第3話 悪役でいい
俺に残された時間はそれほど長くはない。
だから一分一秒、無駄にはできない。
だが鏡に映る今の俺は身寄りのない十歳の孤児に過ぎなかった。
孤児院という小さな箱庭に閉じ込められ、あまりにも無力な存在だ。
ベッドに腰掛け小さな拳を見つめる。
目を閉じ記憶をたどり、静かに思考の海へと広げていく。
(今から八年後…… 俺の身体に紋章が現れ、勇者パーティーへの参加が命じられる)
(それまでに、やるべきことは山ほどある)
まずは土台作りだろう。
前回の俺はサポーターは仲間と肩を並べて戦えないと勝手に決めつけていた。
だけどそれは間違っていた。
魔王城の最深部までたどり着いた俺だからこそ知っている。
強さには様々な種類があり、その力が小さかったとしても結果を変える要因になりえると。
だから俺は戦える力を手に入れる。
攻撃スキルを得ることのない俺が剣を覚えても、絶対仲間の強さには届かない。
そでもいい。
今の内から身体を鍛え、鍛錬を続ければきっと勇者様を助ける力になる筈だから。
次に出会った後はどうするか?
(八年後…… 仲間と再会したときに回帰した事を正直に話してみるのは?)
一瞬、そんな考えがよぎる。
未来を知っていると証明できれば、意外と仲間に信じてもらえる可能性はある。
(いや……危険すぎる)
だがその考えは間違っていると、即座に切り捨てた。
(そんな力があると知られれば、貴族や王族が黙っているはずがないだろうな)
(利用されるか、囲われるか…… どちらにせよ、ろくな結末にはならない)
予言者として身柄をおさえられ監禁される未来が容易に想像できた。
だから過去に戻ったという秘密は俺一人で抱えていくしかない。
そう割り切った瞬間、思考が一段クリアになる。
(なら最初から権力者に頼らない体制を作るしかない)
前回の旅を思い返すと、旅で必要だったものがはっきり見えてくる。
まずは自由、次に信じられる協力者、最後には十分な資金と継続的な物資の供給。
その全てを俺たちは持っていなかった。
(だから縛られた)
王族や貴族から受けた様々な支援、それは助けではなく首輪だった。
(あの時の俺たちはただの道具だった)
勇者様は優しすぎたのだ。
困っている人間を見捨てられない。
その善意に貴族たちは遠慮なく付け込んだ。
その結果、俺達は振り回される事となる。
(だから二度と繰り返さない)
拳に力がこもる。
爪が掌に食い込み、鈍い痛みが現実へと引き戻した。
胸の奥で冷たい炎が静かに燃え上がっていた。
「今回は誰にも邪魔はさせない」
同じ後悔は二度と御免だ。
俺には未来を知っているという圧倒的なアドバンテージがある。
それをすべて仲間のためだけに使う。
綺麗ごとで救えるほど、あの未来は優しくなかった。
勇者様は優しすぎたのだ。
だから利用された。
だから仲間たちは苦しんだ。
なら俺は善人じゃなくていい。
勇者様が笑って生き残れるなら。
誰かに嫌われてもいいし、憎まれてもいい。
今回は利用される側じゃなく、利用する側に回る。
必要なら悪役にだってなる。
どうせ魔王を倒せなければ、すべてが終わるんだ。
なら俺は、そのための汚れ役を全部引き受ける。
覚悟は決まった。
勇者様を救うためなら、もう手段は選ばない。
窓から差し込む朝日を浴びながら、俺は静かに立ち上がる。
「勇者パーティーにとって最良のサポーターになろう」
◇◇◇
俺はさっそく動き出した。
「まずは年表の整理からだな」
記憶を一つずつ掘り起こし、順序立てて並べていく。
今からだいたい八年後、魔族による未曾有の大攻勢が始まる。
混乱の中、予言のスキルを持つ者が神託を告げる。
魔王を倒す勇者様と旅を支える仲間の存在だ。
そして神託で告げらた紋章を持つ者たちが大陸中から集められる。
魔王を倒す為に選ばれた六人。
