確認した後、俺は孤児院の門を静かに抜け出し街の喧騒へと紛れ込んでいた。

 目指す先は、街外れにある古びた剣術道場だ。

 建物の小窓から中を覗き込めば、熱気と空を裂く鋭い音と若者たちの掛け声が聞こえてくる。


(やはりここだ。帝国剣術を学ぶにはここが一番いい)


 かつての大戦。

 勇者パーティーは帝国軍と連携し、魔族の軍勢と血みどろの防衛戦を繰り広げた。

 その際、俺は最前線で戦う帝国兵の強さを何度も見せつけられた。

 一騎当千の魔族の将には及ばないまでも、群れをなす獰猛な魔獣相手なら互角以上に渡り合っていた。


 中でも【剣術】スキルが扱える者となれば、単独でBランクの魔獣を仕留めるほどの実力を持っていた。

 帝国兵はまさに鋼の戦闘集団だった。


(前回の俺は、戦う術を持たないただの荷物持ちに過ぎなかった)


 今回は違う。

 俺自身が戦えるようになる必要がある。


(俺はサポーターとしての役目に加え、勇者様に背中を預けられる存在にならなければならない)


 勇者様、そしてパーティーの仲間を死なせないために。

 俺は途中で拾った小枝を木刀代わりに握りしめた。


「いいか。当道場が教えるのは、質実剛健たる帝国剣術だ」


「今から見せるのは全ての礎となる基礎の型だ。心して目に焼き付けろ!」


「「はいっ!!」」


 子供たちの威勢のいい返事が響く。

 師範はゆっくりと、だが力強い軌道で剣を振るった。

 俺はその一挙手一投足を目に焼き付ける。

 そして物陰に身を潜めながら、小枝でその軌跡をなぞってみる。


「……こうか?」


 少し違う気がする。


「いや、もっと腰を落とした方がいいのか?」


 姿勢を変えてみると、踏み込みが浅くなり重心が浮く。

 何度繰り返してもイメージと噛み合わない。


(こんな事じゃ駄目だろ! 俺には時間がないのに……!)


 焦りばかりが募る。

 勇者様の最後の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。


 あの人を救うために。

 この人生をやり直しているのに、もっと頑張らないと駄目だ。


「おい、小僧」


 背後から低い声が投げかけられた。

 俺が振り返るより早く、脇腹に衝撃が襲う。


 ゴッ!!


「がっ!?」


 気付いた時は身体が宙を舞っていた。

 数メートル吹き飛ばされ、息が完全に潰れる。

 飛ばされただけでは勢いは死なず、身体が地面を転がる。

 肺が空気を求めて痙攣をはじめた。


「盗み見とはいい度胸だな」


 見上げた先には、鬼のような顔をした二人組の道場服を着た男が立っていた。

 腕は太く、いかにも現役の剣士だ。


「そのきたねぇ服、どうせ孤児かなんかだろう? 金も払わず俺たちの剣を盗もうとは、随分となめられたものだな」


「すっ…… すみま……」


「謝って済む問題じゃねぇぇんだよ!!」


 男は怒鳴り、木剣を再び振り上げた。

 振り上げた腕の角度を見ればわかる。


 間違いない次の狙いは俺の頭だった。


 避けなければ大怪我は間違いないのだが、脇腹の痛みで身体が思うように動かない。


 避けられないと瞬時に悟る。

(ヤバい、とにかく腕を頭の前にっ! だめだ間に合わない)


 十歳の身体ではどうにもならない。


 周囲には門下生や一般の通行人もいる。

 だが、誰一人として止めようとはしなかった。


 当然だろう。


 孤児が一人、道場で問題を起こしただけの話だ。

 誰も面倒ごとには関わりたくない。

 助けてくれる人なんて、最初からいるはずもなかった。


(やばい…… これ、本当に終わるかも……)


 嫌な汗が背中を伝い、頭の奥が冷たくなる。


(勇者様を救うために過去に戻ったのに)


(仲間を誰一人死なせないって誓ったのに)


(俺は…… こんな所で終わるのか?)


 悔しい。


 俺はまだ何もしていないじゃないか!?

 何も始まっていないし、勇者様にも会えていない。


(こんな終わり方は絶対に嫌だ!!)


 周囲の景色が遅く感じる。

 これは走馬灯という現象だ。

 魔王の側近が自爆した時に感じた感覚と同じ。

 木剣がゆっくりと振り下ろされる。

 俺はただその木剣を見つめる事しかできなかった。

 

 その瞬間。


 カン――ッ!


 鋭い金属音が響いた。

 振り下ろされた木剣は横から差し込まれた剣の鞘によって、軽くいなされていた。


「……少し、やりすぎじゃない?」


 場違いなほど軽やかな女性の声。

 を高い位置で束ねた燃えるような赤髪が俺の目の前で左右に揺れている。

 シャツにズボンという、この時代の女性らしからぬ活動的な装い。

 だがその立ち姿には一切の隙はない。

 ただ立っているだけで分かる。


 この女性は強い。

 俺は瞬時にそう感じた。

 今まで何人もの強者を見てきた俺なら断言できる。


「……誰だ、お前?」


 男が邪魔をした女性を睨みつける。

 彼女はにっこり笑っていた。


「私?」


 肩をすくめて。


「ただの通りすがりのお姉さんだよ」


(いや絶対違うだろ)


 心の中で即座に突っ込む。


「この子、ちょっと練習を盗み見してただけでしょう? その程度の事で木剣で頭を割っていい理由にはならないと思うけど?」


「あん? 部外者は黙ってろ!」


 怒気を含め男が吐き捨てる。


「女のくせに生意気な口を」


 この時代、剣を握るのは男の役目だった。

 まだ魔王軍との全面戦争が始まる前。

 女性は家を守り、男が戦うのが一般的だ。

 だからこの剣術道場にも女性の姿はない。

 

 道場の男たちからすれば、女性が剣を語ること自体が気に入らないだろう。


 だがこの先で待っている地獄を俺は知っている。

 男性も女性も関係なく、誰もが命を賭け、血を流し続けながら戦う未来を知っている。


 道場の男が放った一言で場の空気が変わった。

 さっきまで軽口を言っていた彼女の笑みが消える。


 次の瞬間。

 全身の鳥肌がたった。

 殺気が周囲に放たれ、呼吸が止まりそうになる。


 まるで首元に冷たい刃を突きつけられたような、圧倒的な殺気が男に突き刺さる。

 これは前世で何度も感じた、本物の死の気配に近い。

 男の顔色が一瞬で青ざめた。


「ねぇ…… 続きを言ってみる?」


 静かな声だった。

 だがその声色は冷たい。

 それが何より恐ろしく感じた。


「な、何だと? 生意気な!!」


 男が逆上しながら木剣を構える。

 だがその瞬間、止めが入る。


「おいっ! やめておけ」


 後ろで様子を見ていたもう一人の男が、逆上している男を必死に制している。


「おいっ! よく見てみろ! あいつは…… ヒルデブラントだぞ!」


 その一言で、空気が変わった。


(ヒルデブラント……?)


 その姓を聞いた瞬間、脳裏に電流が走った。

 燃えるような赤髪に隙のない立ち姿。

 そして圧倒的な殺気を放つ女性。

 極めつけは腰に下げた剣の鞘に刻まれた獅子の紋章。

 バラバラだった記憶の断片が一瞬で繋がる。


 間違いない。


 彼女は後の大戦において幾多の魔族を屠り、その名を大陸中に轟かせた女傑。

 最終決戦まで戦い抜き、人類の希望となった【戦姫マチルダ】その人だ。

 前世で俺が彼女と出会うのは、今から十年以上も先のこと。

 その時の彼女は左目に黒い眼帯をつけ、全身に戦士の冷徹な重圧を纏っていた。

 今の明るく若々しい彼女からは、想像すらできない変わり様だ。

 きっと辛い経験を乗り越えてきたのだろう。


 だが今見せてくれたその剣の輝きだけは、確かに記憶の中の戦姫と同じものだった。


(戦姫マチルダ……!?)


「……っ」


 木剣の男の顔色が変わる。

 明らかに動揺していた。


「ちっ……!」


 舌打ちを残し、そのまま逃げるように去っていく。


 辺りに静寂が戻る。

 彼女は何事もなかったようにしゃがみ込み、俺と目線を合わせた。


「だいぶいいの貰ってたけど、大丈夫?」


「……はい、何とか……」


 息を整えながら答える。

 その瞳には、弱者を見下す色は一切なかった。


「ねぇ君、強くなりたいんでしょ?」


 その問いの答えは決まっている。

 返す答えに迷いはなかった。


「……はい」


「騎士になりたいの?」


「いえ、違います」


 俺は真っ直ぐ彼女を見返した。


「俺は…… ただ強くなりたいんです」


 勇者様を守るために。

 今度こそ誰も死なせないために。

 彼女は一瞬だけ目を細めた後、満足そうに笑った。


「うん、いい目だね」


「なら私が教えてあげるようか?」


「……え?」


「剣術を習いたいんでしょ?」


 あまりにも自然に言うものだから、一瞬理解が追いつかなかった。


「でも……」


 俺は少しだけ言い淀む。

 さっきの男にも言われた事だ。


「孤児の俺には、払える金なんてありません」


 現実はそこだった。

 どれだけ強くなりたくても、金がなければ道場には通えない。

 それがこの世界だ。

 だが彼女は、あっさりと首を振った。


「お金はいらないよ」


「……え?」


「実は私もいつまで剣を振れるかわからない身の上なんだよね」


 それは一体どういう意味なんだ?


「だから自分の技を誰かに残したいと思ってたんだ。実はちょうどいい弟子を探していたところ」


 まっすぐ俺を見つめる。


「そんな時に君と出会った。君を見て何故か運命だと思ったよ」


「だから君、私の弟子になりなよ」


 俺は息を呑む。


 これは偶然か?

 それとも【最後の献身】が勇者様を助けろと導いた運命なのか?


 まぁ、どちらでもいい。

 俺が強くなれるなら、この手を離す理由なんてどこにもない。


「お願いします!」


 俺は深く頭を下げた。


「俺に剣を教えてください!」


 彼女は本当に嬉しそうに笑った。


「よし、決まりだ!」


「まずは君の名前を聞かせてもらおうか?」


「レオです」


「レオか。いい名前だね」


 満足そうに頷き、胸を張る。


「私の名はマチルダ・フォン・ヒルデブラント」


「今日から私が君の師匠だ!」


 こうして俺は未来の英傑の弟子となった。

 勇者様を救うための最初の一歩が、ここから始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