【守護者】勇者:エリス
【探求者】大賢者:カイル
【解放者】大狩人:シト
【粉砕者】重戦士:ロダン
【奉神者】聖女:アイラ
【支援者】サポーター:レオ
一致団結して魔王討伐の旅にでる筈だった。
だが現実は理想とは程遠かった。
最初俺たちは経験を積み信頼と連携を築くという名目で、各地に派遣された。
貴族の都合で働かされ続けた。
その途中で死んでいった仲間もいる。
「そういえば…… 俺のスキルはどうなってる?」
そう言えば、まだスキルとかの確認はしていない。
服を肩までまくり上げ、右肩に視線を向ける。
すると八年後に現れる筈の紋章が浮き上がっていた。
「すでに紋章がある? それじゃスキルも!?」
俺は目を閉じると意識を自身の内側へと向けた。
そして魂に刻まれた情報を探る。
「あったぞ」
思わず息を吐く。
「スキルは消えてない!」
それだけで、この現実が夢ではないと確信できた。
この世界では紋章を持つ者が一定数現れる。
うまれた時から持っている者もいれば、突然紋章が発現する者もいる。
紋章はスキルの証で同じ紋章を持つ者は同じスキルが使える。
だがその力は条件を満たさなければ開花しない。
また紋章を持つ者の数が少ないほど貴重なスキルが扱える。
そして世界にたった一つの紋章をもつ者だけが使えるスキルこそ「専用スキル」だ。
俺もまた専用スキルを使える一人だ。
「【最後の献身】は消えてるのか」
考えれば当然なのかも知れない。
あのスキルの獲得条件は仲間との関係性によって成立するからだ。
今の俺にはまだ条件が存在しない。
「だが他は残ってる」
脳裏にスキルが浮かぶ。
・【収納】:収納具に触れた状態で生命以外の物質を収納具に保管する能力。
・【圧縮】:保管物の容積を強制的に一定割合で圧縮する能力。
・【歩荷】:重量による肉体負荷を軽減し、いかなる悪路も踏破する能力
・【取出】:収納具に触れた状態で、必要なものを必要な瞬間に思考速度で手元へ呼び出す能力
前回は長い年月をかけて習得していった専用スキル。
そのすべてがこの時点で揃っている。
「十分すぎるだろ」
口元がわずかに歪む。
これだけあれば、やれる。
孤児という立場すら踏み台に変えられる。
(この八年でまずは基盤を作ろう)
(資金、物資、情報…… とにかく全部だ)
(勇者様が動き出したとき、誰にも干渉させないために)
俺は静かに立ち上がる。
「まずは、スキルが使えるか実際に試すか」
孤児院の片隅に移動し、簡単な実験を始める。
リュックを置いた後その周囲に物を集める。
本や鍋。水の入った桶と石。
明らかに容量オーバーの量だ。
俺はリュックを左手で触れた状態にし、右手で一冊の本に触れる。
「【収納】」
本が一瞬にして消えた。
「問題なし」
続けて触れてスキルを発動する。
すべてが吸い込まれるように消えていく。
「【圧縮】」
山のような物資が消え去り、リュック一つに収まっている。
その後、リュックを背負ってみる。
「【歩荷】も正常」
最後に手を突き出す。
「【取出】」
木桶が出現する。
水は一滴もこぼれていない。
「……完璧だな」
結果、確信する。
スキルの力は前のまま持ち越されている。
俺には戦闘力はない。
だけど俺の能力がどれだけ戦略的価値を持つか、俺は知っている。
「このスキルを使って、作り直せばいいだけだ」
幸いにも時間はある。
今度は失敗したりしない。
俺はリュックを見つめる。
かつては仲間に指示され流されるままに動いていた。
だが今は違う。
「勇者様」
小さく呟く。
「あなたが立ち上がるその日までに、俺が全部整えておきます」
「そして今度は誰も死なせない」
不敵な笑みを浮かべる。
旅が始まってから、ずっと地獄を見てきたんだ。
あの時よりもマシだろう。
俺は静かに、一歩を踏み出す。




